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第1章 雌伏の幼少期編

025 自己紹介

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 考えごとをしている間に終わってしまった入学式の翌日。
 まだ通常の時間割ではないらしく、今日は学校の施設を一通り見学する予定だ。
 今はその更に前。
 場所は1年生の教室。

「では、まず自己紹介をしてみましょう。好きなこと、将来の夢を教えて下さい。先生がお手本を見せますから、同じようにやってみて下さいね」

 教壇に立った担任の先生が、柔らかくも聞き取りやすい声で言う。
 見た目大分若く、美人というより可愛らしい感じの女の先生だ。
 不快感のない声質とおっとりした雰囲気。
 それらが相まって癒やしオーラが放出されている。
 表情も常に柔和で、優しそうだなというのが第一印象だった。

 ちなみに野球のステータスは可もなく不可もなく。
 大分小柄なせいか、戦績は今一といったところだ。

「私の名前は、藤木すなおです。好きなことは、色んな本を読むこと。将来の夢は、いつか皆さんの同窓会に呼ばれることです」

 入学式後の教室で保護者向けの自己紹介を聞いたところでは現在23歳。
 俺達が担任として初めて受け持った生徒になるらしい。
 1年生から6年生まで担任も変わらないようなので、特別な理由がない限り6年間お世話になることになるのだろう。

「さあ、やってみましょう。まずは名簿順で、相川裕君から」
「は、はい。あ、あいかわ、ゆうです。すきなことは、ごはんをたべることです。しょうらいのゆめは、ごはんをつくるひとです」

 そして始まる自己紹介。
 相川裕君、滅茶苦茶緊張してるな。
 うーん。初々しい。
 実に微笑ましいぞ。
 ついつい仏のような表情を浮かべてしまう。
 これから6年間出席番号1番か。
 いや、名字が相川だと中学も高校もずっとそうかもな。
 大変だろうけど、頑張れ。

「きよはらたかのりです。すきなことはバッティング。しょうらいのゆめはプロやきゅうせんしゅです」
「ささきくらんど。すきなことはピッチング。しょうらいのゆめはプロやきゅうせんしゅです」

 能力が高い3人の内の2人だな。
 この子達だけでなく、プロ野球選手になりたい子が多い。
 1年生だからってだけでなく、そういう世界だからだろう。

「……すずき、あかね。すきなことは、しゅーくんといっしょにいること。しょうらいのゆめは、しゅーくんのおよめさん」

 あーちゃんは独特だ。
 他の子達も変なものを見るような目を向けている。
 しかし、あーちゃんは意に介さず、どこかやり切ったような顔だ。
 マイペースだな。
 けど、この環境を拒絶している感はない。
 これなら諸々適当に受け流して小学校生活も普通に送れるかもしれない。
 ……いや、それでいいのか?
 さすがに友達の1人や2人はできた方がいいよな。

 そう俺が考えている間にも自己紹介は続いていく。

「せがわしょうじです。すきなことはやきゅうをすることで、しょうらいのゆめはプロやきゅうせんしゅです」
「ぷっ」

 ん? 今誰か屁をこいたか?
 ……あ、いや、笑ったのか。

「せがわまさき。すきなことはやきゅうをすること。しょうらいのゆめはぷろやきゅうせんしゅ」

 続く双子のもう1人の声は、何だか酷く不機嫌そうだ。
 これは……。

「ぷふ」

 笑い声は1方向からだけじゃない。
 佐々木蔵人、三木聡、清原孝則。
 能力が高かった3人が馬鹿にしたような顔で笑いをこらえている。
 他にもプロ野球選手になりたいと言ってた子はいるのに、この2人にだけ……。
 もしかして知り合いか?

「今笑ったのは誰ですか?」

 すなお先生が静かに問いかける。
 教室がしんとなった。
 返答はない。

「いいですか? 人の夢を笑ってはいけません。特に、小学1年生である皆さんの未来はまだ決まっていないんですから」

 そこでちゃんとたしなめられるのは、悪い先生ではない証だろう。
 間違いなく。

 ……ただ、相手が小学校1年生だからこその言葉でもあるだろうけどな。
 さすがに何か特別なことがなければ【成長タイプ:マニュアル】に、プロ野球選手になる未来はない。
 この世界の悲しい現実だ。
 俺は単なる通過点としてそれを覆さなければならない訳だが。

「では、次の人。続けて下さい」

 ちょっと微妙な空気感の中、自己紹介は続いて俺の番に。
 折角なので、俺も笑われてやろう。

「野村秀治郎です。好きなことは、ステータス数字の管理。将来の夢はプロ野球選手になり、WBW日本代表に選ばれてアメリカ代表を倒すことです」

 渾身の自己紹介。
 対して、双子を笑った3人も他の子達(あーちゃん以外)もポカンとする。
 大言壮語過ぎて、内容が理解できなかったようだ。
 いや、小学校1年生でも笑えないレベルの妄言なのかもしれない。
 別の意味で教室が変な空気感に包まれてしまう。

 ……むぅ。
 折角笑われてやろうとしたのに、これじゃあ何か単に滑ったみたいじゃないか。
 …………まあ、いいか。

 これもまた、この世界の日本の現状なのだろう。
 小さく嘆息してから椅子に座る。

「あ、えっと。はい。では、次の人」

 妙に間が空いた後、すなお先生が促して次の子が口を開く。

「は、はい。わたしは、はまなかみなみです。すきなことは、やきゅーをみることです。しょーらいのゆめは、にほんいちのプロやきゅーせんしゅのおくさんになることです」

 教室の空気のせいでやりにくそうだ。
 ううむ。ごめんな、後の子達。
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