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最終章 英雄の燔祭と最後の救世

319 同時多発的先制攻撃

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 それはホウゲツ学園の学園長室を辞去した後。
 最終決戦を明日に控え、若干落ち着かない気持ちのまま職員寮で両親やレンリを含む全員と共に意図して体を休めていた夕暮れのことだった。

「皆、戦闘準備だっ!!」

 常時発動している感知の祈念魔法が突然敵性反応を示し、俺は咄嗟に余裕なく叫びながらアーク複合発露エクスコンプレックス支天神鳥セレスティアルレクス煌翼インカーネイト〉を発動させた。
 その声とほぼ同時に父さんと母さん、それとレンリもまた各々が有している真・複合発露を用いて身体強化を行い、その身に異形の特徴を宿す。
 そして、既に慣れた動きで影の中に入っていたイリュファ達と共に、俺達は速やかに部屋の窓を突き破って外へと飛び出した。その直後――。

「ちっ」

 辺り一帯で一斉に破壊音が鳴り響き、一瞬の内に職員寮は瓦礫の山と成り果ててしまった。それどころか校舎も他の施設も尽く粉微塵になってしまっている。
 俺は感知によって直前に、そうなるだろうことは予測できていた。
 父さん達もレンリも同様だろう。
 しかし、その攻撃を半端に防ぐことよりも犯人を捕らえることを優先し、俺は被害の状況には目もくれずに襲撃者達の下へと向かった。

「そこまでだっ!」

 言いながら、数名いた男と少女化魔物ロリータ達を問答無用で氷漬けにする。
 僅かな時間でホウゲツ学園を見るも無残な状態にした者達。
 その大それた行為に反して、彼らはそれだけで行動不能に陥ってしまった。
 救世の転生者の攻撃をそれだけと表現するのはどうかとも思うが、ともあれ、どうやら彼らは単純な攻撃系の複合発露エクスコンプレックスしか有していなかったらしい。
 もっとも、その攻撃力はアーク暴走パラ複合発露エクスコンプレックス並みかそれ以上のようだったが。

 気配の発生の仕方からして、どこからともなく転移してくると同時に、全方位に無差別攻撃を仕かけたのだろう。
 攻撃力全振りの奇襲。突発的なテロのようなものだ。
 さすがの俺達も、それでは全てを守り切ることなどできはしない。
 ……とは言え、彼らの攻撃による死傷者はゼロだろう。
 俺達が職員寮の自室を飛び出した時には既に、ホウゲツ学園の敷地内にいた者達は俺達を除いて全員、既に各々がいた位置から姿を消していたからだ。
 セト達も、ラクラちゃん達も。
 それを感知によって感じ取っていたからこそ、俺は意識を分散させることなく犯人達にのみ集中することができていたのだ。

「にしても一体、何なんだ。こいつらは」

 一瞬を切り取られたかのように氷の中で佇む者達。
 その表情は直前に現れた俺を認識した様子もなく、ただただ虚ろだった。

「まるで人形のようですね」
「……そうだな」

 隣に立ったレンリの言葉に同意するように頷く。
 人間ならば行動には何かしらの動機があるだろう。
 だが、例えば人間至上主義者のように、何か特別な主義主張があるようには全く見えない。かつて討伐した人形化魔物ピグマリオン【コロセウム】や【終末を告げる音】のように、扇動されたり、負の感情を増幅されたりしている感じもない。
 別の何者かの意思が介在しているようにしか思えない様相だ。
 人々を道具の如く使い捨てにする邪悪な存在が、背後にいるように感じる。

「もしかして――」

 最終決戦が間近に迫っている今。
 それをかの存在と結びつけてしまうのは無理もないことだろう。

「【ガラテ……」

 故にその予想を口に出しかけたが、正にその瞬間。

「っと」

 突然、視界が移り変わり、思わず小さく声を上げてしまった。
 この現象は間違いなくトリリス様の〈迷宮悪戯メイズプランク〉によるもの。
 敷地内にいた他の人々と同様、俺達も学園地下の空間に移動させられたらしい。
 目に映るのは見慣れた形状の部屋。
 職員や生徒の姿は見当たらない。彼らが避難したのとは別の場所のようだ。
 その中央には数時間前に会ったトリリス様とディームさんの姿がある。
 予定よりも遥かに早い呼び出しであることを除いても、緊急事態以外の何ものでもない。二人の焦ったような表情もそれを物語っている。

「トリリス様、ディームさん。これは一体、何ごとですか?」
「すまないが、まだワタシ達も正確には把握できていないのだゾ」
「突発的に攻撃を受けたことだけは間違いないのですが、どうも他の場所でも同様の襲撃があったらしく、情報が錯綜しているのです……」
「他の場所でも!? …………同時多発的な、先制攻撃?」
「可能性は高いのです……」

 これは【ガラテア】の仕業と見て、ほぼ間違いなさそうだ。
 だが、あるのは憶測に憶測を重ねた状況証拠だけだ。
 頭の中はその前提で思考が巡っているが、如何せん情報が足りな過ぎる。

「イサクッ!」

 と、そこへ気配がいくつか増え、注意を促すように母さんが俺の名を呼んだ。
 どうやら何者かがどこからか転移してきたようだ。
 とは言え、この場所に直接転移してくることができる者は限られている。
 気配の方向へと目を向けると案の定。そこに現れたのは奉献の巫女ヒメ様と、彼女直属の部下で転移の複合発露を持つテレサさんだった。

「お久し振りです」

 相手はこの国のトップ。
 丁寧に対応したいところだが、緊急事態だ。
 挨拶はそこそこにすぐ言葉を続ける。

「ヒメ様。状況を教えて下さいますか?」
「はい。……現在、世界各地に【ガラテア】に拉致されて行方不明になっていた者達が次々に出現し、破壊行為をなしているようです。ほぼ間違いなく【ガラテア】が裏で糸を引いているものと思われます」

 やはり。先手を打たれてしまった訳だ。
 拉致された行方不明者が襲撃者ということなら確定的だろう。

「その力と勢いは凄まじく、作戦に従事するはずだった少女征服者ロリコン達の多くを駆り出して対応しなければならない状況です。それもいつまで持つかどうか」

 ヒメ様はかつてなく深刻そうに告げる。
 他の場所は、かなりの被害が出てしまっているようだ。
 ホウゲツ学園では被害がゼロだが、さすがにここを基準に考えてはいけない。
 即座に救世の転生者が対処に出て、ミノタウロスの少女化魔物がその複合発露によって全員を危険地帯から遠ざける。それも言葉もなく、阿吽の呼吸で。
 そんな連携を瞬時にできる体制が整っている場所はそうないだろう。
 特にトリリス様の存在がなければ、どれだけ被害が出ていたか知れない。

「こうなっては数を確保できませんが、作戦を強行するしかありません」
「……まさかイサクを単独で行かせようとでも言うつもりか?」

 母さんが鋭く睨みながら険のある声で問う。
 すっかりヒメ様達への敬意は薄れてしまったらしい。
 少しヒヤヒヤする。

「いえ。幸い、ホウゲツにはアマラ達がいるおかげで祈望之器ディザイア―ドによる底上げができます。他の国よりも僅かながら余裕がありますので、纏まった数を陽動に出すことは不可能ではありません。当初の予定に比べ、規模は小さくなりますが……」

 対してヒメ様は、そんな母さんの態度に不快さを欠片も見せることなく、ただただ申し訳なさそうに告げた。
 自分達の落ち度だとでも言わんばかりだが、相手にも意思というものがある。
 徹頭徹尾想定通りとはいかないものだ。

「状況が状況だから仕方がないよ、母さん」
「むう……分かって、いるのじゃ」

 こんなところで突っかかっても仕方がないのは母さんも承知しているはずだ。
 渋々という感じではあるものの、母さんは引き下がって瞑目した。
 視線をヒメ様に戻し、改めて口を開く。

「とりあえず現状は分かりました。となると、陽動の人員が集まるまではここで待機する感じですか?」
「そうなります。その間に準備を整えておいて下さい」
「……分かりました」

 とは言っても、物理的な準備は特にすることはないが……。
 大幅に早まってしまった最終決戦を前にして、俺達は緊迫感を抑え込みながら静かにその時を待ったのだった。
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