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13 父は後悔する

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私は全てを手に入れたはずだった。

始まりは10年以上前。
夜会で出会った今は亡き妻ライラを一目見た時、心の奥がドクンと大きく脈打ったのを覚えている。
息を呑むほど美しい彼女には沢山の人間が虜になっていた。当時王女だったアレグロ公爵夫人、騎士団長候補生だったクロッガー卿、多くの有権者が彼女の友人と知り、私の中の邪悪な部分が笑い出す。

純粋な彼女を誑かし、すぐに結婚に持ち込めた。

ライラは私を心から慕ってくれて、いつしか私も本当にライラの事を愛するようになった。
だからルノアが生まれるまでにそう時間はかからなかった。

ルノアは完璧だ。
その美しさも、賢さも、人に好かれるという天性の才能も持ち合わせている。

家族3人で過ごせればそれで充分だったのに……。
私の中の邪悪が、また笑い出したんだ。





*****

「何故だ……っなぜ見つからないっ?!」

届いた書類は全て金で雇った傭兵やゴロツキどもからの報告をまとめたものだ。
ルノア捜索からもう2ヶ月が経った。それなのに目撃情報が一つも出てこない。

「旦那様」
「うるさいっ!今考えごとをしてる最中だ!」

側に控える執事が口を挟んでくる。
くそっ!苛立ちが抑え切れない!最初は家出気分だろうと楽観視していたが、状況が状況なだけにそうもいかなくなった。

一番の痛手はマノン一派との取引中心だ。

取引は全てルノアが仕切り、私はただ勝手に入ってくるマージンを手にするだけだったのに。おかげで今まで他の貴族に流していた賄賂がなくなった。
しかもあのアレグロ公爵夫人にまで睨まれてしまえば……この世界で生きていけない。

全部、ルノアがいなくなったせいで……。

「おいっ!ルノアにかけた懸賞金の額を上げろ!人数も増やして捜索範囲を広めるんだっ!」
「それは出来ません、この家にはもう余分に配れる資金は残っておりませんから。それに王家からの支援金もストップしていますので……今までのような生活もお控えにならないと」

ああ、分かってるそんなこと。そんなのは分かってるんだよ。
だが何かに当たらないと気が済まないんだ。

「ルノア……」

どうしていなくなったんだ。
お前は今まで一度も反抗なんかしてこなかったじゃないか。

「何が不満だったんだ……どの家よりも綺麗に着飾ってやったし、何不自由ない暮らしをさせていたはずだ。この生活を捨ててまで一体何を欲しがると言うんだ……っ!」
「……お分かりになりませんか」
「何だと?ではお前は分かると言うのか?!」

哀れんだ執事を睨み付ける。

「私は奥様が生きておられた時からこのお屋敷にお仕えしております。お嬢様が心の底から笑った事など、一度もございませんよ」
「っ!」

そうだ……あの日からこの家はおかしくなった。




*****

『アーサー!私を騙してたのねっ?!』

ルノアが当時5歳の頃。
仕事をしていた私の元にライラは怒鳴り込んできた。

『嘘つきっ!!私の性格が好きだと言ったくせに!貴女は私の顔を利用するために近付いたのっ?!』
『ライラ、何故それを……』
『モーターが言ってたわ!ダリッジ伯爵は顔の良い娘を作るためにお前と結婚したんだって!じゃなきゃ身分の低い男爵令嬢を娶るはずないって!』

モーターという名前は一度聞いたことがある。
確か名家出身の男で教師をしていたはずだ。ライラの幼馴染であるクロッガー卿の友人だったと聞いたが……。

『ライラ、誤解だよ。私は本当に君を……』
『来ないでよ嘘つきっ!』

そう言ってライラは暖炉にくべたばかりの薪を手に取り、あろう事か自分の顔にそれを近づけた。

『らっ、ライラっ!馬鹿なことを!』
『この顔じゃなくても愛してくれるのよね?』
『あ、当たり前だ!だ、だがそれは……』

私は恐ろしかった。
裏切りを知ったライラがこんなにも狂ってしまうなんて思っていなかったんだ。

『い、良いじゃないか顔のことなんか!美しいことの何が悪いっ?!』
『……』
『結果としてルノアは王太子殿下の婚約者に選ばれた!この家だってあと一歩で侯爵に上がれるんだ、悪い事じゃないだろう?』

ライラは涙を流しながら私を見つめている。
分からない、何故彼女はこんなに怒っている?悲しんでいる?最初こそ騙しはしたが、今はちゃんと愛して……

『アーサー』
『な、なんだいっ?!』
『……ルノアにだけは、そんな悲しい運命を背負わせないでね』

ガチャリと扉が開く音がした。

『おかぁしゃまー?』

背伸びをして扉を押すルノアが見えた瞬間、ライラはとても美しい泣き顔で微笑んだ。

そして、彼女は燃えている薪を自らの顔へ押し付けたのだった。
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