屋敷侍女マリーヌの備忘録

文字の大きさ
上 下
1 / 10

しおりを挟む


ドルトイット公爵家。

このアーロン王国の御三家である公爵家の一つ。
歴史こそ浅いがその手腕は王家から一目置かれ、今や国の財政を支える名家である。
しかし、ドルトイット家が有名なのはその地位だけじゃない。

当主であるエルネス=ドルトイット公爵。
奥方様のモモリア=ドルトイット公爵夫人。
そして一人息子のユーリ=ドルトイット公爵子息。

3人とも容姿が整っているだけではなく、性格まで素晴らしい!
旦那さまはいつもニコニコしてとても穏やかだし、奥さまは明るくて可愛らしいお人。坊っちゃんは頭が良くてしっかり者、それにご両親をとても大切にしている。

まさに理想の家族。
それがドルトイット家が“王国最高貴族”と呼ばれる由縁。

だから、そんなドルトイット家に奉公していることが私、マリーヌの唯一できる自慢。出来ることならずっとここで働きたい、そう思っていた。


────ユキという、完璧な侍女頭が辞めるまでは。






「以上で引き継ぎは終了です。質問はありますか?」

抑揚のない声にハッと我に返った。

「あ……え、っと……その、」

さっきまで必死に取ったメモを見返しても、何を再確認すればいいのか分からない。
勤続2年目。つい気が緩んでしまったなんて、とてもじゃないがこの人の前で言えるわけない。

チラッと視線だけ向ける。

香油でピシッとまとめられた黒髪に、瓶底のような分厚い眼鏡。乱れのない侍女服に胸元に光るシルバーのエンブレム。あれはこの屋敷で働く侍女たちの頂点である証。
私の上司、侍女頭のユキさまは読めない表情のまま説明を続けた。

「分からないことがあれば執事のフィニアンに声をかけて下さい。私が抜ける今、一番の古株は彼ですから」
「は、はい……!」
「では最後に、旦那様たちに引き継ぎ完了の挨拶に参りましょう」

そう言ってユキさまはまたスタスタと歩きだした。

(相変わらず、隙がないなぁ……)

ユキさまは最高貴族であるドルトイット家に相応しい、超一流の侍女だ。
一度受けた命令は絶対に忘れないし、仕事に一切の無駄がない。私たちへの指示も的確でその後の確認も怠らない。どう考えても最低3人は存在していないと説明がつかない。

そんな凄い人が、今日でこの屋敷を去るなんて。

「……やってける、かな」
「どうしました?」
「え、いやっ!何でもありません!」

しかも私みたいな下っ端がユキさまの仕事の一部を引き継ぐことになった。

とても簡単な仕事、だけどとても重要なんだとか。

(でも、どうしてが重要な仕事なんだろう……)


コンコン


「失礼致します。引き継ぎが終りましたので、そのご報告に参りました」

ユキさまの後を追うように中に入ると、ソファーに楽しそうに話していた3人が一斉にこちらを向いた。

「おや、もう終ってしまったのかい?ユキ」
「はい。こちらが後任の侍女で御座います」
「ま、マリーヌと申しますっ!せ、精一杯つとめさせていただきまふっ!!」

(か、噛んだっっ!!)

恥ずかしさを誤魔化すように頭を下げると、旦那さまが小さく笑う。物語の王子様みたいな所作に、使用人の立場でありながらうっとりしてしまった。
そんな私を現実に引き戻すように、ユキさまがコホンと咳払いをする。

「ですので予定通り、夕方にはお屋敷を発ちます。この13年間大変お世話になりました」
「そんな急がなくても……今日くらいはゆっくりして、明日の朝に出発すればいいだろ?」
「雇用期間は本日までですので」
「もぉ!ユキったら真面目すぎよぉ!」

ガバッとユキさまに抱きついたベビーピンクの髪の女性は、ぷくぅっと頬を膨らませた。
少女のように愛らしいその方は、このお屋敷の女主人でもあるモモリア=ドルトイット公爵夫人。お若く見えるがこれで30歳だというから……ほんとに不思議。

そしてそんな両親に苦笑しながら紅茶を飲む、一人の美青年。

(あぁ……やっぱりかっこいいな、ユーリ坊っちゃん)

ユーリ=ドルトイットさま。
旦那さまそっくりの容姿、貴族学校の首席をキープし続けるほどの秀才、そして何よりも……

「義母さん、ユキが困ってるでしょ?離れてあげて」

私たち使用人にとっっってもお優しい!!

「だってぇユーリも嫌でしょ?ユキが辞めちゃうの」
「そうだけど……ユキにも都合があるし仕方ないなと思ってる。それに一生会えなくなる訳じゃないからね」
「こらモモ、息子が聞き分けいいのにお前がゴネてどうするんだ?いい加減にしなさい」
「うぅ~……はぁい」

旦那さまは奥さまをそっと引き寄せながら困ったように微笑んだ。

(まさに理想の家族!これが最高貴族ドルトイット家!)

