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9 公爵夫人は微笑む
しおりを挟むああ、なんて退屈な時間かしら。
「……ということで、レイモンド様は命には別条はないものの太腿の神経を酷く損傷してしまい、今までのように歩くことは困難だそうです」
報告に来た従者を無視してティーカップを持ちながら窓の外をぼんやりと眺める。外は少し雨が降ってて……あぁ、明日のお茶会は中止にしようかしら。
「奥様?」
「あらごめんなさい。続けてちょうだい」
「はっ!今は例の子爵令嬢と一緒に街の安宿で過ごしております。町医者もそう何度も呼べる状況ではありませんが……」
まぁ、なんて悪運が強いのかしら。
我が甥ながらあの子はどうにも頭が弱いのよねぇ。
甥っ子のレイモンドは王家を追い出された。
その原因は婚約者への裏切り。あのダリッジ侯爵令嬢を出し抜きどこぞの子爵令嬢に手を出したらしい。
「馬鹿な子よねぇ、手順よく進めればここまで追い詰められなかったでしょうに」
「………」
「そうでしょ?ダリッジ侯爵」
私の側に立つ男、ダリッジ侯爵は何も言わず私の前に立っていた。突然私の元を訪れたこの男はずっと怖い顔で睨んでくる。
「……今日、王国騎士団がうちの侍女を一人逮捕しました。告発人はルノアで、貴女から頂いたブローチが捜査の決め手になったそうですよ」
「あらそう」
仕事が早いのねぇマルクスは。
自身の子飼いである王国騎士団は思ってた以上に優秀らしい。今度会ったときには何かご褒美をあげないと。
「わざわざそれを報告しに来てくれたの?律儀ね」
「……ルノアはどこです?」
「何のことかしら」
そう言えば侯爵の目つきがもっと鋭くなる。
この場には何も分かってない従者がいるのに、そんなこと忘れてしまうくらい必死なのね。
「もう下がっていいわ、報告ご苦労様」
「……あっ、はいっ!」
強引に従者を退室させれば、侯爵はますます私を睨みつけてきた。
私はテーブルのカップにお茶を淹れ直す。この茶葉、とってもいい匂い……さすがあの子が持ってきただけあってセンスがいいわ。
「貴方もどう?何でもマノン商会から取り寄せた希少な茶葉らしくてね……」
「そんな世間話をするためにここへ来たのではない。ルノアはどこですか?」
歯を食いしばるように言う侯爵。
やれやれ、ここは私の屋敷よ?ことを荒立てれば間違いなく不利になるのは貴方でしょうに……まぁしょうがないわね。
「知らないわ」
「っ嘘だ!自警団がうろつくこの国で目撃情報が上がらないなんて、貴女の力が働いてるとしか思えない」
「ホントよ、私は知らない」
「ふざけるなっ!私の娘を返せぇっ!」
段々と冷静さを失っていく侯爵。私はスッと目を細め彼を見つめてやった。
「私の娘?随分と子供思いの父親を演じてるのね」
「……」
「散々ルノアを放っておいて、居なくなった途端いい父親振るの?ホント貴方って性根が腐ってるのね」
気分が悪いわ。
そう加えて言ってやれば侯爵はばつが悪そうに視線を逸らした。
「全く、坊やがそんなんだからあの子はいなくなったのよ?」
「なっ……わ、私は、父として当然のことを」
「じゃあ父としてあの子を守ってると言えるの?今日の件だって全部あの子が一人で解決したんじゃない」
寝ぼけたことを言う侯爵にピシャリと言ってやる。
「浮気を続けていた婚約者とその相手である子爵令嬢を片付けたのもあの子、自身を崇め犯罪を繰り返すストーカー男や幼少から縛り続けた侍女を逮捕させたのもあの子。結局、ルノアは自分で自分を助けただけでしょ?」
それなのによくもまぁ守ってるだなんて言えるわね。
「私は……今度こそ、守ると誓って……」
苦しそうに呟くダリッジに呆れてしまう。
この男、被害妄想なところは昔から変わらないわね。
「レイモンドが廃嫡された以上、その婚約者であるルノアの捜索に王国騎士団を動かす訳には行かないわ。当てにせず自力でなんとかしなさい」
シッシッと手で払ってやると侯爵は下を向き悔しそうに震え、しばらくしてから部屋を出て行った。
アーサー=ダリッジは元々伯爵家の人間だった。
割と整った顔と回転の早い頭を生まれ持った彼は人一倍野心が強く、娘のルノアを王家に嫁がせることでその爵位を侯爵へと引き上げたのだ。
そして過去に大きな罪を犯した。
そうだわ、あの時も坊やはあんな顔をしてたわね。
とにかく、今回だって世間からは娘を突然失った可哀想な父親ということになっているけど、果たして本心は如何なものかしら……。
テーブルの上に置いてあるベルをチリンと鳴らせば、すかさず部屋に従者が入ってきた。
「お呼びでございますか、奥様」
「マルクスを呼んでちょうだい」
「はっ!」
さてさて、ダリッジとは正反対のあの坊やはどうするつもりかしら。
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