上 下
12 / 17

11 騎士はただ想う

しおりを挟む

いつからだろうか。

小さかったあの人が自分よりも逞しく、頼りになる存在になってしまったのは。

『忘れないでハル。いつでも貴方を想ってるわ』

別れ際、貴女は俺を安心させるように何度もそう言うのがクセだった。でもその反面、何も出来ない自分が腹立たしくて大嫌いだった。
孤児で、弱くて、泣き虫だった俺を、あの人はいつも温かい笑顔で包んでくれる。

あれからもう10年以上は経った。

身長はとうの昔に越し、細い線だった体格は父親の鍛錬のおかげで逞しく育った。

ルノア様、今度は俺が貴女を守る番だ。





*****


「そんじゃあ兄ちゃんアレグロから来たのかい?」

がやがやと騒がしい夜の酒場。
ここにいる連中は仕事終わりに酒を飲みに来た男どもと、そんな彼らを楽しませる踊り子の女たちで賑わっていた。

アレグロ王国の隣に位置する国。
ここは旅人たちが立ち寄る港町として有名だ。

「アレグロといやぁ今話題のお家騒動があった国じゃねぇか!ほらあれ、王子様が他の女とデキちまって王家から追い出されたっていう、あの!」
「馬鹿だなオメェ!デキたんじゃねぇよ、何だっけ?そっちが本命だったんだっけ?」
「違うわよぉ、女が騙して慰謝料を……」

酔っ払いたちは好き勝手に話し出す。
どつやら真相はまだこの国に伝わっていないらしい。

「ひょっとしてアンタのその右目、まさか女にやられたんじゃねェだろうなァ?」

客の一人が俺の顔を指差して笑う。

「眼帯までするなんてよっぽどじゃねぇか!え、どんなにいい女なんだい?!」
「いや、これは……」
「えぇーかわいそぉ!お姉さんが慰めてあげる!」

慣れない絡みにあたふたとしてしまう。
どうしよう、この場から離れた方が……

「悪ぃな、ハル」

背後から名前を呼ばれ、振り返り見慣れた男に少しだけホッとした。

「エスカ」
「いやぁここに来るまでに仕事が入っちまったんだ」
「問題ない」
「おっ!これが兄ちゃんの待ち人かい?!」
「何だよ男かよぉ」

酔っ払いたちはやって来たエスカを見て騒ぎ出す。

「やだぁ!黒髪のお兄さんもイイけど今来たお兄さんもカッコいいねぇ!」
「ハハッ!ありがと♪」
「何だオメェら、俺らを冷やかしに来たのかよォ」
「まぁそう言わないでよ旦那ァ、今日はここにいる全員奢っちゃうからさ」
「ほ、ホントかよっ?!」
「よっしゃーー!!おい、酒持ってこいっ!」

 エスカがそう言うと酒場にいた酔っ払いたちは歓喜の声を上げどんちゃん騒ぎを再開した。

「ハル、今のうちに出よう」
「いいのか?」
「ああ。ここじゃ落ち着いて話も出来ねぇよ」

エスカはニカっと笑うと酒場を出て行った。


エスカ=マノンは商家の息子だ。
俺よりも若い年齢だが自身の運営する商会をアレグロ王国一に成長させた実績がある。更に、各国にも手広く進出しておりその名はマノン一派として知れ渡っていた。

エスカに案内されたのはさっきの酒場とは違う、静かで落ち着いたら場所。客らしき姿はどこにもなくカウンターの向こうに店主が一人いるだけだった。

「で、お嬢は」

席につくなりエスカは言う。

「お前ら今どこにいんの」
「……市街から離れた教会で今夜は泊まる予定だ。国を出る時にルストゥーバの司教が紹介状を書いて下さった」
「何だよ、言ってくれりゃ宿を用意したのに」
「そこまで迷惑をかける訳にはいかないとの指示だ」
「さすがお嬢だねぇ」

エスカは楽しそうに笑った。

「仮にダリッジ侯爵が捜索隊を出してもこの国に来るのは1週間後、まぁそれも長くは続かねぇと思うよ」
「……取引、解消したのか?」
「もちろん♪」

店主が持ってきた酒をエスカは躊躇うことなくクビっと飲み干した。
ダリッジ家の財源はマノン一派からのマージンが半分を締めている。ただの伯爵家が侯爵までのし上がれたのは、あの人が王家と婚約を結んだこととこの資金があってこそだった。それが無くなったということは……

「侯爵は死に物狂いで探すだろうな」
「多分な。あのオッサン、無能なくせにそういうずる賢さだけは天下一品だからな。まぁ俺らは別に侯爵家の後ろ盾がなくてもやってけるし」

