13 / 17
12
しおりを挟む「……それで良い」
「え?」
「不器用で馬鹿なお前はそれだけ出来れば良いって言ったんだよ!」
エスカはケラケラと笑いながら俺の肩をバシンと叩く。……痛い。
「ダリッジ家のことは気にすんな。きっとアレグロ公爵夫人が圧力かけてくれるだろうし、何かすんならお前の父ちゃんが黙ってないだろ」
「……まぁな」
「お前はただお嬢を守れ。そんで幸せにしてやれ。じゃねぇと俺がお嬢を貰ってくからな!」
「それは困る」
「お、おいおい剣を抜くんじゃねぇ!」
あたふたするエスカ。なんだ、冗談か紛らわしい。
「まぁいいや!乾杯しよーぜ!輝かしい未来に!」
「……ああ」
ニッと笑うエスカに向かって俺はもう一度グラスを鳴らした。
*****
「遅くなってしまった……」
ようやく教会に着くが案の定、中は真っ暗だ。
この小さな教会には老いた神父とシスターが住んでいる。流石にあの人を残して出掛けたのは良くなかっただろうか……だが、我慢せずに行ってこいと送り出してくれたあの人に俺が逆らえるはずもない。
きっと寝てしまってるだろう、起こさないように……
「ハル」
澄んだ声が聞こえ、俺はピタッと足を止める。
声のする方を見れば古びたベンチに座る一人の女性。
「おかえりなさい」
にっこりと微笑むルノア様はひらひらと俺に向けて手を振った。
「どうして……」
「夜景を眺めていたの」
駆け寄りそっと手に触れれば、その小さな手は指の先までひんやりとしている。もしかして俺が戻るのを待っててくれたのだろうか。
自分の着ていたコートを脱ぎそっと肩にかけた。
「夜はまだ冷えます」
「ふふっ、ありがとう」
ふにゃっとした笑顔に体の力が抜けてしまう。
いつだってそうだ。
辛い訓練が終わった後も、この右目を馬鹿にされた時も、笑顔を見ればどんなに嫌な気分も晴れてしまう。
「ハル」
ルノア様はポンポンと自分の隣を軽く叩いた。
「隣、座って?」
「……」
令嬢の隣に軽々しく座れるほど騎士の身分は高くない。アレグロにいた時は隣に座るどころか軽々しく会話をする事だって出来なかったのに。
「私はもうダリッジ侯爵令嬢じゃない、でしょ?」
「……仰せのままに」
こう言われてしまえば断れない。
俺は少し距離を空けるようにしてベンチに座った。が、すかさず距離を詰めくるルノア様に焦ってしまう。近い、というか肩に頭が乗っている。
「流石にもう慣れた?」
「っ……慣れませんよ、貴女に触れられるのは」
「ふふっ、かわいい」
からかうように笑う姿にムッとしてしまう。
「エスカは元気そうだった?」
「はい。相変わらず忙しそうで……ルノア様に宜しくお伝えするよう言っていました」
「そう。働き者ねあの子は」
ルノア様は笑う。
「いつかちゃんとしたお礼をしなくちゃ」
ルノア様がいなくなった夜。
屋敷を抜け出したルノア様は俺と合流した後、マノン一派の行商に紛れ込みここまで逃げ切れた。しかもアレグロ公爵夫人直々に許可を出したという特別行商人というプレミア付きで。
「公爵夫人のおかげで城門の管理官たちに身体検査されずに国の外に出られた。公爵家のお墨付きとなればチェックも甘くなるもの」
「はい。それと事前に自警団の巡回経路を探っておいて良かったです」
「それはクロッガー団長にお礼をしなきゃ」
「……癪ですけど」
「そういうこと言わないの」
苦い顔をしてしまえばルノア様に怒られてしまった。
「おかげで今すごくスッキリしてる」
大きく深呼吸したルノア様は夜空を見上げながら少しだけ微笑んだ。
だがどこかその表情は寂しそうに見えて……
「心配ですか」
「え?」
「父君のことです」
そう言えば一瞬驚いたような顔をするが、すぐさまふぅとため息をつき笑った。
「本当に、ハルには何でもお見通しね」
「……」
「私ね、全部後悔はしてないの。レイモンド様のこともアーシャのことも、モーター先生やマリーを捕まえさせたことも」
「……はい」
「正直お父様のことは一番心が痛い。でも……私が一番憎い相手でもあるから」
