【完結】高嶺の花がいなくなった日。

文字の大きさ
上 下
16 / 17

15 そして高嶺の花はいなくなった

しおりを挟む

『その家はね、目の前に大きな海が見えるの』

私のお母様は最期まで明るい女性だった。

ベッドの上に寝たきりになっても、顔を傷が痛みだした時でも、お母様は私を見ればいつもニコッと笑ってくれた。
そんなお母様は、離れへ移ってから毎日のようにこの話をするようになったの。

『私のお祖母様の持ち物でね、ここから国を3つほど跨いだところにあるの。とても小さい国だけど国民たちは幸せに働いて暮らしていたわ』

窓の外を見つめながら楽しそうに語る。

『庭先にはシロツメクサがいっぱい咲いてるの。また……行きたいなぁ』
『じゃあまたいこっ!おかあさまと、ルノアと、おとうさまと!おとうさまが今度ここへきたら相談してみるわ!』
『……そうね、お父様も一緒ね』

子供だった私は何とかしてお母様を励ましたかった。きっと家族3人で行けば、また仲良く過ごせると思っていたから。

でも、お父様は一度もここへ見舞いには来なかった。

誘っても誘っても誘っても、仕事が忙しいといってお母様の元を訪れなかった。
避けているとすぐに分かったわ、でもどうすることも出来なかった。お父様は私も遠ざけるようになってしまったんだもの。

離れを出入りする侍女たちもよく入れ替わっていた。
包帯だらけのお母様の看病を嫌がりヒソヒソと噂する。奥様は捨てられたのだと……。

そして最期の夜。
お母様は私の手をぎゅっと握った。

『ルノア、自由に生きなさい』
『え……、な、何、自由って』
『私はなれなかったけど、あなたなら大丈夫。あなたを全て受け入れてくれる人と共に生きるのよ』
『や、やだお母さまっ!やだっ、何それ……っ!』

段々と声が小さくなるお母様。
わからない、自由って何?なんのことを言ってるの?

『ルノア……』
『っおかあ、さま』
『だいすき、よ……』

そう告げた後、手を握る力はフッと消えてしまった。

今思えば、お母様の前だけが私が子供に戻れる唯一の場所だった。どんなに大人びた振る舞いをしても息抜きが出来る場所があると思えば何だって出来た。
でもそれを失ってしまった。
それなら私はいつ"子供"に戻れるの?

お父様や侍女たちはお母様が亡くなった後も私に完璧を求めてきた。清廉なルノア=ダリッジを……。

だから私は期待に応えてあげた。

清く、正しく、美しくーー。

決して手の届かない"高嶺の花"を、私がいなくなるその日まで演じ続けてあげたのだ。






*****


「ルノア様」

心地のいい声が聞こえ、私は静かに目を開ける。

窓から夕日が差し込み波の音が聞こえる。正面には私を心配そうに見つめる黒髪の青年がいた。

「ハル……」
「お疲れですか?」

膝の上にある読みかけの本を取り、ハルはパラパラとそれを眺めた。興味がないのかそれを机に置いた後、再びこちらへ戻ってきた。

「夕食の用意が出来ました」
「え……ごめんなさい、今日は私の当番なのに」
「いえ」

窓辺にあるチェアに座って本を読んでいたらついうたた寝をしてしまったみたい。
立ち上がろうとすれば少しよろけてしまう。が、自分よりも逞しい腕がしっかりと身体を支えてくれた。

「ありがとう、ハル」
「はい」


アレグロ王国を飛び出してから今日で半年が経つ。
私たちはお母様が言っていた、曽祖母が所有していたという屋敷で暮らしている。

元々は休養するための別荘として建てられたこの屋敷は周りに他の民家もなく、週に一度だけ行商人が近くを通るような田舎にあった。どうやら曽祖母は倹約な方だったらしく、敷地には畑もあるし果実の木も植っているので食料には困ったことがない。
まさにお尋ね者の私たちにはうってつけの場所だ。

「ハル、今日はお仕事早いのね」
「はい。何でも祭りがあるとかでみんなそっちに行ってしまい暇でした」

ハルが作ってくれた食事を取りながら会話する。

ハルは街の警備隊に所属している。
田舎だけど悪いやつはそれなりにいるようで、都市部からやって来たハルは高待遇で迎え入れられた。

「何で花火が上がるそうですよ」
「花火?ここから見えるかしら!」
「どうでしょうか……後で見に行きましょう」
「ええ!」

嬉しさのあまりつい大きな声が出てしまう。

「あ、ごめんなさい。マナー違反ね」
「……俺しかいないので大丈夫ですよ」
「……うん」

そう呟き、私はまた食事を再開した。
しおりを挟む
感想 121

あなたにおすすめの小説

他の人を好きになったあなたを、私は愛することができません

天宮有
恋愛
 公爵令嬢の私シーラの婚約者レヴォク第二王子が、伯爵令嬢ソフィーを好きになった。    第三王子ゼロアから聞いていたけど、私はレヴォクを信じてしまった。  その結果レヴォクに協力した国王に冤罪をかけられて、私は婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。  追放された私は他国に行き、数日後ゼロアと再会する。  ゼロアは私を追放した国王を嫌い、国を捨てたようだ。  私はゼロアと新しい生活を送って――元婚約者レヴォクは、後悔することとなる。

