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第4章 前兆と空の旅路
191 いくつもの不穏な噂
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「やっぱりここのカレーは最高ですね!」
久し振りに訪れた居酒屋ミツゲツ。
少女化魔物が複合発露で生成した素材を使った料理が名物のそこで、カウンター席の隣に座るルトアさんが幸せそうな顔で言いながら好物の特選カレーライスを頬張っていた。
その姿に自然と表情が緩むのを感じつつ、丁度今し方来た特選カレーうどんをすする。
カレーライスが絶品なのだからこれもいけるはず、と頼んでみたが……。
「うん、カレーうどんも負けず劣らずうまいな」
もちもちとしたコシのある太い麺。これもまた、オオゲツヒメの少女化魔物たる店主のリヴェスさんが〈五穀豊穣〉で生成した小麦粉を使用しているのだろう。
スープは特選カレーライスのカレーをベースにしているようで、若干とろみが強め。
しかし、絶妙なバランスで和風の出汁がブレンドされ、うどんと実にマッチしている。
大元のカレーに、ヘイズルーンの少女化魔物のハルさんが〈湧泉生蜜〉によって逸話通りの場所から出した蜂蜜ならぬ蜜が使われているからか辛さは控え目だが、味が非常に深い。
カレーライスも最高だったが、カレーうどんも極上の一品だ。
「これは毎日でも食べられそうだ」
「なら、もっと頻繁に来てくれてもいいのよ、イサク君」
「あ、いや……すみません。その、少々立て込んでいたので」
「冗談よ。また来てくれて嬉しいわ」
「ははは」
カウンターの向こう側から悪戯っぽく言いながらも視線は割と鋭いままのリヴェスさんに、以前彼女から贔屓にして欲しいと言われたことを思い出して誤魔化し気味に笑う。
勿論、忙しかったのは単なる言い訳ではない。本当のことだ。
とは言え、次はなるべく間を空けずに来るとしよう。
ここの料理が舌に合っているのもまた事実だし。
「でも、余り補導の仕事が多いのも困りものねえ」
「まあ……稼げはしますけど、その分だけ苦しんでいる少女化魔物がいる訳ですからね」
正直、人外ロリコンとしては複雑な思いがある。
その辺は防災などに従事している人と、ほんの少しだけ感覚が似ているかもしれない。
何にせよ、そうした緊急の事態など減るに越したことはない。
「それだけじゃなく、ホウシュン祭で襲撃があったり……この前のウラバ大事変も人間至上主義者が原因だって言うじゃない? 何だか、世情が乱れてきている気がするわ」
頬に手を当てながら憂えるリヴェスさんに、心の中で「確かに」と同意する。
現在はホウシュン祭から一週間と少し、即ち学園都市トコハに来てから二ヶ月と少し経過した六月上旬の終わりだが、その短い間にイベントが目白押しだったように思う。
ヨスキ村で過ごした十七年の間と比べると密度が段違いだ。
救世の転生者が役目を果たさねばならない時代に突入している証、とでも言うべきか。
「もう、リヴェスさん! そんな不安になるようなこと言って! 折角のおいしいご飯が不味くなるじゃないですか!」
「そ、そうね。ごめんなさいね、ルトアちゃん」
頬を膨らませて不満を表すルトアさんに、慌てたように謝るリヴェスさん。
しかし、彼女が持つ複合発露は戦闘系のものではないだけに、俺達とはそういったキナ臭い雰囲気に対する恐れの感じ方が全く異なるのだろう。
どちらかと言えば、守られる側になる訳だし。
それで、少し吐き出したくなってしまったに違いない。
まあ、客に愚痴るのはよろしくないとは思うけれども、それだけ二人が親密である証とも言える。ついでに俺にも、彼女を通じて親しみを抱いてくれているのかもしれない。
であれば、少しぐらいは構うまい。
と俺は思うが、臆病なルトアさん的には不穏な話を余り聞きたくないようだ。
彼女は「あ、そうだ!」と露骨に話題を変えようと口を開き、言葉を続ける。
「ホウシュン祭と言えば……フェリトさん。あの後で、イサク君と真性少女契約を結んだそうで。おめでとうございます。それから、改めてよろしくお願いします!」
