上 下
97 / 396
第1章 少女が統べる国と嘱託補導員

089 クラーケンの少女化魔物

しおりを挟む
 レギオの代わりに前に出てきたメイムという名らしい少女化魔物ロリータ
 その腕には、改良された狂化隷属の矢と思しき小型の矢が突き刺さっている。
 フェリトの時もそうだったが、目を背けたくなるような痛々しい姿だ。
 人外ロリコンとして、速やかに彼女をその束縛から解き放ってやりたいが……。

「やれ! お前の複合発露エクスコンプレックスで押し潰せ!」

 俺を殺せとまで口にしたレギオ。その拗らせに拗らせ切った性根を何とか矯正するために、少しの間だけ我慢を強いることにする。
 文句は後からいくらでも聞くし、謝罪もしよう。

 そんな風に考えている間に、メイムは小手調べとばかりにレギオと同じように水の鞭を複数作り出した。ただし、その数は倍以上だ。
 グラウンドを覆った五メートル程の高さの綺麗な直方体と、その中の半球形の空間を維持していただけのことはある。
 とは言え、やはり一撃一撃は弱い。
 数を増やしただけでは、俺が纏う氷の装甲を傷つけるには至らない。しかし――。

「まあ、それで終わりじゃないよな」

 今対峙している相手はレギオではない。
 彼が使用していた複合発露の元々の持ち主。
 己の力を熟知した少女化魔物なのだ。
 そして、その証明の如く。
 彼女の背後から複数の何かが現れる。

「これは……触手? それも――」

 イカのようなそれが十本。メイムの腰の辺りから伸びている。
 最初細く短かったものが、長く太くなったところを見るに伸縮自在なのだろう。
 複合発露発動時に現れる元になった魔物の特徴を隠していたようだ。

 何の魔物から少女化魔物になったのか。
 時によってそれは弱点や攻撃パターンを見抜かれてしまう危険性を孕む。
 俺やセトの複合発露のように全身が変化するのならどうしようもないが、隠せるのであればなるべく隠した方がいいのは確かだ。……確かなのだ。

「そうだ! 脅威度A、クラーケンの少女化魔物、メイムだ!」

 だから当然、そんな風に吹聴するのは愚かとしか言いようがない。
 たとえ外見からイカ系統の魔物と推測できるとしても。
 特定させてしまうメリットなど皆無だ。
 これが欺瞞なら大したものだが……。
 ドヤ顔で言っているところを見るに、それはないだろう。
 どこまでも自己顕示欲だけで行動している短絡的な子供だ。

 レギオも複合発露を使用していた時は同じ特徴が発現していたはずだが、その言動からすると彼自身は戦術的判断で隠蔽していた訳ではなさそうだ。
 あるいは、デフォルトの状態は服に隠れる程度に縮こまった形で、それ故に自身の体の変化を把握し切れていなかったのかもしれない。
 それか人間にはない新たな器官をうまく扱えなかったか。
 彼女を得てから、ほとんど時間が経っていないはずだし。

 …………しかし、クラーケンの少女化魔物とはな。
 レギオの言葉通り、脅威度は高い魔物だ。
 それが少女化魔物となれば、確かに優れた力を持つことだろう。
 余程、変な複合発露を与えられでもしない限りは。

「さあ、メイム! 力を見せつけろ!」

 そして彼女は、そんなレギオの指示を合図とするように触手を大きく展開し、その先端を俺に向けた。十本のそれ各々の更に先の空間には球体状の水が発生している。
 明らかに力を収束させている。
 それを前にして、俺は正面に巨大な氷の盾を作り出した。
 次の瞬間、メイムは水の鞭など生温いとしか言いようがない威力の攻撃を放ってきた。

「……この子は中々やるな。本物だ」

 盾にかかった負荷の大きさに口の中で呟く。
 完全に力を持て余していたレギオとは違い、油断はできない。
 一見、補導員の仕事で遭遇した水精の少女化魔物のそれと似通っている攻撃。
 しかし、全く以って速度も圧力も手数も異なる。
 ウォータージェットを通り越してレーザーとでも表現した方が適切だ。
 しかも第六位階ということもあり、俺が作り出した氷の盾を徐々に削りつつある。

「どうだ! 俺の力は!!」

 その様子を見て優勢と判断してか、一層調子づいて声を大きくするレギオ。
 何度溜息をつかさせる気か。

「それはお前の力じゃなく、少女化魔物の力だろう。お前自身は、セトに負けた時から何も変わってないんじゃないか?」
「くっ……ば、馬鹿にして! 防戦一方の癖に!」

 対して俺が淡々と指摘してやると、彼は顔を真っ赤にして怒りを顕にした。
 相変わらず、煽り耐性も低過ぎて逆に心配になる。
 典型的なタイプにも程がある。

「メイム! 周りを狙え!」

 そしてレギオは案の定と言うべきか、小悪党感満載な方法を彼女に指示し出した。
 彼の指先はセトやラクラちゃん、更には水の壁がなくなったことで近づいてきたシモン先生やダン、トバル達を視界の中でなぞるように差していく。
 当然、狂化隷属状態にあるメイムに主の意見に反対することなど許されない。
 彼女は命令に従って触手の先端をそれぞれに向ける。
 同時に、レーザー状の水を射出する準備を始めた。
 触手の数は生徒の数に及ばないが、一本当たり複数の水球が生成されている。
 この場の全員を撃つもりのようだ。

