上 下
342 / 396
第6章 終末を告げる音と最後のピース

301 彼らの行く先

しおりを挟む
「さあ、一歩間違えれば街の住人達が砕けて散るぞ! 救世の転生者!」

 学園都市トコハの繁華街上空にその巨躯を留まらせながら、眼下に残された無数の石像に向けて土を押し固めたような塊を幾度もばら撒くテネシス。
 相対する俺は、循環共鳴状態の風の刃を放って全て粉微塵に切り刻み、一片たりとも石と化した人々に到達しないように防ぎ続けた。
 それらはゴルゴーンの少女化魔物ロリータの力によって生成された石塊ではない。
 ベヒモスの少女化魔物ムートが有する複数の力の内の一つによるものだ。
 故に、もし石像に命中してしまえば粉々に打ち砕かれること間違いない。
 万が一そうなった状態で石化を解除されでもしたら、即死は当然として、目も当てられないような悲惨な状態になってしまうことだろう。

「この、卑怯者めっ!!」

 そのような人質を利用した戦法を躊躇なく実行に移している相手には、何ら響かない言葉だとは分かっている。こちらの苦しさを示すだけだとも。
 だが、真実苦しいからこそ俺は非難せずにはいられなかった。

「恥ずかしいと思わないのかっ!?」
「目的を果たすためなら、俺は何と言われようと構わん」

 俺の問いかけを簡潔な言葉で一蹴したテネシスは、当然と言うべきか、全く堪えた様子を見せることなく攻撃を継続する。
 防戦一方の苦しい状況には僅かたりとも変化が生じない。
 ……とは言え、彼らは本気で街の住人達を殺すつもりなどないはずだ。
 何故なら、特異思念集積体コンプレックスユニークと謳われるベヒモスの力ならば、やろうと思えば土の塊を一々作り出さずとも直接石像を破壊することぐらい造作もないからだ。
 勿論、だからと言って俺が何もせずに攻撃を見送ったりしたら、石像は容赦なく砕かれることになるだろう。
 テネシスは、俺に防がれることまで考慮に入れた上で、救世の転生者をこの場に釘づけにするために絶妙に加減した攻撃を繰り返しているのだ。

「その目的とやらは、こんな非道な真似をしてまで果たさなきゃいけないものなのかっ!? それでお前は満足なのかっ!?」
「無論」

 糾弾に近い俺の問いかけにも、テネシスは少しも揺らぐことなく一言で返す。
 確固たる信念。いや、どこか狂気の気配も感じられるそれは、視野狭窄の果ての境地とても言った方がいいだろうか。
 だが、その目的とやらの中に俺の命を奪うことは入っていないようだ。
 幾人もの人質を取っている以上、全ての複合発露エクスコンプレックスを解除して無防備に攻撃を受けろ、と脅迫することも決して不可能ではない。
 しかし、彼らとしても最凶の人形化魔物ピグマリオン【ガラテア】へのカウンターである救世の転生者を、正に終局が迫るさ中に失わせるような真似は避けたいに違いない。
 人間至上主義組織とて進んで世界を滅ぼしたい訳ではないのだから。
 つまるところ彼の言う通り、全ては時間稼ぎに過ぎない。
 しかし、そうと分かっていても状況を打開する術はなく、そうと分かっているだけに尚のこと焦燥が募る。
 ここが彼らの目的において本命ではないことも確定しているから尚更だ。

「レンリ……」

 恐らく、その本命。トリリス様の力によって建物が取り払われたホウゲツ学園。
 テネシスの攻撃への対処に追われ、あちらの状況を正確に把握することはできないが、それでも視界の端には二体の巨躯が対峙する様が映っている。
制海アビィサル神龍ヴォーテクス轟渦インカーネイト〉を以って自らを巨大な蛇の如き竜と化したレンリと、ベヒモスとしての姿を顕現させたムート。
 本来ならば同じ三大特異思念集積体として正に互角であるはずの力。にもかかわらず、レンリはそんな相手に一方的にあしらわれていた。
 恐らく、あちらにはセレスさん本人がいるのだろう。
 レンリもまた、彼女の〈不協調律ジャマークライ凶歌ヴァイオレント〉によって弱体化しているのだ。

