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四 菴摩羅③
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連示が前衛、末那と火輪が後衛、と三角形を形作るようにしながら、なるべく姿勢を低くしつつ工場へと急ぐ。
いくら光が強かろうとも今は真夜中だ。サーチライトで探られている訳ではないのだから、この暗がりの側から行く限り、ある程度の距離まで姿を認められることはないはずだ。
そのまま一定の距離にまで近寄った時、阿頼耶の視覚が捉えている門番が僅かながら動き出すのが見て取れた。
瞬間、連示は一気に駆け出しながら右手を白刃に変え、その二体を行動の最適化による無駄のない動きで切り裂いた。後方では末那と火輪が万が一に備えて銃を構えている。
門番の動きは通常のアミクスよりも遥かに鈍く、人間相手なら有効かもしれないが、アミクスに通用するとは思えない程度だった。
最初から幻影人格を工場の中で倒すことがファントムの目的なのだろう。
その工場内は何かの装置が作動しているのか、様々な駆動音で満たされていた。微かな物音はかき消されることが予測できるため、ほぼ視覚のみで敵を探らなければならない。
『ご主人様。工場内では味方と距離を取ることは避けた方がいいと思われます。剣ではなく、追加武装のサーマルガンを使用して下さい』
「分かった」
視界に現れたウインドウに表示された指示に従って左手を突き出すように構えると、それは即座に変形して今回は紅の刃ではなく銃を形作った。
サーマルガンはSFなどで有名なレールガンの親戚の親戚辺りの兵器で、プラズマ膨張を利用して弾丸を発射するものだ。
比較的エネルギー量が低くてもある程度の初速が得られるが、レールガンのように電磁誘導で発射する訳ではない。むしろ従来の火薬を爆発させて発射する銃のイメージの方が近いと言えるかもしれない。
変形した左手、その肘からは火薬の代わりに導体が接着している弾丸が込められた弾倉が飛び出ていて、手首の辺りには右手で銃身を固定するためのグリップが出ていた。
「連示、前!」
火輪の叫ぶような声に視線を前方に向けると、遥か先の曲がり角から丁度何かが現れようとしているところだった。グリップに右手をかけ、その銃口をそれに向ける。
と同時に視界の中に着弾予測の表示が発生した。
「な、何? あれ」
「末那は後ろを警戒」
「は、はい!」
火輪に注意され、後ろで末那が向きを変える気配がするのとほぼ同時に、それはその全身を連示達に晒した。
六本の足で支えられた胴体にカメラとガトリングガンの銃身のような突起が見て取れる。
近年ではアミクスに取って代わられたため、見られなくなったガードロボットという奴だろう。
その外見を完全に把握するよりも早く、連示はサーマルガンでカメラを撃ち抜いた。
通常の銃よりも大きな破裂音とほぼ同時にカメラごとその胴体が砕け散り、周辺に千切れた足を散らばしながら、ガードロボットは機能を停止させたように身動きを止める。
「きゃあ! び、びっくりした」
一瞬遅れて末那の悲鳴が後ろから聞こえてきた。
工場内の機械音が響いていて尚、彼女を驚かせる程の音が出ていたようだ。
そして、それに見合った威力があるのだろう。
「よし。進もう」
そのまま歩みを続け、ガードロボットの破片が散らばる脇を通り抜ける。
その先の廊下を曲がり、工場の地図とファントムの位置を照らし合わせ、連示達は最短ルート上にあるパーツの製作ラインが設置された広い部屋に入った。
成長やファッションの変更に合わせた交換パーツが作られている場所だ。
最短距離とは言え、大型の装置が配置されたそこは死角が多く、廊下以上に警戒しなければならない。
それを末那に注意しようと思った瞬間、視界の端にガードロボットの姿が現れた。
「後ろからも」
忌々しそうな火輪の声に僅かに顔を動かして後方を確認すると、入口にいたようなアミクスが緩やかな動きでその部屋に入ってきていた。
