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第2章 雄飛の青少年期編

065 +1名の部活動②

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 俺の手から離れたボールは、ホームベースの手前で急激に軌道を変える。
 それを、あーちゃんは全く動じることなくキャッチャーミットにうまく収めた。
 手慣れたものだ。
【生得スキル】【直感】と、捕球にバフがかかるいくつかのスキルの相互作用。
 そのおかげで傍から見ていると全く危なげがない。
 だが、今のステータスではスキルなくして安定したキャッチングは難しい。
 それだけ鋭利な変化であることは、たとえ彼女が難なく捕っているように感じられたとしても一目瞭然で――。

「な、何、今の落ち方」

 正にそれを目の当たりにした陸玖ちゃん先輩は、呆然と呟いた。
 想像を超えた変化球のキレに、開いた口が塞がらない様子だ。
 いい感じに間が抜けた顔になっている。
 その一方で。

「球種が分かってたとは言え、捕る方もよく……」

 磐城君はあーちゃんの技量の高さにも言及する。
 そのまま考え込む姿は、自分が捕る場合をシミュレートしているかのようだ。
【戦績】的には特に守備位置が固定されていた感じはなかったが、もしかすると彼の中ではキャッチャーとして意識の割合が結構多いのかもしれない。

「次、SFF」

 スプリット・フィンガー・ファストボール。
 声に出して読みたい変化球No.1(俺調べ)。
 フォークのように人差し指と中指を広げて握るが、縫い目の位置などが異なる。
 変化量は比較的小さいものの、ストレートに近い速度で鋭く落ちる。
 イメージとしては高速フォークだが、正式には速球系に分類されるらしい。

「縦スラ」

 いわゆる落ちるスライダー。
 握り方は、横方向の変化が鋭い通常のスライダーに近い。
 が、回転のかかり方が異なり、それによって下方向に大きく変化する。
 フォークやSFFとはまた違う軌道の変化球だ。
 投げ方のコツとして、よくアメフトのボールを投げるようにと言われるそうだ。

「次は――」

 続けて、下方向の成分が多い変化球を中心に投げ込んでいく。
 カーブ。スローカーブ。パワーカーブ。シンカー。高速シンカー。などなど。

「へ、変化球って、こんなに鋭く変化するものだっけ?」
「これだけの球種を、このレベルで……」

 自分の目が信じられないといった様子で半笑いになる陸玖ちゃん先輩。
 軌道を全て頭の中に思い描こうとしているかのように目を固く閉じる磐城君。
 2人が驚くこの変化は正樹との勝負以降に変化球そのもののレベルを上げたおかげでもあり、取得したスキルのおかげでもある。

▽取得スキル一覧
  名称      分類
・変化量調整◎  通常スキル
・千変万化    極みスキル(取得条件:通常スキル「変化量調整◎」の取得)
・変化位置調整◎ 通常スキル
・消える魔球   極みスキル(取得条件:通常スキル「変化位置調整◎」の取得)

 読んで字の如く、前者は変化量を細かく調整することが可能。
 後者を、曲がり始めのタイミングを意図的に早めたりすることもできる。
 今は最大限の変化量で、最も鋭く変化させているけれども。

「よし。じゃあ、順番に打席に入ってくれ」

 俺が投げている間にアップを済ませた美海ちゃんと昇二を促す。

「打てそうなら打っていいからな」
「分かってるわ」

 バッター目線の映像を撮るついでに実践的なバッティング練習も行う。
 今日のメインはこれ。
 打たない方は球拾いだ。

「打てそうならって、あんなの打てる訳ないよ……」

 当然ながら球種が増えれば増える程、対応は難しくなる。
 最初はバットが空を切ることが多かった。
 まあ、とりあえずはそれでいい。
 低めから落ちる変化球+バッターの空振りは、キャッチャーの捕球の難しさを際立たせるのに十分な映像になるだろうから。
 とは言え、しばらくすると。

 ――カキン!

「へあっ!? 当てた!?」

 徐々にいい当たりも出てくる。
 落ちる変化球への対応。
 今回は使わないだろうが、これはこれで後々いい映像素材になるはずだ。

「次、昇二」
「うん」

【超晩成】のため、さすがに美海ちゃんのようにはいかない。
 空振りか当たり損ねのファウルがほとんど。
 それでも続けていくと稀に芯を食うこともある。
 彼の場合はスキルよりも慣れによるところが大きい。
 俺と勝負することで、プレイヤースキル的な部分も向上しているのだ。

「…………よし。そろそろ終わろうか」

 やがて、いい時間になったので練習もとい撮影を終える。

「あーちゃん、お疲れ様。今日もありがとう」
「女房役は譲れない。夫婦だから」
「はいはい。いいから片づけるわよ。ほら、昇二君を見習って」

 黙々と後片づけをしている彼を視線で示す美海ちゃん。
 多分、昇二はこのくだりに余り絡みたくないだけだと思うけどな。
 まあ、それはそれとして、彼女の言葉に異論はない。
 防具を外したあーちゃんと一緒にネットなどをしまう。

「……投げる方も投げる方だけど、打つ方も打つ方じゃないか。本当に、何でこんな学校に4人も」

 初日だからと見学していた磐城君は、結局最後までその光景を見届けていた。
 その表情には、もどかしさや苦しさといったものが入り混じっている。

「さ、一先ず部室に戻ってから帰ろうか。磐城君も」
「……ああ、うん、そう、だね」

 俺が声をかけると彼は複雑な感情を飲み込み、穏やかな笑顔に戻る。
 少しだけ引きつってもいたが……。
 まだ初日だ。
 踏み込むには早いだろう。

 そうして部室に置いていた荷物を回収し、帰宅の途につこうとした時のこと。

 ――ピロンッ!

 突然、陸玖ちゃん先輩のスマホに通知が入った。
 かと思えば。

 ピロンッ! ピロンッ! ピロンッ!

 立て続けに通知音が鳴り始める。

「わっ、な、何これ」

 わたわたとスマホを弄り始める陸玖ちゃん先輩。
 そのままいくつかの操作を行った後、石化したように固まってしまった。

「陸玖ちゃん先輩? どうしたんです?」

 問いかけると、彼女は錆びついた人形のようにぎこちなく振り返る。
 そして困惑と共に。

「こ、この前の動画、結構フォロワーが多いSNSアカウントで取り上げられたみたいで、何か急に拡散されてる……」

 半ば助けを求めるように、そう声を震わせて答えたのだった。
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