「あ、うん。ありがとう。こちらこそ対等な立場としてよろしく頼むわ、ルトア」
ルトアさんの勢いに若干戸惑い気味になりながらも、影の中から返事をするフェリト。
他の客で一々こちらを気にしている者はいないだろうが、傍から見ていたら奇妙な光景だろう。事情を知っているリヴェスさんでさえ、何やら微妙な顔をしている。
「けど、ホウシュン祭の中夜祭で真性少女契約を結ぶなんて、少し羨ましいです」
「羨ましい?」
「はい。ジンクスがあるんです。ホウシュン祭の夜に真性少女契約を結んだ少女化魔物は幸せになれるって。学園で教育を受けた少女化魔物達の間では、有名な話なんですよ!」
「へえ、そうなの。それはタイミングがよかったのかもね」
ただ話を合わせているだけのような言葉とは裏腹に、フェリトの口調は嬉しそうだ。
元の世界なら、あくまでも単なるジンクスに過ぎないという冷めた考えが頭の片隅に生じてしまうところだが、この世界では余り馬鹿にすることはできない。
少女化魔物もまた観測者として数えられる存在である以上、その共通認識が一定以上の人数に共有されているなら多少なり補正が実在してもおかしくはないのだから。
まあ、どちらにせよ、今回はネガティブなものではないので何の問題もないけれども。
「…………イサク君。たくさんの少女化魔物と真性少女契約を結ぶのは優秀さの証だから構わないけれど、ちゃんとルトアちゃんのことも幸せにしてあげてね」
と、二人のやり取りを聞いていたリヴェスさんがトーンを下げた真面目な声で言い、真剣なお願いであることを更に強調するように俺の目を見詰めてくる。
以前からルトアさんに母親のように慕われていることもあって、リヴェスさんにもまた子供を心配するような感覚があるのかもしれない。
そんな相手に、その場限りの返答はできない。
「勿論です」
だから、俺は真正面から目を逸らさず、本気であることが伝わるように応じた。
人外ロリコンたる者、その意思がなくば真性少女契約など結ぶ気がない。
そして、隣でルトアさんが「あうぅ」と奇妙な声を上げながら顔を赤くして恥ずかしそうに小さくなる中、しばらくリヴェスさんと目を合わせ続ける。
やがて彼女はフッと表情を緩めると、申し訳なさそうにしながら再び口を開いた。
「ありがとう。ごめんなさいね。余計なことを言ってしまって。蒸し返しちゃうけど、最近お客さんから不穏な噂も聞こえてくるし、これから先のことが心配なのよ」
「不穏な噂、ですか?」
「ええ。目立ったところではフレギウス王国とアクエリアル帝国の小競り合いが急激に増えていて、今にも戦争に発展しそうだとか……他には、とある街から住人が全員姿を消したとか、また別の街では子供だけが忽然といなくなったとか」
指折り数えながら更にリヴェスさんが挙げていく中には、毎夜毎夜体を真っ二つにされた斬殺死体が見つかる、探索済みの遺跡で何故か行方不明者が続出などもあった。
それ以外にも、新聞で見かけた記憶があるものから、都市伝説染みたものまで様々だ。
この全てを最近になって急に耳にしたのなら、確かに心配になっても不思議ではない。
「うぅ、もうやめて下さい……」
そんな話を脇で聞いていたルトアさんは、折角恥ずかしさから復帰したかと思えば涙目でテンションだだ下がりだ。
まあ、ここまで来ると複合発露の傾向は関係ない。
気が滅入ってしまうのは仕方がない。
「ごめんなさい、ルトアちゃん。これで本当にもうやめるわ」
さすがにこれ以上、自分の不安に無理につき合わせるのは酷と思ったのだろう。
残念な感じになっているルトアさんに再度謝ったリヴェスさんは、それから俺達が食事を終えるまで普通の世間話以外の話をすることはなかった。
後、罪滅ぼしのつもりか食後のデザートに米粉アイスクリームをサービスしてくれた。
結構現金だったルトアさんは、それで機嫌が直ったようだった。
「じゃあ、二人共、また来てね」
「はい。今度は近い内に必ず」
最後にリヴェスさんにそう応じ、支払いを済ませて居酒屋ミツゲツを出る。
