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「……それで良い」
「え?」
「不器用で馬鹿なお前はそれだけ出来れば良いって言ったんだよ!」

エスカはケラケラと笑いながら俺の肩をバシンと叩く。……痛い。

「ダリッジ家のことは気にすんな。きっとアレグロ公爵夫人が圧力かけてくれるだろうし、何かすんならお前の父ちゃんが黙ってないだろ」
「……まぁな」
「お前はただお嬢を守れ。そんで幸せにしてやれ。じゃねぇと俺がお嬢を貰ってくからな!」
「それは困る」
「お、おいおい剣を抜くんじゃねぇ!」

あたふたするエスカ。なんだ、冗談か紛らわしい。

「まぁいいや!乾杯しよーぜ!輝かしい未来に!」
「……ああ」

ニッと笑うエスカに向かって俺はもう一度グラスを鳴らした。





*****

「遅くなってしまった……」

ようやく教会に着くが案の定、中は真っ暗だ。

この小さな教会には老いた神父とシスターが住んでいる。流石にあの人を残して出掛けたのは良くなかっただろうか……だが、我慢せずに行ってこいと送り出してくれたあの人に俺が逆らえるはずもない。

きっと寝てしまってるだろう、起こさないように……

「ハル」

澄んだ声が聞こえ、俺はピタッと足を止める。
声のする方を見れば古びたベンチに座る一人の女性。

「おかえりなさい」

にっこりと微笑むルノア様はひらひらと俺に向けて手を振った。

「どうして……」
「夜景を眺めていたの」

駆け寄りそっと手に触れれば、その小さな手は指の先までひんやりとしている。もしかして俺が戻るのを待っててくれたのだろうか。
自分の着ていたコートを脱ぎそっと肩にかけた。

「夜はまだ冷えます」
「ふふっ、ありがとう」

ふにゃっとした笑顔に体の力が抜けてしまう。

いつだってそうだ。
辛い訓練が終わった後も、この右目を馬鹿にされた時も、笑顔を見ればどんなに嫌な気分も晴れてしまう。

「ハル」

ルノア様はポンポンと自分の隣を軽く叩いた。

「隣、座って?」
「……」

令嬢の隣に軽々しく座れるほど騎士の身分は高くない。アレグロにいた時は隣に座るどころか軽々しく会話をする事だって出来なかったのに。

「私はもうダリッジ侯爵令嬢じゃない、でしょ?」
「……仰せのままに」

こう言われてしまえば断れない。
俺は少し距離を空けるようにしてベンチに座った。が、すかさず距離を詰めくるルノア様に焦ってしまう。近い、というか肩に頭が乗っている。

「流石にもう慣れた?」
「っ……慣れませんよ、貴女に触れられるのは」
「ふふっ、かわいい」

からかうように笑う姿にムッとしてしまう。

「エスカは元気そうだった?」
「はい。相変わらず忙しそうで……ルノア様に宜しくお伝えするよう言っていました」
「そう。働き者ねあの子は」

ルノア様は笑う。

「いつかちゃんとしたお礼をしなくちゃ」

ルノア様がいなくなった夜。
屋敷を抜け出したルノア様は俺と合流した後、マノン一派の行商に紛れ込みここまで逃げ切れた。しかもアレグロ公爵夫人直々に許可を出したという特別行商人というプレミア付きで。

「公爵夫人のおかげで城門の管理官たちに身体検査されずに国の外に出られた。公爵家のお墨付きとなればチェックも甘くなるもの」
「はい。それと事前に自警団の巡回経路を探っておいて良かったです」
「それはクロッガー団長にお礼をしなきゃ」
「……癪ですけど」
「そういうこと言わないの」

苦い顔をしてしまえばルノア様に怒られてしまった。

「おかげで今すごくスッキリしてる」

大きく深呼吸したルノア様は夜空を見上げながら少しだけ微笑んだ。
だがどこかその表情は寂しそうに見えて……

「心配ですか」
「え?」
「父君のことです」

そう言えば一瞬驚いたような顔をするが、すぐさまふぅとため息をつき笑った。

「本当に、ハルには何でもお見通しね」
「……」
「私ね、全部後悔はしてないの。レイモンド様のこともアーシャのことも、モーター先生やマリーを捕まえさせたことも」
「……はい」
「正直お父様のことは一番心が痛い。でも……私が一番憎い相手でもあるから」

手加減はしないけどね。
ルノア様は困ったように笑いながらそう言った。彼女の全てを知っているから……視線を逸らしてしまう。

「こんな性悪な私のこと、嫌いになった?」
「性悪?どこがですか」
「婚約者と友人の浮気を見過ごせなかった。慕ってくれた先生や信頼していた侍女を騎士団に売ったわ」
「そんなの全部彼らの自業自得だ、貴女が心を痛める必要はない。それに」

俺はそっとルノア様の頬に触れる。

「どんな貴女でも想い続けると誓いました。俺の気持ちはあれから何ひとつ変わっていません」

そうだ、何も変わらない。
俺の気持ちが揺らぐことなんてあり得ない。

「……ありがとう、ハル」

苦しそうだったルノア様の表情は、静かにいつもの穏やかなものへと戻っていった。
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