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第1章 少女が統べる国と嘱託補導員

069 トリリス様と秘密の部屋

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 俺が正式な補導員となってから五日。
 その間、二度少女化魔物ロリータの補導を成功させたものの、性格や能力共にマッチせず救世の転生者特権を使うこともなく、彼女達もまたホウゲツ学園預かりとなった。
 補導以外だと何度かセト達の授業を隠れて参観していたが、当然ながら、まだまだ基礎的なところからという感じで特筆すべきところはなかった。

 だが、まあ、その辺は今日のところは別にいい。
 目下の要事はトリリス様との約束の日であることだ。

「…………また迷宮に飛ばされやしないだろうな」
「一度やった悪戯は、被害者が忘れた頃にならないと繰り返さないはずです」

 俺の呟きにイリュファがフォロー気味に言う。
 そうは口にしながらも、無防備に外に出ていて離れ離れにされたりしないように彼女も含めて皆、俺の影の中だ。

「被害を受けた側としては嫌な理由ね」
「ですけど、妙に説得力はありますです」
「うん。まあ、さすがに今日はないわよね」
「でも、そんな感じで油断してると逆に仕かけてくる気がするよ」
「それもあり得そうね」「あり得ますです」

 フェリトもリクルもサユキも、警戒するように言い合う。
 トリリス様の評価は、一回の邂逅で全員の共通認識として固まってしまったようだ。
 好き勝手言う彼女らに苦笑しつつも、学園長室の前で既に微妙に気疲れして嘆息する。
 それから俺は一つ強く息を吐いて気合いを入れ、三回扉を軽く叩いた。

「入ってよいゾ」

 すると、この前とは違い、ちゃんと中から返事が来る。
 ちょっとホッとするが、油断してはならない。気を引き締め直す。

「失礼します」

 そう言ってから慎重にドアノブを回し、俺はゆっくりと扉を開けた。
 が、今回は妙な挙動もなく、いきなり視界が移り変わったりもしない。
 普通に学園長室。前回見た通りの光景だ。
 奥の立派な机にはトリリス様の姿。その脇にはディームさんもいる。

「いくら何でも警戒し過ぎだゾ」
「トリリスは胸に手を当てて自分の行動を省みるべきなのです……」

 不満げに言うトリリス様に、ズバッと言い放つディームさん。相変わらずだな。

「ルトアさんからは面会とだけしか聞いてませんけど、奉献の巫女ヒメ様に拝謁を賜るという認識で間違いありませんか?」

 警戒しながら来た流れで、つい険のある口調になる。
 が、別に責めている訳ではない。
 深く事情を知らない人にとっては、現時点での俺は早熟な新人補導員でしかない。
 しかし、面会相手が奉献の巫女ヒメ様だと知られたら、間違いなく救世の転生者である事実が周知のものとなってしまうだろう。
 ルトアさんに言伝を頼むのに、誰と会うかまで伝えられるはずもない。
 とは言え――。

「……間違いありませんよね?」

 目の前にいるのは、あのトリリス様。
 これまでの流れから面会相手がヒメ様なのは十中八九間違いないが、突然誰とも知らない相手が出てくる可能性もないとは言えない。

「とことん信用されてないようで寂しいゾ」

 よよよと泣き真似をする彼女だが、目元を隠した手の隙間から俺が白い目を向けているのを見るや否やコホンと咳払いをして背筋を正した。

「ヒメとの面会で間違いないゾ。待たせてしまって申し訳なかったナ」
「ようやくヒメの都合がついたのです。ヒメは国政の上では象徴的な存在なのですが、式典には引っ張り凧なのです。その辺り、いつも調整が大変なのです……」

 やっぱりそうか。
 申し訳ないと思っているようには見えないトリリス様はともかくとして、ディームさんのちょっと愚痴っぽい言い訳には納得する。
 相手の立場が立場だし、少し時間がかかったことは別に構わない。
 こればかりは二人のせいではないだろうし。

「それで、場所はどこで?」
「お忍びだからナ。ホウゲツ学園の秘密の部屋で行うゾ」
「ひ、秘密の部屋、ですか?」

 何とも怪しげな雰囲気の言葉だ。
 平然とドッキリをかましてきそうなトリリス様が口にすると尚のこと。

「ホウゲツ学園地下、地中深くにある完全に独立した部屋なのです……」
「完全に独立した部屋?」

 比較的受け答えに安心できるディームさんの軽い説明に問い返す。

「はいなのです。辿り着くには私達の目を掻い潜って地面を掘り進めていくか、正確な場所を知った上で転移の複合発露エクスコンプレックスを使うしかないのです……」
「あるいは、ワタシの複合発露〈迷宮悪戯メイズプランク〉のように、異空間に道を作って繋げてやるぐらいしか方法がないゾ」

