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第2章 人間⇔少女化魔物

105 朝刊の一面

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「ウラバ郊外の建物において石化した人間が十七体発見される? また物騒な話だな」

 前世において日本に対応する位置にある島国、少女祭祀国家ホウゲツが誇る世界最大級の教育機関ホウゲツ学園。その職員寮の自室にて。
 俺は、早朝に配達されてきた新聞の一面を眺めながら、思わず呟いた。
 ウラバというのは確か、元の世界で言う大分県の辺りにある小都市のはずだが……。
 もしや暴走した少女化魔物ロリータでも出たのだろうか?
 そう思ったが、記事の本文を読む限り、どうやら違うようだ。

「この事件は、人間至上主義組織スプレマシー現代表テネシス・コンヴェルトの仕業と推測される。彼は以前から組織内部の粛清にゴルゴーンの少女化魔物を利用し、見せしめとして敵対者を石化させていることが捕らえられた組織急進派の証言によって知られている」

 ……成程。人間至上主義組織同士の内ゲバか。
 世界の観測者たる人間を最上の存在と見なす人間至上主義。
 そんな思想を掲げながら人間同士で争うなんて馬鹿げているな。
 その上、結局のところ観測者として下位の存在として見下している少女化魔物の力を借りている辺り、本当にどうしようもない。

「人間至上主義組織……」

 と、俺の声が届いたのか、少し離れた位置でサユキ達といつものようにテアに教育を施していたフェリトが忌々しげに呟き、眉をひそめる。
 姉共々かの組織によって暴走させられ、未だその姉は行方知れず。
 そうした彼女の過去を思えば、当然の反応だろう。
 が、無表情のまま小首を傾げたテアに見詰められ、フェリトは「何でもないわ」と慌てて誤魔化すように笑顔を浮かべながら教材を手に取った。
 とりあえず今は触れずにおいた方がよさそうだ。あちらの空気を壊したくない。
 記事に視線を戻す。

「……石化は第六位階の複合発露エクスコンプレックスによるものであり、現状では回復手段はない、か」

 この石化というやり口。
 恐らく、粛清であると同時に口封じでもあると見て間違いない。
 祈念魔法、複合発露という特殊な力があるこの異世界アントロゴス。
 精神干渉系のそれを使われたら、黙秘も何もない。
 もっとも、第六位階の身体強化持ちであれば話は別だが。

 ……それにしても、回復手段がないとはまた恐ろしい力だ。
 肉体に直接干渉することも可能な攻撃系の複合発露。
 サユキとのアーク複合発露エクスコンプレックス万有アブソリュート凍結コンジール封緘サスペンド〉に似ている。
 これから先、こういう存在を相手取らざるを得ない事態も想定しておく必要があるだろう。……尚のこと、第六位階の身体強化が必要になってくるな。
 そう考えながら、俺はもう一度だけ記事を一瞥し――。

「なあ、イリュファ。この石化した人達を治す方法って、本当にないのか?」

 何となく気になって、朝刊から顔を上げながら彼女に尋ねた。
 この新聞の発行元は国。少女祭祀国家ホウゲツ最大の新聞社は国営だ。
 さすがに、余りにも適当なことは書かれていないはず。
 少なくとも、回復手段がないのは事実と見て間違いない。

 それでも、どのような相手であれ石化したままというのは正直好ましくないと思う。
 罪の償いという点からしても、意識がないような状態は不適当だろうし。
 また、そうした力が現存する以上、身内が似た状況に陥る恐れもある。
 可能なら、石化を始めとした状態異常を解く方法を確保しておきたいところだが……。

「……現時点では、不可能でしょうね」

 そんな俺の問いに対し、彼女は難しい顔をしながら微妙な答えを口にした。

「現時点では?」
「はい。治癒系の複合発露、それも暴走パラ複合発露エクスコンプレックスを上回る第六位階最上位の力なら癒やせる可能性はあります。ですが……現時点でその力を持つ少女征服者ロリコンはいません」

 そうか。複合発露による状態異常を治すことができるかどうかは、対応する複合発露がその時代に存在するかどうかに依存する訳か。
 よく読めば、新聞の記事にも現状では・・・・と書いてあるしな。しかし――。

「そういう治癒系の複合発露って、そんなに少ないものなのか?」
「希少です。基本的に神話や伝説上の生物に治癒の逸話を持つもの自体、稀ですから」

 少女化魔物は魔物から派生した存在。
 そのバリエーションは基本的に魔物の種類と符合する。
 神話や伝説には戒めの側面も多くあり、それ故に魔なるものとして登場する存在は人間に対する脅威としての側面が強い。
 人間の病や傷を癒やしてくれるような魔物の種類は、そう多くはない。
 よしんば発見できたとしても、そこから真性少女契約ロリータコントラクトを結び、尚且つイメージ力の強さにおいて対象を上回らなければならない。
 そこまで行くと、ハードルは相当高いと言っていい。

「なら、癒やしの力を持つ祈望之器ディザイアードはないのか?」
「現存するそれとしては、ウインテート連邦共和国にある国宝アスクレピオスが有名ですが……あくまで第六位階。以前、かの国に依頼して治癒を試みたようですが、暴走・複合発露による効果を打ち消すことはできませんでした。やはり、複合発露でないと」

 暴走した想念というものは、思念の蓄積を凌駕することもあるということか。
 どういう方向性の思念、感情なのかも関わってくるだろうしな。
 極めて相性のいい複合発露が不可欠な訳だ。

「古くは三百年前の聖女レスティア。直近では五十年程前の聖女リカがその真・複合発露を有していましたが……」
「癒やしの奇跡をも体現したが故の聖女。それは俺も知ってるけど……治癒系の複合発露を持つことができたのは女性だけなのか?」

 イリュファの口振りだとそのように聞こえる。
 だが、真性少女契約の仕組みを思い浮かべると、俄かには信じられない。

「例外はありますが、癒やしの力を持つ代表的な魔物の特性が特性なので」

 その言葉に「ああ」と納得する。
 癒やしの力。女性とくれば、あの魔物だろう。
 確かに男では、真性少女契約どころか一般的な少女契約も結べなさそうだ。

「ともかく、第六位階の癒やし手不在の弊害は大きく、例えば少女ロリータ残怨コンタミネイトが発生した際も被害者を回復することができません。そんな状態が数十年続いているのです」

 少女残怨。ロリータコンタミネイト。
 暴走した少女化魔物が対処不能として殺された場合、周囲に存在へと無差別的に複合発露の影響が生じてしまう現象。
 中でも、物体に直接干渉する類のそれは解除不能と聞かされていた。
 その理由は、その辺りにあったらしい。

「実際、十一年前からランブリク共和国辺境の島ガルファンドの村が、今も丸ごと少女残怨の影響を受けたままになっています」
「ランブリク共和国のガルファンド? ええと、どこだったっけか……」
「ここです」

 場所を思い出そうとしていると、イリュファが地図を持ってきて人差し指を置いた。
 元の世界では台湾に対応する位置に存在する島のようだ。

「十一年前、暴走したゴルゴーンの少女化魔物に襲われ、やむを得ず殺害した結果、この島は丸ごと石化してしまいました。そのため、石の島とも呼ばれています」
「丸ごと石化……マジか」

 少女残怨の被害の実例。
 初めて聞いたが、想像以上に恐ろしいものだ。
 あのサユキの時も下手したら似たような状況になっていたと思うと、今更ながらに身震いしてしまいそうになる。

「にしても、そこでもゴルゴーンの少女化魔物か」

 チラッと朝刊に視線を向けながら呟く。
 この符合。何ともフラグのようで気になるが……。

「偶然の一致という奴でしょう。十一年前の暴走した少女化魔物は、ガルファンドの勇者ハラン・ミルカ・フェロイックによって討たれていますから」
「ガルファンドの勇者……その人って――」
「はい。少女残怨に巻き込まれ、かの少女化魔物を討ち果たした姿で石化しています」

 きっと、やむにやまれぬ判断だったのだろう。
 そしてそれは、外部から客観的に見ても勇者と称するに足る英断だった訳だ。
 たとえ島一つ丸ごと石化してしまったとしても。

「第六位階の癒やしの力がないせいで、か」
「…………イサク様。貴方は救世の転生者として相応しい優しさを備えておられます」
「お、おう。一体どうしたんだ? 急に」

 突然、脈絡もなくイリュファに褒め称えられ、戸惑い気味に問いかける。

「ですが、優先すべきことを間違えないで下さい」

 どこか不本意そうな表情と共に、それでも敢えて諌めるように彼女は言う。
 使命を果たすことを第一に据えながらも、彼女は本質的には心優しい少女だ。
 本当なら誰かのためにという気持ちを否定したくはないのだろう。
 けれども、あれもこれもと手を伸ばすのが危険なのも事実。
 二兎を追う者は一兎をも得ず。
 今の自分にできることをしっかりと見極めなければならない。

「ああ。分かってるよ、イリュファ」

 ……とは言え、まあ、その上で可能な限りのことをする分には問題ないはずだ。
 イリュファの言葉は肝に銘じつつ、やれることを探していこう。

「っと、そろそろ時間か?」
「はい。間もなくトリリス様達との面会の時間です」
「分かった。出よう。サユキ達はどうする?」

 最近の一番の楽しみであるかの如く、今も和気藹々とテアに言葉を教えている彼女達に顔を向け、皆の意向を確認するために尋ねておく。
 救世の転生者の使命を全うする上で色々と相談したいことがあってアポイントを取った訳だが、今日は学園から出る予定は今のところない。
 さすがに自室程には影の中も居心地がいいものでもないだろうし、俺とイリュファだけで面会に行っても構わないのだが……。

「うーん。テアちゃん、どうする?」

 対して、サユキはテアに問いかけた。
 以前なら、同行すると即決して影に飛び込んできていた彼女のそんな姿に少し驚く。
 どうやらテアという存在は彼女にとって、ある程度自分の欲求を抑えて配慮しようと思うぐらいには大きくなっているらしい。
 これもまた一種の成長と言って差し支えないだろう。
 もっとも、チラチラと俺と一緒に行きたそうな視線を寄越してきているが。

「テアちゃん?」

 と、サユキの言葉に応えるようにテアが緩慢な動きで立ち上がり、自発的な行動を見せた彼女に全員の視線が集中する。
 微妙に覚束ない足取りで歩く様子を、固唾を飲んで見守る。

「…………イ」

 そのテアは俺の傍まで来ると袖の端を掴み、か細い音を出しながら見上げてきた。
 保護者を見つけた子供のような姿に釣られ、無意識的に彼女の頭に手を置く。
 美しい紫色の髪の滑らかな感触と人形とは思えない温かさが伝わってきた。

「何だか、少し嬉しそうな顔をしてる気がしますです」

 テアの顔は変わらず無表情だが、リクルがそれを覗き込みながら笑う。
 そう言われると何となくそんな気がしてくる。

「テアもイサクと一緒がいいんだね! うん。皆一緒に行こ!」

 それ以上にサユキが嬉しそうに花の咲いたような笑顔を見せ、テアの手を取ってブンブンと振った。テアは表情を変化させないまま、繋いだ手の動きを視線で追う。
 どことなく滑稽な光景で、我知らず笑いが漏れてしまった。

「では、行きましょうか」
「ん……そうだな」

 そして、一歩引いた位置にいたイリュファからの声を合図に職員寮を出て……。
 結局のところいつも通りに、俺は影の中に入った彼女達と共にトリリス様の待つ学園長室へと向かったのだった。
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