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第5章 治癒の少女化魔物と破滅欲求の根源

261 君の喜び

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 全ての人形化魔物ピグマリオンと最凶の人形化魔物【ガラテア】の根源たる破滅欲求の塊。
 その肥大化を危惧したが故に人々を眠らせて心地よい夢の世界に閉じ込めた、というバク少女化魔物ロリータリーメアの言い分に俺とレンリは一定の理解を示したが――。

「それでも俺は、夢の世界に引きこもる訳にはいかない」
「私も、旦那様と同じです」

 俺達は彼女にそうキッパリと告げた。

「どうしてっ!?」

 対してリーメアは、自身の言う恐ろしいもの、破滅欲求の塊を目の当たりにすれば間違いなく己の主張を受け入れてくれると確信していたのだろう。
 今度こそ本当に理解できないとばかりに彼女は声を荒げた。
 眼前の巨大獏からではなく夢の世界全体から響いてきたそれは、まるで俺達を責め立てるように大きく反響する。

「このままだとみんな、あの恐ろしいものに何もかも奪われちゃうのにっ!!」
「そんなことは、俺がさせない」

 尚も悲鳴を上げるように言うリーメアとは対照的に、俺は静かに淡々と告げた。
 その様に彼女は少し気圧されたように息を呑む。

「救世の転生者たるこの俺が、必ず人形化魔物【ガラテア】を討ってみせる。そうすれば、君の言う恐ろしいものが世界を壊すようなことは決してない」
「救世の、転生者……様?」

 夢の中なので、証拠となる祈望之器ディザイア―ド印刀ホウゲツを持ち込むことはできていないが、しかし、彼女はそこを疑うことはせずに動揺したように声を震わせた。
 それこそ夢の世界であるだけに、虚実はある程度見抜けるのかもしれない。

「で、でも、無理だよ。いくら救世の転生者様でも、あれは……」

 その上でリーメアは、改めて俺の言葉を否定した。
 声色に、人口増加に伴って膨れ上がった破滅欲求への恐怖心が滲んでいる。
 彼女はその特殊な複合発露エクスコンプレックスのために図らずも、世界に蓄積された破滅欲求に最も近づいた者となってしまった。
 そして恐らくは、繰り返されてきた救世の歴史の中において今が最も肥大化した状態にあるだろうそれを目の当たりにすることになってしまった訳だ。
 それだけに、これまで歴代の救世の転生者達が常に救世を完遂してきたという事実すらも、信じることができなくなっているのかもしれない。

「……その気持ちは分かります」

 そんなリーメアを前にして、レンリが深く共感するように告げる。
 彼女はそうしながら俺の腕を組む力を強めた。
 それは先程までのような怒りに耐えるようなものではなく、俺の存在を確かめているような、力は強くとも儚げな気配を湛えたものだった。

「人間がいる限り、この破滅欲求が消え去ることはありません。時の救世の転生者様が【ガラテア】を通して滅ぼそうとも、時間と共に再び蓄積されていく。更には人口増加と共に破滅欲求は増大し続け、いずれは救世の転生者様お一人では支えきれなくなるかもしれません。いえ、そもそも最初から……」

 そう俺の腕を取ったまま続けられたレンリの言葉は、しかし、どことなくリーメアが抱いている考えとの間に大きな隔たりがあるように感じられた。
 同意しているように見えて、本当に苦慮しているものは全く別のものであるかのような……。しかし、それでも――。

「ですが、救世の転生者様は一人ではありません。どの時代でも、この瞬間も。そして私は、愛する旦那様のため、必ずや救世の転生者様に依存しない救世を確立して見せます! それは即ち、およそ個人の手では敵わぬ破滅欲求にすら打ち勝つことのできる方法に他なりません!」

 自分に言い聞かせるようなその宣言は、重々しく夢の世界に響く。
 その声色からしても、これに関しては間違いなく彼女の本心と言っていい。

 特別な一人に頼るのではなく、どこにでもいる誰もが救世を担う。
 救世の転生者に依存しないとはそういうことだし、本当にそれが叶うのならば俺も望むところだ。勿論、特別な立場を誇る気持ちが全くない訳ではないが……。
 名誉欲やら何やら以上に、正直今の形は危う過ぎて重圧の方が強い。
 歯車一つ狂えば世界が終りそうなのが全く以って恐ろしい。

「で、でも、そんな方法、見つからなかったら――」
「私は、必ず見つけ出します! 御祖母様と私自身の想いに懸けて!」
「うっ……」

 レンリの強烈な意思の滲んだ言葉を前にして怯んだような声を出すリーメア。
 彼女はそのまま沈黙してしまった。
 その様子を通して俺は、彼女の心が見えた気がした。
 客観的に見てレンリの主張は、少なくとも現時点では気持ちばかりが先行していて手がかりすら乏しく、一笑にふされてもおかしくないものだ。
 しかし、それにすらリーメアは口を噤んでしまう有様。
 つまり彼女の本心は……。