が、それならば末那と火輪に任せて大丈夫だろうと判断し、一歩前に出て前方のガードロボットが近づいてくる前にそのカメラを狙い撃つ。
そうして弾丸がそれを破壊した次の瞬間、頭上で金属が軋むような音が聞こえ、連示は無意識的にその場から飛び退いた。
直後、連示がいた場所にガードロボットが降ってきて、その重さを示すように大きな音を響かせる。更に、飛び退いた先にもう一体のそれが現れ、挟み撃ちをされる形になる。
連示は即座にそれらを破壊するための行動の最適化に従い、右手を白刃に変化させ、左手をサーマルガンの状態から戻して紅刃を生じさせた。
そのまま右の刃で逆に薙ぐようにして後方のガードロボットを真横に切り裂く。
続いてその場で半回転しつつ、その勢いを加えた紅刃を振り下ろすことによって、もう一体も一刀両断した。
「……よし」
多少重くなった程度で中距離まで対応できる追加武装を頼もしく思いながら、すぐに末那と火輪の傍に戻る。
既に二人は十数体のアミクスもどきの山を作り出していた。
加えて、それぞれ一体ずつ正確な射撃でそれの頭部を破壊して、その山に加える。
それで一先ず襲撃者の気配はなくなった。
「これで終わり、みたいだね」
「一息つく前にこの場所から離れるべき。ここは死角が多過ぎる」
「ああ。また襲われる前に行こう」
三人頷き合って同時に駆け出し、その部屋の出口に向かう。
幸いにしてか、それ以上の襲撃はなく、ファントムがいるはずの奥の建物へと続く外の通路に出ることができた。
「……何か、おかしい」
機械の駆動音が遠ざかり、夜の静けさが徐々に戻ってくる中、火輪が訝るような表情を見せて立ち止まる。
連示と末那もそれに釣られて歩みを止めた。
「何がだ?」
「これまで私達は敵に遭遇はしたけど、攻撃は一度もされてない。どころか、その素振りも余り見られない。……何だか連示の、阿頼耶の体の性能を試してるみたいだった」
言われて思い返してみれば、確かにそうだったかもしれない。
門番のアミクスも持っていたアサルトライフルを使わず、ガードロボットもガトリングガンを使用する気配すら見せなかった。
それだけ行動の最適化によって無駄のない動きで対応できたということかもしれないが、しかし、構えすら見せないのはおかしい。
「それに今、こんなに隙を見せても襲ってこない。侵入した瞬間から常に居場所ぐらい把握してるはずなのに」
「それってつまり、阿頼耶の性能はもう分かった、ってことなのかな。それで問題なく勝てると思ったから、襲ってこなくなった」
「あくまでも推測の一つ。でも、警戒した方がいい」
その推測が正しければ、阿頼耶の性能でも勝てない、ということになる。
実際いつからこの無人工場が占拠されていたのか分からない。
阿頼耶達ミラージュと同様に自らに適した体を作り、いずれ現れるミラージュの対策を練っていた可能性は十二分にある。
高い知性を持つだろう菴摩羅が態々姿を見せたことなどは、その可能性を高める根拠となるだろう。
しかし、それでも今は、このような混乱を引き起こし、人々に多大な被害を与えた元凶を排除するためにも阿頼耶の性能を信じて進まなければならない。
火輪の推測だけで敵が襲ってこないと判断していい理由にはならないため、連示達は再び三角形を描くようにして敵の襲撃を警戒しながら進んだ。
だが、やはり襲撃はそれ以上なく、目標のファントムがいると予測される場所、倉庫らしき巨大な建物の前に至る。
すると、それを待っていたかのようにサイレンのような音がけたたましく鳴り響き、大型車両が出入りするような巨大な扉が自動で少しずつ開いていった。
「連示君……」
「……行くぞ」
罠の気配しかしないが、それでも飛び込まなければ何にもならない。
連示は周囲に注意を払いながら、再びサーマルガンに変化させた左手を構えつつ、その中へと入った。
薄暗い、しかし、アミクスの視覚なら問題ない程度の暗闇に包まれたそこには、数台のコンテナが乱雑に置かれていた。やはり元は倉庫なのだろう。
