4 / 17
3 子爵令嬢は失う
しおりを挟む彼女は完璧な人、まさに"高嶺の花"
ルノア=ダリッジ侯爵令嬢。
よく手入れされた長い金髪と澄んだ青い瞳、傷ひとつない白い肌に清廉さが溢れる佇まい。
どこに行っても彼女はみんなの視線を集めていた。
それに比べて私は……
『あら?アーシャったらまたそばかすが増えた?』
『ちゃーんとお手入れしなきゃダメよぉ?』
『君は顔さえ見なきゃいい女なんだがなぁ』
『付き合えないよ、スキモノだと思われるだろ』
友達になってくれる令嬢なんかいなかったし、私が良いと言ってくれる殿方もいなかった。なのに……
『アーシャ、いい名前ね。これからよろしく』
あの瞬間、私の世界はキラキラと光りだしたの。
「離せぇっ、はなせぇえええ!」
今、私の目の前で叫んでいるのはこの国の王子様。
美しい顔を歪ませながら暴れる姿は、さっきまで威厳に溢れていたレイモンド様とは似ても似つかない。
引き摺られるようにして部屋から出される時、扉近くで立っている私とすれ違う。
「お前のせいだっ!アーシャっ!お前のっ!」
「……レイモンド、さま」
「お前のような底辺の女、私に抱かれるだけでも褒美だというのにっ!お前なんかのせいでこの私が、わたしの人生が台無しだぁっ!」
酷く暴れるので衛兵さんたちの足が止まる。
「アーシャ!おいっ聞いてるのかっ!この不細工!」
私に罵詈雑言を投げつける彼から視線を逸らす。
「……さっさと連れて行け」
国王陛下の冷たい言葉をきっかけに、再び衛兵さんたちはレイモンド様を引き摺り歩き出す。
「許さない、ゆるさないゆるさないっ!」
退室した後もレイモンド様のお声はここまで聞こえていた。それでも……私にはどうすることも出来ない。
「キンダル子爵令嬢」
「っ……はい」
「王の前まで来なさい」
「………は、い」
体も声も震えてしまう。
私みたいな子爵家の娘が、国王陛下の御前に姿を見せることなんてまずあり得ない。
初めてお顔を拝見する国王陛下はレイモンド様とよく似たお姿だった。ただレイモンド様とは違い、その目は鋭くて怖い。何も言わなくても空気で感じ取れた。
陛下は、怒ってるんだ。
「あ……ぁ、っ」
「アーシャ=キンダル、そなたに王令を下す。廃嫡されたレイモンドと籍を入れ平民として暮らせ。ただし、キンダル子爵家との関わりを今後一切認めない」
書状を読み上げるように淡々と告げられる。
レイモンド様が廃嫡?それに私は家を出て結婚?何もかもが分からないけど……
「話は以上だ」
「おっ……お待ち下さい、陛下」
声を掛ければ周りに控える家臣らしき男の人たちが身構える。当然、身分の低い私から陛下に声を掛けるなんて御法度。それでもなりふり構わず私は前を向いた。
「は、発言の許可を……おねがい、します」
「……良いだろう」
ホッと胸を撫で下ろした。
ふぅと小さく息を吐きもう一度顔を上げる。
「れ、レイモンド様の廃嫡を、お考え直していただけないでしょうか」
「ほぉ……」
「わ、わ、わたくしなんかのせいでレイモンド様がお立場をなくされる必要はありませんっ!全てはわたくしが悪いのです……あの方は、悪くありません…」
涙が溢れてくる。そう、全部私が悪いのだ。
あの方はこんな醜い私を拾って下さった。もちろん本命にはなれなかったけど……それでも、身体だけでも愛してくれた。
私が……レイモンド様を、守らなきゃ!
「……では、全てはお前が悪いと」
「そうでございます」
「で?」
「え……?」
「それで?」
それで?
陛下は私を見下ろしながら吐き捨てた。
「全ての責任がお前にあるとして、だからどうすると言うのだ」
「ど、どうする……とは、えっと」
「察しの悪い女だな。お前がこの責任をどう取れる、そう尋ねているのだ」
「せ、責任ですか?」
これは陛下からのチャンスだ。返答によってはお咎めなしかもしれない。
考えなきゃ、私が取れる"責任"を。
「し、子爵家を出ますっ!」
「それでは足りん」
「き、キンダル家の資産を全て王家に!」
「貴様は私を馬鹿にしてるのか?」
ビクッと肩が震えてしまう。
あとは何?!何が出来る?!私が出来ることなんて……
「そうだ。お前に出来ることなんて何もない」
「っ!」
「責任を取るだと?世迷言を!」
ガタンと音を立て椅子から立ち上がる国王陛下。カツカツと音を立て私の前に立ち、そしてグッと顔を近づけて来た。
蛇に睨まれた蛙のように、指一本も動かせない。
「お前が出来ることはたった一つ。ルノア嬢への懺悔をしながら、あの馬鹿者と共に潔く散れ」
501
お気に入りに追加
5,227
あなたにおすすめの小説

