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最終章 英雄の燔祭と最後の救世
334 僅かな空隙への楔
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再びアコさんの力によって視界が移り変わる。
おさらいをするように、まずリクルの視点とルトアさんの視点へ。
しかし、状況に大きな変化はない。
先程まで見ていた光景を指して現時点の状況だとアコさんが告げていたことから考えても、あの最後の場面から時間はほとんど経過していないようだ。
リーメアの力で意識を維持している夢の世界。
主観時間も彼女の力によって調整されて、時間の流れが現実よりも緩やかになっているようだから当然と言えば当然だ。
「何も変わりはしない。このまま彼女達は、君が命を失うその瞬間まで悪足掻きを続けるだけだ。……けどイサク、君はいつでもこれを見るのをやめていい」
【ガラテア】への敵意を隠さずに、それでもアコさんはまだ俺を気遣おうとする。
彼女自身としても俺に責められたり、詰られたりするのは構わないが、無用に罪悪感を積み重ねるような行為は好んで行いたくないのだろう。
気持ちは理解できなくもない。
「リーメアに穏やかな夢でも見せて貰えば、安らぎの中で終わりを迎えることだってできる。それでは駄目なのかい?」
「はい。全て見届けさせて下さい、アコさん」
「…………頑固な奴だな、君も」
問いに即答した俺に対し、アコさんは疲れ果てたように深く嘆息する。
彼女には申し訳ないが、これは必要なことだ。
全てを覆すためにも。
「イサクはもう覚悟を決めた。私と共に世界を壊す覚悟をな。下らない揺さぶりなぞ意味はない。そんな暇があるなら、もっと決定的な状況とやらを見せてみろ」
「くっ、この……それこそが下らない揺さぶりだろうに。……だったら、見るといいさ。自分が死に至るまでをじっくりと」
怒りを必死に抑え込もうとするように声を震わせながら応じるアコさん。
【ガラテア】の挑発にだけは、彼女も冷静さを保つことができないようだ。
単純に人類の脅威だからというだけでなく、自分達の半ば生き地獄のような状況を作った元凶とも見なしているからだろう。
そんな彼女の姿に居た堪れない気持ちを抱いていると、眼前の光景が一変する。
どこか薄暗い、神社を思わせる木造の広い部屋の中。
その中心には氷漬けになった俺とサユキ、そしてテアの姿があった。
視点はどうやらヒメ様のものらしい。
「ごめんなさい……ごめんなさい……イサク様」
その傍らでは、床に手を突いて座り込んだイリュファが俯きながら涙を零し、謝罪の言葉を口にし続けている。
ことここに至り、改めて罪悪感が襲いかかってきたのかもしれない。
俺を犠牲に世界を救う。その選択をなした事実を眼前の氷像に突きつけられて。
そうした様子をヒメ様は憐れに思いながら、言葉をかけずに見守っている。
イリュファが防衛機制を働かせ、責任転嫁や諦観へと導くような甘言がその心に届きやすくなるタイミングが訪れるのを待つつもりでいるようだ。
まるで詐欺師のようだが、彼女達は精神状態と肉体が連動する少女化魔物。
少なくともイリュファの命を守るためには、必要なことであるとも言える。
勿論、それは俺達が諦めていたら、の話だが。
「少女残怨……か。厄介……だな。……ヒメ」
そこへ独特な間と共に声がかけられ、ヒメ様はイリュファから視線を移した。
すると、初めて見る少女化魔物が視界の中に入ってくる。
簡素な麻の貫頭衣といくつもの勾玉を紐に通した首飾りのみを身に着けた、古代日本の住人のような姿の厳しい表情を浮かべた女の子。
深く深く眉間に寄せられたしわが、整った顔立ちを痛々しいものに変えている。
「彼女は……?」
「特異思念集積体ヤハタノカミの少女化魔物チサ。見ての通り――」
そうやってアコさんが俺の問いに答える間に。
チサと呼ばれた少女は手に持った仰々しい形状の弓に矢をつがえ、流れるような動作で俺の心臓目がけて放った。そして――。
