上 下
5 / 8

しおりを挟む

「おかしな話ですよね。私はちゃんと生きているのに、何故旦那様はノエル=ベロニアは死亡したと王宮にご報告なさったのですか?」

クスクスと笑うノエルに背筋がぞっとしてしまう。

「それは……レンから、手紙が」
「余命宣告を受けただけでございましょう?」

確かにそうだ。この目でしっかり確認はしていない、だがそんなことを言われれば誰だって……。

「この国は配偶者が亡くなった場合、見舞金としていくらかお金が支払われます。それに私が死ねばアンジェリカさんを第一夫人にすることも出来るし、私の実家であるシャドウ家にも娘は病で死んだと報告出来ますものね」

淡々と説明するノエル。まるで頭の中を盗み見された気分だった。

アンジェリカは第一夫人にこだわっていた。
もちろん第一と第二では周りの見る目も違うし、私の死後、配当される遺産の金額も大きく違う。第二夫人はあくまでスペア、そんな扱いをプライドの高い彼女が受け入れるはずもない。

だが、ノエルを第二夫人に据え変えればシャドウ家が黙っていない。それまで受けていた援助もピタッと止んでしまうと思った。彼女が私の献身的な看病を受けても亡くなってしまったことにすれば、同情したシャドウ家が引き続き援助してくれると考えたのだ。

ノエルを死んだ事にすれば愛するアンジェリカと正式に夫婦になれて、しかも死亡した際の見舞い金も手に入る。
こんな良い作戦はないと思っていたのに。

「さて、ここからが本番ですよ?旦那様」
「ほ、本番?」
「ええ。死んだと嘘の報告をした妻が実は生きていた。これって立派な犯罪だと思いませんか?」
「あ……」

混乱する頭で考える。

夫は妻を死んだことにして王宮から金を受け取り、浮気相手を正妻の座に据える。更にはシャドウ家からの援助も受け続けている。

側から見れば私は立派な犯罪者だ。

「違うんだ、ノエル……私は、本当に君が死んだと思ってて。本当に悲しくて」
「あら、会いに来て下さらなかったのに?」
「あああれは仕事が忙しくて」
「まぁ無理もございませんわ、ここに売り飛ばしたのも結局旦那様の仕業ですものね?」
「!!!ち、ちがっ!誘拐で、何も知らなくて」
「私が何も知らないとでも?」

ああ、もうダメだ。ノエルは全て分かっている。
私が彼女を邪魔に思いここへ売った事も、シャドウ家から金を貰ってる事も、これからアンジェリカを売ろうとしている事も。

(これが露見すればベロニア家はお仕舞いだ。なんとかしてノエルの口を封じなければ!)

そうだ、今の彼女は戸籍上いないものとなっている。このまま屋敷に連れて帰って屋敷に監禁しておけば。

(屋敷の者への口止めは簡単だ。だが問題はアンジェリカ……いや今は余計なことを考えるのはやめよう。とりあえずこの場を収めなければ)

私は避けようとする彼女の手を思い切り掴んだ。

「いたっ!」
「お前が余計なことをしなければ済む話だ。大人しくついて来いっ!」



「彼女から手を離すんだ、ベロニア卿」



突然の声にびくんと肩が跳ねた。
ノエルの手を掴みながら振り返ると、そこにはこちらを見て笑うレンと数人の自警団が立っていた。

(な、何故こんな所に自警団がっ?!)

ノエルが生きていること、まだ王宮にはバレていないはずだろ?!
部屋になだれ込んできた彼らはすぐさま私とノエルを引き離す。

「離せっ!そいつは私の!」

私の手を離れたノエルはレンの後ろへと逃げていく。追いかけようと手を伸ばすものの自警団たちは私を羽交い締めにした後その体を床に押し付けた。

「っ!離せっ、私を誰だと思って」
「ジョエル=ベロニア、貴殿に逮捕状が出された」
「逮捕状っ?!侯爵である私が何故そんなもの!」

この集団を率いている男はスッと前に出て、顔だけを上げる私に書状を見せた。

「ノエル=ベロニア夫人の生存を隠匿した罪、そして見舞金だけではなくシャドウ伯爵家より金銭を搾取した罪、更には第一夫人の二重申請による罪だ」
「た、多重婚?!」
「ノエル夫人が生きているのだ、アンジェリカ=ベロニアは第一夫人になれる訳がない。それを分かっているのに彼女を第一夫人として公表しているな」

そうだ、すっかり忘れていた。

「侯爵の第一夫人となれば沢山の特別な権限が与えられる。それを不当にアンジェリカ氏に与えたのはお前の罪だ」
「ち、違う……違うんだよ、私は、本当にノエルは死んだと思ってて、それで」

このままでは私は歴史に名を残すほどの犯罪者になってしまう。

(勘違いだったと認めさせなければ、私は金欲しさに妻を殺そうとした男と思われる!)

縋るようにノエルに視線をやれば、彼女は私にしか見えない角度で小さく笑った。

「ベロニア第一夫人、夫である侯爵はこう言っているが真偽はどうなのかね」

自警団や私、レンの視線がノエルに集まる。

(あぁ、こんな時でも君は)


「私は死んでおりません。旦那様が、夫であるジョエルが愛人と幸せになりたいが為にそんな嘘をついたのです」


誰もが見惚れてしまうような笑顔でそう言った。
私の大好きな、心から惚れたその笑顔。

気付けば私は声を震わせながら泣いていた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ある公爵令嬢の生涯

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,158pt お気に入り:16,138

【完結】やり直そうですって?もちろん……お断りします!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:170

【完結】断罪後の悪役令嬢は、精霊たちと生きていきます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,456pt お気に入り:4,105

ごきげんよう、旦那さま。離縁してください。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:8,995pt お気に入り:341

婚約破棄ですか?計画通りです!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:106

思惑通り──誰の?

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:30

自己中な妹は、私が愛されているという事を理解できない。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:866

平凡令嬢の婚約

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:29

君の声が聞きたくて…

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,547pt お気に入り:10

処理中です...