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最終章 英雄の燔祭と最後の救世

311 心残りのないように

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「ところでルトアさん、今日の夜って空いてます? ちょっと食事会をしようかと考えてるんですが」

 ホウゲツ学園内の補導員事務局受付にて。
 特に目ぼしい依頼も救世の転生者への伝言もないことを確認した俺は、彼女と軽く世間話をした後、区切りのいいところで本題を切り出した。

「ええと、食事会、ですか?」
「はい。どうも、そろそろっぽいんで。色々と。その前に決起集会的な」

 今日は二人体制だったらしく、傍にケット・シー妖精猫少女化魔物ロリータであるルーフさんもいるので、迂遠な言い回しで最終局面が近いことを示唆する。
 ルトアさんはそれで諸々察しがついたらしく、納得の表情を浮かべた。
 それからチラリと様子を窺うように近くにいるルーフさんを見る。
 一応は仕事中であるはずの彼女は半分目を閉じた無表情のまま、あらぬ方向を見詰めていた。ルトアさんの視線を感じているはずだが、反応らしい反応はない。
 相変わらずの姿だ。何か見えてはいけないものが見えているようで怖い。
 サユキを遥かに上回るマイペース具合だ。
 きっとルーフさんは遥か先の未来まで、このまま変わることはないだろう。
 救世の転生者が世界の滅びを防ぎ続ける限りは。
 ……まあ、彼女のことはいい。

「それで、どうですか?」

 意識をルトアさんに戻して、改めて問いかける。すると――。

「はい! 特に予定はありません! 是非ご一緒させて下さい!」

 ルトアさんは嬉しそうに承諾してくれて、俺は内心ホッとした。
 何となく。今日を逃したらまずいような、そんな予感もあったから。
 そして多分。その予感は気のせいではないのだろう。

「じゃあ、ルトアさん。仕事が終わる頃に迎えに来ますね」
「分かりました! 楽しみにしてますね、イサク君!」

 それから元気よく返事をした彼女と笑顔で別れ、適当に時間を潰して夕刻。
 約束通りに再び補導員事務局を訪れた俺は早速、残業なしで仕事を終えたルトアさんと共に空高く浮かび上がり、目的地へと出発した。
 サンダーバードの少女化魔物たる彼女とのアーク複合発露エクスコンプレックス裂雲雷鳥イヴェイドソア不羈サンダーボルト〉を共に用い、赤く染まりつつある空に雷光を放ちながら。

「ふんふーん」

 隣のルトアさんからは、機嫌のよさそうな鼻歌が風の探知を通じて届いてくる。
 そう言えば、こうして二人編隊を組んで飛行するのは初めてのことだったか。
 前にデートという名の調査をしに行った時は公共交通機関を使ったし、補導員事務局の受付である彼女を連れて仕事に行くこともなかったからな。
 後者については余り性格が戦闘に向いていないという事情もあるが……。
 いずれにしても、横に並んで空を飛ぶというのも悪くないものだ。

「イサク君と一緒に飛べるの、嬉しいです!」

 似たようなことをルトアさんも考えていたのかもしれない。
 隣で楽しげな軌道が空に描かれる。
 そんな彼女の姿を見ていると、俺も何だか嬉しくなってくる。
 今日の食事会では、ルトアさんに対してではないけれども、少し真面目で大事な話をする予定になっている。
 しかし、少なくともそれまでの間は参加者にはしっかりと楽しんで欲しい。
 そのためには俺自身も心から楽しんでいなければならない。
 緊張感というものは、知らず知らず滲み出て伝わってしまうものだから。
 それだけに自然と表情を緩めてくれるルトアさんの存在はありがたい。
 彼女を呼んだ理由は、その辺にもある。

「ところで、どこに向かってるんですか?」
「生まれ故郷のヨスキ村に。自宅が食事会の会場です」
「ってことは、お母さんとお父さんも?」
「はい。主に母さんが食事を用意してくれてるはずです」
「あ、一昨日の伝言ってそれだったんですね」

