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第6章 終末を告げる音と最後のピース

303 再会と迷惑料

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 特別収容施設ハスノハ。そこに収監されたセレスさんを前にして。
 俺と共に面会に来ていたフェリトは、折角の再会にもかかわらず、唇を尖らせながら彼女から視線を少し逸らして不機嫌さを表していた。
 そんな妹の姿に、姉であるセレスさんは透明な仕切りの向こう側で苦笑気味の表情と共に両手を合わせ――。

「フェリト、機嫌を直して。ね?」

 そう幼い子供をあやすような口調で告げた。
 対するフェリトは不満げな顔のまま、彼女に視線を戻して口を開く。

「だって、姉さん。いくら命を救って貰った恩返しだからって、妹の私にまで内緒にして……。ずっと心配してたんだよ?」
「うん、ごめんね。でも、目的はどうあれ、やってることは犯罪の幇助だもの。家族を巻き込めるはずないじゃない?」

 それに加えて、彼女はフェリトの動向をある程度把握していたはずだ。
 妹については何の問題もないと判断していた部分もあるかもしれない。
 まあ、もう少しフェリトの気持ちになって考えて欲しいところではあるが。
 いずれにしても姉妹の話なので、一先ず口を挟まずに見守る。

「何より、私自身が受けた恩でもあるしね」
「私も恩返しは大事だと思うよ? けど、そうだとしても、もう少しちゃんと考えようよ。犯罪なんだよ? 犯罪。軽過ぎるよ」
「でも、彼の望み自体は悪いものじゃなかったし、何より誰かの命を奪ったり、積極的に傷つけたりしようなんて人じゃないから。手助けしないとって思ったの」
「思ったのって……もう、姉さんは」

 姉のマイペースな言い分に深く嘆息したフェリトは、それから顔を上げて諦めたような呆れ気味の力のない笑みを見せた。

「まあ、姉さんらしいと言えば姉さんらしいけど」

 少し天然気味で、けれども割と頑固な面もある。
 セレスさんは元々そんな少女化魔物ロリータだったのだろう。
 それだけに、彼女と会話する中で改めて再会できた実感が湧いてきたようだ。
 口を閉ざしたフェリトは遅ればせながら少しだけ瞳を潤ませ、家族に対する親しみを湛えた柔らかい表情をセレスさんに向ける。

「姉さん。早く、出てきてね。短い面会時間じゃ全然話し足りないから」
「ええ。私の力、相当役に立つみたいだから頑張ってお仕事するわ」

 妹の言葉に若干ずれた内容で応じるセレスさん。
 フェリトが欲しかった返答はそういったものではないと思うが、まあ、確かに。
 彼女とは違って変化していないセレスさんの複合発露エクスコンプレックス不協調律ジャマークライ凶歌ヴァイオレント〉は相手を弱体化させるもの。特別労役には適しているかもしれない。
 真面目にこなせば、懲役の期間はかなり短縮されることになるだろう。
 主犯であるテネシスことロトの罪状も、全てを振り返って見ると比較的軽い。
 少なくとも殺人などの致命的な犯罪はなく、今となっては捜査にも協力的。
 勿論、今回の事件では後で治癒されることを見越していたとは言え、殺人未遂に当たる行動を少女化魔物に指示していた以上、彼の刑期は長くなるだろうが……。
 諸々込みで、セレスさんは意外と早く出てくることができるかもしれない。
 いずれ改めて、再会を記念した催しでもするとしよう。
 そう二人の横で考えていると、看守が近づいてきて口を開いた。

「時間です」
「あ、はい。……じゃあ、姉さん。また来るからね」
「ええ」

 面会の終了を告げられて名残惜しそうに言ったフェリトに、セレスさんは微笑みと共に頷く。彼女はそのまま俺に視線を移し、頭を下げながら言葉を続けた。

「救世の転生者様。どうか妹をよろしくお願い致します」
「勿論です。安心して下さい」

 即答した俺に安堵したのか、セレスさんはもう一度丁寧にお辞儀をしてから面会室を出ていった。その背中をフェリトと共に見送る。
 そうしながら俺は、若干の気まずさと共に隣の彼女に目を向けた。

「……セレスさんにはああ言ったけど、結局、状況に助けられるばかりだったことを知られたら幻滅されるかもな。フェリトも、ごめんな」

 本当なら俺の手で助け出したと胸を張って言えるような状況にしたかったところだが、結局はこういう形に終わってしまった。
 そもそも、助け出すという表現も正しいのか分からない有様だ。
 結果としては上々ではあるものの、何とも締まらない。
 勿論、無事に再会できたことに勝るものはないが。

「いいのよ。そもそもイサクが最初に命を懸けて戦ってくれなければ、姉さんが救われる流れだってできなかっただろうし。それに私達が交わした約束は、姉さんを見つけ出すこと、だったしね。イサクはちゃんと約束を果たしてくれたわ」

 そんな俺の複雑な思いとは対照的に、フェリトは晴れやかな笑顔と共に言う。
 ものは言い様だが、少なくとも彼女自身は本心からそう思っていることが俺に向けられた表情からハッキリと分かる。僅かながら救われる。
 彼女と出会えたことは、間違いなく今生における幸運な出来事の一つだ。

「だから、私はずっと貴方と一緒にいる。ううん。だからじゃない。私が一緒にいたいから一緒にいる。これから先、何があっても。その使命が果たされた先も」
「……ありがとう、フェリト。心強いよ」