「彼女は君の命を奪う役割を負った子だ」
矢が命中するのと同時に、アコさんはそう言葉を続ける。
とは言え、その一撃が氷を傷つけることはなかった。
先程までの矢と同一であれば、当然の結果ではある。
しかし、本来ならば確実に人間一人の命を容易く奪える威力を有するもの。
それを一切の躊躇なく、表情の変化もなく真正面から撃ち放つことは、確かに同じことを何度も繰り返した者のなせる業としか言いようがないだろう。
……だが、まるで苦悩を表す能面をつけているかのように開かれることのない眉は、彼女の本心を何よりも雄弁に物語っている。
「チサ。大丈夫、ですか?」
そんな彼女の精神状態を心配するようにヒメ様が問う。
その脳裏に、まだ幼気な少女化魔物だった頃のチサさんを思い浮かべながら。
かつての彼女は、優しく美しい心の持ち主だったらしい。
あどけない少女の笑顔の記憶を見る限り、それは紛れもない真実なのだろう。
けれども、チサさんの暴走・複合発露〈南無八幡荒魂〉は、祈望之器の持つ効果を大幅に増幅させる力を持っていた。
結果、祈望之器ガーンディーヴァとフラガラッハを以って救世の転生者の息の根をとめるという余りにも酷な役割を負わされることとなり……。
その重荷から精神を守るために、このような性格になってしまったようだ。
他の彼女達と違って、意図して俺と会おうとしなかったようだが、それも殺す相手に情を抱かないようにするためだったらしい。
そうした背景を知ってしまっては、責める気持ちも生じない。
ただただ憐れなだけだ。
「問題……ない。だが……己と……今ある祈望之器では……この氷は破れん」
「はい。分かっています。既にテレサにアマラの下へ向かわせました。それ程時間を置かずに、あの複製改良品を持ってくることでしょう」
ヒメ様の言葉に、傍にいたトリリス様が深い溜息をついてから口を開く。
「しかし、まさか、あれまで使う羽目になるとはナ」
「余りに強過ぎるが故に、禁忌の力として記録からも抹消するはずでしたが……やはり観測者の想いというものは、決して侮ってはいけないのです……」
トバルとヘスさんが真正少女契約を結んだことにより、祈望之器を第六位階のまま完全複製することができるようになった。
それを更に一歩進ませて、一度限りで崩壊するデメリットを付与する代わりにオリジナルよりも効果を強めるに至った複製改良品。
ヒメ様達が口にしたのはどうやら、ガーンディーヴァとフラガラッハ、それからメギンギョルズをその仕様で複製改良したものであるようだ。
そこに狂化制御の矢を使用したチサさんによる祈望之器強化まで加われば、如何に少女残怨によって強固な鎧と化した氷であれ撃ち抜けるだろう。
俺から見ても、そう断言できる。
「成程」
【ガラテア】もまた、同時に納得したように告げた。
「これを根拠に貴様は私達が詰んでいると言っている訳だ」
「そうとも。後はもう時間の問題だ。氷は間もなく打ち砕かれ、イサクは死に、それに伴って【ガラテア】、お前も滅び去る。救世は、果たされる」
「ふ、ふふふふ。さて、それはどうかな」
「……さっきから、その自信は何だ。一体、何を考えている」
笑い声を響かせる【ガラテア】に対し、忌々しげに問うアコさん。
対する【ガラテア】は一層笑みの気配を深めた。
「すぐに分かる。だが、どうしても知りたいのであれば、あのルトアとか言う少女化魔物の視点を見てみるといい」
「何だって……?」
不審そうな声を上げながらも、アコさんは確認せずにいる訳にもいかないと考えたのだろう。再びルトアさんの視点へと視界が切り替わる。
しかし、彼女の状況に変化はなかった。
鏡像に道を塞がれたまま、死への恐怖と激しい焦燥に心を苛まれながら頭の中で必死に打開策を探っている。
「何も変わ――」
それを目にして、苛立ち混じりにアコさんが物言いをつけようとした次の瞬間。
「いいや。さあ、潮目が変わるぞ」
言葉を遮って嘲笑った【ガラテア】の言葉を合図とするように。
