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第6章 終末を告げる音と最後のピース

287 一時の延命措置

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 レンリの元を離れて地上……炎を纏った肉塊が形作った火の鳥に覆われた、王都バーンデイトだった場所の中心部へと、一定の速度で高度を下げていく。
 既にフレギウス王国の王城、ファイーリア城は肉の波に飲み込まれた段階で完全に崩落してしまっており、華やかな外観は見る影もないどころか消滅している。
 城下の西洋的な街並みも尽く消え去っており、そこに未だ残されているのはフェニックスの少女化魔物ロリータの成れの果てだけだ。

「皆、準備はいいか?」

 そうした光景が徐々に近づいてくる中、俺は影の空間にいる彼女達、その中でも特にこれから実行する手段の要となる三人に向けて問いかけた。

「サユキはいつでも大丈夫だよ」
「ワタシも問題ありませぬ」
「フェリトちゃんも頷いてるよ」

 対して、最初にサユキがマイペースな軽さと共に、次にアスカがこちらは状況に沿った緊迫した口調で応じ、それから最後に再びサユキがつけ加えて締める。
 三人目。王城裏庭の地下室から脱した段階で既に循環共鳴に入っていたフェリトはそちらに意識の大部分を割いているため、代わりに彼女が答えたようだ。

 当然と言うべきか、フレギウス王国の王太子オルギスにすらアーク複合発露エクスコンプレックス万有アブソリュート凍結コンジール封緘サスペンド〉による凍結を破られてしまった段階で威力不足は承知している。
 まして眼下の存在は特異思念コンプレックス集積体ユニーク
 尚且つ正規の手段ではないにせよ、真性少女契約ロリータコントラクトを結んでおり、しかも暴走状態にさせられてアーク暴走パラ複合発露エクスコンプレックスにまで至ってしまっている。
 もはや生半可な力では対抗できない。
 こちらもまた、持てる力を総動員して当たる必要がある。

「……手筈通りのタイミングで狂化隷属の矢を使ってくれ」

 だから俺は僅かに躊躇しながら、しかし、それを振り切るように告げた。
 目的は抜け殻の如く虚ろな少女化魔物達の救出。
 だが、まともな精神状態の者は楽観視しても限りなくゼロに近いだろう。
 加えて、その心を救う方法はそもそも存在するのかどうかすらも分からない。
 そのような状況でこれから行おうとしていることは、厳密に言えば、ただ肉体の自壊を先延ばしにするだけの悪足掻きに過ぎないのかもしれない。
 勿論、それも俺一人が苦労するだけなら全く構わないのだが……。
 無意味な自己満足に終わる可能性が高い行動に、彼女達に多大な苦痛を伴わせてまでつき合わせることには申し訳なく思う気持ちもある。

 それでも。だからと言って何もせず、少女の形をした存在が目の前で散っていく様を見過ごすような者にはなりたくない。
 何より。可能性は限りなく低いだろうが、中には捕らえられて日が浅く、まだ自然回復が可能な少女化魔物もいるかもしれないのだから。

「負担をかけるけど、頼む」

 そう理屈をつけて自分以外に代償を払わせることに今は目を瞑り、己の我が儘を通すために彼女達に乞う。すると――。

「イサクのお願いだもん。サユキは何でもするよ」
「主様の意思はワタシの意思でありまする」

 相変わらずの反応と言うべきか。
 二人は俺の憂慮や罪悪感を笑い飛ばすように即答してくれた。
 深い集中の只中にあるフェリトも、同じように思ってくれていることだろう。
 以前、同様の負担を彼女達に強いざるを得なくなった局面においても、既に何度か繰り返したやり取りだ。
 俺自身も、彼女達から返ってくる答えがどんなものかは分かっている。
 当然、それに慣れて当たり前のように思うべきではないし、フレギウス王国の少女化魔物の状況を理解した後では一層真摯でありたいと思うが……。
 彼女達の方は、まだ一々気にしているのかと少し呆れてもいるかもしれない。

「ありがとう」

 だから本心からの感謝は一先ず簡潔に表すに留めておき、それから俺は改めて眼下に佇んでいる救われるべき相手を見据えた。
 伝え聞いた能力との符合に加え、特異思念集積体でもなければあり得ないその力の強度を鑑みても、確かにフェニックスの少女化魔物であるだろう彼女。
 その真・暴走・複合発露〈灰燼新生・輪転エターナルリカランス〉の過剰再生に伴う肥大化の速度は明確に鈍っており、限界に近づきつつあることが視覚的に分かる。
 猶予はもはや、本当に残されていないと見るべきだ。
 彼女が自壊して手遅れになる前に、速やかに行動を開始しなければならない。

「なら、まずは――」
「ワタシでありまするな」

 それを言葉で示すために口を開いて名前を呼びかけようとした俺に先んじ、アスカがそう応じながら影の中から飛び出してくる。
 その腕には自ら突き刺した狂化隷属の矢。
 三大特異思念集積体、ジズの少女化魔物たる彼女の〈支天神鳥セレスティアルレクス煌翼インカーネイト〉が真・暴走・複合発露に至れば、フェニックスの少女化魔物からの干渉を防ぐことなど容易い。
 たとえ炎に身を晒しても何ら問題はない。