 深い親愛の情が感じ取れる彼女の声色と視線に対して俺もまた率直に感謝を口にし、それから互いに短くない時間見詰め合う。
 しばらくの間、そうしていると――。

「イチャイチャを見せつけるために私を呼んだのですかー?」

 いつの間にか面会室に入ってきていたムートが、そんな風に問うてきた。
 揶揄するような声色に羞恥心を呼び起こされ、思わず目を逸らす。
 フェリトも恥ずかしくなったようで、彼女は素早く影の中に隠れてしまった。

「可愛らしい反応ー、ありがとうございますー」

 ニヤニヤするムートに嘆息しながら、若干睨むようにしながら彼女と向き合う。

「あのな。見せつけるために呼んだって……そもそも、話があるってアコさんを通じて俺達を呼び出したのはお前の方だろう」

 元々セレスさんと面会に来る予定ではあったが、今日特別収容施設ハスノハを訪れたのは主にそれが理由だ。

「そうでしたねー」

 意に介した様子もなく、当たり前の顔で頷くムート。
 そんな彼女の様子に、文句を言っても無駄だと再度溜息をつく。

「で、何の用だ?」
「今回に至るまでー、大分迷惑をかけたのでー、一先ず謝罪をと思いましてー」
「……天下の三大特異思念集積体コンプレックスユニークが随分と殊勝なことだな」
「さすがに救世の転生者には敬意を払いますよー。地を司ると言ってもー、世界が終わってしまったら何の意味もないですからねー」

 ムートはそう言うと、真面目な顔をして言葉を続けた。

「この世界は力の強さが全てじゃないのですー。そんな単純な話だったならー、私達三大特異思念集積体が人間ごと世界を統べているはずなのですー」

 それはその通りだ。
 人間がこうも繁栄したのは、自然界の強さに留まらない別の要素によるもの。
 元の世界であろうと、この異世界であろうとそれは変わらない。
 強大な力を得た今生だからこそ、忘れてはならない事実だ。

「今回の件もー、私の力だけではどうにもできなかったのですー。それでも大地が傷つけられたままでいることが我慢ならなかったからー、ちっぽけな人間に力を貸すことになったのですー」

 生物と同じく石化していた大地。
 星を一つの命と見立てることで治癒を施し、修復したそうだが……。
 まあ、確かにムートの力ではそれは不可能だったのは間違いない。
 石化部分を破壊したところで、再利用できない破片が散らばるだけ。
 あの一定の場に残された呪いのような力は、概念的な別の力によって浄化のような形でかき消さなければ未来永劫留まり続けていたことだろう。

「救世の転生者もー、気をつけることですー。大多数の観測者に保証された力とは言えー、それだけで万能になる程ー、世界というものは甘くないのですー」
「……ああ。それは痛感してるよ」

 共通認識を上回る強固な個人の意思。
 自らを凡人と称したロトに尽く辛酸をなめさせられ続けたのは、他ならぬ彼自身の目的をやり遂げるという並々ならない強固な執念によるものだ。
 正に一意専心の結果と言える。
 いつだったか、己の激情によって少女化魔物と成り果てた少女もいたように。
 世界の摂理にさえ至るような観測者の共通認識に匹敵してしまう人の想いというものも、この世界には存在するのだ。
 そう。だからこそ。共通認識によってそうあるべきと定められた運命もまた、あるいは己の意思の力で覆すことができるかもしれない。

「……まあ、ともあれ、謝罪は受け取った。しかし、これだけのために面会を求めるなんて、お前も意外と律儀な奴だな」
「いえいえー、さすがにこれだけでは足りませんしー、私も気が済みませんー。迷惑料としてー、貴方達の手助けをさせて欲しいのですー」
「手助け?」
「その通りですー。地を司る私とー、空を司るジズにー、海を司るリヴァイアサンが揃っていればー、世界の全てを網羅していると言っても過言ではありませんー」
「ええと、つまり?」
「つまりー、全員の力を合わせればー、人形化魔物【ガラテア】の居場所も分かるはずなのですー」

 地続きの大陸ならば、その上に立っている者を探知できるベヒモスの少女化魔物たるムート。
 空に属する存在ならば全て探知できるジズの少女化魔物たるアスカ。
 海に属する存在ならば全て探知できるリヴァイアサンの少女化魔物ラハさん。
 確かに全員の力を合わせれば、この星において探し出せないものはないだろう。
 未だ潜伏先の分からない【ガラテア】を見つけ出すことも不可能ではないはずだ。
 ……しかし、そうであるならば――。

「確かにそれはこの上なく助かる。けど、相手は最凶の人形化魔物と謳われる【ガラテア】だ。それと対峙するとなれば、俺自身も最高の状態でないといけない。そのために不可欠なものがある」

 十年以上隠れ潜んでいる【ガラテア】を容易く見つけ出せるのなら、ムートが協力してさえくれれば、を探し出すことも可能ということになるはずだ。

「……もしかしてー、それは今回の不調と関係のあることですかー?」
「ああ。その通りだ。だからこそ【ガラテア】の居場所を特定することよりも優先して、彼女を探し出すために手を貸して欲しい。頼む。この通りだ」

 そう告げて恥も外聞もなく頭を下げる。
 今回の件ではもはや今更対面を取り繕っても仕方がないし……。
 リクルの居場所を知ることができるなら、みっともなくても全く構わない。

「さ、最初から手助けすると言っているのですー」

 そんな俺の姿に圧されたのか、ムートは目を丸くしながら返す。

「ありがとう。……なら早速、手続きをしないとな」

 そうして俺は、彼女の気が変わらない内にと行動を開始したのだった。
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