上 下
51 / 283
第1章 雌伏の幼少期編

046 別の道へ行く前に①

しおりを挟む
「じゃあ、まずは先攻後攻を決めるか。正樹、どっちがいい?」
「俺が決めていいのか?」
「ああ」
「……なら、俺が最初に投げる」

 正樹の答えに頷き、俺はバットを手にバッターボックスに入った。
 キャッチャーはなし。
 完全な1対1。
 判定はバックネット裏にカメラを設置し、公正に審判アプリにやって貰う。

 まずはピッチャー正樹、バッター俺。
 それで3打席勝負を行い、その後でピッチャーとバッターを交代する。
 勝利条件は結構ふわっとしているが、力づくで明白な結果にするつもりだ。

「よし……来い、正樹」

 構えを取り、投球を促す。
 何気にこっちは初対決だ。
 俺がバッティングピッチャーをして正樹が打つことはあっても、ピッチャーの正樹を相手にしたことは練習でもない。
 正樹の投球練習として誰かを打席に立たせることは何度もあったけど、俺はその時キャッチャーをしているからな。

「行くぞ、秀治郎」

 静かに告げて正樹が振りかぶる。
 1球目。
 インコース低めのストレート。
 とりあえず見逃す。

『ストライクワンッ!』
「……さすが、速く感じるな」

 体感速度は170km/h超。
 改めて、小学生が対峙するような球じゃないと強く思う。
 既にアマチュアレベルでもない。

「負けを認めるなら今の内だぞ」
「それはこっちの台詞だ」

 2球目。
 インコース高めのストレート。

『ストライクツーッ!』

 きっちりコースギリギリに投げ込んできているな。
 素晴らしいコントロールだ。

「振んないと当たんないぞ」
「分かってるさ。そんなことは」

 そして3球目。

「それは素直過ぎるぞ、正樹」

 ――カキーンッ!!

 アウトコース低め。
 遊び球なしのストライクゾーンギリギリいっぱい。
 コースに逆らわず打った球は、ライトに置かれた柵を軽々超える弾丸ライナー。
 逆方向へのホームラン。

「そ、そんな……」
「対角線に投げ込むのは基本中の基本。けど、見え見えの配球じゃ打たれるのは当然だろ? 今はキャッチャーがいないんだから、もっと考えて投げろ」

 インコース高めで上体を起こし、アウトコース低めにズバッと。
 決まればピッチャーとしてもキャッチャーとしても絶頂ものだ。
 けれど、最初から来ると分かっていれば構えが狂ったりはしない。
 これまでの成功体験から、正樹の配球は実に単純だった。
 まあ、俺が彼に指示していた配球そのままってことでもあるけども。
 俺がそうしていたのは勿論、今まではそれで打ち取れる実力差が大きい相手としか当たってなかったからに過ぎない。

「さあ、次の打席だ。今度はもっと考えろ。持ってるもの、全部出し切れ!」
「っ! この!」

 2打席目第1球。
 アウトコース低めへの球は鋭く変化し、ストライクゾーンからボールゾーンへ。
 カットボールから入ってきたか。
 ようやく正樹も本気になってきたな。

 2球目。
 インコース低めギリギリにチェンジアップ。
 振りに行くが、引っかけて3塁側へのファウル。
 1ボール1ストライク。

 3球目。
 再びアウトコース低めへの変化球。
 今度はボールからストライクゾーンに入ってくるワンシーム。
 緩急を使われたこともあり、一先ず見逃す。

『ストライクツーッ!』

 1ボール2ストライク。
 最近の正樹の態度から言って、2ボール2ストライク平行カウントにはしないだろう。
 次が勝負球のはずだ。
 しかし、4球目。

「ちっ」

 インコース高め。ボール1個分外れたところにストレートが来た。
 スイングをとめられず、若干無理な態勢で当てるだけ当てる。
 内角から逆方向にステータスの暴力で何とか飛んでいった力のないフライは、実戦だったらライト前に落ちるポテンヒットというところ。
 とは言え、ちょっと読み違えてしまった感じだ。
 俺の指示通り自分で考えて投げてくれた訳だが、少し敗北感も抱く。
 もっとも、正樹も正樹で全く納得してない様子だけど。
 形はどうあれヒットはヒットだからな。

「ま、こういうこともあるか」

【戦績】に載っている正樹の投球の癖は、俺の配球によるものがほとんど。
 キャッチャーなしだと全く当てにならない。
 正樹自身の傾向が出始めた結果だな。
 それ自体はいいことだ、それは間違いない。

 しかし、割と近い問題が、初めて組んだバッテリーと対峙する場合にもある。
 そっちはキャッチャー側の【戦績】からある程度傾向は割り出せるが……。
 今回はそうもいかない。
 何にせよ、【戦績】も盲目に信じてはいけない訳だ。
 この勝負、俺にとってもいい経験になるな。

「さて、3打席目だ」

 折角の機会だ。こちらも全力を出し切ろう。
 そのために【生得スキル】【離見の見】を発動させる。
 視界が、視点が変わる。
 前世で見慣れた野球ゲームの視点。
 それと自分本来の視点。
 加えて、少し離れたところから自分の構えを見る視点が入り混じる。
 その処理を行うために脳がフル稼働し、自ずと超集中状態に入っていく。

 正樹が無言で振りかぶった。
 世界が緩やかに動く。
 球が手を離れる瞬間が正確に目に映る。
 握りがストレートではない。
 これはチェンジアップだ。
 前の打席からの延長線上での配球。
 緩急でストライクを取りに来たのだろう。

 だが、それもここまで見抜かれてしまっては意味がない。
 インコース低め。
 狙いを定める。
 タイミングは完璧。
 すくい上げるように振ったバットの真芯を食う。
 打った感触はほぼない。
 完璧な当たりだ。
 打球はピンポン玉のように左中間へと飛んでいく。

「なっ!?」

 一瞬遅れて振り返って打球の行方を見る正樹。
 その時には既に、ボールは柵の遥か向こうに転がっていた。
 それを認識した正樹は膝から崩れ落ちる。
 呆然として口が半開きになっている。

 ピッチャー正樹。バッター俺。
 その3打席勝負は、俺の3打数3安打2本塁打という結果に終わった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

処理中です...