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第5章 治癒の少女化魔物と破滅欲求の根源

246 ユニコーンの少女化魔物の状況

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「トリリス様、ユニコーンの少女化魔物ロリータが出現したとのことですが……」

 その知らせを受けてホウゲツ学園の学園長室を訪れた俺は、挨拶もそこそこに相変わらず不釣り合いな大きい机の奥にいる彼女に話を切り出した。

「その通りだゾ。既に先遣隊を出して周囲を監視しているのだゾ」

 割と火急の話だろうに、俺を複合発露エクスコンプレックスで学園長室に強制連行してこなかったのは既に一応、手を打っていたかららしい。
 しかし――。

「監視、ですか? もしかして暴走しているとか?」
「それも理由の一つですが、それに加えて、彼女の傍に同じく暴走状態にある非常に厄介な少女化魔物がいるのです……」

 何故早々にホウゲツ学園へと連れてこなかったのかと首を傾げながら口にした俺の質問に対し、困ったように告げるディームさん。
 深刻な感じとも異なる、何とも珍しい表情だ。

「厄介な少女化魔物?」

 そんな様子の彼女から返ってきた答えを受け、再びオウム返しに問いかける。
 チラリとトリリス様の方を見ると、彼女もまた絶妙に面倒臭そうな顔。
 厄介であることは間違いなさそうだが、その方向性が今一読めない。
 五百年以上もの間、救世の転生者のサポートをして修羅場を潜ってきているはずの二人が、そんな微妙な反応をするとは一体どんな少女化魔物なのか。
 少しばかり不安に思いながら返答を待つ。

「アーヴァンクの少女化魔物なのだゾ」
「はあ。アーヴァンク……と言うと――」
「本来は、青黒いビーバーのような魔物ですね。特異思念コンプレックス集積体ユニークに至る程ではありませんが、中々に恐ろしい逸話を持っています」

 相槌を打つように口にした俺の言葉を引き継ぐように、イリュファが影の中から説明をしてくれる。

「その鋭い爪を以って獲物を引き裂き、時に人間を食い殺すとか。大洪水を引き起こし、フレギウス王国のとある大きな島を水没させたという伝説もあります」

 それはまた中々に規模の大きな話だ。
 神話や伝承、伝説の描写は何と言うか、まるで競い合っているかのように過剰で時折笑ってしまうこともあるけれども、この世界では笑いごとでは済まない。
 そうした逸話が存在するが故に、観測者たる人間の思念の蓄積によって生じる魔物、そこから進化した少女化魔物はそれを基にした能力を持ちかねないのだから。

「…………割と物騒な複合発露が飛び出てきそうだな」

 率直過ぎて半ば小学生並みの感想みたいなことを言いながら、しかし、それだけでディームさんが厄介とまで言うだろうかと疑問を抱く。
 正直、通常の少女化魔物レベルで単純な攻撃力の強さが問題となっているだけならば、救世の転生者でなくとも如何ようにもできるはずだが……。
 まあ、少女祭祀国家ホウゲツとしては、可能な限り少女化魔物に危害を加えることなく事態を収めたいだろうし、鎮圧側の被害も最小限に留めたいところだろう。
 そう考えれば、暴走状態かつ攻撃系と思われる複合発露は万一のことが起こり得るから、そういう意味では厄介なのは間違いない。
 だが、二人の表情を見るとそれだけではないようにしか見えない。

「厄介なのはそこではないのです……」

 と、案の定と言うべきか、ディームさんが否定を口にする。
 それはそうだろう。それだけのはずがない。
 何にせよ、一先ず彼女達の言葉に静かに耳を傾ける。

「アーヴァンクはナ。ユニコーンと似た逸話があるのだゾ」
「似た?」

 まさか治癒能力がある訳ではあるまい。
 となると――。

「ああ……」

 そう言えば、と思い出して少し納得する。
 ユニコーンと同様に女好きで、非常に凶暴な魔物。
 人間に害をなした結果、女性の前では大人しくなる性質を利用して捕らえられたという空想上の魔物の名前が正にアーヴァンクだった。
 特異思念集積体などと比べてしまえば特筆すべきところの少ない能力はともかくとして、こちらの逸話は印象深い。
 名前にまで記憶が繋がっていなかったが。

