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第3章 絡み合う道

159 印刀ホウゲツの代用品

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「まあ、代用品なのじゃから、印刀ホウゲツの複製品が妥当じゃろう」

 何やかんやと長かった前置きを終え、ようやく本題。
 アマラさんは棚から二振りの刀を取り出してきて、そう告げながら俺の前に立った。
 内容については彼女自身が評した通り、妥当な理屈ではあると俺も思う。
 とは言え――。

「それはそうでしょうけど、印刀ホウゲツの複製は法律で禁止されているのでは?」
「そうじゃな。じゃが、正確には性能の複製ではなく、形状の複製。即ち、印刀ホウゲツに施された意匠を使うことが違法なのじゃ。見た目さえ変えてしまえば問題はない」
「見た目…………成程」

 俺の問いに対するアマラさんの返答を受け、少し考えてから納得の意を示す。
 元々その法律は、救世の転生者の偽者が出現するのを防ぐためのものなのだろう。
 つまり、肝は印刀ホウゲツの性能ではなく、所有者を救世の転生者と証明する形。
 であるならば、刃文とか鍔の形とか柄の装飾とか鞘の拵えとか。誰が見ても一目で印刀ホウゲツと分かる特徴的な意匠さえ変更すれば、複製しても差し支えないはずだ。
 そう考えて一つ頷き、それから俺は彼女の手にある刀に目を向けながら口を開いた。

「それで……その二振りは何か違いがあるんですか?」

 彼女の口振りからすると、恐らく両方とも印刀ホウゲツの複製品と見て間違いない。
 当然オリジナルとは意匠が異なっている訳だが、それぞれがまたデザインが違う。
 さすがに熟練の複製師たる彼女が、無意味に差異を作っているとは思えない。

「意匠の違いは判別のためじゃが……性能で二種類の選択肢を用意しておる。どちらを選ぶか、どちらも選ばないか、あるいは両方を選ぶか。それは貴様の自由じゃ」

 アマラさんは俺の疑問にそう答えると、一方を目の前に差し出してきた。
 それを丁寧に受け取り、シンプルな拵えの白い鞘から少しだけ引き抜く。
 小部屋の照明の光を反射する、美しい刃の一部が目に映った。
 刃文は大きく波打っている。乱刃と呼ばれるものだろう。

「これは先にワシが言った通り、通常時は第一位階、一撃のみ元々の第六位階と同等の力を発揮できるものじゃ。彫り込んである通り、銘はセンカと言う」

 ホウゲツと同じく日本語っぽい発音。
 彫り込んである? と疑問に思いながら、刀身を引っ繰り返して見ていた方と逆側を見ると、そこに確かに漢字で閃火と彫り込まれていた。
 ……まあ、実際にはアマラさんが、そういう形状に複合発露エクスコンプレックスで調整したのだろうが。

 ちなみに。オリジナルである印刀ホウゲツはと言うと、刀身には一方に悪欲無尽誓願断、もう一方には不惜身命という文字が彫り込まれている。
 刃文は波打つを通り越し、まるで草木が芽吹いているかのような紋様と化している。
 一応、乱刃のカテゴリーに入るものと思われる。
 納刀状態で特徴的なのは、法律で刀への使用を禁止された色である若草色の鞘と柄。
 それと唐草模様の意匠が施された鍔。こちらの模様も鍔への使用は禁止とのことだ。
 草木をイメージするものが多いのは、ホウゲツという名称が正確には萌蘖であり、芽生えとひこばえを意味するからだそうだ。
 閑話休題。

「そして、もう一方じゃが――」

 俺がセンカに刻まれた文字からアマラさんへと視線を戻すと、彼女は同じくシンプルな拵えながらもセンカとは対照的な黒い鞘に納められた刀を寄越してきた。
 一先ずセンカを返してから受け取り、同じように鞘から抜く。
 こちらの刃文は真っ直ぐに整っていて、いわゆる直刃と呼ばれるものだと分かる。
 刀身には仇花と彫り込まれていた。

「銘はキュウカ。これは逸話を基にした機能を全て捨て去ることによって、位階だけは何とか第六位階に留めることに成功したものじゃ」

 アダバナ、ではないらしい。
 恐らくはセンカに語感を合わせたのだろう。
 そう勝手に納得しておいて、話を戻すことにする。
 今は名前の由来よりも性能の話だ。

「ええと、位階だけ、ですか?」
「うむ。基本的な性能は全く普通の刀に過ぎん。しかし、第六位階の諸々に対しても性能を維持できる。例えば第六位階の身体強化を相手取っても、生身の人間を刀で切りつける程度のダメージを与えられるじゃろう」

 俺の疑問に答えたアマラさんは、更に「まあ、その結果として切れ味が鈍ったりするのは避けられんがな」と補足をつけ加えた。
 不滅の逸話を持つ印刀ホウゲツならば、劣化などあり得ないことだが……。
 話を聞く限り、キュウカの場合は肉や骨を断てば切れ味が鈍ってしまうし、恐らく手入れをしないと錆びてもしまうのだろう。
 それでも。第六位階の複合発露、あるいは祈望之器ディザイアードに対して多少なりとも対抗することができるのであれば、破格の性能と言っていい。

「ん? けど、印刀ホウゲツの特性を考えると、キュウカだけでよくないですか? センカは、どう足掻いても一撃で使いものにならなくなるんですよね? 不滅の性能なんてあってないようなものじゃないですか」
「いや。例えば、身体強化を通り越して体を硬質化する類の複合発露や、頑丈だの不滅だのの逸話を持つ祈望之器を相手取る場合は、センカでなくば有効打を与えられんじゃろう。攻撃が通じる可能性があるとは言っても、キュウカの強度はあくまでも普通の刀と同程度じゃからな」
「ああ……成程。それは確かに」

 大分限定的ながらも、センカでなければならない場面も間違いなくあるようだ。
 やはり製作者だけあって、一度聞いただけでは即座に把握できないような細かい部分まで性能を把握しているようだ。
 突き詰めて考えていけば、あるいは他にも利点があるかもしれない。

「さて、説明はこんなところでよいか。ワシのおすすめとしてはこの二つじゃが……どうする? イサク」
「そうですね。可能なら、両方下さい。お願いします」

 アマラさんに挑むように問われ、即座に軽く頭を下げながら返答を口にする。
 正直なところ、思っていたよりも遥かにまともな代用品だと思う。
 勿論、オリジナルに敵う訳ではないが、かと言って使いものにならない程ではない。
 どうせ基本的にはアーク複合発露エクスコンプレックスを用いて戦う訳だし、それができない場合でも印刀ホウゲツという切り札もあるにはあるのだ。
 殺意の高過ぎる祈望之器は好ましくないし、主目的がカムフラージュのためであるならば、これぐらいが適度なところだろう。

「ふむ。どうやら気に入ってくれたようじゃな。ならば、予備もつけておくとしよう」

 俺の様子にアマラさんは満足そうに言うと、奥の棚からセンカとキュウカのどちらかと瓜二つな刀をいくつか持ってきた。
 最初から複数用意してあったらしい。

「あ、ありがとうございます」

 それを一つ一つ受け取って影の中に入れていく。
 何度か繰り返し、結果センカとキュウカそれぞれ五本ずつ譲って貰うこととなった。
 とりあえず、これで俺個人の目的は達成できたと言っていい。

「助かります」
「貴様の補助をすることがワシらの使命じゃ。気にする必要はない。今後も特殊な効果の複製品が欲しければ、ワシに相談することじゃ。刀以外は格安で売ってやろう」
「はい。よろしくお願いします」
「うむ。では、戻るか」

 そうしてアマラさんに促され、俺は彼女と共にその隠し部屋を出た。
 それからセト達がいる作業部屋に戻ると……。
 ヘスさんと共に、夢中で複製品を弄っている弟達の姿が目に映る。

「セト、ダン、トバル、ラクラちゃん。どうだった?」
「あ、兄さん」
「結構、面白かったよ!」
「凄く勉強になりました!」

 セトとダン、ラクラちゃんは、楽しめたことが一目で分かる素直な笑顔を浮かべる。
 両親の仕事を継ぎたくないと以前言っていた手前、素直にはなれない様子のトバルはトバルで、複雑な表情の中に熱中していた名残りのような興奮が僅かに感じ取れる。
 彼らの様子を見る限り、社会科見学は成功と言っていいだろう。

「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「あ、なら、その果汁が出るコップは上げるッス」

 そうした弟達の姿を満足そうに近くで見ていたヘスさんが、それぞれが手に持っていたコップへと視線を向けながら言う。
 どうやらヒュギエイアの杯を複製改良して、小さなコップ状にしたもののようだ。
 果汁が出ることとヒュギエイアの杯を複製改良した水の杯が水道的な役割を担うことを考えると、前世で言うなれば蛇口からオレンジジュースのノリか。
 まあ、子供の土産としては上等も上等だろう。

「じゃあ、また来るッスよ! 特にトバル君。君はセンスがよかったッスからね。もしよかったら自分の手伝いをして欲しいッス!」
「え、あ……か、考えておきます」

 押しの強いヘスさんに対し、戸惑いながらも拒否はしないトバル。
 多少なり、複製師という職に対するイメージが変わったのかもしれない。
 今回のことが、彼の人生の選択において、一つのいい判断材料となってくれることを願うばかりだ。

「では、失礼します」

 そして俺達は、地下室から隠し通路を経て最初の部屋に戻ると、アマラさんの工房を辞去してホウゲツ学園の寮へと帰ったのだった。

 ……さて。
 後、直近で気になっているのは、セト達のクラスに来ると耳にした転校生だ。
 弟達と学びを共にする新たな人物。せめて人柄ぐらいは見ておきたい。
 試験休みが明けたら、久々に隠れて授業参観をすることにしよう。
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