上 下
65 / 283
第2章 雄飛の青少年期編

060 部活動初日③

しおりを挟む
「最初は少し怖かったけど、意外と捕れるものね」

 何十球と無回転打球のノックを受け、自信を深めた様子の美海ちゃん。
 昇二も美海ちゃん程ではないが、大分捕球できるようになってきている。
 しかし、2人共キャッチャーの防具をフルで装備したままだ。
 これを外すとどうなるかはまだ分からない。
 硬球の高速ナックルだからな。
 恐怖が再び鎌首をもたげる可能性の方が高い。
 まあ、怪我をされると困るので、それを試すのはまた今度にするつもりだけど。

「じゃあ、このまま普通のノックと織り交ぜてみるか」
「え? そ、そうね。試合だとこればっかり来る訳じゃないものね」

 自分に言い聞かせるように呟いてから、腰を落として構える美海ちゃん。
 当然ながら、来ると分かっているのと分かっていないのとでは全く違う。
 ゴロとライナー、フライを打ち分ける中に空中イレギュラーを混ぜ込めば、まず間違いなく捕れなくなってしまうだろう。
 特定の変化球オンリーで設定したバッティングマシンは打てても、ランダム設定や実際のピッチャーが相手だと途端に打てなくなるのと同じだ。

 野球公園でやっていたように左右に振れば尚更のこと。
 右にゴロ。左にゴロ。右と見せかけて左にライナー。

「くっ」

 捕ってはいるが、空中イレギュラーを意識して挙動が若干怪しかった。
 続けて右にゴロ。真上にフライ。
 よし。次、左に無回転。

「あっ」

 手を伸ばせば届く位置へのライナーに、咄嗟にグローブを出す美海ちゃん。
 しかし、彼女を嘲笑うかのように打球は体側へと急激に曲がる。
 慌ててグローブを戻すが、ボールはグローブの先で弾かれてしまった。

「あー、もう!」

 悔しげに地面を踏みつける美海ちゃんだが、グローブに当たっただけ凄い。
 ステータスは小学校の頃から変わっておらず、控え目な数値のまま。
 なので、それなりに動けるのは、いくつも取得したスキルの補正のおかげだ。

状態/戦績/▽関係者/プレイヤースコープ
・浜中美海
▽取得スキル一覧
  名称    分類
・華麗な守備 通常スキル
・聖域    極みスキル(取得条件:通常スキル「華麗な守備」の取得)
・観察    通常スキル
・洞察    極みスキル(取得条件:通常スキル「観察」の取得)
・打球判断◎ 通常スキル
・打球予測  極みスキル(取得条件:通常スキル「打球判断◎」の取得)

 俺がやっていた野球ゲームでもそうだったが、ステータスだけ高い選手よりもステータスが低くてもスキルが多い選手の方が活躍する傾向にあるようだ。
 この世界のプロ野球選手達もそうだった。
 まあ、フィジカルトレーニングが極まっているので、同じカテゴリーの選手同士だとゲーム程大きなステータス差はないけれども……。
 ステータス高+スキル多>ステータス低+スキル多>ステータス高+スキル少って感じなのは間違いない。
 それだけ、スキルの補正値は馬鹿にならないのだ。

 実際、色々織り交ぜたランダムなノックでも、何度か繰り返すと空中イレギュラーも割と捕れるぐらいには美海ちゃんもなっていた。
 ここからもっと確実性を高めるには、さすがにステータスが必要だな。

「次、昇二」

 昇二は【超晩成】である関係でスキルが美海ちゃんよりも少ない。
 そのため、ゴロやフライを混ぜると捕れない様子だ。

「うーん、うまくいかない……」

 美海ちゃんと自分を比べてか、納得がいかない顔で首を傾げる昇二。
【経験ポイント】を貯めてスキルを取得すれば改善されるはずだが、その辺りのことはどうにも説明のしようがない。
 まだまだ我慢を強いることになる。
 それでも彼には、正樹双子の兄と同じ負けん気で頑張って欲しい。

「次、わたしの番」

 最後に、真打登場とばかりにポジションにつくあーちゃん。
 美海ちゃんが脱いだ防具を身に着け、軽く体を解している。
 気負った様子はない。自然体だ。
 彼女には今まで球出しをして貰っていたので、まずは無回転オンリーから。
 美海ちゃんにボールを供給して貰い、ノックを開始する。

「え、嘘……」
「す、凄い……」

 あーちゃんは何と1球目からほぼ完璧に捕ることができていた。
 2人は信じられないという様子だが、俺の驚きは少ない。
 理由を知っているからだ。

 美海ちゃんと同等以上にスキルを保有しているのも勿論そう。
 だが、最たるものは【生得スキル】【直感】の効果だ。
 前にチラッと聞いたところ、何となくボールが来るところが分かるらしい。
 打撃にも活用しているとか。

