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第3章 絡み合う道
157 複製の方向性とトバルの分岐点
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様々な祈望之器の複製品が整然と並べられた地下室。
その部屋の、今し方おりてきた隠し通路の階段から見て右側に設置された木製の扉を開け放ち、中を手で示しながらアマラさんが口を開く。
「厳密には、この部屋がワシの工房じゃな。開発室と言ってもよいかもしれん。基本的にワシ達は量産ではなく、いわゆるプロトタイプの製作を主に行っておるからな」
見た感じ、いかにも工房、職人の作業場らしい様相だ。
一定の整理はなされているようではあるが、何となく散らかっている印象も受ける。
使用する当人にとっては、恐らく機能的に配置されているのだろうが。
そんな中で。
俺達の視線は部屋の中を彷徨い、最終的に奥で作業机に向かっている人影、手に持った鍋を確認するように色々な方向から見ている少女の背中に集まった。
その彼女は、一通り観察した後で「よし」と一つ頷くと鍋を目の前の机に置き、周辺にあった用途のなさそうなガラクタを中に放り込んだ。
すると次の瞬間、鍋の中に味噌汁のようなものが生成され、湯気が立ち始める。
少女はそれをスプーンで掬うと口元へと持っていき――。
「しょっぱ!!」
一舐めした瞬間、仰け反りながら叫び、スプーンを振って残る汁を鍋に戻した。
「うぅ、また失敗ッス……」
それから彼女はガクッと肩を落とし、セミロングぐらいの茶髪を揺らす。
何とも分かり易くリアクションを取る子のようだ。
「あれはワシの弟子じゃ。まだなって二年程じゃがな」
その姿に軽く嘆息しながら少女が何者かを口にしたアマラさんは、まだこちらに気づいていない様子の彼女に近づき、そのまま声をかけた。
「これ、ヘス。自己紹介せい」
「うわっ!? お師匠!? いるならいると言って欲しいッスよ!」
「……はあ。何故、それだけの集中力がありながらそこまで抜けておるのだ、貴様は」
驚いたようにバッと振り返った少女の文句に、アマラさんは頭を抱えてしまう。
それから彼女は呆れ気味に更に一つ深く息を吐き、改めて口を開いた。
「ともかく客じゃ。とっとと自己紹介せい」
「え? ……あ、そう言えば武器の製作依頼と社会科見学、今日だったッスね」
ヘスと呼ばれた少女は、思い出したように軽く手を叩きながら俺達に目を向けた。
アマラさんと同じく茶色の瞳。だが、アマラさんとは対照的に左目が髪の毛で隠れているため、顕になっているのは右目だけだ。
「ええと、自分はキュプロクスの少女化魔物のヘスって言うッス」
その彼女は、アマラさんに指示された通りに自己紹介を始めた。
土属性を示す茶髪に茶色の瞳だと少々普通の人間とは見分けがつきにくいが、やはり少女化魔物だったようだ。
複製師の弟子の少女(部屋に独り)という時点で薄々予想はできていた。
「立派な複製師になるために、お師匠の下で修行をしているところッスよ」
続けてヘスさんは、失敗に落ち込んでいた時とは対照的な何ともいい笑顔で言う。
同じ土属性で片目隠れと大雑把な特徴は師匠のアマラさんに似ているが、顔つきも表情も全く似てはいない。夢に満ち溢れた若者という感じだ。
とても眩しい姿で、応援したくなる。
「では早速、複製改良の事例を見せてやるとしよう。ヘスよ。もう一度じゃ」
「うえっ、自分がッスか?」
「早よせい」
「わ、分かったッス」
急き立てるアマラさんにヘスさんは一転して緊張したように応じ、それから別の鍋とさっきまで弄っていた鍋を机の上に並べる。
「これがさっき話に出たダグザの大釜の、単なる複製品。第四位階のものじゃな。効果はオリジナルのそれと同じで、使用者のイメージに従って食料が出てくる」
彼女が机に置いた内の前者を示しながらアマラさんは告げ、そのまま言葉を続けた。
「しかし、出せるものの幅が広過ぎて、しっかりとしたイメージができないと味のよい料理が出てこず、意外と使い勝手が悪い。その機能を制限して調整し、誰でも一定品質の料理を生成できる大釜へと改良する、というのが今ヘスがやっていることじゃ」
そうアマラさんが説明をしている間に、ヘスさんは深呼吸してから複合発露を発動させて先程の恐らく失敗作であろう鍋を材料として複製を始めていた。
鍋は一度だけ丸い一つの塊へと変形してから、再び同じ形状へと戻っていく。
それから彼女は複製元の鍋を端に寄せ、複製した方を再び一通り確認してからガラクタを中に投入した。一言も声を漏らさず、流れるような自然な動きで。
どうやら、一呼吸のみで俺達の存在を意識から追い出すぐらい集中したようだ。
しかし……。
「ぐあああっ! 今度は薄味過ぎるッス!!」
生成された味噌汁を口にして、ヘスさんは天を仰ぐようにして再び嘆く。
彼女に関しては、集中力と複製品の出来について相関関係がないらしい。
「実のところ、味の調整は複製改良の中でも非常に難易度が高い。しかし、その場で性能の確認がし易く、危険性も低い。故に、複製の修行には打ってつけという訳じゃ。不味い料理の味見は、失敗した時の罰にもなるからのう」
アマラさんはそう言いながら、ヘスさんが複製した鍋を手に取って差し出してくる。
中にスプーンが入れられいるところを見ると、飲んでみろ、ということだろう。
少量掬って舐めてみる。
「…………確かに薄い」
ほぼお湯だ。味噌の気配が乏しい。
俺の後に舐めてみた弟達も同じ感想らしく、微妙な顔をしている。
「そうじゃろう」
「うぅ、わざわざ失敗を見せるなんて酷いッス」
アマラさんは俺達の反応に意地悪げに言いながら一つ頷き、それに対してヘスさんはまた分かり易く落ち込んでしまった。
「手本を見せよう」
失敗作の鍋を最後に受け取ったラクラちゃんから回収したアマラさんは、それを左手で持ちながら告げると第四位階のダグザの大釜にも右手で触れた。
と同時に、複合発露を使用したのだろう。
隠れていない左目が完全に閉じられ、額の辺りに新たに大きめな一つの目が生じる。
複合発露発動に伴い、イッポンダタラの少女化魔物の特徴が現れたようだ。
ヘスさんの時は彼女が作業机に向かっていたから見えなかったが、キュプロクスの少女化魔物であることを考えると、恐らく彼女もまた似た姿になっていたに違いない。
「ほれ。飲んでみい」
そして複製後、アマラさんは同じ手順で味噌汁を生成し、鍋を渡してきた。
俺もまた同じようにスプーンで一舐めしてみると――。
「あ、うまい……」
確かに、しっかりと出汁の効いていてバランスのいい味噌汁になっていた。
ちょっと躊躇いながら舐めたセト達も、目を開いて口々に「おいしい」と言う。
「とまあ、複製師の技量の差はこうしたところに出てくる訳じゃな」
「…………俺の知ってる複製師と違う」
アマラさんの言葉を受け、思わずという感じにトバルが呟いた。
「ほう。小僧は複製師の知り合いでもおるのか?」
「ええ。トバルの両親は複製師なんです。ヨスキ村の」
問われ、怖気づいたように黙り込んでしまった彼に代わって答える。
「ふむ。一口に複製と言っても少女化魔物の種族と複合発露によって性質が微妙に異なることはままある。真・複合発露での能力拡張の方向性も含めてな。例えば改良ではなく、正確なコピーに重きが置かれていることもある」
そう言えば、エノスさんとクレーフさんの場合は、通常の複合発露で複製を、真・複合発露で形状変化ができるという形だったか。
「逆に複製改良に重きが置かれていると、正確なコピーというのが難しくなる場合が多い。ワシらが量産を行っておらんのは、その辺も理由にある。時と場合によって求められる複製が微妙に違う訳じゃな」
「自分みたいな改良しか能のない複合発露で作った複製品を世の中に広く普及させるには、正確な複製ができる複製師が不可欠ッスからね。複製の形に貴賎はないッス」
立ち直りが早い性格らしく、アマラさんに続いて補足を入れるヘスさん。
彼女はトバルへと視線を向けると、再び口を開いた。
「それより君、両親が複製師ってことは複製ができるんスよね!?」
「え? まあ、そうだけど……」
「じゃあ、折角だから一緒に複製をしてみましょうッス!」
グイグイ来るヘスさんに、トバルは戸惑いの表情を浮かべながら一歩後退りする。
顔と顔との距離がかなり近く、彼は微妙に顔を赤らめてもいる。
「他の皆も、試しに自分と少女契約をしてやってみるッス!」
対照的に、そう言われたセトとダン、ラクラちゃんの三人は興味深そうに若干前のめりになっていた。
そんな様子を俺が眺めていると――。
「さて、今の内に貴様の武器について話をするぞ」
アマラさんが傍に来て、耳元で言いながら木製の扉を視線で示す。
どうやら最初から、連れの彼らには複製の体験をさせる手筈だったようだ。
厚意に甘えるとしよう。
「分かりました」
そうして俺はアマラさんに促されるまま、セト達を置いて作業部屋を出たのだった。
その部屋の、今し方おりてきた隠し通路の階段から見て右側に設置された木製の扉を開け放ち、中を手で示しながらアマラさんが口を開く。
「厳密には、この部屋がワシの工房じゃな。開発室と言ってもよいかもしれん。基本的にワシ達は量産ではなく、いわゆるプロトタイプの製作を主に行っておるからな」
見た感じ、いかにも工房、職人の作業場らしい様相だ。
一定の整理はなされているようではあるが、何となく散らかっている印象も受ける。
使用する当人にとっては、恐らく機能的に配置されているのだろうが。
そんな中で。
俺達の視線は部屋の中を彷徨い、最終的に奥で作業机に向かっている人影、手に持った鍋を確認するように色々な方向から見ている少女の背中に集まった。
その彼女は、一通り観察した後で「よし」と一つ頷くと鍋を目の前の机に置き、周辺にあった用途のなさそうなガラクタを中に放り込んだ。
すると次の瞬間、鍋の中に味噌汁のようなものが生成され、湯気が立ち始める。
少女はそれをスプーンで掬うと口元へと持っていき――。
「しょっぱ!!」
一舐めした瞬間、仰け反りながら叫び、スプーンを振って残る汁を鍋に戻した。
「うぅ、また失敗ッス……」
それから彼女はガクッと肩を落とし、セミロングぐらいの茶髪を揺らす。
何とも分かり易くリアクションを取る子のようだ。
「あれはワシの弟子じゃ。まだなって二年程じゃがな」
その姿に軽く嘆息しながら少女が何者かを口にしたアマラさんは、まだこちらに気づいていない様子の彼女に近づき、そのまま声をかけた。
「これ、ヘス。自己紹介せい」
「うわっ!? お師匠!? いるならいると言って欲しいッスよ!」
「……はあ。何故、それだけの集中力がありながらそこまで抜けておるのだ、貴様は」
驚いたようにバッと振り返った少女の文句に、アマラさんは頭を抱えてしまう。
それから彼女は呆れ気味に更に一つ深く息を吐き、改めて口を開いた。
「ともかく客じゃ。とっとと自己紹介せい」
「え? ……あ、そう言えば武器の製作依頼と社会科見学、今日だったッスね」
ヘスと呼ばれた少女は、思い出したように軽く手を叩きながら俺達に目を向けた。
アマラさんと同じく茶色の瞳。だが、アマラさんとは対照的に左目が髪の毛で隠れているため、顕になっているのは右目だけだ。
「ええと、自分はキュプロクスの少女化魔物のヘスって言うッス」
その彼女は、アマラさんに指示された通りに自己紹介を始めた。
土属性を示す茶髪に茶色の瞳だと少々普通の人間とは見分けがつきにくいが、やはり少女化魔物だったようだ。
複製師の弟子の少女(部屋に独り)という時点で薄々予想はできていた。
「立派な複製師になるために、お師匠の下で修行をしているところッスよ」
続けてヘスさんは、失敗に落ち込んでいた時とは対照的な何ともいい笑顔で言う。
同じ土属性で片目隠れと大雑把な特徴は師匠のアマラさんに似ているが、顔つきも表情も全く似てはいない。夢に満ち溢れた若者という感じだ。
とても眩しい姿で、応援したくなる。
「では早速、複製改良の事例を見せてやるとしよう。ヘスよ。もう一度じゃ」
「うえっ、自分がッスか?」
「早よせい」
「わ、分かったッス」
急き立てるアマラさんにヘスさんは一転して緊張したように応じ、それから別の鍋とさっきまで弄っていた鍋を机の上に並べる。
「これがさっき話に出たダグザの大釜の、単なる複製品。第四位階のものじゃな。効果はオリジナルのそれと同じで、使用者のイメージに従って食料が出てくる」
彼女が机に置いた内の前者を示しながらアマラさんは告げ、そのまま言葉を続けた。
「しかし、出せるものの幅が広過ぎて、しっかりとしたイメージができないと味のよい料理が出てこず、意外と使い勝手が悪い。その機能を制限して調整し、誰でも一定品質の料理を生成できる大釜へと改良する、というのが今ヘスがやっていることじゃ」
そうアマラさんが説明をしている間に、ヘスさんは深呼吸してから複合発露を発動させて先程の恐らく失敗作であろう鍋を材料として複製を始めていた。
鍋は一度だけ丸い一つの塊へと変形してから、再び同じ形状へと戻っていく。
それから彼女は複製元の鍋を端に寄せ、複製した方を再び一通り確認してからガラクタを中に投入した。一言も声を漏らさず、流れるような自然な動きで。
どうやら、一呼吸のみで俺達の存在を意識から追い出すぐらい集中したようだ。
しかし……。
「ぐあああっ! 今度は薄味過ぎるッス!!」
生成された味噌汁を口にして、ヘスさんは天を仰ぐようにして再び嘆く。
彼女に関しては、集中力と複製品の出来について相関関係がないらしい。
「実のところ、味の調整は複製改良の中でも非常に難易度が高い。しかし、その場で性能の確認がし易く、危険性も低い。故に、複製の修行には打ってつけという訳じゃ。不味い料理の味見は、失敗した時の罰にもなるからのう」
アマラさんはそう言いながら、ヘスさんが複製した鍋を手に取って差し出してくる。
中にスプーンが入れられいるところを見ると、飲んでみろ、ということだろう。
少量掬って舐めてみる。
「…………確かに薄い」
ほぼお湯だ。味噌の気配が乏しい。
俺の後に舐めてみた弟達も同じ感想らしく、微妙な顔をしている。
「そうじゃろう」
「うぅ、わざわざ失敗を見せるなんて酷いッス」
アマラさんは俺達の反応に意地悪げに言いながら一つ頷き、それに対してヘスさんはまた分かり易く落ち込んでしまった。
「手本を見せよう」
失敗作の鍋を最後に受け取ったラクラちゃんから回収したアマラさんは、それを左手で持ちながら告げると第四位階のダグザの大釜にも右手で触れた。
と同時に、複合発露を使用したのだろう。
隠れていない左目が完全に閉じられ、額の辺りに新たに大きめな一つの目が生じる。
複合発露発動に伴い、イッポンダタラの少女化魔物の特徴が現れたようだ。
ヘスさんの時は彼女が作業机に向かっていたから見えなかったが、キュプロクスの少女化魔物であることを考えると、恐らく彼女もまた似た姿になっていたに違いない。
「ほれ。飲んでみい」
そして複製後、アマラさんは同じ手順で味噌汁を生成し、鍋を渡してきた。
俺もまた同じようにスプーンで一舐めしてみると――。
「あ、うまい……」
確かに、しっかりと出汁の効いていてバランスのいい味噌汁になっていた。
ちょっと躊躇いながら舐めたセト達も、目を開いて口々に「おいしい」と言う。
「とまあ、複製師の技量の差はこうしたところに出てくる訳じゃな」
「…………俺の知ってる複製師と違う」
アマラさんの言葉を受け、思わずという感じにトバルが呟いた。
「ほう。小僧は複製師の知り合いでもおるのか?」
「ええ。トバルの両親は複製師なんです。ヨスキ村の」
問われ、怖気づいたように黙り込んでしまった彼に代わって答える。
「ふむ。一口に複製と言っても少女化魔物の種族と複合発露によって性質が微妙に異なることはままある。真・複合発露での能力拡張の方向性も含めてな。例えば改良ではなく、正確なコピーに重きが置かれていることもある」
そう言えば、エノスさんとクレーフさんの場合は、通常の複合発露で複製を、真・複合発露で形状変化ができるという形だったか。
「逆に複製改良に重きが置かれていると、正確なコピーというのが難しくなる場合が多い。ワシらが量産を行っておらんのは、その辺も理由にある。時と場合によって求められる複製が微妙に違う訳じゃな」
「自分みたいな改良しか能のない複合発露で作った複製品を世の中に広く普及させるには、正確な複製ができる複製師が不可欠ッスからね。複製の形に貴賎はないッス」
立ち直りが早い性格らしく、アマラさんに続いて補足を入れるヘスさん。
彼女はトバルへと視線を向けると、再び口を開いた。
「それより君、両親が複製師ってことは複製ができるんスよね!?」
「え? まあ、そうだけど……」
「じゃあ、折角だから一緒に複製をしてみましょうッス!」
グイグイ来るヘスさんに、トバルは戸惑いの表情を浮かべながら一歩後退りする。
顔と顔との距離がかなり近く、彼は微妙に顔を赤らめてもいる。
「他の皆も、試しに自分と少女契約をしてやってみるッス!」
対照的に、そう言われたセトとダン、ラクラちゃんの三人は興味深そうに若干前のめりになっていた。
そんな様子を俺が眺めていると――。
「さて、今の内に貴様の武器について話をするぞ」
アマラさんが傍に来て、耳元で言いながら木製の扉を視線で示す。
どうやら最初から、連れの彼らには複製の体験をさせる手筈だったようだ。
厚意に甘えるとしよう。
「分かりました」
そうして俺はアマラさんに促されるまま、セト達を置いて作業部屋を出たのだった。
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