突如として廊下に蜘蛛の糸が張り巡らされ、更には何らかの植物のツタがルトアさんの鏡像に絡みついて身動きを封じた。
「なっ!?」
想定外の事態だったのか、アコさんは驚愕を顕にする。
そんな彼女とは対照的に。ルトアさんは、その現象に対して疑問を抱いたりするよりも己に課せられた役割を優先し……。
蜘蛛の巣の隙間を翔け抜けて、立ち塞がる鏡像を突破していったのだった。
おさらいをするように、まずリクルの視点とルトアさんの視点へ。
しかし、状況に大きな変化はない。
先程まで見ていた光景を指して現時点の状況だとアコさんが告げていたことから考えても、あの最後の場面から時間はほとんど経過していないようだ。
リーメアの力で意識を維持している夢の世界。
主観時間も彼女の力によって調整されて、時間の流れが現実よりも緩やかになっているようだから当然と言えば当然だ。
「何も変わりはしない。このまま彼女達は、君が命を失うその瞬間まで悪足掻きを続けるだけだ。……けどイサク、君はいつでもこれを見るのをやめていい」
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気持ちは理解できなくもない。
「リーメアに穏やかな夢でも見せて貰えば、安らぎの中で終わりを迎えることだってできる。それでは駄目なのかい?」
「はい。全て見届けさせて下さい、アコさん」
「…………頑固な奴だな、君も」
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【ガラテア】の挑発にだけは、彼女も冷静さを保つことができないようだ。
単純に人類の脅威だからというだけでなく、自分達の半ば生き地獄のような状況を作った元凶とも見なしているからだろう。
そんな彼女の姿に居た堪れない気持ちを抱いていると、眼前の光景が一変する。
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視点はどうやらヒメ様のものらしい。
「ごめんなさい……ごめんなさい……イサク様」
その傍らでは、床に手を突いて座り込んだイリュファが俯きながら涙を零し、謝罪の言葉を口にし続けている。
ことここに至り、改めて罪悪感が襲いかかってきたのかもしれない。
俺を犠牲に世界を救う。その選択をなした事実を眼前の氷像に突きつけられて。
そうした様子をヒメ様は憐れに思いながら、言葉をかけずに見守っている。
イリュファが防衛機制を働かせ、責任転嫁や諦観へと導くような甘言がその心に届きやすくなるタイミングが訪れるのを待つつもりでいるようだ。
まるで詐欺師のようだが、彼女達は精神状態と肉体が連動する少女化魔物。
少なくともイリュファの命を守るためには、必要なことであるとも言える。
勿論、それは俺達が諦めていたら、の話だが。
「少女残怨……か。厄介……だな。……ヒメ」
そこへ独特な間と共に声がかけられ、ヒメ様はイリュファから視線を移した。
すると、初めて見る少女化魔物が視界の中に入ってくる。
簡素な麻の貫頭衣といくつもの勾玉を紐に通した首飾りのみを身に着けた、古代日本の住人のような姿の厳しい表情を浮かべた女の子。
深く深く眉間に寄せられたしわが、整った顔立ちを痛々しいものに変えている。
「彼女は……?」
「特異思念集積体ヤハタノカミの少女化魔物チサ。見ての通り――」
そうやってアコさんが俺の問いに答える間に。
チサと呼ばれた少女は手に持った仰々しい形状の弓に矢をつがえ、流れるような動作で俺の心臓目がけて放った。そして――。
「彼女は君の命を奪う役割を負った子だ」
矢が命中するのと同時に、アコさんはそう言葉を続ける。
とは言え、その一撃が氷を傷つけることはなかった。
先程までの矢と同一であれば、当然の結果ではある。
しかし、本来ならば確実に人間一人の命を容易く奪える威力を有するもの。
それを一切の躊躇なく、表情の変化もなく真正面から撃ち放つことは、確かに同じことを何度も繰り返した者のなせる業としか言いようがないだろう。