 ……そう考えると【直感】も大概チート染みているな。
 改めて、本当に頼もしいパートナーだ。

「茜、何かズルしてない?」

 ランダムノックに移っても普通に捕るあーちゃんを訝しみ始める美海ちゃん。

「わたしとしゅー君は以心伝心。次に何をするのか大体分かる」

 いや。うん。
 俺がノッカーだと、あーちゃんにとってはランダムじゃなくなるんだよな。
【生得スキル】【以心伝心】で俺が何をどの方向に打つのか分かってしまうのだ。
 どの程度かは割とアバウトなのだが、そこは【直感】で補われてしまう。
 まあ、誰がやっても結局は【直感】無双になるんだけど。
 だから普段彼女にノックする時は、打球判断より捕球技術向上に重きを置いて難易度ルナティックレベルの打球速度にしていたりする。
 傍から見ると虐待レベルの高速ノックだ。
 尚、あーちゃんはちゃんと捕る模様。

「あー……。それは間違いなくズルよ」

 スキルの存在を知らない美海ちゃんだが、何故か納得したような顔。
 これについては、普段の俺達の姿から何となく察しているのかもしれない。
 言葉がなくとも通じ合っている感はいつも出ているだろうし。

「えっと……み、皆、凄くない?」

 と、一段落したのを見計らってか、陸玖ちゃん先輩が恐る恐る尋ねてきた。
 驚き過ぎたのか若干引き気味だ。

「まあ、これでも全国小学6年生硬式野球選手権大会で優勝してますから」
「え? あ! 耕穣小学校出身なの!? ……って、瀬川君って――」
「正樹の弟ですよ」
「えー!? あの神童、瀬川正樹君の!? 東京プレスギガンテスのジュニアユースチームに特待生で招待された!?」

 急にテンションが上がった彼女の問いに、昇二は居心地が悪そうに頷いた。

「ちょっと待って! そっか、皆の名前! 決勝のスタメン表で見た!」
「え――」

 続く言葉に少しビックリする。
 一躍時の人となった正樹はともかくとして。
 チームメイトの話までは興味を持って調べないと分からないはず。
 いくら野球に狂った世界でも、リトルリーグを網羅するのは相当なマニアだ。

 ……いや、この世界の野球史における珍事だから調べただけかもしれないな。
 陸玖ちゃん先輩のことだから。

「この学校に来る訳ないと思ってたから全く気づかなかったよ! 何で、この学校を受験したの? 野球の強豪校に行けそうなのに」
「いや、まあ、理由は色々ありますけど……公立の中高一貫だから学費的に助かるってのが大きいですかね。ウチ、ちょっと貧乏なんですよ」

 両親の会話を盗み聞いた感じ、余り給料は上がっていない様子。
 家計的に、大学は国立大学でもバイトしないと無理そうな感じだ。

 まあ、今生では現役で大学に行くつもりはないけどな。
 色々終わった後の道楽として頭の片隅に選択肢があるって程度のものだ。

「理由の1つってことなら、私も似たようなものね。兄弟が多いから。公立に受かってくれて助かったって言われたわ。しかも中高一貫だしね」
「僕も同じかな。兄さんが東京に行って生活費とかもあるし、お父さんとお母さんが公立じゃないと駄目って言ってた」

 将来の計画などなど本当の理由はもう少し親しくなってからと隠した結果。
 家庭の複雑な事情3連発となってしまった。
 いや、それも各々嘘ではないのだけれども。
 陸玖ちゃん先輩は地雷を踏んでしまったという顔。
 申し訳なさそうなのが、こっちとしても申し訳ない。

「わたしはしゅー君と一緒にいたいだけ。学校はどこでもいい」

 そこへ、1人事情が全く違うあーちゃんが淡々と告げて空気を壊す。
 陸玖ちゃん先輩が微妙な表情になる。
 丁度いいので話題を変えよう。

「それより、俺達が空中イレギュラーの捕球チャレンジをしてる間、陸玖ちゃん先輩は動画の編集をしてたみたいですけど」
「あ、うん。まだトリミングして貼りつけただけだけど……部活紹介で作った奴の説得力が増したよ。もっとちゃんと編集すれば動画サイトにも投稿できそう」

 空中イレギュラーのハイスピード映像だもんな。
 野球に狂ったこの世界なら、結構再生されそうだ。

「もし野村君がよければ、どうかな? 向上冠中学高等学校プロ野球珍プレー愛好会の活動記録としてアップしてもいいかな?」
「まあ、構いませんよ。プライバシーとかちゃんとして貰えれば」
「うん。そこは私も気をつけるし、虻川先生にも確認して貰うから大丈夫」

 うーん。ちょっとノリが軽いな。
 もう少し念を押しておくか。
 今という時代こそネットリテラシーは大事だ。

「気をつけて下さいね。特にあーちゃんと美海ちゃんの身バレはしないように」
「う、うん」
「陸玖ちゃん先輩もですよ? 3人共可愛いんですから。下手に目立つと変な奴に目をつけられかねない」
「え!? う、うん。そ、そだね」

 何やら顔を赤くしてもじもじする陸玖ちゃん先輩。

「はー、秀治郎君はもー」

 呆れたような口調と共に、恥ずかしげに明後日の方向を向く美海ちゃん。
 あーちゃんは俺の手の甲を摘まみながら、半分嬉しそうな表情。
 ちょっと離れたところでは昇二が嘆息している。

 うーむ。最後の最後で何だか取っ散らかってしまったな。
 ……まあ、いいか。

「はい。じゃあ、今日の活動はここまで!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活

mio
ファンタジー
 なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。  こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。  なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。  自分の中に眠る力とは何なのか。  その答えを知った時少女は、ある決断をする。 長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!

処理中です...