 いずれにしても、位置を把握していることが大前提。
 トリリス様達が口外しない限り、それこそ秘密の部屋であり続ける訳だ。

「さて、約束の時間もそろそろだからナ。早速行くとするゾ」

 そしてトリリス様はそう言うと椅子から立ち上がり、机の前に出てきて俺の傍に来る。
 それに合わせて、ディームさんもまた彼女の隣に並んだ。

「〈迷宮悪戯〉」

 と、俺達に配慮してかトリリス様が複合発露の使用を宣言した正にその瞬間、見覚えのある石造りの迷宮の如き光景が視界に広がった。
 この前と異なる点は、ちゃんとトリリス様もディームさんも傍にいること。
 それだけで今回は悪戯ではないと信じることができる。
 ……ここまで来て、まだ疑うのは少々しつこいか。
 これから要人と会うのだ。意識を切り替えよう。

 そうして分岐のない道を二人の先導で歩いていくと、下に降りる緩やかな階段が現れる。
 一段一段の幅が広く、段差が低い。
 今度はそこをしばらく下りていく。

「あそこなのです……」

 すると扉が視界に入り、ディームさんがそれを指を差しながら言った。
 件の秘密の部屋。地中深くと言う割には意外と近い位置にあるな。
 そう思っていると――。

「近そうに見えて、現実では地下数百メートルなのです。射程の中であれば、作り出した異空間を通じて距離に関わらず移動できる破格の複合発露でもあるのです……」

 俺の考えを読んだように、ディームさんが補足してくれる。
 イメージとしてはSFなどによく登場するワームホールみたいな感じか。
 石造りの通路だと情緒もへったくれもないが。
 しかし、地下数百メートルとはな。
 しかも独立した部屋な訳だから、確かに秘密の部屋と呼んでいるだけのことはある。

「破格と言うなら、ディームの複合発露〈破魔アイソレイト揺籃フィールド〉も似たようなものだゾ。今回のような異空間を利用した移動もできるしナ」
「私のそれは避難所を作るだけのしがない力なのです。移動も不可能ではないですが、複合発露自体の射程が短過ぎてトリリスのようにはいかないのです……」

 自虐気味に言うディームさんだが、少女化魔物の発生形態からすると防御系の複合発露を持つことは稀だ。誇っていいことだと思う。
 トリリス様は、悪戯好きな性格が転じた感じなので微妙なところだが。

「そう言えば、地下深くの隔離された部屋って酸素とか大丈夫なんですか?」

 二人の話を聞きながら、ふと不安を覚えて問いかける。
 地下深い出入口のない密閉空間ということだったが……。

「心配するナ。問題ないゾ」

 そんな俺に対し、トリリス様は軽く俺を振り返って自信満々に答えた。
 もしかしたら、異空間から空気を供給してくれるのかもしれない。
 いずれにせよ、彼女の反応を見る限り、酸欠を懸念する必要はなさそうだ。
 さすがのトリリス様も、その辺りのことは弁えているだろう。

「それよりもイサク。ヒメは割と突飛な行動をするから、覚悟しておくのだゾ」
「え?」

 扉の前に至った段階で、トリリス様が突然そんなことを言い出す。
 やっぱり二人の仲間であるヒメ様も癖のある人物なのか?
 そう考えて戦々恐々としている間に、彼女は不意を突くように扉を開け放ってしまった。

「ちょ――」

 覚悟を決める前に、視界に中の様子が飛び込んでくる。
 学園長室よりも遥かに格式高い雰囲気のある部屋。
 昔テレビで見た皇族の謁見の間のようだ。
 自然と緊張感が高まる。

「時間ぴったりだナ」

 と、俺達を待ち構えていたかのように、上座の方の空間に数名の少女が出現した。
 直前まで気配はなかった。複合発露の力で転移してきたのだろう。
 そして、その内の一人、巫女装束の少女が前に出てきて――。

「ようこそおいで下さいました。救世の転生者様」

 彼女はそう言うと柔らかく頭を下げた。
 思わず目を奪われるような日本的な美しい所作と共に。
 光属性の少女化魔物であるためか、光輝くような金色の髪と瞳だが、妙に和の雰囲気とマッチしている。長年そう振る舞ってきたからだろうか。

「わたくしが奉献の巫女ヒメ。ヴィゾーヴニルの少女化魔物です」

 それから彼女は丁寧な口調と柔和な微笑みと共にそう名乗る。
 その様子は直前にトリリス様の言葉から抱いたイメージとは余りにも異なり、俺は困惑して黙り込むことしかできなかった。
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