……だが、まるで苦悩を表す能面をつけているかのように開かれることのない眉は、彼女の本心を何よりも雄弁に物語っている。
「チサ。大丈夫、ですか?」
そんな彼女の精神状態を心配するようにヒメ様が問う。
その脳裏に、まだ幼気な少女化魔物だった頃のチサさんを思い浮かべながら。
かつての彼女は、優しく美しい心の持ち主だったらしい。
あどけない少女の笑顔の記憶を見る限り、それは紛れもない真実なのだろう。
けれども、チサさんの暴走・複合発露〈南無八幡荒魂〉は、祈望之器の持つ効果を大幅に増幅させる力を持っていた。
結果、祈望之器ガーンディーヴァとフラガラッハを以って救世の転生者の息の根をとめるという余りにも酷な役割を負わされることとなり……。
その重荷から精神を守るために、このような性格になってしまったようだ。
他の彼女達と違って、意図して俺と会おうとしなかったようだが、それも殺す相手に情を抱かないようにするためだったらしい。
そうした背景を知ってしまっては、責める気持ちも生じない。
ただただ憐れなだけだ。
「問題……ない。だが……己と……今ある祈望之器では……この氷は破れん」
「はい。分かっています。既にテレサにアマラの下へ向かわせました。それ程時間を置かずに、あの複製改良品を持ってくることでしょう」
ヒメ様の言葉に、傍にいたトリリス様が深い溜息をついてから口を開く。
「しかし、まさか、あれまで使う羽目になるとはナ」
「余りに強過ぎるが故に、禁忌の力として記録からも抹消するはずでしたが……やはり観測者の想いというものは、決して侮ってはいけないのです……」
トバルとヘスさんが真正少女契約を結んだことにより、祈望之器を第六位階のまま完全複製することができるようになった。
それを更に一歩進ませて、一度限りで崩壊するデメリットを付与する代わりにオリジナルよりも効果を強めるに至った複製改良品。
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そこに狂化制御の矢を使用したチサさんによる祈望之器強化まで加われば、如何に少女残怨によって強固な鎧と化した氷であれ撃ち抜けるだろう。
俺から見ても、そう断言できる。
「成程」
【ガラテア】もまた、同時に納得したように告げた。
「これを根拠に貴様は私達が詰んでいると言っている訳だ」
「そうとも。後はもう時間の問題だ。氷は間もなく打ち砕かれ、イサクは死に、それに伴って【ガラテア】、お前も滅び去る。救世は、果たされる」
「ふ、ふふふふ。さて、それはどうかな」
「……さっきから、その自信は何だ。一体、何を考えている」
笑い声を響かせる【ガラテア】に対し、忌々しげに問うアコさん。
対する【ガラテア】は一層笑みの気配を深めた。
「すぐに分かる。だが、どうしても知りたいのであれば、あのルトアとか言う少女化魔物の視点を見てみるといい」
「何だって……?」
不審そうな声を上げながらも、アコさんは確認せずにいる訳にもいかないと考えたのだろう。再びルトアさんの視点へと視界が切り替わる。
しかし、彼女の状況に変化はなかった。
鏡像に道を塞がれたまま、死への恐怖と激しい焦燥に心を苛まれながら頭の中で必死に打開策を探っている。
「何も変わ――」
それを目にして、苛立ち混じりにアコさんが物言いをつけようとした次の瞬間。
「いいや。さあ、潮目が変わるぞ」
言葉を遮って嘲笑った【ガラテア】の言葉を合図とするように。
突如として廊下に蜘蛛の糸が張り巡らされ、更には何らかの植物のツタがルトアさんの鏡像に絡みついて身動きを封じた。
「なっ!?」
想定外の事態だったのか、アコさんは驚愕を顕にする。
そんな彼女とは対照的に。ルトアさんは、その現象に対して疑問を抱いたりするよりも己に課せられた役割を優先し……。
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