「ちっ」

 本当なら今すぐにでも助けに行きたい。
 あそこにはレンリのみならず、夏休みが終わって再開された授業を受けていた弟達や聖女の教育を受けているラクラちゃんもいる。
 ついさっきセトがロナの複合発露を使用して巨大な竜と化していたのが一瞬だけ目に映ったことからしても、巻き込まれていることは間違いない。
 そこまでは分かるが、眼下の石化された人々を守るために意識の大部分を割いているため、あちらの細かい状況までは全く把握できていない。
 そのせいで悪い想像ばかりが脳裏に浮かぶ。
 それでも人質の存在がある以上、この場を離れることはできない。

「……調子が悪いながらも、さすがは救世の転生者だな。こうして人質を取っていなければ、俺のような凡人には足止めも到底できなかっただろうよ」

 そうした葛藤を俺の表情から読んだのか、テネシスが感心した口調で告げる。
 だが、この状況では煽られているようにしか感じない。

「凡人、だと? 謙遜も過ぎれば傲慢になるぞ」

 その救世の転生者をここまで封じ込めておきながら、よく言うものだと思う。
 単に人質があるだけでは決してこうはならない。
 彼自身に相応の力がなければ不可能だ。
 正直なところ、この人生において彼以上に厄介だと思った存在はいない。
 長期的に障害として立ち塞がっていることもそうだが……。
 何か別の意図を持った大きな流れと交差しているかのような、不可思議な感覚を抱かされてもいるからかもしれない。

「ふっ、救世の転生者にそのようなことを言われるとは、俺もそこまで捨てたものではないのかもしれないな。だが……所詮、俺は肝心な時に――」

 対してテネシスが自嘲するように何かを言いかけた正にその瞬間。
 ホウゲツ学園の傍で突如ムートがベヒモスとしての咆哮を上げた。
 山と見紛うようなその巨躯から発せられた、耳をつんざくような叫びが学園都市トコハ全体を震わせるように響き渡る。

「……合図か。また会おう、救世の転生者」
「待――」

 直後、話を打ち切ったテネシスはそう告げると、その場から転移の複合発露を用いて姿を消してしまった。
 先程までの狂騒が幻だったかのように、辺り一帯が静寂に包み込まれる。
 しかし、全て現実だったことを街中に残された石像がハッキリと示していた。
 その光景を見下ろしながら、砕けんばかりに奥歯を噛み締める。
 完全なる敗北としか言いようがない。
 俺はいいように抑え込まれ、被害ばかりが出てしまった。
 治安を維持する側は、それを乱す輩が実際に行動しなければ対処を始められないもので、常に後手に回らざるを得ないことは事実。
 被害をゼロにするというのは困難極まりない。
 だが、被害者を前にそんな言い訳はできない。面目次第もない。

「くそっ」

 とは言え、石化した被害者達を前に悔いていれば事態が解決する訳ではない。
 いずれにしても、この場に留まっていても仕方がないと俺は一先ずホウゲツ学園の状況を確認するために戻ることにした。

「これは……」

 全ての建物が取り払われた何もない平らな土地。
 そこには繁華街と同様に無数の石像が残されていた。
 その中心にはレンリとラハさんが佇んでいて、その近くには――。

「セト、ダン、トバル。それにトリリス様とディームさんまで……」

 弟達と、更には彼女達までもが石像となって乱雑に転がっていた。
 砕かれた石像に比べればマシな状態だが、目を覆いたくなる状況だ。
 被害は甚大としか言いようがない。
 それを防ぐことができなかった事実に、改めて無力感を抱く。

「旦那様、申し訳ありません。私の力が及ばず……」
「……いや、仕方がないさ。それを言ったら俺なんて奴らの術中に嵌まって、まんまと身動きが取れなくなっていた訳だからな」

 状況的に、レンリを責めるようなことはできない。
 それだけ彼らは用意周到に計画を練っていた。
 そのためだけに彼らは専念していた。
 あれもこれもと色々な問題に追われていた俺達を上回ってもおかしくはない。

「ですが、ラクラさんが拉致されてしまいました」
「な、何だってっ!? いや、何で、そんな……」
「戦いの中で彼女はユニコーンの少女化魔物と真性少女契約ロリータコントラクトを結んだのですが、どうやらそれこそが彼らの目的だったようです」

