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第6章 終末を告げる音と最後のピース
AR38 地を司る者
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「少女化魔物の中には自らの種族、存在に対して観測者が抱くイメージそのままに行動する者もいる。その度合いは蓄積した思念の質や大きさで変化するけれど、三大特異思念集積体ともなれば確実と言っても過言じゃない。とは言え――」
***
「ところでー、私の相手をする貴方は誰ですかー?」
旦那様が人間至上主義組織スプレマシー代表テネシスの元へと向かった後。
私に意識を向けたベヒモスの少女化魔物ムートが呑気な口調で問いかけてくる。
しかし、複合発露を使用して巨大な異形と化している状態の彼女から少女のそんな声が発せられるのは、正直なところ薄気味が悪い。
いつだったか、ラハに助力を乞うた時も似た比率で対話したことがあったが、彼女は割と重々しい声で話してくれたのでここまで酷いギャップは感じなかった。
どこか滑稽。だが、それがかえって脅威を煽っている部分もある。
真・暴走・複合発露にまで至っているとなれば尚更だ。
それでも意識して精神を落ち着かせ、ムートの問いに答えるために口を開く。
たとえ僅かであれ、避難などの対応の時間が稼げれば御の字だろう。
「…………私は、リヴァイアサンの少女化魔物ラハの契約者にして、救世の転生者イサク様の妻であるレンリ・アクエリアルです」
「ああー。あの子と真性少女契約を結んでいる人間でしたかー。そう言われてみればー、見覚えがありますー」
たったの一度。夜の海水浴場でムートが旦那様と接触を図った時に傍にいただけだったが、彼女は私のことを覚えていたらしい。
のんびりした口調とは裏腹に、多分に漏れず三大特異思念集積体としての自負は強いが見られることを考えると大分珍しい話ではあるだろう。
それだけラハと、もとい三大特異思念集積体と真性少女契約を結んでいるということが彼女にとっても特別な事実なのだと分かる。
だが、それもこの場では二言三言分の猶予しか意味をなさないようだった。
「とは言えー、誰であれ邪魔はさせませんー」
ムートは、単なる障害物に過ぎない私個人にはそれ以上興味がないと告げるように言い放つと、大地を蹴って地面を激しく揺らしながら駆けてきた。
巨体のせいで感覚が狂うが、迫り来る速度は四足獣にあり得ざるものだ。
しかし、その揺れや地に響く音に反して、彼女が出現したホウゲツ学園裏の平原には影響らしい影響がほとんど見られない。
まるで、地を司る者が意図せず大地を傷つけることはない、とでも言うように。
恐らくは、複合発露に付随する効果に違いない。
「とりあえずー、邪魔な建物は潰してしまうのですー」
だが、当然ながら何も破壊できないという訳ではないのだろう。
それは彼女の言葉からも分かる。
人工物も地に属すると見なしているのか、それらに対する忌避のようなものは特にないようだが、ホウゲツ学園を己の目的の障害として捉えているようだ。
「そうはさせません」
そんな彼女を前にして。
私は広域に展開していた水の粒子を利用して学園内のセトさん達の近くにいるラハに合図を出すと同時に外縁部に行き、サイの如き巨躯の前に立ち塞がった。
ラハとの真・複合発露〈制海神龍・轟渦〉の能力を全て発動させ、眼前の存在に匹敵する巨大な蛇の如き竜の姿と化しながら。
そして、その全身が入る程の多量の水を空中に球状に作り出し、猛烈な勢いで迫り来る彼女を宙に浮かぶ巨大な水球の中で待ち構える。
正にその次の瞬間。
「どっこいしょー」
全く以って気の抜けた声と共にムートが水の壁を突き抜けてきて、私の全身をかつてない程の強烈な衝撃が襲った。
一瞬、気が遠くなる。
しかし、私は水球内部に作り出した激しい流れと強化した身体能力、国宝アガートラムをメギンギョルズの複製改良品で増幅した力で己を支えて耐えた。
当然それらのみを重ね合わせても、三大特異思念集積体の真・暴走・複合発露には劣ってしまうが……。
ギリギリのところで私からの合図を受けたラハが狂化隷属の矢を自らに使用してくれたおかげで、ムートと同じ土俵に上がることができた。
その膂力で彼女の巨躯を受け止め、敷地内に入れることなく押し留める。
「やりますねー。さすがは海を司る力ですー。本来なら互角ですのでー、このままでは千日手になりかねませんー。ですがー、今回私には助っ人がいるのですー」
対して彼女がどこか楽しそうに間延びした声で告げると、どこからともなく奇怪な歌が聞こえてきた。それを耳にした瞬間――。
「くっ……これ、は……」
複合発露の出力が低下して体から力が抜け、徐々に彼女に押し込まれてしまう。
旦那様から聞いた覚えがある。
対象の祈念魔法や複合発露の力を抑制する複合発露。
フェリトさんの姉であるセレスという名のセイレーンの少女化魔物の力だ。
「い、一体、どこから」
少なくとも周囲に展開した水の粒子は、その存在を感知していない。
どうやら空気を伝わってきている訳ではないらしい。
となると媒介しているのは……。
「いえ、今はそれよりも――」
とにかく耐えなければ。
そう考えて、アガートラムとメギンギョルズの複製改良品の力を主体に何とか踏ん張ろうとするが、セレスの力もまた真・暴走・複合発露クラスの干渉力を有しているようで〈制海神龍・轟渦〉の弱体化が甚だしい。
結果、その巨体の圧力に耐え切ることができず……。
ベヒモスの少女化魔物ムートは私ごとホウゲツ学園を縦断していってしまった。
私達の巨大化した肉体は現在、学園全体よりも遥かに大きい。
彼女が攻撃の意図を持って通り抜けた後に残るのは無残な光景だけだ。
そう想像して奥歯を噛み締めるが――。
「先んじて隠しましたかー」
二つの巨躯が過ぎ去った後に、破壊の痕跡はなかった。
既にホウゲツ学園は綺麗に消え去り、敷地は不自然な程に平らになっている。
恐らく寸前で、学園長トリリスがその複合発露〈迷宮悪戯〉によって、学園の生徒、職員を含めて地下に移動させたのだろう。
「中々面白い小細工ですねー。ですがー、地を司ると謳われたベヒモスの複合発露〈統陸神獣・抱壌〉をー、随分となめているようですねー」
彼女はそう告げると、後ろ脚を振り上げて思い切り大地を踏みつけた。
次の瞬間、強大な地響きと共に地が震え、しかし、その振動の感じとはかけ離れた異様な形でホウゲツ学園の敷地全体が波打ち始める。
すると、その地面から学園にいた人々だけが外に放り出されてしまった。
これもまた、大地の覇者ベヒモスの力なのか。
驚愕と共に一瞬意識を囚われていると……。
「そこですねー」
彼女は目的のものを見つけたかのように呟き、私を振り払って方向転換した。
「く……」
咄嗟に私は水を操ることによって、放り出された巨体が地に叩きつけられて周辺に大きな被害が出ないように空中に留まった。
そうしながらムートの後を追う。
彼女が余りにも巨大過ぎるせいで、ホウゲツ学園に存在する何を目的としているのか、この期に及んでも全く判別できない。
それでもとにかく進攻をとめるため、背後から絡みつくようにして食い止めようとするが、彼女はものともしない。
学園の敷地に現れた人々に向けて、真っ直ぐ突き進んでいく。
「おやー?」
しかし、そんなムートの前に、突如として光の壁のようなものが生じた。
「あれは……」
確か副学園長ディームの複合発露〈破魔揺籃〉による結界。
見ると、彼女は自ら狂化隷属の矢を刺して暴走状態に入り、複合発露を暴走・複合発露とした上でメギンギョルズを体に巻いて強化している。
それによってベヒモスの全体重が乗った突進を僅かに鈍らせたが――。
「頑張りは認めますがー、余りにも弱々しい力なのですー」
セレスの力で弱体化もしているだろう複合発露の力では三大特異思念集積体の進撃を受け止め切れるはずもなく、結界は容易く砕かれてしまった。
「さてさてー、ここからが本番なのですー」
そしてムートはそう緊張感のない声で告げると、地上に吐き出された人々の前でサイの如き巨大な口を開け……。
その中から、石に覆われた何かが這い出してきた。
