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幕間 6→最終章

AR44 揺らぐ心達

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「たとえ君の物語が終わろうとも、救世の物語は続いていく。望んでいても、いなくても。たとえ私やヒメ達の誰かが力尽きようとも、ひたすら続けていかなくてはならない。それだけが、これまでの全てを無意味にしないために私達ができる唯一のことだから。けれど――」

***

「……【ガラテア】の居場所が分かりました」

 沈痛な面持ちで静かに、しかし、ハッキリと告げられたヒメの言葉は、この場に集まった私達を消沈させて俯かせるのに十分だった。
 場所はホウゲツ学園地下の秘密の部屋。
 この集まりは公式的なものではなく、あくまでも内々のものだ。
 既に【ガラテア】が発見された場合の段取りは各所に伝わっているため、私達が今更指示を出さずとも一定のところまでは手筈通りに進んでいく。
 問題はそこから先の話。この会合が設けられた理由は、私達が最後の瞬間に決して躊躇うことのないよう覚悟を改めるためだ。
 ……傷を舐め合って罪悪感を薄めるため、とも言う。

「…………だから……彼と接すれば……情が湧く……と……言ったのだ」

 そんな私達を憐れむようにヤハタノカミの少女化魔物ロリータチサが言う。
 いつも通り灰色の瞳を瞼で隠し、深く眉間にしわを作りながら。
 しかし、私には、いや、私達には分かっている。
 心優しく純粋だった頃と本質的には何も変わっていない彼女。
 どれだけイサクを避けようとしていても、情報すら遮断しようとしていても。
 チサは私達の反応から彼の人となりを察し、私達と同等以上に苦しんでいる。
 何故ならば、彼女は私達とは比べものにならない重責を負っているからだ。

「皆は……気にするな……実行するのは……己だ」

 だと言うのに、チサは私達を気遣って一人で全て背負おうとする。
 ただでさえ最も辛い役割を担わねばならず、精神的な負担が大きいというのに。
 彼女の責務それ自体の罪深さ故に、そういった心情を吐き出すことなど許されるものではないからこそ尚のこと、苦しみは蓄積していくばかりだろう。
 けれど、そういった擁護をする資格すら私達にはない。
 最も不幸なのは私達ではないし、私達はその不幸を与える立場にあるからだ。

「…………本当にこのままでいいのかな」

 それでも、つい。私はそんな言葉を零してしまった。
 咎めるような視線が自分に集中するのを感じる。
 お前にそんなことを言う資格はないと糾弾している訳ではない。
 そも、この場にそんな資格を持つ者は誰一人としていないのだから。
 全員が全員、必死に胸の奥に抑え込んでいるもの。
 それを口に出してしまったことを責めているのだ。

「アコよ。ならば、どうすると言うのじゃ」
「レンリのように別の方法を探すとでも言うのです……?」
「そんなものは、この五百年の間に散々探したのだゾ」

 各々私を窘めるように言うが、実際のところは自分に言い聞かせているだけだ。
 これ以外には方法がないのだ、と。
 その事実を、疑問を呈した誰かに反論することによって改めて認識する。
 そういう台本染みたやり取りを、これまでにも何度かしたことがある。
 けれど……。
 今回は状況が大きく違い、私の迷いはかつてなく大きかった。
 口から零れ落ちた言葉は芝居ではなく、本心以外の何ものでもない。
 多分、皆も似たようなものだ。いつもよりも語気が強い。

「……けれど、人口増加に伴って、明確に状況が変わっているじゃないか。このまま同じ方法に固執していていいとは思えないよ」
「それは、分かっています。ですが、目の前の終わりは待ってくれません」

 ヒメは表情を強張らせ、殊更硬い口調で告げる。
 実際、最凶の人形化魔物ピグマリオン【ガラテア】との最終決戦を目前とした状況で今更言っても詮のないことではある。けれども――。

