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最終章 英雄の燔祭と最後の救世

341 偶然と必然

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「歴代最強。その評価が過大ではないことは認めよう。しかし――」

 未だ俺を仕留め切れないことに微かな苛立ちを滲ませつつも、言葉の上では称賛らしきものを口にするショウジ・ヨスキの鏡像。
 その周囲には新たに数千の火球が生成され、その全てが俺に向かって放たれた。
 空の彼方へと立ち昇る無数の光の柱は空間に留められたまま、誘導されて変則的な軌道を描く攻撃までもが加わったことで回避が一層容易ではなくなるが……。
 俺は風を火球に叩きつけることで道を抉じ開け、紙一重のところで躱し続けた。
 とは言え、敵の猛攻は絶え間なく続く。
 傍から見れば完全に防戦一方だ。
 逃げ回っていると言い換えられても文句は言えない。

「少しばかり見苦しいぞ」

 それを単なる悪足掻きとしか見なしていない鏡像は、呆れ果てたように告げる。
 次の瞬間、彼は己の道を開くように空間の大半を埋め尽くしていた攻撃を全て消し去ると、全身を光と化して襲いかかってきた。
 手には再度生成された無骨な刀。
 雷速を遥かに超えた斬撃が放たれる。
 その軌跡を目で追うことは、およそ人の身では不可能だろう。
 とは言え、視線や体勢などから得られた情報によって先読みすることはできる。
 故に俺は自らの予測に従って先んじて回避を始め……。
 光速の一閃による被害を、何とか皮一枚を僅かに切らせるのみに留めた。
 だが――。

「これで、終わりだ」

 そこまでは鏡像もまた想定できていたようだ。
 彼は余裕を見せつけるように一旦距離を取って宣言すると、再度同様の攻撃を仕かけようとしているかのように構えを取った。
 対して、こちらもまた全く同じように、相手の僅かな予備動作から読み取った情報を基に回避を試みる…………ような素振りだけを見せる。

 先の分かり易い正面からの斬撃は、俺の頭に残像を残すためだけのものだ。
 間違いなく次は、あのような単純明快なものではないだろう。
 その撒き餌の如き攻撃でさえ、正攻法で対処しようとするなら全神経を集中してようやく致命傷を避けることが可能となるレベルだったのだ。
 ほんの少し手を変えるだけで、不可避の一撃へと昇華することができる。
 仮に俺が彼と同等の力を持って自分自身と相対していたなら、それこそ相手の殺し方などダース単位で考えつく。
 故に彼もまた。赤子の手を捻るようなものだと確信を抱いていたに違いない。
 だが、その直後。

「何っ!?」

 ショウジ・ヨスキの鏡像の驚愕に彩られた声が、真後ろ・・・から響いた。
 彼は先程の攻防を繰り返すと見せかけ、一度探知の届かない遥か彼方へと転移していた。そこから俺の命を絶たんと背後から光速で突っ込んできたのだ。
 常人ならば認識不可能な速度で後頚部へと振るわれた刃。
 しかし、それが俺の首に届くことはなかった。
 振り返りもせずに俺が間に差し込んでいた印刀ホウゲツの刀身によって受けとめられ、完全に防がれていたからだ。
 踏ん張って威力を殺すのに数十メートル空中を滑るように移動させられる羽目にはなったものの、ダメージは僅かたりともない。

「はあっ!!」

 そして俺は速度が十分減じられたところで刃を弾き、振り返りつつ刀を薙いだ。
 対して鏡像は、すぐさま転移によって軌道上から退避して距離を取り……。
 表情に驚愕を色濃く滲ませながら体勢を立て直した。

「ぐ……偶然か。悪運の強い奴め」

 ショウジ・ヨスキの鏡像。五百年もの間、様々なものを映し出して全ての力を蓄積してきたものの集合体とでも言うべき存在。
 その知識と経験を以ってしても、必殺の一撃を完璧に防がれてしまったその理屈は僅かたりとも理解できなかったようだ。
 動揺を顕にした彼は、偶然に過ぎないと目を逸らすことしかできていない。

