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第2章 人間⇔少女化魔物

130 昨日の今日

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 特別収容施設ハスノハで封印措置を見学してホウゲツ学園に戻ってきた頃には夜も深くなっていて、その日は結局そのまま解散となった。
 依頼完了の通知はなされていても、補導員事務局で手続きしなければ依頼は完全には終わらないが、補導員事務局は既に営業時間外。
 なので、依頼完了の手続きは翌日改めて行うこととして、シニッドさん達もガイオさん達も帰宅し、父さんと母さんもヨスキ村に一旦帰ることになったのだ。

「では、イサクよ。今日は早く眠るのじゃぞ」

 折角久し振りに会った訳だから、両親とはもう少し話をしたかったが……。
 二人共、俺の疲労を考慮したのだろう。
 実際、余りに慌ただし過ぎた一日の終わりに体力の余裕は自分が思う程にはなく、母さんの言いつけの有無に関わらず、俺は職員寮に帰ってすぐ泥のように眠ってしまった。

 そうして翌日。
 割と遅めに起床し、諸々の身嗜みを整え、ほぼブランチのようなタイミングでイリュファが作ってくれた食事を取ってから。
 昨日の残務を片づけるため、俺達は補導員事務局に向かった。

「あ、イサク君! こんにちは!」

 受付にはルトアさん。
 奥をチラッと覗くと、ぼんやりと佇むムニさんの分身体。
 他に人の気配はない。

「こんにちは、ルトアさん。父さんと母さんはもう来ました?」
「はい! もう手続きもお済みですよ!」

 どうやら、起きるのが遅過ぎたせいでタイミングが合わなかったようだ。
 いや、いつもの時間に起きていてもタイミングが合うのは稀だけども。
 と言うか、昨日の朝は父さんも母さんも俺を待ち構えていたよな?
 今日はそうしていないということは、緊急の用件でも入ったのだろうか。

「何か言伝とかありました?」
「ええと、イサク君のお兄様の目撃情報があったとかで、現地に向かうそうです! 食事はまた今度と伝えて欲しいとのことでした!」
「そうですか……」

 そういうことなら仕方がないか。
 十二年前。最凶の人形化魔物ピグマリオンガラテアに拉致された兄、アロン・ファイム・ヨスキ。
 彼は未だにかの存在に操られたままであり、時折世界のどこかに少女化魔物ロリータ達を引き連れて現れては、人間や少女化魔物を自分の時と同じように連れ去っていた。
 そう兄さん達を仕向けているガラテアは、どうやら随分と慎重な性質らしい。
 恐らく、このまま戦力を着々と拡大し続け、人間を滅ぼすに足る力を得られたという確信を持った時にことを起こすつもりなのだろう。

「……分かりました。とりあえず昨日の依頼の手続きをお願いします」
「畏まりました!」

 元気よく返事をして受付の奥に向かうルトアさんを見送り、頭の中を整理する。
 兄さんの動向については、行方不明になっているフェリトの姉のセレスさん同様、トリリス様にお願いして調べて貰っている。
 今回、俺に対して特に連絡が来ていないということは、あくまでも目撃情報のみであって、兄さんの足取りは既に途絶えていると考えて間違いない。
 父さんや母さんが親として動かずにはいられないのは是非もないことだが、俺まで目撃情報があった場所に出向いても得られるものはないだろう。
 とりあえず、家族の一人ぐらいは落ち着いて状況を見守っていた方がいいはずだし。
 俺はどっしり構えているべきだ。

「手続き完了です! お疲れ様でした、イサク君!」

 そんなことを考えている間に、ルトアさんが戻ってきて眩しい笑顔と共に言う。
 釣られるように自然と頬が緩む。
 一日の始まりに彼女の笑顔を見ると活力が湧いてくるな。
 ……もう昼も近い時間帯だけれども。

「ありがとうございます、ルトアさん」

 ともあれ、慌ただし過ぎた昨日の残務もこれで終わりだ。
 ようやく今日を始められる。
 さて、これからどうすべきか。
 訓練に努めてもいいし、新しい依頼を探してもいいが……。
 正直、今は何よりも特別収容施設ハスノハに収容された彼女達のことが気になる。
 一先ず依頼は完了した訳だが、未だ暴走状態にあることを思うとモヤモヤが残る。

 とは言え、さすがに昨日(しかも夜)の今日で進展があるとは思えない。
 昨日の件の対処に追われているはずのアコさんに会いに行くのは迷惑だろうし。
 と、考え込んでいると――。

「あの、イサク君!」
「え? あ、どうしました? ルトアさん」

 彼女にちょっと強めに呼ばれ、少し慌てて顔を上げて問う。
 もしかしたら何度か呼びかけていたのかもしれない。
 そうであれば申し訳ないが、彼女は気にした素振りを見せずに口を開く。

「実は丁度今、ムニに連絡が入りまして……」
「ええと、俺にですか? 誰からです?」
「トリリス様からです! 特別収容施設ハスノハのアコ様を訪ねるように、と!」
「アコさんを?」

 タイミングよく、まるで思考を読んだかのような指示が来たことに少し驚く。
 まあ、ホウゲツ学園内にいる限り居場所は把握されているはずだから、タイミングよく連絡が来たことに関しては何ら不思議な話ではないが。

「その、あちらには連絡が行ってるんですか?」

 訪ねていいというのなら喜んで訪ねるが、その辺は大丈夫なのだろうか。
 トリリス様のことだから妙な悪戯を仕かけてくる可能性もある。
 そう心配して尋ねると、ルトアさんは「みたいです!」と答えて更に続ける。

「詳細は私には分かりませんけど、例の件で進展があった? そうでイサク君に来て欲しいとアコ様の方からトリリス様に連絡があったようなので!」

 成程。アコさんからの要請か。なら、アポイントの心配はいらないな。
 しかし、昨日の今日で本当に進展があったのか。
 情報収集は私の仕事と言っていたが……。
 彼女は器が大きいだけでなく、実務面でも優秀らしい。

「分かりました。すぐに行きます」

 とにもかくにも、招いてくれているのなら躊躇う必要はない。
 わざわざ俺を呼ぶからには、何か手伝って欲しいことがあるのかもしれないし。
 暴走した少女化魔物達のために、俺にできることがあるのなら協力は惜しまない。

「じゃあ、行ってきます。ルトアさん、また」
「はい! 行ってらっしゃい、イサク君!」

 そしてルトアさんに別れを告げて補導員事務局を出ると、俺はすぐさまいつものようにアーク複合発露エクスコンプレックス裂雲雷鳥イヴェイドソア不羈サンダーボルト〉を発動させた。
 同じ学園都市トコハの施設だけに、ものの数秒で特別収容施設ハスノハに到着する。
 そのまま真っ直ぐ守衛のところに行って身分証を提示すると、既に話が通っているらしく、すんなりと施設長室に案内された。

「やあ、イサク君。よく来たね」

 中に入ると、体に不釣り合いな机の奥で落ち着いた笑みを見せるアコさんの姿。
 学園長室の机もそうだが、大人の人間の体格に合わせた家具が基本のようだ。
 場合によっては人間がこの地位につく可能性もあるよ、というアピールだろうか。

「待っていたよ。そっちに座って楽にしてくれるかな」

 彼女は立ち上がって大きな机を離れると、同じ部屋の中にある応接用のソファを俺に勧めながら自分もそこに座った。

「ありがとうございます」

 促されるまま、俺もまたテーブルを挟んで反対側に腰を下ろす。
 顔を上げてアコさんと視線を合わせると、彼女は何故だか感慨深そうに微笑んだ。

「昨日したばかりだけれど、もう一度改めて自己紹介してもいいかな?」
「え? あ、はい」
「うん。私の名前はアコ。特別収容施設ハスノハの施設長にして、ヒメやトリリス、それからディーム達と同じく救世の転生者を、君を補助する役割を負った少女化魔物さ」

 昨日の自己紹介に色々と情報を追加して告げるアコさんに頷く。
 その辺りはある程度予想できていたことだ。

「基になった魔物は悪魔(アモン)。複合発露エクスコンプレックスは……後で実演した方が分かり易いかな」

 鮮やかな紫色の髪と瞳を見る限り、特殊な効果の複合発露なのは間違いない。
 言葉では伝わらない、あるいは、信じられないような能力なのかもしれない。

「これでも一応、ヒメ達と同じで五百年以上生きている。いつでも頼ってくれて構わないよ。救世の転生者たる君のためなら粉骨砕身、やれる限りのことはやるつもりさ」
「はい。よろしくお願いします。アコさん」
「うん。……このやり取りも百年振りだ」

 と、どこか儚げな笑みと共に呟くアコさん。
 五百年。世界を守るという一つの使命のために、彼女も生き永らえてきた訳だ。
 出会いも別れも数多くあっただろう。
 前世と足し合わせても彼女に比べれば若輩者な俺には、かける言葉が見つからない。
 今できるのは、若干空気を読まずに話題を変えるぐらいか。

「ところで、昨日の少女化魔物達の件。進展があったそうですけど……」
「ああ。そうだったね。うん。進展はあったよ」

 アコさんは思い出したように、しかし、何故か困ったような表情と共に答えた。

「彼女……達がどこから現れた子達なのか、何故暴走したのか。何故ウラバに集中して現れたのか。ウラバで起きた事件と関わりがあるのか。全て分かったよ」
「ほ、本当ですか!?」

 一瞬の間に引っかかりを覚えたが、続く言葉に全部吹っ飛ぶ。
 それはもうほぼ全てじゃないか。
 昨日の今日でそこまでとは。正直、驚きしかない。
 一体どうやって、という疑問が湧くが、それよりまず確認しておくべきことがある。

「じゃあ、もう彼女達の暴走は鎮静化したんですか?」
「いや、それがちょっと面倒なことになっていてね。鎮静化はできていないんだ」
「面倒なこと?」
「まあ、百聞は一見に如かず。一緒に来てくれるかな? 多分、気になってるであろう私の情報収集方法もそこで教えて上げられるから」
「…………分かりました」

 今一要領を得ないが、彼女達の現在の状態も確認しておきたい。
 そこでしっかり説明してくれるというのなら従わない理由はない。

「さ、こっちだよ」

 だから俺は、席を立ったアコさんと共に施設長室を出て、無機質な廊下を背筋を伸ばして歩き出した彼女についていった。
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