「リーメア。君は、自分でも本当は分かっているんだろう?」
「な、何を?」
「これがどこまで行っても単なる逃避に過ぎないことを」

 リーメアは図星を突かれたように、俺の指摘に再び黙り込んでしまう。
 と言うか、そもそもにして自身で口にしていたことだ。
 恐怖心から夢の世界に逃げ込んだ、と。
 受け答えをしているこの彼女の疑似人格的なものが論理的な思考を持ち、その事実を心の底から自覚していたかどうかは怪しいところだが。

 いずれにしても。
 強い信念と決意によってではなく、あくまで恐怖から逃げるための行動だったからこそ、レンリが口にした脆い論理にすら反論できなくなってしまうのだ。
 加えて、逃避している事実から目を逸らすためにリーメアが自分自身に言い聞かせているその理屈もまた、完璧という訳ではない。

「……人間ってのは、よくも悪くも多種多様。夢の世界を作ろうと破滅を望むような人間はいて、その心が結局は破滅欲求を蓄積させる」

 人の不幸は蜜の味。
 誰かの苦しみを喜びとするような人間や誰かに痛みを与えることのみを楽しみとするような人間は、悲しくも確かに存在する。
 そうした者が望んで見る夢はどこまで行ってもそれに類するものでしかなく、結局のところ破滅欲求は蓄積してしまうことだろう。
 であれば――。

「これじゃあ、時間稼ぎにしかならない」

 その辺りについては、リーメアの複合発露を利用して実験しようとしていたらしい国の上層部も分かっていたことに違いない。
 トリリス様達の口振りからしても、あくまでも人形化魔物の出現を遅らせて時間を稼ぎ、救世の転生者を間に合わせるためのものだっただろうし。

「でも、でも、わたしはみんなの幸せのために――」
「その皆の幸せの中に、君の幸せはあるのか?」
「と、当然だよ。みんなの笑顔を見ていれば、わたしは嬉しいもん」
「……まあ、その言葉自体は嘘じゃないんだろう。けれど、今この場においては本当のことじゃない。そうだろう?」
「そんなこと……」
「ないって言い切れるか?」

 俺の問いかけに三度沈黙してしまうリーメア。
 しかし、少しの後、今度は絞り出すように言葉を発した。

「い、言い切れるもん」
「だったら、何で暴走なんてしてしまったんだ? そして何故、君は今、そうやって目を閉じたままでいるんだ?」

 本体ではない巨大獏の幻影。その中で、胎児のように蹲って目を閉ざしたままでいる少女の形をした存在へと視線を向けながら問いかける。
 本体ではなくとも、いや、本体ではないからこそ、夢の中においては暴走した彼女の状態を象徴的に表しているとも言うことができるだろう。
 そして、それはつまり……。

「夢を見ている皆を前にしても尚、恐怖に耐えられなかったからじゃないか?」
「あ、う……」
「本当に、心の底からそう思っているのなら。この破滅欲求の前でも臆せず、俺の目を見て言えるはずだ。それができるのなら、俺はもう何も言わない。けど、そうじゃないなら俺は君の目を覚まさせなければならない」

 呻く彼女に畳みかけるように言葉をぶつける。

「わた、わたしは……けど、こうしないと……」
「君は、そんな風に苦しまなくていい。こんな重荷、君だけが背負う必要はないんだ。俺が、君一人に背負わせたりはしない」
「旦那様の言う通りです。少数に犠牲を強いるような方法は、絶対に間違っています。何があろうと、私はそんなやり方を認めません。貴方も、生贄になることを甘んじて受け入れる必要などないのです」

 レンリは俺に同意を示しつつも、何故かこちらを見ながら告げた。
 間違いなく、救世の転生者という重荷を負う俺に対しても言っているのだろう。
 だが、その分だけ更に真剣さが増してリーメアには伝わったようだ。

「わたし、は……」

 透明な巨大獏が僅かに揺らぎ、中の少女が涙を一筋零す。

「必ず、君が安心して君の望む夢を見られる世界にして見せる。だから――」

 そんな眼前の存在へと、俺はそう言いながら歩み寄って手を伸ばした。
 俺達を捕らえようとし、レンリの攻撃に抗した巨大獏の幻影に近づく指先。
 しかし、それは何に阻まれることなく少女に届く。

「あ……」

 そして、その少女に触れた瞬間。
 巨大獏の幻影は溶けるように消え去り……。

「今は苦痛ある夢から覚めて、またいつか、新しい夢を見よう」

 腕の中に落ちてきた彼女を受け止めて、俺は諭すように静かに続けた。
 すると、幻影の少女は涙の溢れた目を開いて俺を見て、それから再度ギュッと目を瞑りながら小さく頷くと俺の胸に顔をうずめたのだった。
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