【完結】高嶺の花がいなくなった日。

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「変わらないな、ここは……」

私は部屋を出て敷地の奥にある離れへとやって来た。

元々ここは使われていない別邸だったが、おてんばなルノアがよくかくれんぼをするたびにここへ隠れていたのを覚えている。
顔に重度のやけどを負ったライラは療養のためここに移り住んでいた。……正確には、周りの目が気になり私が彼女をここへ追いやったんだが。

2階のある部屋に入る。

そこはライラが生前過ごしていた部屋だった。

「……ライラ、」

もう何十年が経つのにこの部屋だけはよく掃除がされている。きっとルノアが指示を出して定期的に掃除させているんだ。

あの事件の後から、ルノアはこの部屋へと通っていた。もちろん負傷した母親を見舞うためだ。だが……私はそれが出来なかった。
あんなに眩しくて輝いていた彼女が、まるで死人のように淀み醜くなってしまったライラを……私は受け止められる自信がなかった。

部屋の中を見渡せば、ベッドの上に何か置いてあるのを見つけた。

「日記……?」

分厚い茶色の本らしきそれを手に取る。最初のページをめくれば子供の落書きが沢山書いてある。

これは、ルノアの日記か。

読み進めていく内に段々と絵ばかりのページが、慣れない字で書かれた本来の日記へと変わっていく。

『きょうは、おかあさまとほんをよんだ』
『おかあさまはきょうもやさしい。だいすき』
『はやくおかあさまげんきになって』

どのページにもライラのことが書かれている。
きっとルノアはこの部屋で書いていたんだろう……ベッドで寝たきりのライラの側をずっと離れずに。

私はふと気になってしまった。

ライラが命を終えたあの日……一体ルノアは何を思っていたのだろう。
日をどんどん進め、目当てのページを開いた。

『お母さまがいなくなってしまった。
悲しい、すごく悲しい。お母さまは最後にわたしに言ってくれた。自由に生きなさいと。自由がなにかは分からない、でもお母さまは自由じゃなかったみたい』

自由。
その字を見てズキっと心が痛んだ。
今思えばルノアに自由などなかった。幼少から周りの誰よりも教養ある女性にすべく毎日厳しいレッスンをさせてきた。勉強もそうだ、頭の悪い女は次期王妃になれないからと家庭教師を何人もつけた。

『良い子じゃなくても愛する娘であることは変わらないでしょ?』

ある日、見かねたライラが言ってきたことがある。

もちろんそうだ。
だが親である私のために、ルノアには良い子に育って貰わなきゃ困る。そう言えばライラはいつも苦い顔をしそれ以上は何も言ってこなかった。

「………ん?」

パラパラとページを捲っていくと、少し経ってからまた日記が再開されているのに気付く。
滑らかな字体からルノアが成長してから綴ったのだろう。

それを読み進めていくうちに、私は言葉を失った。

『レイモンド様が今日もアーシャを抱いている。気持ち悪い。早く解放されたい』
『マリーはまた私からドレスを剥ぎ取った。私を征服して随分と気持ちよさそうにしている。最低だ』
『モーター先生がブライドにきつく当たった。彼は3日前たまたま私と会話しただけなのに……』

これは本当にルノアが書いたものなのか?
そこには愚痴や嫌味、そして不満が山のように記されていた。幸せな話など一つもなく、ルノアがいなくなる前日まで書かれている。

そしてどのページも最後は決まって"自由になりたい"という言葉で締められていた。そこだけ筆圧が強く、インクが滲んだものも見られる。

ルノアは誰よりも苦しんでいたんだ。
周りから慕われ、好かれ、尊敬されていた彼女は誰にも不満を言うことが出来ずにここまで生きてきた。唯一の吐き出す場所がこの日記……あの子は、聖母なんかじゃなかった。

「父親のくせに何故私は……っ!

『一体何を欲しがると言うんだっ!』

数時間前の自分の言葉に顔が青ざめていく。
ルノアが欲しかったもの、そんなのたった一つだけじゃないか。


『ようやく分かりましたか、お父様』


ふとルノアの笑った声が聞こえた。
パッと顔をあげても誰もいない。むしろ、窓の外は憎らしいほど青く澄んでいて……薄暗い部屋に残された私を嘲笑っているかのようだ。

「ルノア……っライラっ、戻ってきてくれ…っ!」

ようやく分かったんだ。分かったんだよ。
君たちの大切さに。尊さに。やっと気付いたんだ。
やり直すチャンスをくれ。
立派な旦那に、父親になれるチャンスを……っ!

「っぁ……たのむ、頼む……っ!」

彼女たちはもう戻ってこない。全部手遅れだ。

一人残された私が出来るのは今までを後悔することだけ。終わりのない懺悔を、たった一人でし続けるしかないのだ。
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