 俺の疑問に対するレンリの答えにハッとする。
 ユニコーンの少女化魔物と契約を結んだ者、即ち聖女。
 まさか、今回の事件は最初からそのために……?
 と言うか、あのラクラちゃんが本当に聖女になってしまうとは。
 驚愕から思考が勝手に巡るが、しかし、ここで考察していても何の進展もない。

「旦那様、これからどうなさいますか?」
「…………とりあえず、アコさんのところに向かおう」

 だから俺はレンリの問いにそう答え、彼女に影の中に入って貰うと特別収容施設ハスノハへと〈裂雲雷鳥イヴェイドソア不羈サンダーボルト〉を用いて一気に翔けた。
 すると、俺がそうすることを想定していたのか、その入り口には詰襟に羽織を羽織った少女が待ち構えていた。

「アコさん……」
「ああ。分かっているよ」

 俺の呟くような力のない呼びかけに、彼女は労わるように頷いて応える。
 それから即座に欲しい言葉を続けてくれた。

「大丈夫。彼らの行き先は分かっているからね。勿論、ラクラの居場所も、ね」

 それを聞いて少しだけ安堵する。
 俺が期待していた通り、彼女は遠方からテネシスやムートの姿を確認して彼らの真の目的を全て把握することができていたようだ。

「彼らの本当の望みと併せて、今教えて上げるよ」

 そうしてアコさんの口からテネシス達の真実を聞かされた後。
 俺達は彼女に見送られ、ラクラちゃんの元へと向かうために特別収容施設ハスノハを後にしたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

国家魔術師をリストラされた俺。かわいい少女と共同生活をする事になった件。寝るとき、毎日抱きついてくるわけだが 

静内燕
ファンタジー
かわいい少女が、寝るとき毎日抱きついてくる。寝……れない かわいい少女が、寝るとき毎日抱きついてくる。 居場所を追い出された二人の、不器用な恋物語── Aランクの国家魔術師であった男、ガルドは国の財政難を理由に国家魔術師を首になった。 その後も一人で冒険者として暮らしていると、とある雨の日にボロボロの奴隷少女を見つける。 一度家に泊めて、奴隷商人に突っ返そうとするも「こいつの居場所なんてない」と言われ、見捨てるわけにもいかず一緒に生活することとなる羽目に──。 17歳という年齢ながらスタイルだけは一人前に良い彼女は「お礼に私の身体、あげます」と尽くそうとするも、ガルドは理性を総動員し彼女の誘惑を断ち切り、共同生活を行う。 そんな二人が共に尽くしあい、理解し合って恋に落ちていく──。 街自体が衰退の兆しを見せる中での、居場所を失った二人の恋愛物語。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう

サイダーボウイ
ファンタジー
「ちょっと冬馬君。このプレゼン資料ぜんぜんダメ。一から作り直してくれない?」 万年ヒラ社員の冬馬弦人(39歳)は、今日も上司にこき使われていた。 地方の中堅大学を卒業後、都内の中小家電メーカーに就職。 これまで文句も言わず、コツコツと地道に勤め上げてきた。 彼女なしの独身に平凡な年収。 これといって自慢できるものはなにひとつないが、当の本人はあまり気にしていない。 2匹の猫と穏やかに暮らし、仕事終わりに缶ビールが1本飲めれば、それだけで幸せだったのだが・・・。 「おめでとう♪ たった今、あなたには異世界へ旅立つ権利が生まれたわ」 誕生日を迎えた夜。 突如、目の前に現れた女神によって、弦人の人生は大きく変わることになる。 「40歳まで童貞だったなんて・・・これまで惨めで辛かったでしょ? でももう大丈夫! これからは異世界で楽しく遊んで暮らせるんだから♪」 女神に同情される形で異世界へと旅立つことになった弦人。 しかし、降り立って彼はすぐに気づく。 女神のとんでもないしくじりによって、ハードモードから異世界生活をスタートさせなければならないという現実に。 これは、これまで日の目を見なかったアラフォーおっさんが、異世界で無双しながら成り上がり、その実力がバレて世界に見つかってしまうという人生逆転の物語である。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...