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幕間 5→6

AR32 ラクラちゃんの気づきと聖女選別

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「人というものは時として、自分自身でも気づいていない気持ちや欲求を胸の奥底に秘めていたりするものだ。それは時に些細な切っかけで自覚して、驚き、自分でも持て余したりすることもある訳だけれども――」

***

「また、あの夢を見るなんて……」

 伝説に謳われる憧れの聖女、その候補の一人に選ばれ、最終選別を行うための専用教育施設で今日も今日とて様々な傷病の治療方法に関する講義を受ける中。
 ボクは今朝見た夢を不意に思い出し、口の中で小さく呟いて微かに嘆息した。

 遡ること十日程前。
 暴走したバク少女化魔物ロリータがその複合発露エクスコンプレックスを用い、無差別に人々を夢の世界に閉じ込めてしまう事件があった。
 初期段階では第六位階の身体強化があれば防げたそうだけれども、最終的にはもはや眠らずにいる以外の対処法はなく、多くの人間に被害が出たと聞く。
 実際、ボクもそれに巻き込まれ、数日もの間、深い眠りに落ちてしまっていた。
 その際に、普段よりもハッキリと記憶に残る夢を見ていた訳だけれど……。

「うぅ」

 今日の朝に見た薄ぼんやりとしたそれとは比較にならない程に明瞭な内容を思い出し、ボクは思わず顔が熱くなって俯いてしまった。
 あの仮称眠り病から解放された後で、獏の少女化魔物が見せる夢には自分が心の底で望んでいるものが反映されるなどと説明されたから尚更のことだ。
 最初の方に聖女に選ばれる場面もあったことが、確かな説得力を持たせている。
 まあ、そこの部分に関してはボクの将来の目標だから当然だし、誰はばかることなく口にできるものだからいいとして。
 問題は他の場面の方だ。

 このホウゲツ学園で出会った、かの有名なヨスキ村出身の嫉妬したくなる程に優秀な同級生。その内の一人であるセト君と二人きりで街に遊びに行く夢。
 説明が嘘でなければ、つまりボクは無意識にそれを強く望んでいる訳で……。
 そうと意識してしまったせいか、それ以来、ボクは何度か似たような夢を見るようになっていた。間違いなく、自らが望んでいることだと突きつけるように。
 誰に知られている訳でもないけれども、激しい羞恥心に一層顔が下を向く。

 イサクさんではなくセト君。
 イサクさんは親しくしてくれてはいるものの、近くて遠過ぎる存在だ。
 憧れはするけれども、何と言うか、遥か雲の上の存在のような感じ。
 もし歴代の聖女様を前にしたら、似たような感覚を抱くかもしれないとも思う。
 だから、その高みに手を伸ばし続ける三人に親近感が募り、その中でも特に少女化魔物を苦手とする不利な部分があるセト君に共感する部分がある。
 もしかしたら、それが転じて好意に――。

「ラクラさん、大丈夫ですか?」
「ふえ!? は、はい!」

 そんな風に自己分析していると、講師に名を呼ばれると共にそう問われ、ボクは慌てて顔を上げて返事をした。
 静かな講義室にボクの声が殊更響いたように感じ、顔が赤くなるのを感じる。
 講義中に恥ずかしい真似をしてしまった。

「調子が悪いようなら無理をしなくても構いませんからね」
「だ、大丈夫です!」

 どうやら全く関係のない考えに囚われていたことに気づかれた訳ではなく、顔色と動作から体調が悪いと思われたようだ。
 ……と考えるのは、餡子たっぷりの餡蜜ぐらい甘い。
 講師はボクが授業に集中していなかったことに気づいて、そう言っているのだ。
 勿論、優しさからではない。
 この教育施設の目的に反して講師は異様なぐらいに優しく見えるけれども、その実、己を律することもできない者に聖女の資格はないと考えているだけだ。
 その優しさを甘受して怠けていたら、聖女への道は閉ざされることだろう。

「講義を続けます。こうした慢性的な症状の場合、闇雲に傷を治療するだけでは完治とはいかず、長期にわたっての――」

 再開された講師の言葉に顔を上げ、手早く板書をノートに写し取っていく。
 他の聖女候補の一部から視線を感じるが、気にしない。
 このホウゲツ学園に入学してから半年弱。
 飛び級をしたとは言え、まだまだ下級生であるボクが聖女候補に名を連ねたことに反感を抱いている人達がいることは既に知っている。
 この施設に来て早々に、直にそうと分かるようなことを言われたからだ。
 曰く贔屓だとか何だとか。

「――身体的には全くの健康体であるにもかかわらず、痛みの記憶が脳の誤作動を引き起こし、痛みを感じ続けてしまうこともあります」

 しかし、今は直接何かされるようなことはない。
 こちらに意識が向いているのは分かるが、そうでありながらも皆一様に講師の説明にもしっかりと耳を傾けている。
 講義以外の時間も、特段嫌がらせの類のものはない。
 と言うのも、丁度その瞬間を目撃したアーヴァンクの少女化魔物パロンさんに一喝されて以降、表立って行動しようと考える者はいなくなったからだ。

