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第5章 治癒の少女化魔物と破滅欲求の根源

258 いざ夢の中へ

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 夢の世界に囚われてしまった人々を救い出すため、精神干渉を用いて誰かが夢の中に入って元凶たるバク少女化魔物ロリータを探し出す。
 その策をトリリス様達に提案した翌日。
 昨日、辞去する前に翌朝の十時に再び来るように言われていた俺は、身嗜みを整えてから寮を出て学園長室へと向かった。
 そして約束の時間の五分前。ノックに対する返事を待って部屋に入った瞬間、トリリス様の複合発露エクスコンプレックス迷宮悪戯メイズプランク〉でホウゲツ学園の地下空間へと移動させられる。

「っと」

 それは既に何度も経験しているので、特に取り乱したりすることなく落ち着いて周りを見回すと、俺の他に十人程度の人影が見えた。
 まず俺が来た瞬間、傍にトトッと駆け寄ってきて隣に収まったレンリ。
 少し遅れて近づいてきながら、俺と彼女を何とも複雑そうな顔で見る両親。
 作戦の要であるライムさんとルシネさん。
 それからシニッドさんとウルさん、ルーさん。ガイオさんとタイルさん。
 皆、顔見知りだ。

「集まったようだナ」

 と、部屋の奥の方からトリリス様がディームさんを伴いながら現れて口を開く。

「要件は昨日通達した通りだゾ」
「これから獏の少女化魔物補導作戦を開始するのです……」
「何か質問はあるカ?」
「…………なら、一ついいですかい?」

 俺達一人一人に視線をやりながら問うたトリリス様にシニッドさんが軽く手を挙げて尋ねると、彼女は頷いて質問を促した。

「獏の少女化魔物を補導するのに夢の中に入る。その理屈は分かりやすがね。どうやって獏の少女化魔物を見つけ出すんですかい?」

 その疑問はシニッドさん以外も抱いていたようだ。
 全員の視線がトリリス様に集中する。
 対して彼女は一つ頷いてから口を開いた。

「他国に連絡し、作戦開始時間から一定時間国民に睡眠を取らないように通達して貰っているのだゾ。そのタイミングで眠っている者がいれば――」
「獏の少女化魔物の方から、夢の世界に閉じ込めるためにやってくるのです……」

 今正に眠っている者を狙う、という以外に特段法則性のない犯行だ。
 一日当たり数万の被害が出ている現状でそのようにすれば、獏の少女化魔物は丁度眠りに落ちている者の下へと必ず現れるだろう。
 そうシニッドさん達も考えて疑問が晴れたようで、納得の表情を浮かべる。

「それはよいが、イサクとレンリまで呼び出す必要はなかったのではないか?」

 そんな中で一人、不満顔でトリリス様を睨みながら問う母さん。

「今回は前例のない危険な作戦故に、如何なる状況にも対応できるように補導員としての経験が豊富な妾達が担うことになったのじゃろう?」

 まさか作戦に参加させるつもりか、と問い詰めるように母さんは続ける。
 しかし、むしろ俺としては両親にこそ参加して欲しくなかったのだが。
 正に母さんが言った通り、前例のない危険な方法だろうから。
 しかし、図書館での調べものを一緒にしていたこともあって、全く知られないようになどできる訳もなく、二人の作戦への志願を止めることはできなかった。
 まあ、セトが被害に遭っている以上、仕方のない展開としか言いようがない。
 それはそれとして。
 もし両親に何かあれば、当然ながら俺も即座に夢の中に入るつもりだが……。

「まあまあ、母さん。俺達も発案者として見届ける責任があるからさ」

 とりあえず、この場は宥めるように誤魔化しの言葉を口にする。

「旦那様のおっしゃる通りです。御義母様」

 続けて、娘扱いで一緒に心配してくれたことが嬉しいのか笑顔と共に俺の言葉に追従したレンリに、母さんは「むぅ」と唸りながら渋々引き下がった。
 それから隣の父さんに「いずれにせよ、俺達が成功すればいいだけのことだ」と諭され、一先ず納得したように「そう、じゃな」と返す。
 実際、そうなるのが一番だ。
 杞憂であれば笑い話で済む。

「……他に質問はないナ?」

 一拍置いてから再度の問いかけ。
 今度は返答がなく、トリリス様は一通り俺達を見回してから改めて口を開いた。

「では、作戦を開始するゾ」
「各々持ち場について欲しいのです……」

 ディームさんの言葉を合図に、八名が持ち場……もとい簡易ベッドに入る。
 そのベッドはライムさん達が精神干渉し易いようにするためか、彼らが収まる空間を中心に据えて放射線状に配置するように均等に並べられていた。
 そしてベッドに潜り込んだ各人はアーク複合発露エクスコンプレックスを発動させる。
 面子を見て分かる通り、全員身体強化の複合発露持ちだ。
 これは、夢の中で容易に獏の少女化魔物の暴走パラ複合発露エクスコンプレックスによる干渉を受けてしまわないようにするためだ。
 当然、第六位階なので精神干渉も受けにくくなるが……。

