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第1章 少女が統べる国と嘱託補導員
095 突入
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「後、二キロ程です」
「それはいいが……そのままで行くのか?」
学園都市トコハの道を駆けながら軽く振り返って告げた俺に、ガイオさんが問う。
彼が指摘したかったのは、未だに俺がサユキをお姫様抱っこのような体勢で抱きかかえたままでいることに関してだろう。
彼女は嬉しそうに、楽しそうに俺の首に抱き着いてきているが……。
「まあ、念には念を入れて」
何もサユキを喜ばせるだけのためにこうしている訳ではない。
俺としては正直、体格的に不格好だから二次性徴を迎えるまで避けたいぐらいだ。
しかし、彼女と手を離せば探知の精度が落ちる懸念がある。
加えて、手を繋いで走ろうにも彼女は足が比較的遅い。
これらの理由から、この状態を維持しているのだ。
「まあ、屋敷の前に着いたら、影の中で待機して貰う予定ですが」
言いながらサユキを見ると、ほんの少しだけ寂しげにしながらもしっかりと頷く。
そこら辺は、ちゃんと彼女も弁えている。
犯人が持つだろう第六位階の複合発露。認識の書き換え。
同位階の身体強化がなければ、対処は難しい。
それは何もサユキだけの話ではない。
イリュファ達もそうだし、勿論、俺もまたそうだ。
母さんから第五位階低位の身体強化を受け継いでいるため、サユキ達に比べれば多少はマシかもしれないが……焼け石に水だろう。
だからこそシニッドさん達、第六位階の身体強化を持つ優秀な少女征服者たる彼らの助けを借りている訳だ。
「ともかく急ぎましょう」
そのまま、しばらく走り続け……。
やがて目的地の近くに至る。
「見えま……せんけど、あそこです」
そこでサユキには影の中に入って貰い、それから俺はある方向を指差した。
視界に映るのは、高級住宅街ではあるものの特に変わった様子のない光景。
しかし、隣接していると認識させられている屋敷と屋敷の間に、確かにもう一軒、大きな屋敷が存在することを、今も俺単独の力で狭い範囲に降る雪が知らせてくれる。
「皆さん――」
「皆まで言うな。分かってる」
俺がシニッドさん達を振り返って呼びかけると、彼らは即座に複合発露を発動させた。
第六位階。真・複合発露。
真性少女契約に基づいて生まれる最上位の力。
シニッドさん達は人狼の如き姿となる〈魔狼王転身〉。
ガイオさん達は人虎の如き姿となる〈虎威発現・覚醒〉。
そのどちらもが身体強化系。であるが故に――。
「……あれか」
「前に見た時とは違う屋敷だ。さすがに拠点を移してたか」
予想通り、俺には視認することのできないそれを、シニッドさんとガイオさんは確かに視界に捉えることができたようだった。
二人共、目つきが鋭くなる。若干緩かった雰囲気が完全に霧散する。
自らの目で確認したことで確証を得たのだろう。
仕事モードというところか。
「私にも見えます。しかし」「正常な認識とは言えない状態です」
「これは、気を引き締めないといけないわね。同じ第六位階でも相手の方が格上だわ」
ウルさんやルーさん、タイルさんも険しい表情で告げる。
彼女達も各々複合発露を発動し、狼と虎の特徴が現れている。
にもかかわらず、大きな違和感があると言うのなら、認識の書き換えの影響力が彼女達の身体強化を上回っているということに他ならない。
犯人の複合発露は、第六位階の中でも上位に分類されるレベルにあるのだろう。
「……シニッドさん。申し訳ありませんが、玄関の正確な位置が分からないので誘導して下さいますか?」
気休めにしかならないことは分かっているが、俺もまた母さんから受け継いだ複合発露〈擬竜転身〉を発動している。当然、リクルも〈如意鋳我〉で融合済みだ。
