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しおりを挟む爽やかな風が吹き抜ける。
中庭のベンチにぐったりともたれ掛かると眠気が襲ってきた。
最近は仕事ばかりでゆっくりする時間がなかった……今だって、息抜きのために無理矢理部屋を出てきたんだから。
「お嬢様、お部屋でお休みになられた方が……」
「んー……そうなんだけどね」
うぐぐっと背伸びすると肩の骨がポキポキと鳴った。侍女の言う通り、仮眠を取った方が確かに良いのかもしれないけどそれよりも大事な予定がある。
それは………
「こちらにおられましたか」
落ち着いた低い声が聞こえた瞬間、溜まっていた疲れが一気に吹っ飛んでしまう。
「ジョセフ様」
「勝手に入ってきてしまってすみません。侍女の方に声をかけたのですが、皆さん昼休憩だったみたいで……」
申し訳なさそうに頭をぽりぽりかき、いつものように背中を丸め静かに歩み寄ってくる。気にせず案内を頼めばいいのに……侍女にまで心遣いする優しい彼につい笑みが溢れてしまった。
私はもうすぐ、この人と結婚する。
ヨハン様がうちに怒鳴りこんできたあの日、来客があると言ったのはジョセフ様との食事会が後に控えていたのだった。
訓練校を首席で卒業した彼は誰よりも真面目で努力家。しかも身長は2m近く、盛り上がった筋肉のおかげで後ろ姿は完全に童謡”森のクマさん”。見た目も性格もどストライクな彼に、今では私の方が首ったけだった。
「アイシャ様、とてもお疲れのようですね。忙しいときに来てしまって申し訳ない」
「いいえ、会いに来て下さって嬉しいですわ。それよりも急に時間をとって欲しいだなんてどうなさったの?」
事前に聞いていた話だと大切な用事らしいが……。
「いえ……その、渡したいものが」
「渡したいもの?」
「はい」
ジョセフ様はごそごそと胸ポケットをあさり小さな箱を取り出した。太い指で器用に開けると、中には小ぶりだがキラキラと輝くダイヤモンドの指輪が。
「結婚指輪とは別にこれを……自分で採取し、加工したのでいびつですが……一応本物のダイヤが付いています。誠意と言いますか、伝えるにはやはり手作りが良いんじゃないかと思って」
「まぁ」
「自分は名家出身でもありませんし、本来であれば侯爵令嬢の貴女には釣り合わない男です。ですがっ」
ぐいっと指輪を差し出す彼はゆでダコのように真っ赤な顔で私を見つめる。
「貴女を必ず幸せにします!この命が尽きるまで、ずっとずっとアイシャ様を愛しています!」
ジョセフ様は大声でそう宣言した。
真っ直ぐな愛の告白にたまたま居合わせた侍女も顔を真っ赤にする。
「……ジョセフ様」
「は、はいっ!」
「そういった事は2人きりの時にお願い致します。恥ずかしさで顔から湯気が出そうですわ」
「んがっ!す、すみません……空気読めなくて」
落ち込む背中がだんだんと小さくなっていった。素直で不器用なジョセフ様……もう胸がキュンキュンと高鳴ってしまう。
私は箱の中から指輪を取り出し手のひらの上に置き直す。
「ふふっ、こんなに愛されて……私は幸せだわ」
「え?」
「ジョセフ様。こちらの指輪、はめて下さいますか」
左手の薬指に。
続けてそう言えば彼は照れ臭そうにしながら、恐る恐る私の指に光輝く指輪をはめてくれた。
どんなに大きな宝石がついた指輪よりも価値がある、世界でたった一つのプレゼント。
うぶな彼が私に誓った永遠の愛が何よりも嬉しい。
幸せに浸っている時、ふと昔の婚約者のことを思い出す。
周りの評価に踊らされ、一時の流行りで自分を失った愚かな人。あれは……果たして彼の本質だったのか、今となっては確認しようがない。
スコールマン家の監視下にある仕事を続け、微々たる金額であるものの滞りなく借金を返しているので……恐らく根は真面目なんだろう。
「……まぁ、もう興味はないけど」
「?」
「ふふっ。何でもありません」
思い出したのも一瞬、ジョセフ様の顔を見た時にはもう既に彼のことは忘れ去っていた。
ただ一つ言えるのは。
”悪い男”のおかげでこんな素敵な人に巡り逢えた。それに関しては本当に感謝してもしきれないわ。
「まぁ、好みじゃないんですけどね」
■□■□■□
これにて完結です。
ご愛読頂き誠にありがとうございました。
2023.05.13
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