「来るぞ」

 そんな彼女と共に二人、ある程度まで地上の火の鳥に近づいた正にその瞬間。
 アチラの攻撃の間合いに入ったのだろう。
 狂化隷属の矢によって俺達を狙うように仕向けられている彼女は、翼に当たる部分の膨張した肉体を蠕動させると肉塊を切り離して射出してきた。
 触れたものを過剰再生する命へと作り変える炎を纏った塊が撒き散らされ、闇夜を翔ける無数の火矢の如く迫り来る。しかし――。

「舐められたものでするな」

 アスカはつまらなそうに呟くと、その全てを風の壁で容易く防いでしまった。
 それと同時に彼女は俺と共に風の刃を放ち、炎を消し飛ばしながら、巻き込まれた者達諸共にフェニックスの少女化魔物の全身を細切れにしていく。
 再生する猶予も与えないぐらいに、絶え間なく。

「それだけ立派な翼を持ちながら、いつまで這い蹲っているつもりでするか」

 自ら刺すという裏技で抑え込んでいるものの、狂化隷属の矢による暴走の影響か口の悪くなった様子のアスカは、言いながら並行して竜巻を発生させる。
 王都全体を包み込んで渦巻く埒外の暴風。
 細かく裁断されていた肉の欠片は、それによって全て上空へと巻き上げられた。
 そして……。

「区別できるか? アスカ」
「容易いことでする。ワタシは、空を司るジズの少女化魔物でありますれば」

 当然の事実を告げるように淡々と肯定したアスカは即座に風の流れを操り、空中で各々が呼び合って再生を始めようとしている肉の欠片を選り分けていく。
 再生する速度、再生の仕方、そもそもの肉塊の微細な密度の違い等々。
 存在に備わった根本的な特性として空の全てを把握することができる彼女は、空中にて生じている現象の微細な差異を認識することもできる。
 それに従って肉の欠片は一定ごとに集められていき――。
 一時的に風の刃がやんだことで、その欠片達はそれぞれ一度人に近い形へと部分的に再生してから再び奇怪な肉塊へと変じ始めた。

「主様っ!」
「分かってる。サユキ、フェリト」
「うん。サユキも……フェリトちゃんも準備できてるよ」
「よし。なら、全て凍りつけ!」

 次いで、アスカの操る風によって俺の視界の中に次々と運ばれてくる肉の一塊。
 俺はそれら一つ一つを別々に〈万有凍結・封緘〉を用いて氷漬けにしていった。
 勿論、特異思念集積体ではないサユキの力はアスカに一段以上劣る。
 だが、凍結を破られることのないようにサユキもまた狂化隷属の矢を自ら使用して真・暴走・複合発露に至っており、更には循環共鳴の底上げも加わっている。
 おかげで〈万有凍結・封緘〉は〈灰燼新生・輪転〉の過剰再生を時間ごと封じ込め、瞬く間に個々の肉体一つ分を内包した氷の塊を無数に生み出していった。

「…………そして、最後は君だ」

 やがて王都バーンデイトに存在していた数十万人は尽く同様の処置を施され、残るはアスカの風によって未だ空中に漂っている一種類の巨大な肉塊のみ。
 再び一つとなったそれは、巨大な火の鳥の形を闇夜の空に作り出す。
 他に何者も内包していない、純粋なフェニックスの少女化魔物。
 その体は風に煽られることで羽が動き、空を飛んでいるかのようにも見える。
 伝説上の存在とは言え、自由の象徴ともされる鳥の一種。
 だが、長きにわたってあの地下室に繋ぎとめられていた彼女は、籠の中の鳥どころではない。その苦しみは計り知れるものではないだろう。

「せめて、君が少しでも罪を背負うことのないように」

 そんな彼女が救われる可能性があるのかは分からない。
 歳月によっては、もはや手遅れなのかもしれない。
 明日以降の俺達がどれだけ手を尽くしても、どうしようもないのかもしれない。
 しかし、たとえ万策尽きた最悪の状況となっても。
 先に彼女の凍結を解除して自壊させれば、少なくとも他の者達は真・暴走・複合発露〈灰燼新生・輪転〉の影響から逃れることができるだろう。
 彼女の力が原因で命を落とす者は、一人としていなくなる。
 だから――。

「今は君を、全力でこの世界に留める」

 俺は念のために借りてきていたメギンギョルズの複製改良品を影の中から取り出して己の腕に巻きつけ、全身全霊を以って〈万有凍結・封緘〉を放った。
 狂化隷属の矢を用いることで至った真・暴走・複合発露を、十分な循環共鳴とメギンギョルズの複製改良品によって最大限に強化した一撃。
 それは確かに空中の彼女を巨大な火の鳥の姿形のまま余すことなく凍結させ、その能力が及ぼす影響ごと完全に封じ込めた。
 そして王都バーンデイトを覆い隠す程の巨体を内包した氷塊は、緩やかに落下を始め、彼女に侵食されて煌びやかな王城すら影も形もなくなった地へと落ちる。
 轟音と共に、建物が風化したように崩れて堆積した砂塵が巻き上がり……。
 それが晴れた時、氷塊は衝撃で角度が変わり、中の彼女は今正に翼を広げて自由な空へと飛び立たんとするかのような体勢になっていた。
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