そうして俺は、彼女から聞いた噂に何かがひたひたと背中に迫っているような感覚を抱きながら、ルトアさんと共にホウゲツ学園への帰路についたのだった。
久し振りに訪れた居酒屋ミツゲツ。
少女化魔物が複合発露で生成した素材を使った料理が名物のそこで、カウンター席の隣に座るルトアさんが幸せそうな顔で言いながら好物の特選カレーライスを頬張っていた。
その姿に自然と表情が緩むのを感じつつ、丁度今し方来た特選カレーうどんをすする。
カレーライスが絶品なのだからこれもいけるはず、と頼んでみたが……。
「うん、カレーうどんも負けず劣らずうまいな」
もちもちとしたコシのある太い麺。これもまた、オオゲツヒメの少女化魔物たる店主のリヴェスさんが〈五穀豊穣〉で生成した小麦粉を使用しているのだろう。
スープは特選カレーライスのカレーをベースにしているようで、若干とろみが強め。
しかし、絶妙なバランスで和風の出汁がブレンドされ、うどんと実にマッチしている。
大元のカレーに、ヘイズルーンの少女化魔物のハルさんが〈湧泉生蜜〉によって逸話通りの場所から出した蜂蜜ならぬ蜜が使われているからか辛さは控え目だが、味が非常に深い。
カレーライスも最高だったが、カレーうどんも極上の一品だ。
「これは毎日でも食べられそうだ」
「なら、もっと頻繁に来てくれてもいいのよ、イサク君」
「あ、いや……すみません。その、少々立て込んでいたので」
「冗談よ。また来てくれて嬉しいわ」
「ははは」
カウンターの向こう側から悪戯っぽく言いながらも視線は割と鋭いままのリヴェスさんに、以前彼女から贔屓にして欲しいと言われたことを思い出して誤魔化し気味に笑う。
勿論、忙しかったのは単なる言い訳ではない。本当のことだ。
とは言え、次はなるべく間を空けずに来るとしよう。
ここの料理が舌に合っているのもまた事実だし。
「でも、余り補導の仕事が多いのも困りものねえ」
「まあ……稼げはしますけど、その分だけ苦しんでいる少女化魔物がいる訳ですからね」
正直、人外ロリコンとしては複雑な思いがある。
その辺は防災などに従事している人と、ほんの少しだけ感覚が似ているかもしれない。
何にせよ、そうした緊急の事態など減るに越したことはない。
「それだけじゃなく、ホウシュン祭で襲撃があったり……この前のウラバ大事変も人間至上主義者が原因だって言うじゃない? 何だか、世情が乱れてきている気がするわ」
頬に手を当てながら憂えるリヴェスさんに、心の中で「確かに」と同意する。
現在はホウシュン祭から一週間と少し、即ち学園都市トコハに来てから二ヶ月と少し経過した六月上旬の終わりだが、その短い間にイベントが目白押しだったように思う。
ヨスキ村で過ごした十七年の間と比べると密度が段違いだ。
救世の転生者が役目を果たさねばならない時代に突入している証、とでも言うべきか。
「もう、リヴェスさん! そんな不安になるようなこと言って! 折角のおいしいご飯が不味くなるじゃないですか!」
「そ、そうね。ごめんなさいね、ルトアちゃん」
頬を膨らませて不満を表すルトアさんに、慌てたように謝るリヴェスさん。
しかし、彼女が持つ複合発露は戦闘系のものではないだけに、俺達とはそういったキナ臭い雰囲気に対する恐れの感じ方が全く異なるのだろう。
どちらかと言えば、守られる側になる訳だし。
それで、少し吐き出したくなってしまったに違いない。
まあ、客に愚痴るのはよろしくないとは思うけれども、それだけ二人が親密である証とも言える。ついでに俺にも、彼女を通じて親しみを抱いてくれているのかもしれない。
であれば、少しぐらいは構うまい。
と俺は思うが、臆病なルトアさん的には不穏な話を余り聞きたくないようだ。
彼女は「あ、そうだ!」と露骨に話題を変えようと口を開き、言葉を続ける。
「ホウシュン祭と言えば……フェリトさん。あの後で、イサク君と真性少女契約を結んだそうで。おめでとうございます。それから、改めてよろしくお願いします!」
「あ、うん。ありがとう。こちらこそ対等な立場としてよろしく頼むわ、ルトア」
ルトアさんの勢いに若干戸惑い気味になりながらも、影の中から返事をするフェリト。