「ライム。頼むゾ」
「分かりました」

 トリリス様の合図を受けて、ライムさんがルシネさんと共に〈千年ラスティング五色オーバーライト錯誤パーセプト〉を発動させる。背中合わせに立つ彼女の手には狂化隷属の矢。
 自発的に暴走状態に入り、アーク暴走パラ複合発露エクスコンプレックスとなった〈千年五色錯誤〉は、第六位階の身体強化を上回って精神干渉を可能とする。
 やがてベッドに横たわった八人は寝息を立て始めた。
 覚醒度合いをコントロールされた彼らは強制的に、夢と自覚する夢、いわゆる明晰夢を見せられているような状態になっていることだろう。

「……さて、どうなるか」

 俺の呟きを最後に、しばらく微かな呼吸音のみが地下空間に響く。
 夢の中がどうなっているか分からないが、レンリと並んで皆を見守る。
 数分の間、そうしていると――。

「むっ……」
「接触してきたようです」

 ライムさんとルシネさんが表情を変え、獏の少女化魔物の出現を告げた。
 その言葉に一度彼らに目をやってから、すぐ母さんに視線を戻す。
 すると、少女化魔物らしい幼げな少女の顔に火竜レッドドラゴンとしての特徴が現れ出ている顔が、ほんの僅かに歪められた。

「「あっ!?」」

 かと思えば、他の七人共々突如として魔物の特徴が体から消え去り、思わず俺はレンリと共に焦燥の滲んだ声を出してしまった。
 それから再びライムさんを見て、視線で状況を問う。

「くっ、駄目だ。夢の世界の深部までは干渉し切れない」

 対してライムさんは、苦虫を噛み潰したような顔を見せて言う。
 そんな彼とは対照的に、睡眠状態にある皆の表情は穏やかになっていく。

「これは……」
「夢の世界に囚われてしまったようだ」
「そんな……」

 ほとんどが全ての苦悩から解き放たれたような安らかな寝顔となる中、父さんと母さんは目尻から涙をこぼし、安堵したような笑みを浮かべた。

「父さん、母さん?」

 呼びかけても反応はなく――。

「アロン、よくぞ無事で……」

 母さんの口からは、そんな言葉がこぼれ落ちた。
 どうやら行方不明の兄、アロンと再会した夢を見ているようだ。
 やがて他の面々と同様に穏やかに寝息を立て始める二人。
 家族団欒の夢にでも移行したのだろうか。
 ……えげつない真似をするものだ。

「ライムさん」
「……夢の深部において精神干渉で可能なのは明晰夢の維持まで。相手の暴走・複合発露が個々の身体強化を上回っていたら、主導権は奪われてしまうようだ」

 状況確認の意図を込めた呼びかけに、彼は彼なりの分析を口にする。

「って、待って下さい。それって獏の少女化魔物の暴走・複合発露は、父さんと母さんの真・複合発露を軽々と上回っているってことですか?」
「ああ。そうなる」
「……もしかすると、今正に眠りに落ちている無数の観測者達の思念を独り占めし、それによって複合発露が強化されているのかもしれないな」

 俺の問いに簡潔な言葉で肯定した難しい顔のライムさんに続き、ルシネさんが補足するように推測を口にする。
 仮称眠り病の罹患者が増えれば増える程に感染力……複合発露の伝達力が高まっていたことを考えても、恐らくその推測は正しいのだろう。

「生半可な身体強化じゃ駄目ってことですか」

 勿論、火竜の少女化魔物たる母さんは上位に属するし、シニッドさんも二人分を重ねがけした少女征服者ロリコン最上位レベルの身体強化の持ち主だ。
 しかし、数の暴力とでも言うべきか、獏の少女化魔物は思念の紐づけによって疑似的な特異思念コンプレックス集積体ユニークと成り果てているのかもしれない。
 それでは対抗できるのは、同じ特異思念集積体ぐらいのものだ。
 レンリに目を向ける。
 と、彼女も同じ結論に至ったのか、俺と視線を合わせて頷いた。

「なら、俺達が行きます」
「……是非もないのだゾ」
「ライム、ルシネ。これを使うのです……」

 不承不承という感じにトリリス様が承諾の意を示し、それを受けてディームさんが布を取り出してライムさん達に手渡す。
 メギンギョルズの複製改良品だろう。
 それで真・暴走・複合発露を更に強化することによって、三大特異思念集積体の身体強化を上回ろうという訳だ。

「イサク、レンリ。頼んだゾ」
「分かりました」「私は旦那様の手助けをするのみです」

 そして俺達はそれぞれ〈支天神鳥セレスティアルレクス煌翼インカーネイト〉と〈制海アビィサル神龍・ヴォーテクス・轟渦インカーネイト〉を使用し、母さん達とは別の場所に並んで置かれたベッドに横になった。

「では、行くぞ。二人共」

 それからライムさんの言葉を合図に目を閉じ……。
 俺は、レンリと共に夢の世界へと旅立った。
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