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『おい、いつもジロジロ見てきて気味が悪いんだよ』

私たちの関係が始まったきっかけはダリッジ侯爵家主催のパーティーだ。
それまではルノアの隣で見つめることしか出来なかった彼。悪態だったとしてもすごく嬉しかったの、だって王太子様が私みたいな女に声をかけて下さるなんて思ってもみなかったから……。

レイモンド様は私の好意につけ込み身体だけを求めるようになった。
ほんとにズルくて酷い男、それでも嬉しかった。

ルノアには悪いと思ってても、優越感の方が何倍も強かった。綺麗なあの子に勝った気がして……。

大丈夫、ルノアならきっと許してくれる。
賢くて優しいあの子なら、親友である私を許してくれるはず。そう、絶対に大丈夫。
私は心の中で何度も自分に言い聞かせてきた。

それなのに……




バキッ!

家に戻った私は、お父様と顔を合わせるなり突然顔を殴られた。

「お前はなんてことをしてくれたんだっ!」

お父様の怒鳴り声に侍女たちは悲鳴をあげる。私は床に倒れ込みながら顔を上げた。

「お父様……」
「黙れっ!父などと呼ぶな汚らわしいっ!」

必死に伸ばした手を振り払われる。

「あぁ……最悪だ、もうおしまいだっ!お前がルノア様と友人だというから社交場でも鼻高々でいられたのに……明日からどんな顔をして街を歩けば良いんだっ!」

頭を抱えながらソファーに座り直すお父様。側にいるお母様は私のことを一切見ようとせず、慰めるようにお父様の肩を抱いた。
重い雰囲気に耐えきれず、私は下を俯きながら口を開いた。

「……ルノアを、探してくるわ」
「……何だと?」
「る、ルノアを見つけて、ゆ、許してもらうの」

……そうよ。
確かに私は悪いことをした。でも、被害者であるルノアが許してくれれば全てが上手くいく。

「あ、あの子は優しいからきっと許してくれる!そ、そしたらまたいつも通りに……」
「お前は何も分かっていないんだな」
「へ?」

お父様は吐き捨てるように呟いた。お母様も、蔑むやうな冷たい視線で私を睨みつけてくる。

「な、何でっ?だってルノアが許してくれれば」
「これはもうお前たちだけの問題じゃないんだよ。ルノア様が許したところで、たちが黙っちゃいない!」
「あ、あの方って……」
「国王陛下の妹君であるアレグロ公爵夫人、それに王国騎士団団長のクロッガー卿、大商家のマノン一派……多くの有権者が彼女の後ろ盾になっている。そんな彼らがルノア様を傷つけたお前たちを許すと思うのか」

地鳴りのような低い声にビクッと肩が跳ねた。
その名はどれも有名な名前で、一介の子爵令嬢である私がどうこう出来る相手じゃない。

「本当なら今すぐこの国を出て身分を隠し細々と生きるのが最善だ。だが、国王陛下はそれをお許しにならなかった」

お父様の言葉にサァっと血の気が引いていった。
そうだ、国王陛下はレイモンド様と結婚し平民として暮らせと仰った。
それってつまり……

「周りから向けられる白い目に耐えながら生きていけ、そういう意図だろう」
「そ、んな……っ」

貴族の世界なら多少の常識はある。
でも平民になったら?手を出してはいけないなんて、そんな話が通用する?
ここに来て私はようやく全てを理解した。

「い、いやっ!嫌よっ!平民になりたくない……れ、レイモンド様と結婚したくない……っ!」
「もう何もかもが遅い」
「た、助けてっ!ねぇ、お願いよお父様っ!お母様っ!わ、私はただレイモンド様に憧れていただけでっ!ま、まさかこんなことになるなんて思ってなかったの!」
「うるさいっ!」

縋りつこうとすれば腕を振り払われた。

「アーシャ、お前にとってルノア様は何だ?自分を甘やかすだけの存在か?都合の良い金づるか?」
「ち、違っ……!」
「お前はいつまでも被害者ぶっているが一番お辛いのは、苦しいのはルノア様だ。……おい」

涙でぐしゃぐしゃになった私にお父様が声を掛ければ、お母様は部屋の隅に置いてあった鞄を手に取り私の前にそれを置いた。

「……少しのお金と食料が入ってるわ。あとは自分たちで何とかしなさい」
「お母様っ!」
「……ごめんね、ちゃんと育ててあげられなくて」

お母様は絞り出すように言った後、逃げるように部屋から出て行った。一度も振り返らずに。

「……しっかりと罪を償いなさい」
「っ!ま、待ってお父様っ!いかないでっ!」

お父様も部屋から出て行く。
気付けば部屋には私一人。誰もいない部屋を見渡しながら、何もかも失ってしまったのだと私は気付いた。


ねぇルノア、今、どこにいるの。

ルノアなら……優しくて大好きなルノアなら、こんな惨めで可哀想な私を許してくれるよね?
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