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第1章 少女が統べる国と嘱託補導員

090 鎧袖一触

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「最後に一つだけ聞くけど、こんな馬鹿なことはやめてイサク達に謝る気はある?」

 クラーケンの少女化魔物ロリータメイムの暴走パラ複合発露エクスコンプレックスにより、未だにレーザーの如く収束された水が赤外線トラップのような線を何本も描き続けている中。
 外部への被害を防ぐために作った半球形の空間に、マイペースなサユキの質問が響く。
 それに対してレギオがどう答えるのか。
 砂糖一粒程度の甘い期待と共に、聞き逃さないように俺は彼に視線を向けた。
 切断力を持つ超高速の水流から、アーク複合発露エクスコンプレックス万有アブソリュート凍結コンジール封緘サスペンド〉で生成した氷の盾でサユキを守りながら。
 しかし、場違いな雰囲気を湛えた彼女の存在にまだ認識が追いついていないのか、レギオからの返答はしばらくなかった。

「あ、あれ? 聞こえてない? えっと、もう一度だけ聞くよ? こんな馬鹿なことはやめて、イサク達に謝る気はある?」

 そんな相手の様子にちょっと困ったようになりながら、サユキが問いを繰り返す。
 そこでようやくレギオはハッとしたような顔をした。
 投げかけられた言葉の意味も理解したらしく、急激に怒りの表情へと変わっていく。
 見下している少女化魔物に言われたこともあってか、先程までよりも更に激しく。
 一目瞭然。顔が真っ赤になっている。タコのようだ。
 ……少女契約ロリータコントラクトをしていると思しき相手はクラーケンイカ系統だが。

「何故、俺が謝らないといけない」

 そして、その彼から押し殺すような声と共に問いが返される。

「え? だって、イサクの手を煩わせたんだよ? 周りにも迷惑かけてるし」

 対してサユキは、何を当たり前のことを言わせるの? という感じに首を傾げる。

「俺は自分の力を証明しているだけだ! 認めないお前達が悪い!」
「…………ふーん。そう」

 自分がした質問だったにもかかわらず、レギオから最終的に返ってきた答えには余り興味なさそうな反応をするサユキ。

「じゃあ、負けてから反省してね」

 そのまま彼女は、相手の選択に応じて最初から用意していた言葉を機械的に口にしただけのような素っ気なさと共に続けた。

「な……」

 己の中の主義主張に基づいた対応という感じではない淡泊な彼女の言動に言い知れぬ脅威を抱いたのか、レギオは絶句して怯んだように一歩後退りする。

 まあ、サユキはあくまでも俺の意をくんで、いや、俺の真似をするために形式的に尋ねているようなものだからな。
 今は単に、筋書き通りに動いているだけだ。
 レギオが選んだのが謝罪であれば、そのまま解決。反抗であれば、矯正。
 サユキにとっては、ままごとをしているようなもの。
 レギオに関してもレギオという個人ではなく、そういう役回りの反発する悪童Aという程度にしか認識していないだろう。

 勿論、それで済んでいるのは、レギオの力が大したものではないからだ。
 俺という存在に依存気味でヤンデレの気質もある彼女。
 脅威となる敵対者が眼前にいれば、純度百パーセントの敵意を抱くことだろう。
 それに比べれば、淡泊な反応は相当マシな部類かもしれない。

「メイムちゃん、だったっけ? は少し可哀想だけど……」

 だから、サユキが同情的な視線をメイムに向けたことには少し驚く。
 俺に対して友好的な相手でもなければ、気にかけるようなことはしないのに。
 もしかすると同じ少女化魔物として、出会ったパートナーの差というものを痛感しているのかもしれない。互いの今を比較して。
 ……そう言えば、暴走という共通点もあるし、尚更かもな。

「イサクと真性少女契約してるサユキがあの子を倒せば、暴走・複合発露よりも真・複合発露を目指すべきって理解するよね」

 そのサユキは、影から出てくる直前に俺がレギオに告げた言葉をしっかりと聞き取っていたようで、俺を振り返って無邪気な笑顔を浮かべながらその解釈を口にする。
 対して我が意を得たりと深く頷いてやると、彼女は嬉しそうに一層表情を輝かせた。
 わざわざ彼女にレギオ達と対峙して貰ったのは、それが理由だ。

「ふ、ふざけるな! お前のような頭の狂った少女化魔物に、俺が負けるものか!!」

 と、何とか気持ちを立て直し、虚勢を張るように叫ぶレギオ。
 しかし、サユキは彼という実体には既に関心がないようで普通に無視した。
 もはや出番の終わった配役でしかないのだろう。

「しかも、メイム相手に二人がかりで挑むつもりか! 卑怯者め!」
「いや、俺はもう戦う気はないけど……そうなったらそうなったで、お前も戦えばいいだけのことじゃないか。それで二対二。数は釣り合うだろうに」

 俺が呆れたように言うと、レギオは言葉を詰まらせてしまった。
 思えば、俺がメイムの相手をして防戦一方を装っていた時、彼は高笑いをしながら驕り高ぶるばかりで攻撃してくるようなことはなかった。
 その直前に自分の攻撃を粉砕されたことに身の危険を感じ、完全に少女化魔物だけを矢面に立たせる思考になっていたのかもしれない。もっとも……。

「まあ、お前が攻撃してきたところで大した影響はないけどな。ちゃんと祈念魔法を真面目に勉強しないから、複合発露の応用が利かないんだぞ」

 嘆息気味に首を横に振りつつ、ついでにレギオの戦闘面での欠点を指摘しておく。
 十本の細い鞭と一本の太い鞭。あれではバリエーションが余りにも少な過ぎる。

 とは言え、この場ではその言葉は彼の心に響かないだろう。
 今は挑発の効果しか持たないに違いない。
 事態が収拾した後で痛感するように、体で分からせてやるしかない。

「何にせよ……繰り返すけど、俺はもう彼女とは戦わない。サユキ一人だ」
「だったら、お前が作ってるその氷の盾をどけろ!」
「……おいおい」

 あんまりな要求に、呆れを通り越して逆に感心する。
 もう滅茶苦茶言ってるな。戦いのさ中に。別にいいけども。
 彼の中の計画では、こんなことになる予定はなくて混乱してしまっているのだろう。
 いっぱいいっぱいになって平常な精神状態ではなくなっているのだ。

 そんな彼を前にしているからか、何となく茶番を演じている気分になってくる。
 相手は未熟にも程がある子供だしな。仕方がない。

「まあ、分かったよ。じゃあ、サユキ。一、二の三で俺は複合発露を解除するぞ」

 そして、サユキが頷くのを確認してから「一、二の三」と言って氷の盾を消す。
 ついでに俺の体を覆っていた氷の鎧も。
 さすがに半球形の空間は維持しているが。

「やれ! メイム」

 それを見て、嬉々としてレギオが指示を出すのと同時に。
 メイムはサユキを囲むように触手を展開し、水流が射出した。
 もうお遊び染みた空気になっているが、その威力は間違いなく第六位階。
 ほぼ全方位から撃ち出された鋭い水流は、サユキを細切れにするだけの威力を持つ。
 …………命中すれば、の話だが。

「残念」

 それらはサユキに届く前に急激に凍りつき、細長い氷が地面に転がる。
 水流が途切れないため、それらは幾重にも重なっていく。
 決してサユキの体には届かない。
 いつの間にか半球形の空間には雪が舞っている。
 縦横無尽に動く触手や水流に触れて溶けるだけの雪が。

「え?」

 そんな変化にレギオがようやく気づき、驚きの声を上げた頃には――。

「はい。終わり」

 いつの間にかメイムは触手を展開した状態のままで氷漬けになっていた。
 余りにも呆気ない幕切れだった。
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