「ちっ」

 思わず舌打ちしつつ、彼女のその予備動作への対処を開始する。

「ダン! トバル! 近づくな!」

 二人に指示を出すと共に、今度は俺が半球形状の氷のドームを作って俺達と外界とを切り離す。同時に、俺の後方にいるセトとラクラちゃんもまた氷の壁で覆い隠した。

 直後、壁がなければ各々を貫いていただろうレーザーの如き水の線が無数に走る。
 絶え間なく、恐ろしいまでの勢いで射出され続ける水。
 まるで侵入対策の赤外線トラップのように、空間を分断している。
 対策も取らずに無理に移動しようとすれば、たちまち肉体を細切れにされてしまうことだろう。

「……苦し紛れに他人を巻き込む戦い方をするなんて、程度が知れるぞ」
「黙れ! 勝てばいいんだ! 現にお前は防ぐので手一杯じゃないか!」

 傍目には防御に徹しているようにしか見えない状態。
 特に、その曇った目で願望を視界に投影していれば、そんな言葉がレギオの口から出てくるのも無理もないことかもしれない。
 どれだけ俺が手加減に手加減を重ねているか、彼に言っても通じないだろう。
 この頑なさでは、その事実を信じて受け入れるとは到底思えない。
 説得も暖簾に腕押しでしかないのかもしれない。
 それでも……俺が己の信念を曲げず、前世の両親との唯一残った繋がりたる家訓を守り続けるためにも、先達として教え導くことを諦める訳にはいかない。

「言葉も出ないか。偉そうに言った癖に、惨めだな」

 この状態から彼に自身の弱さを改めて自覚させ、それと共に、少女化魔物を道具として扱うことこそが強者への道であるという誤った認識を正す。
 その方法を頭の中で思い巡らしていると、誤った認識を暴走させ、レギオは見下したように俺を見ながら嫌らしい笑みを浮かべた。

「いいぞ、メイム。お前は最高の道具だ! はははははっ!!」

 更に、尚もレーザーの如き水を撒き散らしているメイムに言う。
 あくまでも自分の力として勝ち誇っている。歪な上に実体のない自画自賛だ。
 正直、さすがに鬱陶しくなってもきている。
 信念は信念として、俺も聖人君子じゃない。
 とっとと本気を出して終わらせてやろうかという気持ちもない訳ではないが……。

「お前にとって一番効果的なお灸を考えていた」

 諸々の感情を抑えて、高笑いをするレギオに静かに告げる。
 巨大な黒歴史になるだけの発言は十二分に引き出した。
 後は思い切り鼻を圧し折るだけだ。

「同じような形で、根本的に異なる関係で叩き潰してやれば多少は身に沁みるだろう」
「何を言って――」

 さすがに不穏な空気を感じ取ったのか、戸惑ったように問いかけてくるレギオ。
 それを黙殺し、俺は自身の影に視線を落として口を開いた。

「サユキ、頼めるか?」
「うん。任せて!」

 俺の呟きに応じて、彼女が場違いな程の朗らかな笑顔と共に影の中から現れる。

「な、何だ。お前は」
「サユキはサユキ。イサクのお嫁さんだよ」

 表情以上に不釣り合いでぶっ飛んだ発言をするサユキ。

「は、はあ?」

 それを前にして完全に言葉を失ってしまったレギオの顔は余りに滑稽で、吹き出さずにシリアスさを保つのは中々に大変だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

国家魔術師をリストラされた俺。かわいい少女と共同生活をする事になった件。寝るとき、毎日抱きついてくるわけだが 

静内燕
ファンタジー
かわいい少女が、寝るとき毎日抱きついてくる。寝……れない かわいい少女が、寝るとき毎日抱きついてくる。 居場所を追い出された二人の、不器用な恋物語── Aランクの国家魔術師であった男、ガルドは国の財政難を理由に国家魔術師を首になった。 その後も一人で冒険者として暮らしていると、とある雨の日にボロボロの奴隷少女を見つける。 一度家に泊めて、奴隷商人に突っ返そうとするも「こいつの居場所なんてない」と言われ、見捨てるわけにもいかず一緒に生活することとなる羽目に──。 17歳という年齢ながらスタイルだけは一人前に良い彼女は「お礼に私の身体、あげます」と尽くそうとするも、ガルドは理性を総動員し彼女の誘惑を断ち切り、共同生活を行う。 そんな二人が共に尽くしあい、理解し合って恋に落ちていく──。 街自体が衰退の兆しを見せる中での、居場所を失った二人の恋愛物語。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう

サイダーボウイ
ファンタジー
「ちょっと冬馬君。このプレゼン資料ぜんぜんダメ。一から作り直してくれない?」 万年ヒラ社員の冬馬弦人(39歳)は、今日も上司にこき使われていた。 地方の中堅大学を卒業後、都内の中小家電メーカーに就職。 これまで文句も言わず、コツコツと地道に勤め上げてきた。 彼女なしの独身に平凡な年収。 これといって自慢できるものはなにひとつないが、当の本人はあまり気にしていない。 2匹の猫と穏やかに暮らし、仕事終わりに缶ビールが1本飲めれば、それだけで幸せだったのだが・・・。 「おめでとう♪ たった今、あなたには異世界へ旅立つ権利が生まれたわ」 誕生日を迎えた夜。 突如、目の前に現れた女神によって、弦人の人生は大きく変わることになる。 「40歳まで童貞だったなんて・・・これまで惨めで辛かったでしょ? でももう大丈夫! これからは異世界で楽しく遊んで暮らせるんだから♪」 女神に同情される形で異世界へと旅立つことになった弦人。 しかし、降り立って彼はすぐに気づく。 女神のとんでもないしくじりによって、ハードモードから異世界生活をスタートさせなければならないという現実に。 これは、これまで日の目を見なかったアラフォーおっさんが、異世界で無双しながら成り上がり、その実力がバレて世界に見つかってしまうという人生逆転の物語である。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

処理中です...