上 下
261 / 396
第5章 治癒の少女化魔物と破滅欲求の根源

234 敵からの依頼

しおりを挟む
 何者か問うた俺に対し、夜の来訪者は微笑みを湛えたまま答えずにいる。
 そんな彼女を前にして――。

「主様、お気をつけ下さいませ」
「レンリ。もう少し危機感を持ちなさい」

 いつの間にか影の中から出てきていたアスカとラハさんが、それぞれ声色に最大限の警戒を滲ませながら俺達に注意を促した。
 アーク複合発露 エクスコンプレックスを励起させている辺り、その本気具合が分かる。
 並の少女化魔物ロリータなら、人間サイズに留めていながらも抑え切ることのできない二人の威圧感を前に即座に屈してしまうだろう。

 ……しかし、二人の警戒が正しいことを示すように、眼前の少女はそんな強烈な圧力と厳しい視線を受けて尚、微かな笑みを浮かべて余裕綽々の様子だ。
 その表情と、これまで目にした少女化魔物の平均から逸脱した体格、非常に包容力を感じさせるシルエットに騙されてはいけない。
 俺が救世の転生者だと知っていることも含め、侮らず用心すべきだ。

「ラハ、一体どうしたと言うのですか?」

 そうしたラハさんの態度に、レンリは戸惑うように問う。
 主従関係と言うよりも協力関係と言った方が正しい真性少女契約ロリータコントラクトであるが故に自尊心が高いままのラハさん。
 その彼女が、弛緩した空気を纏う少女を前に極限まで緊張感を高めている。
 そんな姿に驚くのは当然のことだ。実際、俺も内心驚いた。
 しかし、ラハさんからの忠告を受けて、しっかりと身構えて真・複合発露を発動させている辺りはさすがと言うべきだろう。
 勿論、俺達も抜かりはない。イリュファ達は即座に影の中に避難している。
 緊急時の対処はバッチリだ。

「ラハ?」

 そんな中、焦れたように繰り返し尋ねるレンリ。
 それにラハさんが答える前に、眼前の少女が口を開く。

「お二人共―、初めましてー、懐かしいですねー」

 警戒を顕にするアスカとラハに対し、弛緩した雰囲気に相応しい間延びした声で相反する内容を続けて口にする少女。
 旧知の友を見るような視線をアスカとラハに向けているところを見るに、どちらかと言えば後者の方が事実に即しているように感じられるが……。

「アスカ、知り合いか?」
「……よく知ってはおりまする。初対面でありまするが」

 俺の問いかけに、この不可思議な少女と同じようなことを言い出すアスカ。
 どうやらラハさんも同じようだ。

「ラハ、どういうことですか?」

 それを察し、視線を少女から外さないようにしながら三度レンリが問いかける。
 対して、今度こそラハさんが彼女の質問に答えた。

「感覚で分かるのです。彼女がワタクシ達と同等の存在であることが。正に彼女と同等の存在であるが故に」
「それは、つまり――」

 その意味するところを察し、レンリ共々改めて少女の全身をくまなく見る。
 イレギュラーなそのふくよかな体つきは、どこか母なる存在を思わせるもの。
 いわゆるグレートマザー。地母神。
 たとえそれそのものではなくとも、地を司るという属性を持つならば。
 かの存在が人の形を取れば、その姿はこうなるに違いない。
 そうした人々の思念が、彼女の少女化魔物としての形状をそう定めたのだろう。

「改めましてー、ベヒモスの少女化魔物のムートと申しますー」

 そして彼女は俺達が正体に気づいたのを見計らったかのように、のんびりしたその口調のまま自らが何者かを明らかにした。
 ジスの少女化魔物たるアスカ。
 リヴァイアサンの少女化魔物たるラハさん。
 この二人に並ぶ三大特異思念集積体コンプレックスユニークが一体ベヒモスの少女化魔物。
 即ちムートと名乗ったこの少女は……。

「お、お前っ!」

 一瞬遅れて彼女に付随する情報を思い出し、俺は強い敵意と共に威嚇するように真・複合発露〈裂雲雷鳥イヴェイドソア不羈サンダーボルト〉によって発生している雷光を激しくさせた。
 ベヒモスの少女化魔物は、以前辛酸をなめさせられた人間至上主義組織スプレマシーの代表、テネシス・コンヴェルトに与する者。
 アコさんが複合発露エクスコンプレックス命歌残響アカシックレコード〉により、ドッペルゲンガーの少女化魔物としての力でその能力を模倣していた怪盗ルエットから得た情報でそうだと分かっている。
 ならば、即座に氷漬けにして特別収容施設に送るべきだ。
 そう考え、俺が〈万有アブソリュート凍結コンジール封緘サスペンド〉を発動させようとした正にその瞬間――。

「私を攻撃するとー、後悔することになりますよー。今日はー、貴方と争いに来た訳ではありませんのでー」
「…………どういうことだ?」


 相変わらず間延びした話し方ながら意味深なことを言い出したムートに、直前の直前で攻撃をとめて真意を問う。

「私に危害が加わればー、どこかで誰かが石にされてしまうのですー」
「人質の、つもりか」
「貴方にはー、これが一番効果的かとー」

 低く感情を押し殺すように告げた俺を前に、微笑みを浮かべたまま応じたムートの声色は嘲るでもなく、どこか称賛しているかのようだった。
 もっとも。その方がむしろ馬鹿にしているように聞こえなくもないが。
 とにもかくにも、彼女の言葉自体に間違いはない。
 救世の転生者たる者、人質を無視して戦うことはできない。
 煮え滾るような怒りが更に湧き上がるが、今は何とか抑え込んで口を開く。
 非道な真似をする相手を捕らえるにしても、まず人質の安全を確保してからだ。

「争いに来た訳じゃないなら、何の用だ。俺達を嗤いにでも来たのか?」
「いえいえー、少し頼みがあって来たのですー」

 俺の問いかけに滲む隠し切れない怒気をものともせず、ムートは微笑みを浮かべたまま軽い口調で否定してから答える。

「頼み、だと? お前達が、俺にか?」
「はいー」

 ようやく本題に入れるとでも言うように嬉しそうに頷くムート。
 崩れない余裕の表情にイラっと来るが、現状、話を聞かない訳にはいかない。
 どこかの誰かが石化されてしまう引金となる条件は彼女を攻撃することと聞いているが、間接的に脅されているようなものだ。
 話を聞かねば、どうなるか分からない、と。

「実はですねー。この近くにある人間至上主義組織スプレマシーの施設にとある少女化魔物が捕らえられているのをー、助け出して欲しいのですー」
「とある少女化魔物?」
「はいー。人魚の少女化魔物ですー。その少女化魔物はー、複合発露が――」

 間延びした話し方に耐えながら最後まで聞いた話を纏めると。
 どうやら人魚の少女化魔物は複合発露の力により、その肉を食した者に健康と若返りの効果を与えることができるらしい。
 それに目をつけた人間至上主義者達が、彼女を監禁して若返りの妙薬を作り出そうとしているとのことだ。その方法はお察しだ。ふざけている。
 今すぐにでも駆け出して、解放してやりたいところだが……。

「どうして、スプレマシーの長であるはずのテネシスが、自らの組織の邪魔をするような真似をするんだ?」
「人間至上主義組織もー、一枚岩ではないのですよー。私達にとってー、彼らの研究は害悪にしかならないのですー」
「害悪?」

 初めて微妙に変化したムートの声色に、少し驚きながら問い返す。
 それに対する返答はなかったが、先程までの余裕ある態度とは異なり、どことなく彼女もまた怒りの感情を抱いているように感じる。
 罠かと思ったが、あるいは全て本当のことしか話していないのかもしれない。

「何故、テネシス自身がやらない」
「長には柵が多いのですよー」

 組織に派閥のようなものがあるとして、微妙な立ち位置の相手なのだろう。
 何にせよ。それこそ罠であろうとなかろうと、少女化魔物を捕らえて非道な真似をしている者達が近くにいると聞けば、行動せざるを得ない。
 人外ロリコンとして、そのような者達を許すことはできない。
 眼前の少女やテネシスの依頼と考えると少し癪だが、是非もないことだ。

「どうですー? やってくれますかー?」
「……ああ」

 嫌々という風を装いながら応じると、ムートは安堵したように息を吐く。

「やはり私が来てよかったのですー。テネシスだったら出会いがしらに凍らされていたはずですからー」

 それは間違いない。
 だが、それはそれとして暗に少女化魔物に甘いと言われたようで、俺は思わず露骨に表情を歪めてしまった。
 決して短所とは思わないが、敵対している者に知られて面白いものではない。
 まして、そこを突いて彼女を寄越してこられたとあっては。

「ではー、段取りを教えますねー」

 微妙な顔をしたままの俺を余所に、ムートは人魚の少女化魔物解放までの手順の説明を一通り行う。
 それから彼女は「また会いましょー」と最後まで間延びした声で告げ……。
 俺達に無防備な背中を向けながら、浜辺を去っていったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

国家魔術師をリストラされた俺。かわいい少女と共同生活をする事になった件。寝るとき、毎日抱きついてくるわけだが 

静内燕
ファンタジー
かわいい少女が、寝るとき毎日抱きついてくる。寝……れない かわいい少女が、寝るとき毎日抱きついてくる。 居場所を追い出された二人の、不器用な恋物語── Aランクの国家魔術師であった男、ガルドは国の財政難を理由に国家魔術師を首になった。 その後も一人で冒険者として暮らしていると、とある雨の日にボロボロの奴隷少女を見つける。 一度家に泊めて、奴隷商人に突っ返そうとするも「こいつの居場所なんてない」と言われ、見捨てるわけにもいかず一緒に生活することとなる羽目に──。 17歳という年齢ながらスタイルだけは一人前に良い彼女は「お礼に私の身体、あげます」と尽くそうとするも、ガルドは理性を総動員し彼女の誘惑を断ち切り、共同生活を行う。 そんな二人が共に尽くしあい、理解し合って恋に落ちていく──。 街自体が衰退の兆しを見せる中での、居場所を失った二人の恋愛物語。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう

サイダーボウイ
ファンタジー
「ちょっと冬馬君。このプレゼン資料ぜんぜんダメ。一から作り直してくれない?」 万年ヒラ社員の冬馬弦人(39歳)は、今日も上司にこき使われていた。 地方の中堅大学を卒業後、都内の中小家電メーカーに就職。 これまで文句も言わず、コツコツと地道に勤め上げてきた。 彼女なしの独身に平凡な年収。 これといって自慢できるものはなにひとつないが、当の本人はあまり気にしていない。 2匹の猫と穏やかに暮らし、仕事終わりに缶ビールが1本飲めれば、それだけで幸せだったのだが・・・。 「おめでとう♪ たった今、あなたには異世界へ旅立つ権利が生まれたわ」 誕生日を迎えた夜。 突如、目の前に現れた女神によって、弦人の人生は大きく変わることになる。 「40歳まで童貞だったなんて・・・これまで惨めで辛かったでしょ? でももう大丈夫! これからは異世界で楽しく遊んで暮らせるんだから♪」 女神に同情される形で異世界へと旅立つことになった弦人。 しかし、降り立って彼はすぐに気づく。 女神のとんでもないしくじりによって、ハードモードから異世界生活をスタートさせなければならないという現実に。 これは、これまで日の目を見なかったアラフォーおっさんが、異世界で無双しながら成り上がり、その実力がバレて世界に見つかってしまうという人生逆転の物語である。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

処理中です...