【完結】白百合の君を迎えに来ただけなのに。

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『ノエル=ベロニアと申します』

初めて出会った君は、この世界を一瞬で呪い殺してしまうような目をしていた。今思えばあの瞬間、長い前髪から覗き見えるその瞳に一目惚れしたんだと思う。

だから誓った。
最高の復讐劇を一番近くで見届けてやろう。
そして全てが終わった時、疲れ切った君を必ず幸せにしてあげるんだ。




*****

「こちらに居られたのですね、サトレー局長」

ランチが終わり中庭で昼寝をしている時だ。
芝生に寝転がる俺を覗き込むようにして現れた男は、随分探し回ったのかハァと疲れたように息をついた。

「ん?何だ、デビッドか」
「何だじゃありませんよ、施設中を回って探したんですよ?この忙しいときに昼寝だなんて……」
「ランチを終えたら眠くなったんだ」
「全くもう」

ぶつぶつと小言を呟くデビッドは隣に腰掛ける。
そして食べ終わった俺の弁当箱を見て少しだけ口元を緩めた。

「愛妻弁当ですか」
「羨ましいだろ?」
「そうですね。仕事の鬼と言われるアレン=サトレーをサボらせてしまうなんて、さぞ美味しい弁当なんでしょうね」

嫌味たっぷり、だがどこか嬉しそうに言うデビッドに苦笑した。

「リラックスしているところ申し訳ありませんが、そろそろ会議のお時間ですよ」
「ああ、分かってる」

そう言って立ち上がり、尻についた芝を軽く払う。


ジョエル=ベロニア投獄から3年。
俺は法務局の最高責任者である局長となった。数年前に流行った貴族婦女の人身売買問題を解決させ、それに伴う法改正の政策が実を結んだ。
元々は実力主義の国だ、貴族でなくても能力さえあれば出世できる。まぁ嫉妬で絡んでくる貴族の子息なんかはいるけど。

奴らは金さえあれば何をしてもいいと思っている。
それは男も女もだ。
そんな腐った考えを正すために、俺はこの立場を目指していたんだ。

(横領、詐欺、権力を振りかざしての虐め……当分は休みなしで忙しいだろうな)


「そう言えば例の女、また面会に来てるらしいです。ほら、ジョエル=ベロニアの妻ですよ」
「あー……そうか」
「よくもまぁあんな廃人に3年も付き合ってられますよね。元は侯爵家の財産目当てで結婚したくせに」
「……それなりに愛し合ってたんじゃないか?」
「ですかね?」

結局アンジェリカ=ベロニアは離縁しなかった。
当時は出来なかった心身喪失者との離縁も今は法改正により正しい手続きと理由があれば成立するのに。

(罪滅ぼしか、愛情か、まぁどっちでも良いか)

娼館で働きながら夫であるジョエルに会いに来るアンジェリカ。まさか自分が3年前にその場所へ売られていたとも知らずに甲斐甲斐しいもんだ。

「さて、さっさと終わらせて定時で帰ろう」
「了解です!」




*****

仕事を終えた俺は郊外に建てた小さな一軒家に帰ってくる。本当はもっと立派な家を建てるつもりだったが、謙虚な妻はそれを望まなかった。

「ただいま、リリー」
「あ、お帰りなさい!」

リビングの扉を開ければエプロン姿の妻が笑顔で出迎えてくれる。

あれからリリーは無事にジョエルと離縁できた。
彼女のために急ピッチで法を改正し、離縁が成立したと同時に籍を入れた。戸籍上はノエル=サトレーだが二人で話し合った結果、俺は前と変わらずリリーと呼んでいる。リリー曰く『これは貴方が付けてくれた名前だから』と嬉しそうに笑っていた。

「お仕事お疲れ様です。湯浴みの準備は出来ていますよ?」
「ああ、ありがとう。とても美味しそうな匂いだ」
「ええ!今日街に行ったらお野菜をおまけでいっぱい貰えたの。だからつい作りすぎちゃったわ」

ふふっと無邪気に笑う彼女に釣られて笑う。

(可愛いな)

だがそれも君への下心があってだろう、なんて無粋なことは言わずに頭を優しく撫でてあげた。

(自分が美人だって自覚がないから恐ろしい。まぁそんなところも可愛いけど)

「良かったね」
「ええとっても!先にお食事の方がいい?」
「いや風呂に入るよ。そうだ、一緒に入ろうか?」
「ぇえっ!」

そっと彼女を両手で抱き締めて囁く。
耳まで真っ赤にしたリリーは困ったように視線を泳がせていた。
恋人の期間も短くすぐに夫婦になった俺たちだが、リリーは未だにこういった雰囲気に慣れていないらしい。未だにキス一つで真っ赤になる彼女を日に日に愛おしく感じた。

「あ、あの……」
「今日はちょっと忙しくてね。一緒に湯船に浸かって癒やして欲しいんだけどなぁ」
「……じ、じゃあタオルを用意してきます」
「ありがとう」

リリーは俺のお願いに弱い。それを分かってて言う俺はなかなか性格が悪いと思う。

(いいさ、彼女が幸せに暮らしてくれるなら悪魔にだってなってやる)

俺の全ては彼女のために。
リリーを幸せにするためならば法も変えてやる。うるさい連中も排除してやる。

(惚れた方の負け、とはよく言ったものだな)

こんなに夢中になってしまうなんて。

「アレン?」
「ううん、何でもない。リリー」
「?何ですか」
「愛してるよ」
「っ……わ、私も」

そう言って顔を真っ赤にする彼女を、俺はもう一度抱き締めて優しくキスを落とした。



*****

これにて完結です。
ご愛読頂き誠にありがとうございました。

2021.06.09
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