とは言え、あくまでも第五位階低位。案の定、視界に変化はない。
屋敷の前まで行くだけならともかく、玄関を開けて中に入るのは中々に困難だ。
「お前は中に入らない方がいいんじゃないか? 戦えるのか?」
「探知だけで戦う訓練は、幼少から受けてきましたので」
その辺はイリュファに散々鍛えられた。こうした事態も考えて。
少なくとも、目を瞑ったまま祈念魔法等々を使って戦う術は習得している。
「第六位階で範囲攻撃ができるのも俺だけですし」
「…………そうだな。分かった。ウル、ルー、屋敷に入るサポートしてやれ」
「「はい」」
「すみません。お願いします」
シニッドさんに指示されて頷いた二人に頭を下げ、一先ず屋敷の真ん前まで進む。
お行儀よく戸を叩いたり、呼び鈴を鳴らしたりはしない。
許可のない認識の書き換えは、当然ながら試みようとした時点で犯罪だ。
だから、有無を言わさず突入するためにズカズカと敷地に入り、シニッドさんとガイオさんが(俺には見えないが)扉を抉じ開けようと玄関に近づく。
「行くぞ」
そしてシニッドさんの合図にガイオさんが頷くと共に、一気に鍵を力任せに破壊して二人は先んじて中に突入していった。
続いて俺もまた探知を維持しながら、ウルさんとルーさんの誘導で屋敷に入った。
「ここが……」
どうやら認識の書き換えは外から見た場合に生じるらしい。
玄関を超えた瞬間、認識が元に戻った。
少女祭祀国家ホウゲツに多く見られる和風の造りが視界に映る。
シニッドさん達も完全に視界が正常になったらしく、一瞬だけ顔をしかめながら立ち止まった。が、すぐに我に返って行動を再開し、慎重に進み始めた。
状況が状況なので土足だ。
「匂いがする。少女化魔物が数人、奥の方にいやがるな。人間はいねえようだが……」
人狼としての嗅覚を有効活用し、そう声を潜めて言うシニッドさん。
犯人はいないか。
ならば、速やかに制圧し、戻ってきたところを確保するのがいいだろう。
「あっちだ」
彼は自らの鼻が示す方向を指差しながら、廊下を音を立てないように行く。
俺は最後尾から五人の後についていく。
他の面々を考えると、あくまでも今回は後衛にいるべきだ。
「っと、その前に」
念には念を入れ、祈念魔法を使用して玄関の床に文字を書き込んでおく。
俺以外が見た時に内容を把握されないように、この世界の言葉ではなく、また救世の転生者と気づかれないように日本語でもなく、簡単な英語で。
「イサク」
それによって僅かに遅れたことをタイルさんに咎められ、俺は「すみません」と一言簡潔に謝って即座にその後を追いかけた。
そうして、口の中で呟いた祈念魔法を利用して音もなく進んでいくと――。
「この先のようだ」
とある襖の前でシニッドさんが一度立ち止まり、それから一気に開け放つ。
その先にあった部屋は、集会か何かで使うような数十畳はある大広間だった。
が、そこには誰の姿もない。
「もう一つ奥か」
入ってきたところと反対側。そちらにも襖がある。
どうやら、その先の部屋に数名の少女化魔物がいるようだ。
畳の部屋を皆で静かに横断していく。
「ん?」
その途中。部屋の真ん中辺りまで進んだ瞬間。
シニッドさんが戸惑ったような声を出した。
そして……。
「一つ、匂いが消えた?」
その反応の理由を口にしたかと思えば、ハッとしたように周囲を見回す。
まるで今正にこちらに感づいたかのようなタイミングでの異変
「二つ増えた!? この部屋だ!」
シニッドさんは更に、全員に警戒を促すように叫び、ある方向に視線を固定した。
すると、そこにその空間から浮き彫りになるように人の形が二つ作られていく。
第五位階低位の身体強化に過ぎないこの身でも見える。
その理由を考えている間に、二つの形はよりハッキリとしていく。