ケラケラ笑うエスカに苦笑する。

マノン一派は今や大商会になった。その顔の広さがあれば侯爵家がいなくとも問題はないだろう。

「で、お前は?」
「……俺?」
「お嬢をどうするつもりだ?」

エスカの目が鋭くなる。
ヘラヘラして見せてもこいつもあの人を慕っている。答えようによっては今この場で殴られてもおかしくないだろう、

慣れない酒をグッと飲み、真っ直ぐエスカを見る。

「俺のやることは今も昔も変わらない。信じて守る、それだけだ」
しおりを挟む
感想 120

あなたにおすすめの小説

虐げられていた姉はひと月後には幸せになります~全てを奪ってきた妹やそんな妹を溺愛する両親や元婚約者には負けませんが何か?~

***あかしえ
恋愛
「どうしてお姉様はそんなひどいことを仰るの?!」 妹ベディは今日も、大きなまるい瞳に涙をためて私に喧嘩を売ってきます。 「そうだぞ、リュドミラ!君は、なぜそんな冷たいことをこんなかわいいベディに言えるんだ!」 元婚約者や家族がそうやって妹を甘やかしてきたからです。 両親は反省してくれたようですが、妹の更生には至っていません! あとひと月でこの地をはなれ結婚する私には時間がありません。 他人に迷惑をかける前に、この妹をなんとかしなくては! 「結婚!?どういうことだ!」って・・・元婚約者がうるさいのですがなにが「どういうこと」なのですか? あなたにはもう関係のない話ですが? 妹は公爵令嬢の婚約者にまで手を出している様子!ああもうっ本当に面倒ばかり!! ですが公爵令嬢様、あなたの所業もちょぉっと問題ありそうですね? 私、いろいろ調べさせていただいたんですよ? あと、人の婚約者に色目を使うのやめてもらっていいですか? ・・・××しますよ?

ここはあなたの家ではありません

風見ゆうみ
恋愛
「明日からミノスラード伯爵邸に住んでくれ」 婚約者にそう言われ、ミノスラード伯爵邸に行ってみたはいいものの、婚約者のケサス様は弟のランドリュー様に家督を譲渡し、子爵家の令嬢と駆け落ちしていた。 わたくしを家に呼んだのは、捨てられた令嬢として惨めな思いをさせるためだった。 実家から追い出されていたわたくしは、ランドリュー様の婚約者としてミノスラード伯爵邸で暮らし始める。 そんなある日、駆け落ちした令嬢と破局したケサス様から家に戻りたいと連絡があり―― そんな人を家に入れてあげる必要はないわよね? ※誤字脱字など見直しているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

妹が嫌がっているからと婚約破棄したではありませんか。それで路頭に迷ったと言われても困ります。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるラナーシャは、妹同伴で挨拶をしに来た婚約者に驚くことになった。 事前に知らされていなかったことであるため、面食らうことになったのである。 しかもその妹は、態度が悪かった。明らかにラナーシャに対して、敵意を抱いていたのだ。 だがそれでも、ラナーシャは彼女を受け入れた。父親がもたらしてくれた婚約を破談してはならないと、彼女は思っていたのだ。 しかしそんな彼女の思いは二人に裏切られることになる。婚約者は、妹が嫌がっているからという理由で、婚約破棄を言い渡してきたのだ。 呆気に取られていたラナーシャだったが、二人の意思は固かった。 婚約は敢え無く破談となってしまったのだ。 その事実に、ラナーシャの両親は憤っていた。 故に相手の伯爵家に抗議した所、既に処分がなされているという返答が返ってきた。 ラナーシャの元婚約者と妹は、伯爵家を追い出されていたのである。 程なくして、ラナーシャの元に件の二人がやって来た。 典型的な貴族であった二人は、家を追い出されてどうしていいかわからず、あろうことかラナーシャのことを頼ってきたのだ。 ラナーシャにそんな二人を助ける義理はなかった。 彼女は二人を追い返して、事なきを得たのだった。

そう言うと思ってた

mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。 ※いつものように視点がバラバラします。

婚約破棄宣言は別の場所で改めてお願いします

結城芙由奈 
恋愛
【どうやら私は婚約者に相当嫌われているらしい】 「おい!もうお前のような女はうんざりだ!今日こそ婚約破棄させて貰うぞ!」 私は今日も婚約者の王子様から婚約破棄宣言をされる。受け入れてもいいですが…どうせなら、然るべき場所で宣言して頂けますか? ※ 他サイトでも掲載しています

君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。

みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。 マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。 そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。 ※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓

穏便に婚約解消する予定がざまぁすることになりました

よーこ
恋愛
ずっと好きだった婚約者が、他の人に恋していることに気付いたから、悲しくて辛いけれども婚約解消をすることを決意し、その提案を婚約者に伝えた。 そうしたら、婚約解消するつもりはないって言うんです。 わたくしとは政略結婚をして、恋する人は愛人にして囲うとか、悪びれることなく言うんです。 ちょっと酷くありません? 当然、ざまぁすることになりますわね!

【完結】真面目だけが取り柄の地味で従順な女はもうやめますね

祈璃
恋愛
「結婚相手としては、ああいうのがいいんだよ。真面目だけが取り柄の、地味で従順な女が」 婚約者のエイデンが自分の陰口を言っているのを偶然聞いてしまったサンドラ。 ショックを受けたサンドラが中庭で泣いていると、そこに公爵令嬢であるマチルダが偶然やってくる。 その後、マチルダの助けと従兄弟のユーリスの後押しを受けたサンドラは、新しい自分へと生まれ変わることを決意した。 「あなたの結婚相手に相応しくなくなってごめんなさいね。申し訳ないから、あなたの望み通り婚約は解消してあげるわ」  ***** 全18話。 過剰なざまぁはありません。

処理中です...