他の客で一々こちらを気にしている者はいないだろうが、傍から見ていたら奇妙な光景だろう。事情を知っているリヴェスさんでさえ、何やら微妙な顔をしている。
「けど、ホウシュン祭の中夜祭で真性少女契約を結ぶなんて、少し羨ましいです」
「羨ましい?」
「はい。ジンクスがあるんです。ホウシュン祭の夜に真性少女契約を結んだ少女化魔物は幸せになれるって。学園で教育を受けた少女化魔物達の間では、有名な話なんですよ!」
「へえ、そうなの。それはタイミングがよかったのかもね」
ただ話を合わせているだけのような言葉とは裏腹に、フェリトの口調は嬉しそうだ。
元の世界なら、あくまでも単なるジンクスに過ぎないという冷めた考えが頭の片隅に生じてしまうところだが、この世界では余り馬鹿にすることはできない。
少女化魔物もまた観測者として数えられる存在である以上、その共通認識が一定以上の人数に共有されているなら多少なり補正が実在してもおかしくはないのだから。
まあ、どちらにせよ、今回はネガティブなものではないので何の問題もないけれども。
「…………イサク君。たくさんの少女化魔物と真性少女契約を結ぶのは優秀さの証だから構わないけれど、ちゃんとルトアちゃんのことも幸せにしてあげてね」
と、二人のやり取りを聞いていたリヴェスさんがトーンを下げた真面目な声で言い、真剣なお願いであることを更に強調するように俺の目を見詰めてくる。
以前からルトアさんに母親のように慕われていることもあって、リヴェスさんにもまた子供を心配するような感覚があるのかもしれない。
そんな相手に、その場限りの返答はできない。
「勿論です」
だから、俺は真正面から目を逸らさず、本気であることが伝わるように応じた。
人外ロリコンたる者、その意思がなくば真性少女契約など結ぶ気がない。
そして、隣でルトアさんが「あうぅ」と奇妙な声を上げながら顔を赤くして恥ずかしそうに小さくなる中、しばらくリヴェスさんと目を合わせ続ける。
やがて彼女はフッと表情を緩めると、申し訳なさそうにしながら再び口を開いた。
「ありがとう。ごめんなさいね。余計なことを言ってしまって。蒸し返しちゃうけど、最近お客さんから不穏な噂も聞こえてくるし、これから先のことが心配なのよ」
「不穏な噂、ですか?」
「ええ。目立ったところではフレギウス王国とアクエリアル帝国の小競り合いが急激に増えていて、今にも戦争に発展しそうだとか……他には、とある街から住人が全員姿を消したとか、また別の街では子供だけが忽然といなくなったとか」
指折り数えながら更にリヴェスさんが挙げていく中には、毎夜毎夜体を真っ二つにされた斬殺死体が見つかる、探索済みの遺跡で何故か行方不明者が続出などもあった。
それ以外にも、新聞で見かけた記憶があるものから、都市伝説染みたものまで様々だ。
この全てを最近になって急に耳にしたのなら、確かに心配になっても不思議ではない。
「うぅ、もうやめて下さい……」
そんな話を脇で聞いていたルトアさんは、折角恥ずかしさから復帰したかと思えば涙目でテンションだだ下がりだ。
まあ、ここまで来ると複合発露の傾向は関係ない。
気が滅入ってしまうのは仕方がない。
「ごめんなさい、ルトアちゃん。これで本当にもうやめるわ」
さすがにこれ以上、自分の不安に無理につき合わせるのは酷と思ったのだろう。
残念な感じになっているルトアさんに再度謝ったリヴェスさんは、それから俺達が食事を終えるまで普通の世間話以外の話をすることはなかった。
後、罪滅ぼしのつもりか食後のデザートに米粉アイスクリームをサービスしてくれた。
結構現金だったルトアさんは、それで機嫌が直ったようだった。
「じゃあ、二人共、また来てね」
「はい。今度は近い内に必ず」
最後にリヴェスさんにそう応じ、支払いを済ませて居酒屋ミツゲツを出る。
そうして俺は、彼女から聞いた噂に何かがひたひたと背中に迫っているような感覚を抱きながら、ルトアさんと共にホウゲツ学園への帰路についたのだった。
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