幸せな3人にこっちまで幸せになる。

(なのに眉一つ動かさないなんて……)

ユキさまの表情はぴくりとも動かない。
私だったら嬉しくて泣いてしまうけど、この人には情というものがないのかな?

「では荷物をまとめて参ります。お屋敷を出る際またお声がけ致します」
「うん。……あぁそうだ」

部屋を出ようとする私たちに、旦那さまが一言。


、ちゃんと引き継げてるんだよね?」


その一言で和やかな空気が一瞬で冷たくなる。

「……勿論で御座います」
「なら良いんだ」

にっこり微笑んだ旦那さまはひらひらと手を振り、私たちを送り出した。

(何だろう……今の、違和感)

笑っているのに背筋がゾクリとなった。
声?そうだ、いつも穏やかな声がちょっと低くて……

「マリーヌさん」
「えっ?あっ……」

長い廊下の途中、ユキさまは振り返り言った。


「忠告です。ドルトイットを信じてはいけません」


瓶底眼鏡の向こうにある瞳が一瞬だけ見えた、気がする。揺らぐことない翡翠の瞳はまっすぐ私の心に何かを訴えていた。

(信じてはいけない……?旦那さまたちを?)

どうして?あんなにいい人たちなのに?
聞き返そうと口を開くけどユキさまはそれ以降、一言も喋ってはくれなかった。

王国最高貴族ドルトイット公爵家。
そのお屋敷に13年も勤めたユキさまが最後に告げた意図は……何?



そして、完璧な侍女頭は屋敷を出ていった。




■□■□■□■□■□

こんばんわ!作者の紺でございます(*^^*)

昨晩、本作の第2話を1話よりも先に投稿してしまう重大なミスをおかしてしまったことを、こちらにて謝罪させていただきます。
又、コメントにてご指摘ありがとうございました!

こんなドタバタで始まった新作ですが、何卒お付き合い宜しくお願い致します。

2024.08.01
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結婚式の夜、突然豹変した夫に白い結婚を言い渡されました

鳴宮野々花
恋愛
 オールディス侯爵家の娘ティファナは、王太子の婚約者となるべく厳しい教育を耐え抜いてきたが、残念ながら王太子は別の令嬢との婚約が決まってしまった。  その後ティファナは、ヘイワード公爵家のラウルと婚約する。  しかし幼い頃からの顔見知りであるにも関わらず、馬が合わずになかなか親しくなれない二人。いつまでもよそよそしいラウルではあったが、それでもティファナは努力し、どうにかラウルとの距離を縮めていった。  ようやく婚約者らしくなれたと思ったものの、結婚式当日のラウルの様子がおかしい。ティファナに対して突然冷たい態度をとるそっけない彼に疑問を抱きつつも、式は滞りなく終了。しかしその夜、初夜を迎えるはずの寝室で、ラウルはティファナを冷たい目で睨みつけ、こう言った。「この結婚は白い結婚だ。私が君と寝室を共にすることはない。互いの両親が他界するまでの辛抱だと思って、この表面上の結婚生活を乗り切るつもりでいる。時が来れば、離縁しよう」  一体なぜラウルが豹変してしまったのか分からず、悩み続けるティファナ。そんなティファナを心配するそぶりを見せる義妹のサリア。やがてティファナはサリアから衝撃的な事実を知らされることになる────── ※※腹立つ登場人物だらけになっております。溺愛ハッピーエンドを迎えますが、それまでがドロドロ愛憎劇風です。心に優しい物語では決してありませんので、苦手な方はご遠慮ください。 ※※不貞行為の描写があります※※ ※この作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。

不倫してる妻がアリバイ作りのために浮気相手とヤッた直後に求めてくる話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

離婚してもよろしいですが、後悔するのはあなたの方ですよ?

hana
恋愛
「悪いけど、離婚してくれ」 驚くほどにあっさりとその言葉は告げられた。 公爵令息のバルシュと結婚して二年、よく晴れた朝の出来事だった。

婚約者が婚約破棄宣言をしたので、頬っぺた引っ叩いたら正気に戻った

下菊みこと
恋愛
頭おかしくなった婚約者の頬っぺたを引っ叩いたら正気に戻ったお話。 ご都合主義のハッピーエンドのSS。 元の鞘に収まる。 ざまぁは過激に、けれどあっさりと。 小説家になろう様でも投稿しています。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

どうしようもない幼馴染が可愛いお話

下菊みこと
恋愛
可愛いけどどうしようもない幼馴染に嫉妬され、誤解を解いたと思ったらなんだかんだでそのまま捕まるお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

ある日、人気俳優の弟になりました。

樹 ゆき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

処理中です...