手加減はしないけどね。
ルノア様は困ったように笑いながらそう言った。彼女の全てを知っているから……視線を逸らしてしまう。
「こんな性悪な私のこと、嫌いになった?」
「性悪?どこがですか」
「婚約者と友人の浮気を見過ごせなかった。慕ってくれた先生や信頼していた侍女を騎士団に売ったわ」
「そんなの全部彼らの自業自得だ、貴女が心を痛める必要はない。それに」
俺はそっとルノア様の頬に触れる。
「どんな貴女でも想い続けると誓いました。俺の気持ちはあれから何ひとつ変わっていません」
そうだ、何も変わらない。
俺の気持ちが揺らぐことなんてあり得ない。
「……ありがとう、ハル」
苦しそうだったルノア様の表情は、静かにいつもの穏やかなものへと戻っていった。
191
お気に入りに追加
5,114
あなたにおすすめの小説
離婚したらどうなるのか理解していない夫に、笑顔で離婚を告げました。
Mayoi
恋愛
実家の財政事情が悪化したことでマティルダは夫のクレイグに相談を持ち掛けた。
ところがクレイグは過剰に反応し、利用価値がなくなったからと離婚すると言い出した。
なぜ財政事情が悪化していたのか、マティルダの実家を失うことが何を意味するのか、クレイグは何も知らなかった。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?
君は、妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは、婚約中だが、彼は王都に住み、マリアは片田舎で遠いため、会ったことはなかった。でも、ある時、マリアは、妾の子であると、知られる。そんな娘は大事な子息とは、結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして、次の日には、迎えの馬車がやって来た。
両親からも婚約者からも愛されません
ララ
恋愛
妹が生まれたことで、私の生活は一変した。
両親からの愛を妹が独り占めをして、私はすっかり蚊帳の外となった。
そんな生活に終わりを告げるように婚約が決まるが……
愛しておりますわ、“婚約者”様[完]
ラララキヲ
恋愛
「リゼオン様、愛しておりますわ」
それはマリーナの口癖だった。
伯爵令嬢マリーナは婚約者である侯爵令息のリゼオンにいつも愛の言葉を伝える。
しかしリゼオンは伯爵家へと婿入りする事に最初から不満だった。だからマリーナなんかを愛していない。
リゼオンは学園で出会ったカレナ男爵令嬢と恋仲になり、自分に心酔しているマリーナを婚約破棄で脅してカレナを第2夫人として認めさせようと考えつく。
しかしその企みは婚約破棄をあっさりと受け入れたマリーナによって失敗に終わった。
焦ったリゼオンはマリーナに「俺を愛していると言っていただろう!?」と詰め寄るが……
◇テンプレ婚約破棄モノ。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
そんなに優しいメイドが恋しいなら、どうぞ彼女の元に行ってください。私は、弟達と幸せに暮らしますので。
木山楽斗
恋愛
アルムナ・メルスードは、レバデイン王国に暮らす公爵令嬢である。
彼女は、王国の第三王子であるスルーガと婚約していた。しかし、彼は自身に仕えているメイドに思いを寄せていた。
スルーガは、ことあるごとにメイドと比較して、アルムナを罵倒してくる。そんな日々に耐えられなくなったアルムナは、彼と婚約破棄することにした。
婚約破棄したアルムナは、義弟達の誰かと婚約することになった。新しい婚約者が見つからなかったため、身内と結ばれることになったのである。
父親の計らいで、選択権はアルムナに与えられた。こうして、アルムナは弟の内誰と婚約するか、悩むことになるのだった。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる