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第1章 少女が統べる国と嘱託補導員

AR06 百年振りX回目

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「二人について長々語るのは控えておこう。私も余りにもつき合いが長過ぎて、贔屓が過ぎるもの言いをしてしまいそうな気がするからね。とは言え――」

***

「ふう……」

 イサク達との昼食を終えて彼らと別れた後。
 学園長室に戻って椅子に腰を下ろしたトリリスが、少し気疲れしたように息を吐く。

「大丈夫ですか? なのです……」

 そんな彼女の姿に、私は深く共感しながら尋ねた。
 もっとも、その問いに対して無理だとか駄目だとか答えることは、この私自身も含めて決して許されることではないが。
 トリリスもまた当然それは重々承知していて、頷きながら「問題ないゾ」と答える。

「しかし……百年、早いものだナ、ディーム」

 それから彼女は複雑な感情を滲ませながら、痛みに耐えるような口調と共に呟いた。
 一言で表すには難しい気持ちだが、私が抱く思いも彼女と同じなのは間違いない。

「全くなのです。年を取ると時間の流れが早くなるものなのです……」
「それ程までに長く生きるなんて、昔のワタシに言っても多分信じてくれないゾ。当時は今よりも遥かに殺伐としていたからナ」

 五百歳を超える私達。
 不老と言っていい少女化魔物ロリータだが、ここまで長く生きた者はそうはいない。
 不死ではない以上、致命傷を受ければ当然死ぬ。
 事故や事件に巻き込まれて命を落とす少女化魔物は後を絶たない。
 長き生の果てに自ら事件を起こしたり、自殺したりする者もいる。
 精神をやられて衰弱死する者も。

 何より。百年ごとに繰り返される人形化魔物ピグマリオンガラテアの出現。
 特にその最初期の戦いにおいては、学園を含めて体制がしっかりしていなかったこともあって多くの人間と共に少女化魔物達の命もまた失われている。
 私達が生き残ったのは運によるところが大きいだろう。とは言え……。

「まあ、死なずにいることが幸運であり、幸福であるとは限らないがナ」
「ただあるのではなく、よく生きなければ幸せは得られないのです。たとえ、その果てに命を失うことになるとしても、なのです……」

 その点で言えば伴侶を得、伴侶と共にこの世を去る少女化魔物達は幸福だろう。
 若い少女化魔物はそう思えない者も多くいるかもしれないが。
 長く生きるにつれ、そう考える少女化魔物が増える傾向にあるのは事実だ。
 勿論、世の中には求道者の如き境地に至り、伴侶を持たぬまま日々充実して生きているような稀有な者もいるが……。
 少なくとも私はそうなれそうにない。

「……全てワタシに任せてもいいのだゾ」
「馬鹿にしないで欲しいのです。仲間を差し置いて一人だけ楽になるなんてできる訳がないのです。そもそも、トリリス一人で諸々に対応できるとは思えないのです……」
「うぐ」

 私の言葉に、痛いところを突かれたという風を装うトリリス。
 しかし、それはあくまでも演技だし、私の言葉も一種の冗談に過ぎない。
 実際のところ彼女は、本気になれば一人で全てをこなすことができる。
 ただし、それは悪戯好きな生来の性格を抑え込めばの話だ。
 そして、そんな真似をすれば、トリリスは遠からず精神的に追い詰められて押し潰されてしまうことだろう。少女化魔物はそれで死に至ることもある。
 彼女に翻弄される皆には悪いが、今の状態こそ世界を保つ最良の方法なのだ。

「…………ワタシ達も救世の転生者も似たようなものだナ」

 最後の一線を超え、全てを放り捨てて逃げ出す程には身勝手になることができず、今も尚、使命に囚われ続けている私達を評して呟くトリリス。
 彼女の言葉はあながち間違いとは言えない。
 そも、救世の道筋は決まっているのだから。
 全てを知る私達からすれば、彼もまた私達と同じように粛々と回る歯車だ。
 ただ――。

「そうと気づかなければ、イサクはよく生きることができるのです。そして、私達はその形を守らなければならないのです……」

 この世界の勝手な都合で別の世界から呼び寄せられた者へのせめてもの償いとして。

「ワタシも、本心からそう思うゾ。その果てにこそ、特殊性癖人外ロリコンの転生者故に紡ぐことのできる愛の形が生まれるという打算的な期待を差し引いてもナ」

 打算的な期待。私の心にも純粋な願いと並行して存在している。
 何故なら、その愛こそがこの世界を滅びの危機から遠ざけるためのカギだからだ。
 そして私達は、それを利用するという罪深い真似をしなければならない。
 世界を救うという大義を掲げながら。
 これまでの転生者全てにそうしてきた。
 これから先も転生者が生まれる限り、そうしていくことだろう。

「いずれにせよ、イサクが憂いなく使命を全うできるようにするためにも、まずはヒメに連絡を入れなければナ」
「です。後、アコにも伝えておくのです……」

 そうして私達は互いに頷き合い、救世という百年振りの一大事業のために本格的に行動を開始したのだった。
 今回の救世の転生者たるイサクが、その使命を終える時が来るまで充実した生を歩んでくれることを祈りながら。

***

「二人について長々語るのは控えておこう。私も余りにもつき合いが長過ぎて、贔屓が過ぎるもの言いをしてしまいそうな気がするからね。とは言え、一つだけ。彼女達なりに必死だったということだけは分かってあげて欲しいんだ。他ならぬ君だけにはね」
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