そこに三人共が入ると、再びサイレンが鳴ると共に自動で扉が閉まっていく。と同時に遥か上方に取りつけられた照明が光を発して、一気にその場から闇を取り払った。
いくら光が強かろうとも今は真夜中だ。サーチライトで探られている訳ではないのだから、この暗がりの側から行く限り、ある程度の距離まで姿を認められることはないはずだ。
そのまま一定の距離にまで近寄った時、阿頼耶の視覚が捉えている門番が僅かながら動き出すのが見て取れた。
瞬間、連示は一気に駆け出しながら右手を白刃に変え、その二体を行動の最適化による無駄のない動きで切り裂いた。後方では末那と火輪が万が一に備えて銃を構えている。
門番の動きは通常のアミクスよりも遥かに鈍く、人間相手なら有効かもしれないが、アミクスに通用するとは思えない程度だった。
最初から幻影人格を工場の中で倒すことがファントムの目的なのだろう。
その工場内は何かの装置が作動しているのか、様々な駆動音で満たされていた。微かな物音はかき消されることが予測できるため、ほぼ視覚のみで敵を探らなければならない。
『ご主人様。工場内では味方と距離を取ることは避けた方がいいと思われます。剣ではなく、追加武装のサーマルガンを使用して下さい』
「分かった」
視界に現れたウインドウに表示された指示に従って左手を突き出すように構えると、それは即座に変形して今回は紅の刃ではなく銃を形作った。
サーマルガンはSFなどで有名なレールガンの親戚の親戚辺りの兵器で、プラズマ膨張を利用して弾丸を発射するものだ。
比較的エネルギー量が低くてもある程度の初速が得られるが、レールガンのように電磁誘導で発射する訳ではない。むしろ従来の火薬を爆発させて発射する銃のイメージの方が近いと言えるかもしれない。
変形した左手、その肘からは火薬の代わりに導体が接着している弾丸が込められた弾倉が飛び出ていて、手首の辺りには右手で銃身を固定するためのグリップが出ていた。
「連示、前!」
火輪の叫ぶような声に視線を前方に向けると、遥か先の曲がり角から丁度何かが現れようとしているところだった。グリップに右手をかけ、その銃口をそれに向ける。
と同時に視界の中に着弾予測の表示が発生した。
「な、何? あれ」
「末那は後ろを警戒」
「は、はい!」
火輪に注意され、後ろで末那が向きを変える気配がするのとほぼ同時に、それはその全身を連示達に晒した。
六本の足で支えられた胴体にカメラとガトリングガンの銃身のような突起が見て取れる。
近年ではアミクスに取って代わられたため、見られなくなったガードロボットという奴だろう。
その外見を完全に把握するよりも早く、連示はサーマルガンでカメラを撃ち抜いた。
通常の銃よりも大きな破裂音とほぼ同時にカメラごとその胴体が砕け散り、周辺に千切れた足を散らばしながら、ガードロボットは機能を停止させたように身動きを止める。
「きゃあ! び、びっくりした」
一瞬遅れて末那の悲鳴が後ろから聞こえてきた。
工場内の機械音が響いていて尚、彼女を驚かせる程の音が出ていたようだ。
そして、それに見合った威力があるのだろう。
「よし。進もう」
そのまま歩みを続け、ガードロボットの破片が散らばる脇を通り抜ける。
その先の廊下を曲がり、工場の地図とファントムの位置を照らし合わせ、連示達は最短ルート上にあるパーツの製作ラインが設置された広い部屋に入った。
成長やファッションの変更に合わせた交換パーツが作られている場所だ。
最短距離とは言え、大型の装置が配置されたそこは死角が多く、廊下以上に警戒しなければならない。
それを末那に注意しようと思った瞬間、視界の端にガードロボットの姿が現れた。
「後ろからも」
忌々しそうな火輪の声に僅かに顔を動かして後方を確認すると、入口にいたようなアミクスが緩やかな動きでその部屋に入ってきていた。
が、それならば末那と火輪に任せて大丈夫だろうと判断し、一歩前に出て前方のガードロボットが近づいてくる前にそのカメラを狙い撃つ。
そうして弾丸がそれを破壊した次の瞬間、頭上で金属が軋むような音が聞こえ、連示は無意識的にその場から飛び退いた。
