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1 王太子は嘆く
しおりを挟む私は幸運な男だ。
それはアレグロ王国の王太子として生まれたことではなく、母上に似た美しい容姿を持ったことではない。
侯爵令嬢ルノア=ダリッジと結婚できることだ。
アレグロの聖母と名高い彼女。
男どもは美しい彼女を称賛し、女たちは清く正しい彼女に尊敬の目を向ける。
どんな時も穏やかな彼女はまさに天使だった。
だから私も彼女に好かれるために必死だった。
彼女のためなら湯水のように金を使う。最新作のドレス、希少価値の高い宝石、予約の取れない人気パティスリーのケーキ、ありとあらゆる物を彼女にプレゼントし得点稼ぎをしたものだ。
こんなに私を夢中にさせたのもルノアだけ。
そう、ルノアのためなら私は…………
「お、おい……今、なんと言った…?」
「は、はっ!で、ですから、その、ダリッジ侯爵令嬢が……ゆ、行方不明にっなりまして!」
朝一番、部屋に飛び込んできた執事はまだベッドに入ったままの私に向かってそう言う。
ダリッジ侯爵令嬢、今こいつはそう言ったのか?
「け、今朝侯爵家より連絡がありましてっ!その、ご令嬢が朝から姿を見せないと……」
「そんな報告はどうでもいいっ!」
「ひぃいっ!」
怒鳴りつけてやれば執事は軽く悲鳴をあげる。
「ルノアはどこにいるっ?!彼女は……」
「じ、自警団が市中を探し回っているそうですが、い、一向に連絡はなくっ!あ、あの!」
「もういいっ!お前じゃ話にならんっ!」
終始しどろもどろの執事に枕を投げつけた。
ふんっ!無能なやつめ!
私は側にかけてあるバスローブをすぐさま羽織る。自警団だけでは頼りない、父上に頼んで王国の騎士団たちも総動員して……
「んっ……レイモンドさま?」
ふと隣から甘ったるい声が聞こえる。
私はそれに視線をやることなく支度を進めた。
「どちらにいかれるのですか?」
「……ちっ!黙っていろアーシャ」
隣で寝ていた女はシーツで身体を隠しながら親しげに私に声かけてきた。
ルノアとは天と地ほど違う地味な女、そのそばかすだらけの顔を見ているだけで気分が悪くなる。
「あ、あの、今、ルノアがいなくなったって……」
ぼそぼそと喋るアーシャにもう一度舌打ちをする。
「聞こえなかったか?王太子である私が黙っていろと言ったんだが?アーシャ=キンダル子爵令嬢」
「っ……申し訳ございません、殿下」
「勘違いするなよアーシャ、お前などルノアが手に入るまでの性欲処理にすぎん。馴れ馴れしく私に意見するな下女が」
「………申し訳、ございません」
フンと鼻を鳴らし部屋を出る。
アーシャとの関係は一度や二度ではない。
顔に似合わずあいつは夜の相手としては申し分ない女だ。魅惑的な身体つきと従順でおどおどした性格、どんな命令にもアーシャは頷いてきた。
アーシャは私の征服欲を見事に満たしてくれる女。まぁそれもルノアと結婚するまでの間だけだがな。
そんなことよりもルノアだ。
いなくなった?何故?考えられるのは……誘拐。
美しすぎる彼女を狙う男は多い。
社交界に出れば身の程を知らない令息どもが彼女にいやらしい視線を送っていたし、この間一緒に街へ出たとき商人たちが馴れ馴れしく彼女に声をかけていた。そうだ、彼女が支援している平民学校の生徒たちも怪しい……くそっ!心当たりが多すぎる!
勢いよく父上がいる部屋の扉をバンっと開けた。
「父上っ!お話がっ!」
部屋に入れば王座に座る父上がいて、その周りには数人の家臣たちが集まっていた。
朝からこんなに人が集まるなんて珍しい。なんだ?
「……来たか、レイモンド」
「?父上、それよりお話が」
「ああ。私達もちょうどお前に用があったのだ」
険しい顔つきの父上、その周りにいる家臣たちも何故か全員私を睨みつけているようだった。
無礼だ、そう言ってやりたかったがそんなことも言い出せない雰囲気に首を傾げる。
「ち、父上。用とはいったい……」
「これは一体どういうことだ」
これ?
訳が分からず立っていれば、すかさず家臣の一人が私に一枚の紙を渡してくる。
「今朝、新聞社がこれを王宮に持ってきた。今日一番の朝刊に記載すると」
「なっ……なんで、」
「何で、だと?それはお前がよく知っているだろ?」
「そんな……、馬鹿な……っ」
品のいい字で書かれていた。
『親愛なるレイモンド王太子殿下と、親友アーシャ=キンダルの真実の愛を心より祝福いたします』
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