やがてそれらは一人の少女と一人の青年へと変化し――。
「ア、アロン……何故ここに……」
その恐らく一連の事件の犯人と思われる青年は、何故か俺を呆然としたような表情で見詰めながら、行方不明の兄の名を口にして問いかけてきた。
「それはいいが……そのままで行くのか?」
学園都市トコハの道を駆けながら軽く振り返って告げた俺に、ガイオさんが問う。
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何もサユキを喜ばせるだけのためにこうしている訳ではない。
俺としては正直、体格的に不格好だから二次性徴を迎えるまで避けたいぐらいだ。
しかし、彼女と手を離せば探知の精度が落ちる懸念がある。
加えて、手を繋いで走ろうにも彼女は足が比較的遅い。
これらの理由から、この状態を維持しているのだ。
「まあ、屋敷の前に着いたら、影の中で待機して貰う予定ですが」
言いながらサユキを見ると、ほんの少しだけ寂しげにしながらもしっかりと頷く。
そこら辺は、ちゃんと彼女も弁えている。
犯人が持つだろう第六位階の複合発露。認識の書き換え。
同位階の身体強化がなければ、対処は難しい。
それは何もサユキだけの話ではない。
イリュファ達もそうだし、勿論、俺もまたそうだ。
母さんから第五位階低位の身体強化を受け継いでいるため、サユキ達に比べれば多少はマシかもしれないが……焼け石に水だろう。
だからこそシニッドさん達、第六位階の身体強化を持つ優秀な少女征服者たる彼らの助けを借りている訳だ。
「ともかく急ぎましょう」
そのまま、しばらく走り続け……。
やがて目的地の近くに至る。
「見えま……せんけど、あそこです」
そこでサユキには影の中に入って貰い、それから俺はある方向を指差した。
視界に映るのは、高級住宅街ではあるものの特に変わった様子のない光景。
しかし、隣接していると認識させられている屋敷と屋敷の間に、確かにもう一軒、大きな屋敷が存在することを、今も俺単独の力で狭い範囲に降る雪が知らせてくれる。
「皆さん――」
「皆まで言うな。分かってる」
俺がシニッドさん達を振り返って呼びかけると、彼らは即座に複合発露を発動させた。
第六位階。真・複合発露。
真性少女契約に基づいて生まれる最上位の力。
シニッドさん達は人狼の如き姿となる〈魔狼王転身〉。
ガイオさん達は人虎の如き姿となる〈虎威発現・覚醒〉。
そのどちらもが身体強化系。であるが故に――。
「……あれか」
「前に見た時とは違う屋敷だ。さすがに拠点を移してたか」
予想通り、俺には視認することのできないそれを、シニッドさんとガイオさんは確かに視界に捉えることができたようだった。
二人共、目つきが鋭くなる。若干緩かった雰囲気が完全に霧散する。
自らの目で確認したことで確証を得たのだろう。
仕事モードというところか。
「私にも見えます。しかし」「正常な認識とは言えない状態です」
「これは、気を引き締めないといけないわね。同じ第六位階でも相手の方が格上だわ」
ウルさんやルーさん、タイルさんも険しい表情で告げる。
彼女達も各々複合発露を発動し、狼と虎の特徴が現れている。
にもかかわらず、大きな違和感があると言うのなら、認識の書き換えの影響力が彼女達の身体強化を上回っているということに他ならない。
犯人の複合発露は、第六位階の中でも上位に分類されるレベルにあるのだろう。
「……シニッドさん。申し訳ありませんが、玄関の正確な位置が分からないので誘導して下さいますか?」
気休めにしかならないことは分かっているが、俺もまた母さんから受け継いだ複合発露〈擬竜転身〉を発動している。当然、リクルも〈如意鋳我〉で融合済みだ。
とは言え、あくまでも第五位階低位。案の定、視界に変化はない。
屋敷の前まで行くだけならともかく、玄関を開けて中に入るのは中々に困難だ。
