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第2章 人間⇔少女化魔物

112 暴走母さんと別口の緊急依頼

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「イサクうううううぅっ!!」
「う…………」

 少女の外見からは考えられないような力と共に、尚もルトアさんを締めつける母さん。
 タックルの勢いで床に転がった拍子に腕が首に回ってしまったらしく、俺の身代わりになってしまったルトアさんは今にも落ちかけている。
 さすがは、かつて脅威度Sとされた火竜レッドドラゴン少女化魔物ロリータ
 複合発露エクスコンプレックスを使用していなくとも凄まじい怪力だ。
 ……などと感心している場合ではない。

「ちょ、母さん母さん!!」

 慌てて母さんの肩に手をかけて引き離そうとする。が、ビクともしない。
 さすがに母親に手荒な真似はできないと無意識に加減してしまっているものの、一応は祈念魔法第四位階の身体強化を常時使用しているにもかかわらず。
 正に一心不乱。母さんの方も身体強化を全開で使用しているのだろう。
 俺の声も全く届いていない。

「母さん!?」

 やがて母さんは一旦拘束を緩め、まるで俺(勘違い)が全身無事か隅々まで確認しようとするかのようにルトアさんの体をまさぐり始めた。
 とりあえず絞殺される心配だけはなくなったかと僅かに安堵するが――。

「ほうほう。しばらく見ない間に大きく…………ん? 大きく?」
「けほ、けほ、けほ…………ひやっ!?」

 ギリギリで呼吸を取り戻したルトアさんは、息を整える間もなく悲鳴を上げる。
 一体何ごとかと母さんの動きに更に目を凝らすと……。

「何じゃ? この手に丁度よく収まる柔らかいものは」
「や、あ、やめっ」
「か、母さん! 何してるの!?」

 幼い体格に見合った母さんのやや小さな手。
 それが、ルトアさんの程々に大きい胸を思い切り揉みしだいている。
 柔らかそうに変形するそれを前に、俺は思わず目を逸らした。
 恥ずかしげに顔を赤らめて身悶えしているルトアさんの姿と合わさり、何とも百合百合しい雰囲気が醸し出されてしまっている。
 人外ロリ同士の絡みは、さすがにちょっと目に毒だ。俺にとっては。

「ホ、ホントにもうやめて下さいいいぃっ!!」
「お、おう!?」

 どうやら我慢の限界が来たらしく、半分泣き叫ぶようにルトアさんが懇願する。
 手の感触に違和感があったおかげで僅かに集中が乱れ、声が耳に届いたのだろう。
 母さんはその叫びに驚き、彼女の顔と己の手の辺りを何度も交互に見る。

「お、お前は受付のルトアではないか。一体、何をやっているのじゃ?」

 そこでようやく勘違いに気づいたらしく、ルトアさんを解放する母さん。
 しかし、その問いかけはいくら何でも理不尽が過ぎる。

「それは私の台詞ですううううっ!!」

 対して、ルトアさんは涙目になりながら不平全開の文句を口にする。
 補導員事務局の受付としては補導員を前に余り取り乱した態度を取るべきではないだろうが、さすがに今の彼女にそれを要求するのは酷と言うものだろう。
 と言うか、もっと怒る権利だって十二分にあると思う。

「す、すまぬ。約一月振りの息子との再会で興奮してしまったようじゃ。許してくれ」
「うううぅ! もうお嫁に行けません!」

 女の子座りをしながら、さめざめと泣く素振りを見せるルトアさん。
 色々オーバーなリアクションだが、突然の事態に錯乱してしまっているのだろう。

「大丈夫です。俺の母さんですからセーフです。ルトアさん」
「イ、イサク君……」

 そんなルトアさんを前に、俺は少々強引な理屈で彼女を宥めながら手を差し出して立ち上がらせた。
 久し振りに会った母さんには悪いが、今は被害者優先だ。
 加害者が身内だから尚のこと。

「あ、ありがとうございます、イサク君」

 しばらく手を繋いでいると落ち着いたらしく、ルトアさんの顔にいつもの笑顔が戻る。
 母さんを警戒してか、さり気なく一歩分ぐらい俺にくっついてきているが。

「な、な。何じゃ、イサク。まさか……」

 その様子を目の当たりにしたせいか、驚いたように目を見開く母さん。
 唇をわなわなさせているが、一体どうしたのだろうか。

「イサク。もしかして彼女と少女契約ロリータコントラクトを?」

 と、母さんの代わりに父さんが尋ねてくる。

「ううん。真性少女契約だよ」

 それに対し、若干訂正を入れながら答える。すると――。

「何じゃと!?」

 母さんは声を大きくしながら、まだ手を繋いだままでいる俺達に迫ってきた。

「イサク! 妾がこの一ヶ月、どれだけ心配したと思っておるのじゃ! 一度も連絡を寄越さず、かと思えば、もう新しい少女化魔物を引っかけおって!!」

 興奮したように言いながら、小さな体の全身を使って怒りを表す母さん。
 ……確かに、思い返すと約束していた写真はおろか手紙の一つも送っていない。
 これでは心配するのは当然だろう。親ならば。
 そこに関しては間違いなく俺に非がある。

 けれども、新しい少女化魔物を引っかけた、はちょっと人聞きが悪過ぎる。

「妾はそんな風に育てた覚えはないぞ!!」
「いや、あの、母さん」
「ファイム。少し落ち着け」

 子供のように地団駄を踏む母さんを、後ろから抑える父さん。
 今の内に何とか弁明しておこう。虚実取り交ぜながら。

「ご、ごめん、母さん。ちょっとこの一ヶ月、色々と立て込んでてさ」

 まず救世の転生者云々は抜きに、ヨスキ村出身かつEX級補導員たる父さんの息子ということでトリリス様の目に留まったことにして、嘱託補導員として働き始めたこと。
 それも含め、新たな生活を安定させるのに注力していたこと。
 そのさ中に起きたセトの同級生、レギオの問題。そこに大きく関わってきた事件。
 主犯たる同郷のライムさんの背景。
 そこまで話すと母さんも冷静さを取り戻したようで、少しばつが悪そうな顔をした。

「むう。それ程の事態に巻き込まれていたのなら、妾達を頼ればよかったものを」
「それは、ごめんなさい。結構いっぱいいっぱいで考える余裕がなかったんだと思う」

 これは本当のこと。セト達が巻き込まれ、かなり焦ってしまった。
 努めて冷静に考えたつもりだったが、完全に抜け落ちていた。

 ただ……二人には申し訳ないが、いくら父さんと母さんと言えど、方向性が全く違う強さを有していたライムさんには敵わなかったのではないかと思う。
 同じように第六位階の身体強化を持つEX級補導員のシニッドさんでさえ、一瞬の内に無力化されてしまったのだから。
 勿論、父さん達の力の全てを知っている訳ではないけれども。

「まあ、連絡を寄越さなかった理由は理解したし、とりあえず納得もした。じゃが……今の話にルトアは出てこなかったようじゃが?」
「ルトアさんには事件の情報収集を手伝って貰ったり、補導員の仕事で親身になって貰ったり、色々と手助けして貰ったんだ。それで仲よくなった」

 やや誇張していると感じてか、隣のルトアさんが恐縮したように小さくなる。
 俺としては過剰な評価のつもりはないが。
 心の清涼剤として日々の助けになっていたのは事実だし。

「……そうか。まあ、妾達も何度かホウゲツ学園の依頼を受けたこともあり、ルトアとは言葉を交わしたこともある。悪い少女化魔物ではないことは分かっておる」
「何より、イサクと二人、互いに納得してそう選択したのだろうからね。既に掟を満たしたイサクは一人前の大人と言っていい。その判断を俺達は尊重するよ」

 一転して真面目な顔になる母さんと、見守るような微笑みと共に告げる父さん。
 母さんも俺が連絡を怠ったから拗ねただけで、基本的に同じ考えなのだろう。
 いずれにしても、変に反対されなくてよかった。

「であれば! ルトアよ。妾のことは今後、母と呼ぶがよい!」

 そう思っていると突然、母さんは断崖の如き胸を張りながら言い放った。
 またか。どうやらサユキで味を占めたらしい。
 まあ、相手が嫌がらない限り、母さんが喜ぶなら構わないと思うけれども。

「お、お母さん?」
「うむ。そうじゃ。息子の真性少女契約相手となれば娘も同然じゃからな!」
「は、はあ……」

 母さんの勢いに困惑の声を出すルトアさん。
 このノリに慣れるのは少し時間がかかるかもしれない。
 彼女も基本は快活な性格だし、一度慣れれば気が合いそうだが。

 一先ずルトアさんに関しては一区切りというところか。
 そろそろ、この状況の疑問点について尋ねよう。

「ところで、どうして父さんと母さんがここに?」
「あ。ええとですね。ジャスター様とファイムさ――」
「ルトア」
「お、お母さんは、その……」

 俺の問いに受付の役務として答える途中、母さんの圧に屈して言い直すルトアさん。
 ちょっと諦めたような表情になってしまっている。
 彼女は、コホンと一つ咳払いをして気を取り直してから言葉を再開した。

「イサク君とは別口の緊急依頼のためにいらしたそうです!」

 そして半ばヤケクソ気味に、普段の若干喧しい元気口調に戻して更に続ける。

「シニッド様やガイオ様達も同様です! 他の都市の斡旋所でも似たような緊急依頼が出たとトリリス様から伺っています!」

 ああ。そう言えば、シニッドさん達もいたんだった。
 すっかり忘れていた。随分と恥ずかしいところを見られてしまったな。
 そう思いながら彼らを見ると、皆一様にポカンとしてしまっていた。
 特に、目が点になったウルさんとルーさんは割とレアかもしれない。

 どうやら母さんの暴走……からの変わり身に、思考がフリーズしてしまったようだ。
 さもありなん。これでも父さんと母さんは有名な補導員だからな。
 そのイメージと眼前のやり取りとの乖離が余りに酷過ぎて、衝撃を受けたのだろう。
 まあ、しばらくすれば再起動するに違いないと一旦スルーしておく。

「それで、その緊急依頼って?」
「うむ。実はウラバの辺りで非常に厄介な少女化魔物が何体も暴れているそうなのじゃ」
「ウラバ?」

 聞き覚えがある名前だ。地名だから、ということではなく。
 確か――。

「今朝の朝刊の一面記事で……」
「はい。石化した十数名の人間が発見された事件が起きた場所です」

 俺の呟きに、影の中からイリュファが肯定しながら補足する。
 人間至上主義組織スプレマシー代表テネシスの仕業と推測されている事件、か。

「もしかして、何か関係が?」
「それは妾達も分からぬ。じゃが、ないとも言い切れぬな」

 仕事の話だけに割と真剣な顔をして言う母さん。
 実際、余りにもタイミングが重なり過ぎている。
 辺境の小都市でこうも事件が続くとは中々考えにくい。
 むしろ関係があると疑ってかかった方がいいぐらいだろう。
 別口の緊急依頼ということなら、少なくとも俺の次の仕事とは関係ないようだが……。

「ウラバの石化事件。そして、ウラバで暴れる少女化魔物達か」

 何となく、いずれ救世の転生者たる俺にも関わってくるような、そんな予感がした。
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