 俺の答えに、納得したような声を出すルトアさん。
 その内容の通り、丁度一昨日に彼女を通じて両親に連絡を取り、昨日の朝に職員寮を訪れた二人に食事会を開きたい旨を伝えたのだった。
 当然と言うべきか、結果は二つ返事。
 昨日の今日だが、平たい胸を叩きながら任せろと言って張り切っていた母さんの様子を見るに、準備期間一日とは思えないものが出てきそうだ。

「っと、あそこです」
「あれがイサク君の生まれた村……英雄ショウジ・ヨスキが作った村の一つ……」

 見慣れた地形に懐かしさを感じながら速度を落として指差すと、ルトアさんはそちらに視線をやりながら少し感慨深げに呟く。
 列車もどきメルカトレインを利用した上で片道九時間かかっていた道のりも、俺とルトアさんならば(比較的ゆっくり来て)十分弱。父さんなら秒単位だろう。
 本当ならもっと頻繁に帰ってもよかったぐらいだが……。
 それができなかったのは、それだけ学園都市トコハにおける生活はイベントが盛り沢山だった証拠だとも言えるだろう。
 あるいは、すぐに来ることができるという認識のせいもあったかもしれない。
 とにもかくにも。ヨスキ村の入口の少し手前で地上に降り、村全体を包み込むようにして守っている結界を維持している門番のイザヤさんに近づく。
 彼は俺達の姿を認めると、一瞬湛えた接近者への警戒を打ち消して気安い微笑みを浮かべながら口を開いた。

「イサクじゃないか。帰ってきたのか?」
「はい。ちょっと家が恋しくなりまして」
「そうか。その子は?」
「彼女は俺と真性少女契約ロリータコントラクトを結んだルトアさんです」
「サユキに続いて、外でも少女化魔物と真性少女契約を結んできたのか。さすがはイサクだな。お前は昔から頭一つ抜けてたからなあ」

 俺とルトアさんを見比べながら、感心したように言うイザヤさん。
 彼女の手前、余りその辺りを褒められても居心地が悪い。
 話を進めよう。

「それより、入っていいですか?」
「ああ。勿論……とすんなり通してやりたいところだが、念のため確認だ。セト達を連れて帰ってきていたりはしないな?」
「ええ。今回は。……と言うか、ダンとトバルは真性少女契約を結んだので、もう村の掟は達成してますよ。セトはまだですけど」
「本当か?」
「本当です。トバルは学園都市トコハで出会った子で、ダンはイザヤさんも知ってるヴィオレさん達三人と」
「はあ、あの子達とか。しかし、村を出て半年ぐらいでとはな。セトはセトで飛び級したんだろ? イサクは別格の例外としても、皆優秀だな」

 再び舌を巻くイザヤさん。ちょっとまた話が逸れてしまった。
 これは俺が一々訂正したからだけれども。
 まだ子供達の最新の情報が伝わっていない様子だったから、二人の名誉(?)のためにも伝えておきたかった。

「イサクよ。いつまでも村の入口で何をしておる。早く入ってこい」

 と、そこへ迎えに出てきてくれたらしい母さんが現れ、呆れ顔を向けられる。
 そうは言うけれども、村社会では近所づきあいというものが極めて重要だ。
 小さな田舎の村だと皆、親戚のおじさんやおばさんみたいなものだし。
 いや、そもそも村の人間はショウジ・ヨスキの子孫な訳だから近い遠いはあっても全員正真正銘の親戚だ。目の前にいる彼もまた。

「イザヤ、構うまい?」
「ああ。悪かったな、引き留めて」

 戦闘力の問題か性格の問題か尊大な態度で問う母さんに、イザヤさんは普段から慣れているのか特に気を悪くした様子もなく頷く。
 そんな彼に心の中で謝りながら軽く頭を下げて門を潜り……。
 そうして俺は、久し振りに今生の生まれ故郷、ヨスキ村に戻ってきたのだった。
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