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プロローグ
しおりを挟む「神様っていると思いますか?」
まだ街のほとんどが眠っている時間。
外は段々と白んできて、カラスが遠くで鳴いていた。
聖マリア・ルストゥーバ教会。
この国で一番大きなこの教会の大聖堂で彼女の澄んだ声は実によく響いた。
彼女が神に祈りを捧げ終えた朝4時。
壁にあるステンドグラスから漏れる微かな光に照らされたのは、何とも美しく清らかな少女の姿。
この国に住む誰もが彼女を知っていた。
「……4時間、ここで祈りを捧げ続けたお前さんがそれを言うのか?」
「あっ、御免なさい」
少女はハッとして自分の口を押さえる。
何故こんな質問をしたのか。
そんな無粋な事は聞き返さなかった。何故なら少女の顔は至って真剣で、それが冷やかしでない事は分かりきっている。
彼女の隣に立ち、同じようにステンドグラスの向こう側を見つめる。
「神はいない」
「……アレグロ王国きっての大司教様がそんな事を仰っても良いのですか?」
「聞いてきたのはお前さんだろ?」
これが教徒たちに聞かれたらまずいが、彼女に知れたところで特に問題はない。そんなこちらの思っている事が筒抜けなのか、彼女はクスッと小さく笑う。
「神なんてものは心が乾いた者が生んだ偶像だ、明確な指針があることで人は歩み出せる」
「随分と冷たい言い方をするのですね」
「それを分かっていなければ民たちを先導出来んよ。神がいる事を信じてはいないが、神という存在が人々の心を救う事を儂は知っている」
淡々と語る私に少女は少し考えた。
「私はいると思いますよ、神様」
少し語尾を弾ませながら言う。
チラッと彼女を見ると、青く透き通った瞳は真っ直ぐこちらを向いていた。
この歳にもなると相手が何を考えているかは目を見れば大体分かる。だが、少女の瞳は無垢すぎて心の奥を読み取れない。
ガチャ
背後の扉が開く音がした。
少女は振り向く事なく、ラックにかかったローブを纏い置いてあるトランクに手をかける。
「それでは司教様」
「ああ。……体に気を付けなさい」
小ぶりなトランクを持つ少女はニコッと笑い、扉を開けた人物の方へ歩き出す。
彼女に会うのは、恐らくこれが最期となるだろう。
遠ざかる小さな背中を見送れば、ピタッと彼女の足が止まりゆっくりとこちらを振り向いた。
「さっきの話、ほら、神様がいるってやつです」
「神様はいますよ。だっていてくれなきゃ、彼らに痛い目合わせられないじゃないですか」
一人残された大聖堂はシンと静まり返る。
私の脳裏に焼き付いた去り際の言葉。
「……なんて恐ろしい事を、あんな笑顔で」
そして、ルノア=ダリッジはいなくなった。
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