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9 ハンナ視点
しおりを挟む「ルーシャス……!」
「国王陛下ならびに王女殿下へご挨拶申し上げます。ルーシャス=ミリオン、只今参上致しました」
流れるような挨拶を済ませ、ルーシャスは私たちの前まで歩み寄る。
その表情はいつもの無表情ではなくて、どこか晴れ晴れとしたような柔らかさがあった。
対してお父様は、動揺してるのか汗だくになりながはヘラヘラと笑っている。
「す、すまんな急に呼び立てて。少しお前と話をしたくてな……っい、色々と」
「はい」
「その、だ。さ、宰相を辞めるというのは冗談……であろう?これも何かの間違いで」
「いえ、事実で御座います」
「ほぇっ?!じゃあ結婚するというのは?!」
「そちらも事実で御座います陛下。先ほどオスカート侯爵閣下より結婚を認めて頂いたところです」
お父様は額を押さえながら項垂れた。
なんて……なんて無責任なの!
たかが女のためならこの国がどうなっても良いの?!
お父様もお父様だわ、何も言い返せなんて情けないんだから。ここは王女として私がちゃーんと教えてあげないと!
私はルーシャスへと急いで駆け寄り、彼の両袖をぐいっと引っ張った。
「ルーシャス、お願いだから目を覚ましてちょうだい。貴方はあの女に騙されてるの!ステラ=オスカートは悪女よ!」
「悪女、ですか」
「言いなりにならないフェルを捨てて、地位もお金もある貴方に乗り換えたの!利用されてるの!あの女はそういう卑しい人間なのよぉ!」
フェルが言ってたわ。
ステラ=オスカートはフェルを自分の思い通りに動かしたいだけなんだって。遊ぶことも許さずいつも稽古、勉強、そしてまた稽古……そんな女、誰が好き好んで結婚なんかするもんですか。
賢い男ほど馬鹿な女に惹かれやすいとはこのことだわ。今まで仕事ばかりしてきたルーシャスは女の良し悪しが分かんないのよ。
(ならいっそ、私が相手になってあげるのに)
ルーシャスほどの地位があればお父様だって文句は言わないでしょ。しかも私と結婚すれば国は安泰だし?あれ、これって結構いい作戦かも……!
「ねぇルーシャス、私いいこと思い付いて……」
「悪女か。一体どちらのことを言ってるのか」
「え?」
「婚約者のいる男を愛玩したり、大勢で一人の女性を辱しめる方がよっぽど悪だと思いますがね」
ルーシャスは私の両手をそっと離してこちらを見ることなくお父様の元に近寄る。
(何それ、私が悪いって言うの?)
頭にカッと血が上る。
「アンタねぇっ!」
「ところで陛下。私も良からぬ噂を聞きましてね、今はこちらよりもその噂をどうにかした方が宜しいかと」
「う、噂?!まだ何かあんのかっ?!」
「実は王女殿下とフェルナンド=ロブスこそが愛し合っていて、計画的に婚約破棄へと追い込んだ……と」
「はぁっ?!」
何よそれっ?!
私とフェルが愛し合ってる?!
「お二人が仲睦まじいことは一部の者たちの間では周知の事実でしたようで……宰相である私も、まさかそんなことになっていようとは……」
「そ、そんなのデタラメよ!誰がそんなこと」
「は、ハンナよ……まさか本当に、?」
「信じてお父様っ!フェルとはやましい関係じゃない!」
そうは言ってもお父様の目はずっと疑っている。ルーシャスも気まずそうに視線を逸らしているばかり。
(まずいまずいまずいっ!2人とも全然信じてない!何で私たちがそうなるのよ?!)
フェルは可愛い子犬みたいなもので、買い物に付き合ってくれるしいつも褒めてくれるし、女の子みたいに可愛いから大好きなだけ!ただそれだけなのに!!
「王女殿下、噂が真実であろうと無かろうと広まってしまった時点で王家の支持は多少なりとも下がるでしょう。そうなればウェルディン国の件もどうなることやら」
「は?ウェルディン国って何……」
「ルーシャス、その件はまだ内密に……!」
「……また内緒で縁談を持ち掛けてたのね?」
ギロッとお父様を睨み付ける。
お父様は私に内緒で色んな国に結婚を打診していた。しかも相手は身分が高いだけのブサイクや老人ばっかり!
(この間なんか50歳年上の国王の第二側妃だったっけ。ほんと最低っ!信じらんないっ!)
「ルーシャスよ、何とかしておくれ。ウェルディン国の件が白紙になればいよいよ相手がいないぞ」
「そ、そうよっ!責任取りなさいよっ!」
元はといえば全部ルーシャスが悪い。
私にお似合いの、カッコ良くて優しくて甘やかしてくれる王族を用意してくるべきよ!
するとルーシャスは今まで私たちに見せたこともないような笑顔を向ける。
その顔があまりにも美しくて、私もお父様も一瞬ドキッとしてしまった。
「残念ですがお断り致します」
「「なっ?!」」
「私は既に宰相を辞めた身です。これからはご自身たちのことは自分たちでなさって下さいね」
それでは、と爽やかな挨拶を残しルーシャスは部屋を出ていく。
残された私と椅子から崩れ落ちるお父様。
「ふ、ふ……ざけんじゃないわよぉお!」
そしてこれが、アレキウス王国滅亡への第一歩となることを……今の私はまだ気付けない。
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