「お前は中に入らない方がいいんじゃないか? 戦えるのか?」
「探知だけで戦う訓練は、幼少から受けてきましたので」
その辺はイリュファに散々鍛えられた。こうした事態も考えて。
少なくとも、目を瞑ったまま祈念魔法等々を使って戦う術は習得している。
「第六位階で範囲攻撃ができるのも俺だけですし」
「…………そうだな。分かった。ウル、ルー、屋敷に入るサポートしてやれ」
「「はい」」
「すみません。お願いします」
シニッドさんに指示されて頷いた二人に頭を下げ、一先ず屋敷の真ん前まで進む。
お行儀よく戸を叩いたり、呼び鈴を鳴らしたりはしない。
許可のない認識の書き換えは、当然ながら試みようとした時点で犯罪だ。
だから、有無を言わさず突入するためにズカズカと敷地に入り、シニッドさんとガイオさんが(俺には見えないが)扉を抉じ開けようと玄関に近づく。
「行くぞ」
そしてシニッドさんの合図にガイオさんが頷くと共に、一気に鍵を力任せに破壊して二人は先んじて中に突入していった。
続いて俺もまた探知を維持しながら、ウルさんとルーさんの誘導で屋敷に入った。
「ここが……」
どうやら認識の書き換えは外から見た場合に生じるらしい。
玄関を超えた瞬間、認識が元に戻った。
少女祭祀国家ホウゲツに多く見られる和風の造りが視界に映る。
シニッドさん達も完全に視界が正常になったらしく、一瞬だけ顔をしかめながら立ち止まった。が、すぐに我に返って行動を再開し、慎重に進み始めた。
状況が状況なので土足だ。
「匂いがする。少女化魔物が数人、奥の方にいやがるな。人間はいねえようだが……」
人狼としての嗅覚を有効活用し、そう声を潜めて言うシニッドさん。
犯人はいないか。
ならば、速やかに制圧し、戻ってきたところを確保するのがいいだろう。
「あっちだ」
彼は自らの鼻が示す方向を指差しながら、廊下を音を立てないように行く。
俺は最後尾から五人の後についていく。
他の面々を考えると、あくまでも今回は後衛にいるべきだ。
「っと、その前に」
念には念を入れ、祈念魔法を使用して玄関の床に文字を書き込んでおく。
俺以外が見た時に内容を把握されないように、この世界の言葉ではなく、また救世の転生者と気づかれないように日本語でもなく、簡単な英語で。
「イサク」
それによって僅かに遅れたことをタイルさんに咎められ、俺は「すみません」と一言簡潔に謝って即座にその後を追いかけた。
そうして、口の中で呟いた祈念魔法を利用して音もなく進んでいくと――。
「この先のようだ」
とある襖の前でシニッドさんが一度立ち止まり、それから一気に開け放つ。
その先にあった部屋は、集会か何かで使うような数十畳はある大広間だった。
が、そこには誰の姿もない。
「もう一つ奥か」
入ってきたところと反対側。そちらにも襖がある。
どうやら、その先の部屋に数名の少女化魔物がいるようだ。
畳の部屋を皆で静かに横断していく。
「ん?」
その途中。部屋の真ん中辺りまで進んだ瞬間。
シニッドさんが戸惑ったような声を出した。
そして……。
「一つ、匂いが消えた?」
その反応の理由を口にしたかと思えば、ハッとしたように周囲を見回す。
まるで今正にこちらに感づいたかのようなタイミングでの異変
「二つ増えた!? この部屋だ!」
シニッドさんは更に、全員に警戒を促すように叫び、ある方向に視線を固定した。
すると、そこにその空間から浮き彫りになるように人の形が二つ作られていく。
第五位階低位の身体強化に過ぎないこの身でも見える。
その理由を考えている間に、二つの形はよりハッキリとしていく。
やがてそれらは一人の少女と一人の青年へと変化し――。
「ア、アロン……何故ここに……」
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