***
「ベヒモスの少女化魔物ムート。いくら地を司るなどと定義づけられているとは言っても、彼女が己の命を彼に預けてまで自らの役割を果たそうとするとは、さすがの私達も全く思っていなかった。あの過程も結果も、私達が意図したものじゃないってことは信じて欲しい」
***
「ところでー、私の相手をする貴方は誰ですかー?」
旦那様が人間至上主義組織スプレマシー代表テネシスの元へと向かった後。
私に意識を向けたベヒモスの少女化魔物ムートが呑気な口調で問いかけてくる。
しかし、複合発露を使用して巨大な異形と化している状態の彼女から少女のそんな声が発せられるのは、正直なところ薄気味が悪い。
いつだったか、ラハに助力を乞うた時も似た比率で対話したことがあったが、彼女は割と重々しい声で話してくれたのでここまで酷いギャップは感じなかった。
どこか滑稽。だが、それがかえって脅威を煽っている部分もある。
真・暴走・複合発露にまで至っているとなれば尚更だ。
それでも意識して精神を落ち着かせ、ムートの問いに答えるために口を開く。
たとえ僅かであれ、避難などの対応の時間が稼げれば御の字だろう。
「…………私は、リヴァイアサンの少女化魔物ラハの契約者にして、救世の転生者イサク様の妻であるレンリ・アクエリアルです」
「ああー。あの子と真性少女契約を結んでいる人間でしたかー。そう言われてみればー、見覚えがありますー」
たったの一度。夜の海水浴場でムートが旦那様と接触を図った時に傍にいただけだったが、彼女は私のことを覚えていたらしい。
のんびりした口調とは裏腹に、多分に漏れず三大特異思念集積体としての自負は強いが見られることを考えると大分珍しい話ではあるだろう。
それだけラハと、もとい三大特異思念集積体と真性少女契約を結んでいるということが彼女にとっても特別な事実なのだと分かる。
だが、それもこの場では二言三言分の猶予しか意味をなさないようだった。
「とは言えー、誰であれ邪魔はさせませんー」
ムートは、単なる障害物に過ぎない私個人にはそれ以上興味がないと告げるように言い放つと、大地を蹴って地面を激しく揺らしながら駆けてきた。
巨体のせいで感覚が狂うが、迫り来る速度は四足獣にあり得ざるものだ。
しかし、その揺れや地に響く音に反して、彼女が出現したホウゲツ学園裏の平原には影響らしい影響がほとんど見られない。
まるで、地を司る者が意図せず大地を傷つけることはない、とでも言うように。
恐らくは、複合発露に付随する効果に違いない。
「とりあえずー、邪魔な建物は潰してしまうのですー」
だが、当然ながら何も破壊できないという訳ではないのだろう。
それは彼女の言葉からも分かる。
人工物も地に属すると見なしているのか、それらに対する忌避のようなものは特にないようだが、ホウゲツ学園を己の目的の障害として捉えているようだ。
「そうはさせません」
そんな彼女を前にして。
私は広域に展開していた水の粒子を利用して学園内のセトさん達の近くにいるラハに合図を出すと同時に外縁部に行き、サイの如き巨躯の前に立ち塞がった。
ラハとの真・複合発露〈制海神龍・轟渦〉の能力を全て発動させ、眼前の存在に匹敵する巨大な蛇の如き竜の姿と化しながら。
そして、その全身が入る程の多量の水を空中に球状に作り出し、猛烈な勢いで迫り来る彼女を宙に浮かぶ巨大な水球の中で待ち構える。
正にその次の瞬間。
「どっこいしょー」
全く以って気の抜けた声と共にムートが水の壁を突き抜けてきて、私の全身をかつてない程の強烈な衝撃が襲った。
一瞬、気が遠くなる。
しかし、私は水球内部に作り出した激しい流れと強化した身体能力、国宝アガートラムをメギンギョルズの複製改良品で増幅した力で己を支えて耐えた。
当然それらのみを重ね合わせても、三大特異思念集積体の真・暴走・複合発露には劣ってしまうが……。
ギリギリのところで私からの合図を受けたラハが狂化隷属の矢を自らに使用してくれたおかげで、ムートと同じ土俵に上がることができた。
その膂力で彼女の巨躯を受け止め、敷地内に入れることなく押し留める。
「やりますねー。さすがは海を司る力ですー。本来なら互角ですのでー、このままでは千日手になりかねませんー。ですがー、今回私には助っ人がいるのですー」