 下手な真似をして、本命たるユニコーンの少女化魔物スール様に悪い印象を抱かれては、講師の評価がどれだけよかろうと聖女になることなどできはしない。
 更には、そう人数の多くないこの閉鎖された環境で、五感に優れた第六位階の身体強化を複合発露に持つ少女化魔物が常に施設内を見回っているのだ。
 そんな状況では陰湿な手段を取ることすらできず、結果的に健全な形で競い合うような状態になっていた。

「……では、今日の講義はここまでとします」

 しばらくして講師がそう締め括ると、治療の実習を行う教室への移動が始まる。
 ボクもまた手早くノートを片づけてから、皆の流れに乗った。

「ラクラ」

 と、背中から呼びかけられ、ビクッと背筋を真っ直ぐに伸ばして振り返る。
 声の主は、聖女の治癒の力の源たるユニコーンの少女化魔物スール様。
 彼女は気が向いた時に講義や実習を見学しに来るようで、今日もまた、部屋の後ろの方からボク達の様子を一挙手一投足嘗め回すように見詰めていた。
 ……正直、その視線は少々気持ちが悪いけれども、それもまたボクを快く思っていない者達の行動を防ぐ一助にもなっているので文句は言えない。
 そもそも、彼女がそうした行動を取るであろうことは、種族の性質的にも分かり切っていたことだ。聖女伝説の中でも取り上げられているぐらいだし。
 まあ、それはともかくとして――。

「は、はい。何でしょうか」

 緊張しながら彼女の呼びかけに応じ、用件を尋ねる。
 他の聖女候補達も聞き耳を立てているようで、移動の流れが淀んでいた。
 先程の醜態について彼女から苦言でも出てくることを、そして、それによってボクが聖女候補から外されることを期待しているようだ。

 実際、既に彼女の鶴の一声でそうなってしまった者が何人かいる。
 当初、講義を真面目に受けるよりスール様の歓心を買うことを優先しようとした者達がいた。けれども、彼女の「では、貴方は聖女ではなくワタクシの下女にして差し上げますわ」の一言で全員、聖女候補ではなくなってしまった。
 スール様曰く「聖女になるということは、ワタクシと真性少女契約ロリータコントラクトを結ぶということ。ならば一定の矜持がなくては相応しくありませんわ」とのことだった。
 そんなようなことを現実逃避気味に思い返しながら、ボク自身もまた、先程のことを咎められると予想して戦々恐々としていると――。

「貴方、恋をしていますわね」
「へ?」

 ビシッとこちらに人差し指を向けながらそんな想定外のことを言い出した彼女を前に、ボクは思わず間の抜けた声を出してしまった。
 一瞬遅れて、正に悩んでいたところへ切り込まれたことに動揺し、少し収まっていた恥ずかしさがぶり返して顔が熱くなる。思わず目を逸らす。

「いい反応ですわ。恋は少女を魅力的にするものですからね。その一つの切っかけとなるというのであれば、まあ、男にも多少は存在意義があるというものです」
「は、はあ」

 ユニコーンの少女化魔物たる彼女らしいと言えばらしい発言だが、何とも突飛な論に少しだけ羞恥を忘れて呆気に取られる。
 けれども結局、何が言いたいのだろう。

「とは言え、貴方も他の少女達も聖女を目指す身。もし聖女となれば、当然ながら普通の恋など望むべくもありません。折り合いをつけるよう努力しておいた方がいいと忠告しておきますわ」
「あ……ええと……はい」

 続いた本題であろう彼女の言葉に若干躊躇いながら頷く。正論だ。
 聖女という立場には、その名に見合った責任を伴う。
 色々と普通というものが難しくなるのは間違いない。

「…………まあ、そういう子を誘惑してワタクシに溺れさせるというのもまた、趣があるというものですけれど」

 そう小さくつけ加えたスール様に、つい顔を引きつらせてしまう。
 恋心の自覚を促す一因を担いながら、更に混乱させるのはやめて欲しい。
 悩みが深くなる。

 とは言え。
 いずれにしても、ここで何だかんだと理由をつけて聖女の夢から逃げるような者には、恋にせよ他のことにせよ成就させることなどできはしないだろう。
 イサク君も、ダン君もトバル君も今、それぞれの場所で頑張っているのだ。
 そんな真似をすれば幻滅されてしまう。

 だから今は、とにもかくにも一意専心。
 聖女を目指すことだけを考えよう。
 そう結論して、言うだけ言って去っていくスール様に一つ頭を下げてから。
 アドバイスの域を出ない彼女の言葉に拍子抜けしたのか再び実習室へと向かい始めた聖女候補達の流れに乗って、ボクもまた歩き出したのだった。

***

「夢を見て恋心を自覚する。そんなこともままあるものだ。しかし、それが吉と出るのか凶と出るのかは、神のみぞ知るというところ。そして、矮小なる観測者がそれを知ることができるのは、全ての結果が出てからだけだ。そう。今の私達のように、ね」
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