家が没落した時私を見放した幼馴染が今更すり寄ってきた

今川幸乃
恋愛
名門貴族ターナー公爵家のベティには、アレクという幼馴染がいた。 二人は互いに「将来結婚したい」と言うほどの仲良しだったが、ある時ターナー家は陰謀により潰されてしまう。 ベティはアレクに助けを求めたが「罪人とは仲良く出来ない」とあしらわれてしまった。 その後大貴族スコット家の養女になったベティはようやく幸せな暮らしを手に入れた。 が、彼女の前に再びアレクが現れる。 どうやらアレクには困りごとがあるらしかったが…

悪いのは全て妹なのに、婚約者は私を捨てるようです

天宮有
恋愛
伯爵令嬢シンディの妹デーリカは、様々な人に迷惑をかけていた。 デーリカはシンディが迷惑をかけていると言い出して、婚約者のオリドスはデーリカの発言を信じてしまう。 オリドスはシンディとの婚約を破棄して、デーリカと婚約したいようだ。 婚約破棄を言い渡されたシンディは、家を捨てようとしていた。

婚約者を奪われた私が悪者扱いされたので、これから何が起きても知りません

天宮有
恋愛
子爵令嬢の私カルラは、妹のミーファに婚約者ザノークを奪われてしまう。 ミーファは全てカルラが悪いと言い出し、束縛侯爵で有名なリックと婚約させたいようだ。 屋敷を追い出されそうになって、私がいなければ領地が大変なことになると説明する。 家族は信じようとしないから――これから何が起きても、私は知りません。

【完結】私ではなく義妹を選んだ婚約者様

水月 潮
恋愛
セリーヌ・ヴォクレール伯爵令嬢はイアン・クレマン子爵令息と婚約している。 セリーヌは留学から帰国した翌日、イアンからセリーヌと婚約解消して、セリーヌの義妹のミリィと新たに婚約すると告げられる。 セリーヌが外国に短期留学で留守にしている間、彼らは接触し、二人の間には子までいるそうだ。 セリーヌの父もミリィの母もミリィとイアンが婚約することに大賛成で、二人でヴォクレール伯爵家を盛り立てて欲しいとのこと。 お父様、あなたお忘れなの? ヴォクレール伯爵家は亡くなった私のお母様の実家であり、お父様、ひいてはミリィには伯爵家に関する権利なんて何一つないことを。 ※設定は緩いので、物語としてお楽しみ頂けたらと思います ※最終話まで執筆済み 完結保証です *HOTランキング10位↑到達(2021.6.30) 感謝です*.* HOTランキング2位(2021.7.1)

【完結】真面目だけが取り柄の地味で従順な女はもうやめますね

祈璃
恋愛
「結婚相手としては、ああいうのがいいんだよ。真面目だけが取り柄の、地味で従順な女が」 婚約者のエイデンが自分の陰口を言っているのを偶然聞いてしまったサンドラ。 ショックを受けたサンドラが中庭で泣いていると、そこに公爵令嬢であるマチルダが偶然やってくる。 その後、マチルダの助けと従兄弟のユーリスの後押しを受けたサンドラは、新しい自分へと生まれ変わることを決意した。 「あなたの結婚相手に相応しくなくなってごめんなさいね。申し訳ないから、あなたの望み通り婚約は解消してあげるわ」  ***** 全18話。 過剰なざまぁはありません。

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

【完結】婚約破棄? 正気ですか?

ハリネズミ
恋愛
「すまない。ヘレンの事を好きになってしまったんだ。」 「お姉様ならわかってくれますよね?」    侯爵令嬢、イザベル=ステュアートは家族で参加したパーティで突如婚約者の王子に告げられた婚約破棄の言葉に絶句した。    甘やかされて育った妹とは対称的に幼い頃から王子に相応しい淑女に、と厳しい教育を施され、母親の思うように動かなければ罵倒され、手をあげられるような生活にもきっと家族のために、と耐えてきた。  いつの間にか表情を失って、『氷結令嬢』と呼ばれるようになっても。  それなのに、平然と婚約者を奪う妹とそれをさも当然のように扱う家族、悪びれない王子にイザベルは怒りを通り越して呆れてしまった。 「婚約破棄?  正気ですか?」  そんな言葉も虚しく、家族はイザベルの言葉を気にかけない。  しかも、家族は勝手に代わりの縁談まで用意したという。それも『氷の公爵』と呼ばれ、社交の場にも顔を出さないような相手と。 「は? なんでそんな相手と? お飾りの婚約者でいい? そうですかわかりました。もう知りませんからね」  もう家族のことなんか気にしない! 私は好きに幸せに生きるんだ!  って……あれ? 氷の公爵の様子が……?  ※ゆるふわ設定です。主人公は吹っ切れたので婚約解消以降は背景の割にポジティブです。  ※元婚約者と家族の元から離れて主人公が新しい婚約者と幸せに暮らすお話です!  ※一旦完結しました! これからはちょこちょこ番外編をあげていきます!  ※ホットランキング94位ありがとうございます!  ※ホットランキング15位ありがとうございます!  ※第二章完結致しました! 番外編数話を投稿した後、本当にお終いにしようと思ってます!  ※感想でご指摘頂いたため、ネタバレ防止の観点から登場人物紹介を1番最後にしました!   ※完結致しました!

処理中です...