他の人を好きになったあなたを、私は愛することができません
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私シーラの婚約者レヴォク第二王子が、伯爵令嬢ソフィーを好きになった。
第三王子ゼロアから聞いていたけど、私はレヴォクを信じてしまった。
その結果レヴォクに協力した国王に冤罪をかけられて、私は婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。
追放された私は他国に行き、数日後ゼロアと再会する。
ゼロアは私を追放した国王を嫌い、国を捨てたようだ。
私はゼロアと新しい生活を送って――元婚約者レヴォクは、後悔することとなる。

悪いのは全て妹なのに、婚約者は私を捨てるようです
天宮有
恋愛
伯爵令嬢シンディの妹デーリカは、様々な人に迷惑をかけていた。
デーリカはシンディが迷惑をかけていると言い出して、婚約者のオリドスはデーリカの発言を信じてしまう。
オリドスはシンディとの婚約を破棄して、デーリカと婚約したいようだ。
婚約破棄を言い渡されたシンディは、家を捨てようとしていた。

婚約者を奪われた私が悪者扱いされたので、これから何が起きても知りません
天宮有
恋愛
子爵令嬢の私カルラは、妹のミーファに婚約者ザノークを奪われてしまう。
ミーファは全てカルラが悪いと言い出し、束縛侯爵で有名なリックと婚約させたいようだ。
屋敷を追い出されそうになって、私がいなければ領地が大変なことになると説明する。
家族は信じようとしないから――これから何が起きても、私は知りません。

【完結】私ではなく義妹を選んだ婚約者様
水月 潮
恋愛
セリーヌ・ヴォクレール伯爵令嬢はイアン・クレマン子爵令息と婚約している。
セリーヌは留学から帰国した翌日、イアンからセリーヌと婚約解消して、セリーヌの義妹のミリィと新たに婚約すると告げられる。
セリーヌが外国に短期留学で留守にしている間、彼らは接触し、二人の間には子までいるそうだ。
セリーヌの父もミリィの母もミリィとイアンが婚約することに大賛成で、二人でヴォクレール伯爵家を盛り立てて欲しいとのこと。
お父様、あなたお忘れなの? ヴォクレール伯爵家は亡くなった私のお母様の実家であり、お父様、ひいてはミリィには伯爵家に関する権利なんて何一つないことを。
※設定は緩いので、物語としてお楽しみ頂けたらと思います
※最終話まで執筆済み
完結保証です
*HOTランキング10位↑到達(2021.6.30)
感謝です*.*
HOTランキング2位(2021.7.1)

【完結】真面目だけが取り柄の地味で従順な女はもうやめますね
祈璃
恋愛
「結婚相手としては、ああいうのがいいんだよ。真面目だけが取り柄の、地味で従順な女が」
婚約者のエイデンが自分の陰口を言っているのを偶然聞いてしまったサンドラ。
ショックを受けたサンドラが中庭で泣いていると、そこに公爵令嬢であるマチルダが偶然やってくる。
その後、マチルダの助けと従兄弟のユーリスの後押しを受けたサンドラは、新しい自分へと生まれ変わることを決意した。
「あなたの結婚相手に相応しくなくなってごめんなさいね。申し訳ないから、あなたの望み通り婚約は解消してあげるわ」
*****
全18話。
過剰なざまぁはありません。

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

【完結】婚約破棄? 正気ですか?
ハリネズミ
恋愛
「すまない。ヘレンの事を好きになってしまったんだ。」
「お姉様ならわかってくれますよね?」
侯爵令嬢、イザベル=ステュアートは家族で参加したパーティで突如婚約者の王子に告げられた婚約破棄の言葉に絶句した。
甘やかされて育った妹とは対称的に幼い頃から王子に相応しい淑女に、と厳しい教育を施され、母親の思うように動かなければ罵倒され、手をあげられるような生活にもきっと家族のために、と耐えてきた。
いつの間にか表情を失って、『氷結令嬢』と呼ばれるようになっても。
それなのに、平然と婚約者を奪う妹とそれをさも当然のように扱う家族、悪びれない王子にイザベルは怒りを通り越して呆れてしまった。
「婚約破棄? 正気ですか?」
そんな言葉も虚しく、家族はイザベルの言葉を気にかけない。
しかも、家族は勝手に代わりの縁談まで用意したという。それも『氷の公爵』と呼ばれ、社交の場にも顔を出さないような相手と。
「は? なんでそんな相手と? お飾りの婚約者でいい? そうですかわかりました。もう知りませんからね」
もう家族のことなんか気にしない! 私は好きに幸せに生きるんだ!
って……あれ? 氷の公爵の様子が……?
※ゆるふわ設定です。主人公は吹っ切れたので婚約解消以降は背景の割にポジティブです。
※元婚約者と家族の元から離れて主人公が新しい婚約者と幸せに暮らすお話です!
※一旦完結しました! これからはちょこちょこ番外編をあげていきます!
※ホットランキング94位ありがとうございます!
※ホットランキング15位ありがとうございます!
※第二章完結致しました! 番外編数話を投稿した後、本当にお終いにしようと思ってます!
※感想でご指摘頂いたため、ネタバレ防止の観点から登場人物紹介を1番最後にしました!
※完結致しました!

婚約者から妾になれと言われた私は、婚約を破棄することにしました
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私エミリーは、婚約者のアシェル王子に「妾になれ」と言われてしまう。
アシェルは子爵令嬢のキアラを好きになったようで、妾になる原因を私のせいにしたいようだ。
もうアシェルと関わりたくない私は、妾にならず婚約破棄しようと決意していた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる