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第4章 前兆と空の旅路

211 ジズの本気

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 彼我の距離が縮まる。
 だが、その形は先程までとは全く異なっている。
 まず互いの軌道は一直線ではない。
 鳥が空中で激しく争い合うかの如く、己にとって有利な位置を得ようとするように大空に片や雷の如きジグザクを、片や鋭い曲線を幾重にも描きながら接近を試み――。

「くっ」

 先制したのはジズの少女化魔物ロリータ
 振るわれた超巨大な翼と鋭い鉤爪がランダムな当たり判定を持つ風の刃を無数に纏いながら、その巨躯からは考えられないような超高速で襲いかかってくる。
 それでも速度においてはこちらに分があるため、ダメージの回避は不可能ではない。
 もっとも、それはあくまでも本体である俺には直撃しないという意味に過ぎず、俺が作り出した氷の巨竜は表層部分を大きく抉り取られてしまっていたが。
 氷塊に比べて細やかな操作ができるとは言っても、実際のところぶっつけ本番。
 これ程の巨体の操作は当然ながら経験がなく、とても完璧とは言いがたい。
 この大きさに慣れるまでは、相手の攻撃を氷の巨竜ごと避け切るのは中々に困難だ。
 ……いや、たとえ慣れたとしても、この規模の戦いでは完全な回避に拘ることは自分を不利な状況に追い込む結果しか生まないかもしれない。

 事実、この氷の巨竜にしても、眼前のジズにしても。
 根本的な理屈は異なれど、多少のダメージならば即座に修復できる。
 決定的な一撃以外は、基本的に牽制以上の効果は発生しないと考えるべきだろう。
 そして、現状その必殺の威力を持つ攻撃を放つことができるのはジズのみだ。
 しかし、俺としてはそれで構わない。
 こちらは完全に決め手を欠いた状態だが……。
 致命傷を受けさえしなければ必ず勝機は来る。
 今も尚、フェリトとの循環共鳴状態を維持することによって、時間経過と共に俺が有している複合発露エクスコンプレックスの力は徐々に増していっているのだから。
 必然、サユキとのアーク複合発露エクスコンプレックス万有凍結アブソリュートコンジール封緘サスペンド〉もまた。

「我流・循環共鳴ループレゾナント巨氷ギガフロスト流星ミーティア!」

 その増大したリソースを利用して。
 この氷の巨竜を最低限維持するに足る分のみを残し、余剰分をかき集めて数百メートルの巨大な氷の塊を生成して正に牽制のために射出する。
 勿論、強度という点においては依然として張りぼてレベル。
 それだけに振り払われたジズの翼に弾かれて砕かれてしまうが、空を司る者としてのプライド故か、回避を選ばなかったことで僅かながら一連の動作の中に淀みが生じる。
 その隙を突いて俺はジズの懐に入り込むと――。

「食らえっ!」

 空中で翻った勢いで氷の巨大な尾を鞭の如く振るい、それを彼女の顔面に打ちつけた。
 当然の帰結ながらジズの身体強化に負け、逆に尾の方が粉々になってしまう。
 しかし、腐っても第六位階の力を持つ一撃。
 それも防御態勢が整っていない部位への打撃だ。
 全く効果がない訳ではなかった。
 頭を激しく揺さ振られた衝撃と苦痛。
 それを受け、間近に落ちた雷の如く鋭く激しく轟く憤怒の声が響く。
 もっとも、僅かばかりのダメージなど全て即座に回復してしまうだろうが……。
 一度湧き上がった怒りがそう容易く静まることはなく、ジズはその鋭利な嘴を氷の巨竜の中心にいる俺へと猛然と突き立てようとしてきた。
 結果として見れば、相手を怒らせて気勢を煽っただけだが、これでいい。
 尾が砕け散ることも含めて想定の範疇だ。
 慌てることなく、即座に間合いを取りながら更に何度も氷の塊を撃ち出していく。

「そうだ。もっと怒れ」

 対して、苛烈に羽と爪を振るって氷塊を破壊しながら迫り来るジズ。
 感情を乱せば乱す程、既に地平線の先へと遠ざかったマナプレーンはより安全になる。
 加えて、俺が時間を稼いでいることに気づきにくくなる。
 憤怒に満ちた絶え間ない攻撃に、巨大竜巻の真っ只中にいるような心持ちになるが、勢い激しくも基本的に素直な攻め口だけに搦め手で来られるよりはやり易いはずだ。

「もっとだっ!」

 己を囮にするように正面から近づきつつ、背面に隠した氷塊をコントロールしてジズの背を狙うように超音速で飛ばす。
 しかし、いくら視覚的に隠そうと試みても、空から迫るものであれば当然ジズは感知でき、彼女はその翼を大きく広げたまま回転することで俺諸共叩き落そうとした。
 とは言え、二度目の時点で、そのあからさまな予備動作は把握済みだ。
 三度目ともなれば、より早い段階で回避に入ることができる。
 だから俺は事前に大きく後退して攻撃の範囲から逃れ、ジズが回転をとめようと聖堂をかけ、動きが若干制限されたタイミングで胴体へと体当たりを食らわせた。
 それから即座に間合いを再び開き、当たり前のように衝撃で大部分が砕け散ってしまった氷の巨竜を、ジズへと氷塊を放って牽制しながら再生させる。

 傍から見れば、未だ子供が大人に挑むかのような光景。
 だが、こちらが集中力を切らしさえしなければ、戦況をこのまま維持し続けることは不可能ではないはず。後はいつ、循環連関による力の増幅がジズを上回るかだけだ。
 ……と、心の内で算段をつけるが、そう思い通りにならないのが世の常というもの。
 それを証明するように――。

「忌々シクモ強カナル者」

 突如として、何者かの声が耳に届く。
 氷の巨竜が音を媒介しているせいで、聞こえてくる方向が今一定まらない。
 状況から考えて当然ジズ以外にはあり得ないが、これまで空を震わせるような唸り声しか上げていなかっただけに突然の変化に少なからず動揺してしまう。
 怒りが振り切れて、一周回って思考がクリアになってしまったのか。

「タトエ他ノ領域ヲ侵スコトニナロウトモ、コノ空ノ安寧ノタメニ汝ヲ打チ倒サン」

 戸惑う俺を余所にジズは、たとえ言葉を発しようとも暴走状態に変わりはないことを示すように一方的に告げながら一際高く飛び上がり……。

「消エ失セロ」

 次の瞬間、その巨大な翼を限界まで引き絞るように広げて大きく羽ばたいた。
 周囲に散布していた氷の粒子がその行動の意味を俺に伝え、脳裏で警鐘が激しく鳴る。
 俺はそれに従い、咄嗟に氷の巨竜を解体すると同時に自らを覆い隠せるだけの小さな氷の装甲を作り、そこに己が注ぐことができる全ての力を込めた。
 直後、暴風が荒れ狂い、それに巻き込まれた俺は海に叩きつけられてしまった。

「ぐっ……結局、問答する余地なんてない訳か」

 それでも何とか氷の装甲を維持しながら海中から脱し、一瞬期待した自分を戒めるように忌々しく吐き捨てると共に雷速を以って突然発生した嵐を無理矢理に抜ける。
 そこで改めて状況を確認すると、ジズの下方。海の水が猛烈な風によって大量に巻き上げられ、その一帯には高波と、晴天下にありながら暴風雨染みた状況が発生していた。
 更によくよく見ると、風の刃で切り刻まれたと思しきバラバラの肉塊と血が海に浮かんでいる。運悪く巻き込まれた魚……あのヒレの形は鮫のものだろうか。
 何にせよ、氷の強度に全振りしていなければ、俺もまたああなっていたに違いない。
 そうした状況を前に、むしろ俺の方がまだジズを侮っていたことを理解する。
 どうやら彼女。空という領域の範囲に収まる形で、決して他の領域を侵すことのないように配慮しながら攻撃を放っていたらしい。
 それがなければ、このような広域への攻撃手段まで有していた訳だ。

「コレヲ耐エルカ……ナラバ、全霊ノ一撃ヲ以ッテ空ノ塵トナレ」

 加えて、威力重視の攻撃もまた。
 彼女はそう告げると巨大なその嘴を大きく開き、空の全てどころか世界の全てを震わせんばかりの声、とは名ばかりの甲高い超音波を発した。
 その発生源の傍にばら撒かれていた氷の粒子がその空気の振動に触れた瞬間、そうあることが当然のように分解されて俺の制御から離れる。
 その恐るべき超振動は、間違いなく前世で生じ得たものとは比較にならない振動数を持ちながら、刃を纏った風の塊と共にレーザーの如く照射された。
 数十キロにわたる影響を生んだ暴風を収束したような、可視の一撃が超音速で迫る。
 収束されているとは言いながらも、その実、直径は数十メートルはあって人間のスケールでは範囲攻撃と表現してもいいレベルだ。
 それでも、この程度なら回避は不可能ではないが……。
 絶え間なく照射され続けている無限の刀身を持つ剣の如き一撃は、ジズの視線を追従するように振るわれ、避けた俺を追いかけ続ける。
 それに伴い、この攻撃もまた他の領域への配慮を無視したものであることを知る。
 俺に回避された後も途絶えることなく空間を貫く超振動の帯は、海を穿つと海水を奇麗に切り裂いて数秒の間だけ海底を露出させ、更にはそこに無数の傷を刻み込んでいく。
 その余りに馬鹿げた力に、回避を続けながら戦慄する。
 これが暴走した三大特異思念コンプレックス集積体ユニークの真の力なのか、と。

「風ヨ。空ニ仇名ス者ヲ束縛セヨ」

 そのジズは、しかし、速さでは俺に追いつけないことを理解してか一度攻撃をとめ、同時に羽ばたきによって超広域に乱気流を作り出し始めた。
 それによって大幅に動きを阻害され、尚のこと姿勢を制御しにくくなってしまう。
 そこを狙って、無限の刀身と化した風が再び放たれる。
 それでも俺は、速度にものを言わせて何とか回避した。
 とは言え、このままでは一手間違えれば、あるいはジズに別の一手が加われば。
 死という結末へと一気に傾いてしまうことだろう。
 もはや時間を稼ぐなどと悠長なことを言っていられる状況ではない。
 リスクを負ってでも、早期に決着をつけなければならない。
 だから俺は、そこに至る道筋を見出すために意識を極限まで研ぎ澄ませた。
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