「ユニコーンだけでも対処が面倒だと言うのに、アーヴァンクまでとはナ」
「問題児がいきなり二人増えるようなものなのです……」

 教育者の側面もある二人にとっては、確かに厄介極まりない存在か。
 勿論、百合を否定する気は全くない。
 だが、女好きとまで言う以上、軟派な感じで積極的にちょっかいをかけようとするのだろう。それはもはや性別関係なく厄介な存在だ。

「しかし、それが何でいきなり暴走状態にあるんですか?」
「どうやら、人間至上主義組織スプレマシーの手の者達が、無理に捕獲しようとしたようなのだゾ。女性を使って騙し討ちをするような感じでナ」
「そして、それに腹を立てた彼女達は暴走したのです。人間至上主義者達は返り討ちに遭い、暴走を放置して逃亡したようなのです……」

 瞬時に暴走にまで至るとは、人間至上主義者達が余程阿漕な真似をしようとしたのか、あるいは二人の少女化魔物の沸点が極めて低いのか。
 それはそれとして、ホウゲツという国全体よりも情報が早いとは。
 三大特異思念集積体が一体、ベヒモスの少女化魔物ムートが持つ大地に特化した感知能力のおかげと見て間違いない。
 これこそ俺達からすると厄介極まりないが、しかし、今回は有用な少女化魔物を捕らえようとして失敗してしまったようだ。
 ならば、二度目がない内に保護しておきたいところだが……。

「けど、それだと男の俺が行ったら状況が悪化してしまうんじゃないですか?」
「まあ、間違いなく更に激しく暴走するだろうけどナ。他の男の少女征服者ロリコンならばいざ知らず、イサクにとってみれば、さして変わらないはずなのだゾ」
「さっさと凍結して特別収容施設ハスノハ送りにした方が早いのです……」

 実際のところ、何とか暴走を鎮めようにも男の俺には無理だろうしな。
 かと言って、女性の少女征服者に出張って貰おうにも彼女達は非常に数が少ないし、暴走状態の彼女達が女性の姿を見て鎮静化するとは限らない。
 下手をすると、暴走するまま別の意味で危ないことになるかもしれない。
 周囲の被害や少女化魔物自身のことも考えると、ディームさんが口にした雑とも思えるような対応の方が最善ではあるのだろう。
 そうした諸々のことを考えて一撃で拘束可能な複合発露を持つ俺を待ち、先遣隊には周囲を監視するに留めさせていたに違いない。

「……大体把握しました。それで、彼女達がいる場所は?」
「要塞都市ココロバの近く、ホウゲツ最長の川の水源付近だゾ」

 要塞都市ココロバ。
 そこは元の世界で言うと長野県の辺りに位置する大都市だ。
 何故、そんなような名前なのかと言うと、少女祭祀国家ホウゲツの地理的な意味での中心に当たるからだとか。
 元の世界では、ここが日本の中心と主張する街がいくつもあったらしいが……もしかすると過去の救世の転生者の中に長野出身者がいたのかもしれない。
 ともあれ、そういった概念が蓄積した結果として様々な思念が集中し易く、他の都市に比べて近辺に魔物が異常なぐらいに発生し易いのだとか。
 あるいは、他の地域の魔物発生率を抑えて戦力を分散させないために、わざとそういった話を広めているのかもしれない。
 他の国にも似たような話があるようだし。

 ともあれ、そんな要塞都市ココロバの近くに存在するホウゲツ最長の川というのは、日本最長の信濃川もとい千曲川のことだ。
 その水源付近ということならば、甲武信ヶ岳の山頂付近ということになる。
 標高二千メートル以上だ。
 ……場所も割と面倒なところにいるな。

「いずれにしても、現状では特に重要な少女化魔物なのだゾ」
「勿論、現行の問題を前提に置いたりせずとも、聖女の要となる少女化魔物なのです。速やかに捕まえてきて欲しいのです……」
「承知しました。行ってきます」

 まあ、性質がどれだけ厄介であろうとも、とりあえず俺がやらなければいけないことは凍らせてお持ち帰りすることだけだ。
 何故、共通点を持つユニコーンの少女化魔物とアーヴァンクの少女化魔物が示し合わせたかのように一緒にいるのかは分からないが……。
 とにもかくにも都合よく現れたユニコーンの少女化魔物を連れてくるため、俺は学園長室を出て要塞都市ココロバへと向かったのだった。
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