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私、ジョエル=ベロニアを語るには3人の女性の存在が欠かせないだろう。

1人目はもちろんリリー。
2人目は現在の妻、アンジェリカ。
そして3人目は、ノエルだ。

小さい頃、父上は私に婚約者としてノエルを連れてきた。フランツ伯爵家の娘である彼女は家柄も礼儀も完璧だが、いかんせん地味な女だった。
長い前髪で顔を隠して流行を過ぎたドレスやアクセサリーをいつも身につけている。そんな女、連れているこっちが恥ずかしいだろ?

そしてある日、貴族学校時代の友人であるトムが前に酒場で言っていた話を思い出した。

『繁華街のでっかい娼館があるだろ?そこはどんな女でも多少の色付けて買ってくれるって噂だぜ?』

どうやらトムは1ヶ月前にその娼館へ妻を連れて行き、多少の金と引き換えにうるさい嫁と離れられたらしい。

その頃からアンジェリカとの関係は続いていて、顔を合わせる度にノエルとの離縁を迫られていて煩わしかった。

そこからの私の行動力は凄まじかった。

便利屋を金で雇い、誘拐に見せかけてノエルを連れ出しその娼館へ売り払った。その頃、レンとの面識は無く全てその便利屋を通してやり取りしていたが、思っていた以上にスムーズに商談が運んだのは覚えている。

こうしてノエルがベロニア家から消え、私はアンジェリカを新たに迎え入れたのだ。

そして数年後。
私の元にレンから一通の手紙が届く。そこには『ノエルが不治の病になってしまった。その命はもって1ヶ月だろうから一度顔を見にきて欲しい』と書かれていた。
もちろん私にはアンジェリカがいたし、今更彼女に会う気にもなれなかった。それに彼女が死んでくれた方が私にとっては色々と好都合だったんだ、わざわざ出向くなんて億劫でしかない。

そして私は、今の今まで彼女を忘れていた。
死んだものと思っていた。

リリーの美しすぎて怖い笑顔を見るまでは。




*****

「そんな……な、何を言ってるんだリリー。照れ隠しだとしても笑えない冗談だぞ」

冷静さを取り繕いながらお茶を飲む。好みなはずのこの味が今は何よりも苦く感じた。

「冗談じゃございませんよ?」
「そんなに前妻の存在が気に食わないのか?安心してくれ、私は今君だけを愛しているんだ。アンジェリカでもなくノエルでもなく、リリーだけだよ」

そうだ、きっとリリーは不安なんだ。
自分もいつか彼女たちみたいに捨てられてしまうんじゃないかと。だから今更死んだノエルの名前を出して、私を試しているに違いない。そうだ……そうに決まってる。

「旦那様、お忘れですか。あなたが唯一褒めてくださったこの声を」
「し、知らん……何も、」
「あの夜、私はずっと貴方を待っていたのです。『今までの態度を詫びる。だからもう一度夫婦としてやり直そう』という貴方の言葉を信じて」
「!!!」

それは私がノエルを呼び出すときについた嘘だ。
一字一句間違いのない言葉に唖然としてしまった。

改めて見直した彼女の顔は、やはり今まで愛していたリリーのままだ。でも何故だろう……今は恐ろしくてその目を見ることが出来ない。

「うそだ……っノエルは、死んだんだ!」
「旦那様」
「リリーが、ノエルであるはずがない!こんなに美しい君があんな地味でつまらない私の妻な訳が……」

そこまで言った時、私はあることに気付いた。

(待てよ、もし本当にリリーとノエルが同一人物ならば、彼女は既に私の妻ではないか!)

確かにリリーの声はノエルの声に似ている気もする。それにリリー自身がこう言っている以上、真実でも嘘でもノエルが私の妻であることには変わりない。彼女自身が、私の妻だと言っているんだ。

(ならばレンに大金を渡さずともリリーを手に入れられたじゃないか!くそっ、あのペテン師め!最初から分かってて金を受け取ったな?!)

そうだ、元々ノエルは私のものだ。
それを返してもらうのに金を払う必要はない。

「くそっ!初めから分かっていれば無駄な金を使わずに済んだのに……リリー、いやノエル!さっさと家に帰るぞ!」
「帰る、ですか?」
「ああそうだ!何年も妻の役目を休んでいたんだ、今夜は久しぶりにたっぷり可愛がってやろう」

リリーの正体が分かった以上、わざわざ紳士ぶる必要はない。ノエルめ、こんな容姿をしているなら最初から小綺麗にしていれば良いものを……。彼女の細くて白い手首を掴もうとした時ひらりとかわされてしまった。

「おい、どういうつもりだ」
「旦那様、お忘れになっていることがいくつかございますよ」
「ふんっ!そんなものどうでも……」
「旦那様、アンジェリカ様との婚姻届を王宮に提出なさった時、別の書類を一枚お出しになりませんでしたか?」
「は?」

訳の分からんことを……。どうして今、アンジェリカとのことを問いただされなきゃならないんだ。

「別に第二夫人を娶ることは法律では禁止されてないだろ」
「えぇ、仰る通りでございます」
「さっきから何が言いたいんだお前は!」
「第二夫人、ならばです。旦那様、アンジェリカさんは現在戸籍上、ベロニア侯爵家の第一夫人となっておりますけど?」
「………!!!」

そこまで言われて血の気がサッと引く。
あぁ、そうだ……私は何故忘れていたんだろう。

「アンジェリカさんとの婚姻届を出す際、旦那様は一緒に提出されたはずですよ?当時第一夫人であったも」
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