 ……まあ、実際あり得ないことではある。
 光速移動からの攻撃は勇者と謳われた父さんが得意としているものであり、もし敵対したら俺がどれだけ強くなっても確実に勝てると言い切れない要素でもある。
 使用者本人でさえ下手に扱えば自滅しかねない物理的な上限の速度。
 それをショウジ・ヨスキの鏡像は、父さん以上の練度で完璧に制御していた。
 これを真っ当な手段で防ぐことができる者など、この世に存在しないだろう。
 運がよかった。普通なら、そう考える以外ない。

「そう思うのなら繰り返してみればいい。単なる偶然に過ぎないのなら、そう何度も続くようなことはあり得ないだろう」
「言われるまでもない! 奇跡は、これ切りだ!」

 嘲るように不敵に笑った俺を前にして、ショウジ・ヨスキの鏡像は焦燥と苛立ちを打ち消そうとするように声を荒げながら応じた。そして、その姿を眩ます。
 俺が風の力によって探知可能な範囲の外側へと再び転移したのだろう。
 対して俺は体の向きを変えないまま、刀身を立てた状態で印刀ホウゲツを右に動かした。直後、不滅の概念を持つ刃が光速の斬撃を受けて凄まじい音を立てる。
 右側面から突っ込んできたようだ。

「馬鹿な」

 信じられないものを目にしたかのように呆然と呟いた鏡像は、目の前で展開された光景を頭から振り払おうとするが如く即座に姿を再び消す。
 そして今度は、俺を串刺しにせんと真正面から突きを放ってきた。
 線ではなく点の攻撃。防ぐのは容易いことではない。
 しかし、俺はそれを不滅の概念を頼みにして刀の鎬で正確に受けとめ……。
 後方へと雷速で翔けて威力を殺しつつ、体を捻って相手を後ろへと受け流した。

「ぐっ」

 体勢を崩した鏡像は一瞬硬直するが、俺が反撃を繰り出すよりも早く転移する。
 それから現実を否定するように、光速移動からの攻撃を何度となく繰り返した。
 袈裟。左切上。唐竹。逆袈裟……。
 四方八方から放たれる斬撃。
 本来ならば一つ一つが不可避の一撃だ。
 しかし、俺はその全てを印刀ホウゲツ一本で防いでいった。
 偶然はそう何度も続くものではない。
 つまるところ全くの必然ということだ。

「馬鹿なっ!!」

 そうした結論を受け入れられず、理不尽な状況への怒りを込めて叫ぶ鏡像。

「この一撃は世界最速。探知範囲外からの攻撃は認識も反応もできず、対象は一刀の下に両断されるのみ。だと言うのに――」

 理解の及ばない存在と対峙したかの如く、彼は狼狽を隠すことができていない。
 その姿は少しばかり滑稽だが……。
 眼前の存在は、長きにわたって観測者の頂点に君臨し続け、世界の守護者の如く救世というシステムを保ち続けてきた者。
 だからこそ、このようなイレギュラーが突如として発生することは、彼にとっては想定外以外の何ものでもないだろう。
 その衝撃は五百年の蓄積を知らぬ俺には計り知ることができるものではない。
 このような反応をしてしまうのも無理もないことだろう。

「何故だっ! 何故、こうも避け続けられる!? 未だにお前は生きている!?」
「何故、か。教えてやろう。お前の攻撃が甘いからだ」

 攻撃力という点では俺の身体強化をも上回っていたのだから、隙間のある弾幕なぞ張らずに面で制圧してしまえばよかったのだ。
 実際、小手調べのような最初の攻防を相手に乗り越えられてしまったならば、本来の彼はそうしていたことだろう。しかし、そうはしなかった。
 必然的に悪手ばかりを選ばされていたのだ。
 即ち……。

「少し違うか。言い換えよう。お前は俺に対して、回避する余地を残した攻撃しかしていない。無意識に、そう仕向けられているんだ」
「な、何を……お前は何を言っているんだ」

 思考が空転し、俺の言葉の意味に理解が及ばないことも含めて。
 最初からショウジ・ヨスキの鏡像は俺達の術中にはまっている。
 だが、もう少しだけ。
 時間稼ぎにつき合って貰うとしよう。
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