「これまで通りの救世にも想定外の事態が起きないか。それも私は心配なんだ」

 小さな要素が重なって、大事な局面で予想を覆される。
 そうなっては目も当てられない。
 失敗はイコール世界の滅亡なのだから。

「【ガラテア】がいて、救世の転生者が存在する。ならば、問題ないのだゾ」
「イサクの強さも申し分ないのです。それこそ私達の想像を遥かに超えて強くなってくれたのです。歴代最強と言っても過言ではないのです……」
「……それは、むしろ不安要素ではないのか?」
「問題……ない……祈望之器ディザイア―ドも……アマラのおかげで進歩した……何より……己の複合発露エクスコンプレックスは……その瞬間のためにこそある」

 アマラの問いかけに独特な口調のまま、しかし、重々しい響きと共に返すチサ。
 彼女ならば、確かにやり遂げるだろう。
 万一の場合は、その身に変えてでも。

「ええ。それでも尚、何か私達に対処することができない問題が生じるようであれば、あの方・・・が何とかして下さることでしょう」

 頷きながら、最後にそうつけ加えるヒメ。
 彼女は、その手に携えてきていた祈望之器を掲げて示す。
 霊鏡ホウゲツ。イサクが持つ印刀ホウゲツと対になるものとして共通認識を意図的に形成して作り上げた半ば人工的な祈望之器。
 常に印刀ホウゲツの位置を把握する効果を持つが、それはあくまでも対という認識による付随的なもの。この鏡の本質ではない。
 その真の力は、一度映し出したものを再現することができるというもの。
 私達には使えないが、どれだけ強大な力にも対抗し得る正に切り札だ。
 少女祭祀国家ホウゲツで、いや、世界で最も重要な遺産と言って間違いない。
 五百年前から、予期せぬ事態が起きてしまった場合の保険として常に厳重に保管されているものが、今回は私達の精神を安定させるために持ってきたのだろう。

 ただ、ネガティブな気持ちの今。
 万が一の時には私達の機能を代替して貰うためのものでもある、という側面の方に意識が向いてしまう。
 気休めになるどころか、追い打ちになっている気がしなくもない。

「…………所詮、私も世界を守るための道具だね」
「……そんなことは、今更だゾ。ワタシ達も含めてナ」
「私達は、普通の少女化魔物のようには生きられないのです……」
「その通りじゃ。だからこそアコよ。余り深く考えるでない」
「考えずに……ただ道具として……責務を全うすれば……いい」
「ええ。少なくとも今回の救世を終えるまでは。そしてまた、次の救世を最善の形で終えるために話し合いましょう」

 精神状態が肉体に影響を及ぼす少女化魔物だけに、私の様子を精神の摩耗と捉えたのかもしれない。各々が各々の形で私を気遣う言葉を口にする。
 こうやって一人また一人と仲間が減っていったことを私も思い出す。
 さすがにこれ以上、私の迷いに彼女達まで巻き込んでしまう訳にはいかない。
 もう、その時は迫っているのだ。
 今は全てを棚上げにしておくしかない。

「そう、だね。いずれにしても、目の前の問題を解決しないと、その先のことを悩むことすらできなくなってしまう。だから……」

 蓄積された破滅欲求を消し去らなければ、人々の営みは滅び去る。
 ここで立ち止まっては過去の救世が全て無意味になってしまう。
 私達は走り続けるより他ないのだ。

 けれど、観測者ある限り破滅欲求が消え去ることはない。
 根っこを全て取り払ったとしても、どこからともなく種が運ばれてきて再び雑草が生えてしまうように。
 今回の救世を果たしても、必ず新たな【ガラテア】は発生する。
 滅びの危機はそれが成就されるまで繰り返されるのだ。
 そんな終わることのない、終わりを迎えてはならない螺旋の中で。

「……すまない、イサク。世界のために、犠牲になってくれ」

 私達もまた泥沼の中を藻掻くような息苦しさを感じながら、今は未来のことからは目を逸らし、一つの物語の終焉に向けて歩み出したのだった。

***

「こうして振り返ってきて、私は今、一層分からなくなってきている。これも、過去の救世の転生者とは違い、今この段階でこんな風に、君の歩んできた道を一緒に見る機会を得てしまったせいかもしれないね。……ふふ、そうだね。自分からそうしておきながら、それは酷い責任転嫁だ。うん。分かっているさ」
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