直後、連示がいた場所にガードロボットが降ってきて、その重さを示すように大きな音を響かせる。更に、飛び退いた先にもう一体のそれが現れ、挟み撃ちをされる形になる。
連示は即座にそれらを破壊するための行動の最適化に従い、右手を白刃に変化させ、左手をサーマルガンの状態から戻して紅刃を生じさせた。
そのまま右の刃で逆に薙ぐようにして後方のガードロボットを真横に切り裂く。
続いてその場で半回転しつつ、その勢いを加えた紅刃を振り下ろすことによって、もう一体も一刀両断した。
「……よし」
多少重くなった程度で中距離まで対応できる追加武装を頼もしく思いながら、すぐに末那と火輪の傍に戻る。
既に二人は十数体のアミクスもどきの山を作り出していた。
加えて、それぞれ一体ずつ正確な射撃でそれの頭部を破壊して、その山に加える。
それで一先ず襲撃者の気配はなくなった。
「これで終わり、みたいだね」
「一息つく前にこの場所から離れるべき。ここは死角が多過ぎる」
「ああ。また襲われる前に行こう」
三人頷き合って同時に駆け出し、その部屋の出口に向かう。
幸いにしてか、それ以上の襲撃はなく、ファントムがいるはずの奥の建物へと続く外の通路に出ることができた。
「……何か、おかしい」
機械の駆動音が遠ざかり、夜の静けさが徐々に戻ってくる中、火輪が訝るような表情を見せて立ち止まる。
連示と末那もそれに釣られて歩みを止めた。
「何がだ?」
「これまで私達は敵に遭遇はしたけど、攻撃は一度もされてない。どころか、その素振りも余り見られない。……何だか連示の、阿頼耶の体の性能を試してるみたいだった」
言われて思い返してみれば、確かにそうだったかもしれない。
門番のアミクスも持っていたアサルトライフルを使わず、ガードロボットもガトリングガンを使用する気配すら見せなかった。
それだけ行動の最適化によって無駄のない動きで対応できたということかもしれないが、しかし、構えすら見せないのはおかしい。
「それに今、こんなに隙を見せても襲ってこない。侵入した瞬間から常に居場所ぐらい把握してるはずなのに」
「それってつまり、阿頼耶の性能はもう分かった、ってことなのかな。それで問題なく勝てると思ったから、襲ってこなくなった」
「あくまでも推測の一つ。でも、警戒した方がいい」
その推測が正しければ、阿頼耶の性能でも勝てない、ということになる。
実際いつからこの無人工場が占拠されていたのか分からない。
阿頼耶達ミラージュと同様に自らに適した体を作り、いずれ現れるミラージュの対策を練っていた可能性は十二分にある。
高い知性を持つだろう菴摩羅が態々姿を見せたことなどは、その可能性を高める根拠となるだろう。
しかし、それでも今は、このような混乱を引き起こし、人々に多大な被害を与えた元凶を排除するためにも阿頼耶の性能を信じて進まなければならない。
火輪の推測だけで敵が襲ってこないと判断していい理由にはならないため、連示達は再び三角形を描くようにして敵の襲撃を警戒しながら進んだ。
だが、やはり襲撃はそれ以上なく、目標のファントムがいると予測される場所、倉庫らしき巨大な建物の前に至る。
すると、それを待っていたかのようにサイレンのような音がけたたましく鳴り響き、大型車両が出入りするような巨大な扉が自動で少しずつ開いていった。
「連示君……」
「……行くぞ」
罠の気配しかしないが、それでも飛び込まなければ何にもならない。
連示は周囲に注意を払いながら、再びサーマルガンに変化させた左手を構えつつ、その中へと入った。
薄暗い、しかし、アミクスの視覚なら問題ない程度の暗闇に包まれたそこには、数台のコンテナが乱雑に置かれていた。やはり元は倉庫なのだろう。
そこに三人共が入ると、再びサイレンが鳴ると共に自動で扉が閉まっていく。と同時に遥か上方に取りつけられた照明が光を発して、一気にその場から闇を取り払った。
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