対して彼女がどこか楽しそうに間延びした声で告げると、どこからともなく奇怪な歌が聞こえてきた。それを耳にした瞬間――。
「くっ……これ、は……」
複合発露の出力が低下して体から力が抜け、徐々に彼女に押し込まれてしまう。
旦那様から聞いた覚えがある。
対象の祈念魔法や複合発露の力を抑制する複合発露。
フェリトさんの姉であるセレスという名のセイレーンの少女化魔物の力だ。
「い、一体、どこから」
少なくとも周囲に展開した水の粒子は、その存在を感知していない。
どうやら空気を伝わってきている訳ではないらしい。
となると媒介しているのは……。
「いえ、今はそれよりも――」
とにかく耐えなければ。
そう考えて、アガートラムとメギンギョルズの複製改良品の力を主体に何とか踏ん張ろうとするが、セレスの力もまた真・暴走・複合発露クラスの干渉力を有しているようで〈制海神龍・轟渦〉の弱体化が甚だしい。
結果、その巨体の圧力に耐え切ることができず……。
ベヒモスの少女化魔物ムートは私ごとホウゲツ学園を縦断していってしまった。
私達の巨大化した肉体は現在、学園全体よりも遥かに大きい。
彼女が攻撃の意図を持って通り抜けた後に残るのは無残な光景だけだ。
そう想像して奥歯を噛み締めるが――。
「先んじて隠しましたかー」
二つの巨躯が過ぎ去った後に、破壊の痕跡はなかった。
既にホウゲツ学園は綺麗に消え去り、敷地は不自然な程に平らになっている。
恐らく寸前で、学園長トリリスがその複合発露〈迷宮悪戯〉によって、学園の生徒、職員を含めて地下に移動させたのだろう。
「中々面白い小細工ですねー。ですがー、地を司ると謳われたベヒモスの複合発露〈統陸神獣・抱壌〉をー、随分となめているようですねー」
彼女はそう告げると、後ろ脚を振り上げて思い切り大地を踏みつけた。
次の瞬間、強大な地響きと共に地が震え、しかし、その振動の感じとはかけ離れた異様な形でホウゲツ学園の敷地全体が波打ち始める。
すると、その地面から学園にいた人々だけが外に放り出されてしまった。
これもまた、大地の覇者ベヒモスの力なのか。
驚愕と共に一瞬意識を囚われていると……。
「そこですねー」
彼女は目的のものを見つけたかのように呟き、私を振り払って方向転換した。
「く……」
咄嗟に私は水を操ることによって、放り出された巨体が地に叩きつけられて周辺に大きな被害が出ないように空中に留まった。
そうしながらムートの後を追う。
彼女が余りにも巨大過ぎるせいで、ホウゲツ学園に存在する何を目的としているのか、この期に及んでも全く判別できない。
それでもとにかく進攻をとめるため、背後から絡みつくようにして食い止めようとするが、彼女はものともしない。
学園の敷地に現れた人々に向けて、真っ直ぐ突き進んでいく。
「おやー?」
しかし、そんなムートの前に、突如として光の壁のようなものが生じた。
「あれは……」
確か副学園長ディームの複合発露〈破魔揺籃〉による結界。
見ると、彼女は自ら狂化隷属の矢を刺して暴走状態に入り、複合発露を暴走・複合発露とした上でメギンギョルズを体に巻いて強化している。
それによってベヒモスの全体重が乗った突進を僅かに鈍らせたが――。
「頑張りは認めますがー、余りにも弱々しい力なのですー」
セレスの力で弱体化もしているだろう複合発露の力では三大特異思念集積体の進撃を受け止め切れるはずもなく、結界は容易く砕かれてしまった。
「さてさてー、ここからが本番なのですー」
そしてムートはそう緊張感のない声で告げると、地上に吐き出された人々の前でサイの如き巨大な口を開け……。
その中から、石に覆われた何かが這い出してきた。
***
「ベヒモスの少女化魔物ムート。いくら地を司るなどと定義づけられているとは言っても、彼女が己の命を彼に預けてまで自らの役割を果たそうとするとは、さすがの私達も全く思っていなかった。あの過程も結果も、私達が意図したものじゃないってことは信じて欲しい」
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