【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る

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14 レイチェル視点

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ガリッと爪が割れる音と鈍い痛みが指先に走る。
目の前の扉には自分がつけた爪痕と、 傷ひとつない銀色のドアノブが嫌みったらしく輝いていた。

「おねが……出して、」

掠れた自分の声に眉を潜め、私は届かぬ懇願を何度も何度も呟いた。


『獣人血の違法売買及び違法摂取』
それが私に突き付けられた罪状だった。

私には何のことだかさっぱり分からなかった。
だけどその場にいたお父様の気まずそうな表情を見て全てを察してしまう。
アンチエイジングのために飲んでいたあのジュースは違法のものであり、それを知らずに飲んでいたとしても私が罪人であることは覆らないんだと。

他国の人間たちが部屋になだれ込んできて、あっという間に拘束された私はこの塔に閉じ込められた。
ここを訪れるのは最低限の世話をする侍女だけ。彼女たちも無駄話をせず、ただ淡々と仕事を終わらせ部屋を出ていく。
私の存在など最初から見えていないかのように。

与えられる孤独は確かに耐え難い。
でも、私にはもっと恐ろしいことが待っていた。


「あぁ、あ、あ、っ……!」

誰もいないはずの部屋なのに、私を囲うようには必ずやって来る。

『見て、あれ。レイチェル様ったら酷いお姿ね』
『どこの老婆かと思ったらレイチェル様だわ』
『醜いな、あれが本当にゾーネシアの真珠か?』
『俺だったら恥ずかしくて名を呼ぶのも躊躇うレベルだぞ……うえっ』

聞こえる……今日も私に向けられた言葉。

嘲笑う女たちの声、嫌悪する男たちのため息が全身を突き刺すように浴びせられる。
両手で耳を塞ぎ、殻に閉じ籠るようにうずくまる。

獣人血を摂取した副作用。
麻薬にも似た幻覚と幻聴が不定期に襲いかかってくる。そしてそれを止める方法はどこにも存在しない。

『レイチェル、お前は本当に使えない』

「お父さまっ……」

『美しくないお前など誰が愛す?』
『お前の良さは母親似の容姿だけだったのに』
『だから陛下の心も掴めんのだ』
『恥を知れ』

「ああぁああああぅああああっ!!」

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!
私はただ褒めてもらいたかっただけ。お父様に……ううん、誰でもいいから愛されたかっただけなの。
なのにどうしてそんなことを言うの?

「消えろっ!消えろっ!はやく出てってよぉ」

ガンガンと頭を床に叩き付けても額から血が出ても声が止まない。
もうやだ、いっそここで私を………

最後の力を振り絞り頭を叩き付けようとした瞬間、後ろから腕を引かれ倒れ込む。
そのまま柔らかい腕の中に身体を預ければ、どこか懐かしい匂いに一瞬で目が覚めた。

「あ………」
「それ以上は止めて下さい」

忘れもしない低い声。
口調こそ違ってもこの声は……

「嘘よ……うそ、そんな……」

くすんだ金髪に痩せ細った身体。
見上げれば、そこには私と同じように変わり果てた姿のバレイン様がいた。

「バレインさま……ぁ」
「……、貴女は誰ですか?」
「え、」

感動の再会に抱き着こうとした腕がピタッと止まる。

「何言って……」
「バレイン、は俺ですか?実は記憶をなくしていて。自分の名前も過去も全て忘れてしまったんです」
「記憶がない?」

ということは私の事も忘れてしまった……の?

「森で倒れているところをある女性に助けて頂き、今はレインという名でその方にお仕えしているんです。その方のご命令により、本日より貴女のお世話をさせて頂きます」

丁寧に話す姿は過去のバレイン様からは想像がつかない。それでも匂いが、本能がこの男はバレイン様だと言っていた。

何故記憶を失ってしまったのか。
どうして私の世話をするのか。
聞きたいことは山ほどある。あるけど……こうしてもう一度出会えた。それだけで私はたまらなく嬉しい。

「えっ!な、何故泣くのですか?!」
「ひぅっ……っ、ごめんなさい、ごめんなさい」

私が存在しなければ、貴方は運命の相手と添い遂げられたのに。
私が貴方を解放してあげていれば、記憶を失さず輝かしい王でいられたはずなのに。

それなのにまだ貴方を愛していてごめんなさい。

「あの……過去の俺と貴女の関係は、」

私のただならぬ雰囲気を察したのか、バレイン様は恐る恐る尋ねてくる。

正直に全てを話したい。
貴方と私が深く愛し合っていたこと。番が現れて、私は捨てられ貴方が狂ってしまったこと。

全部ぶちまけたらどれほど楽かしら。でも……

「……何でもない、ただの知り合いよ」

またあの女のことで苦しんでしまうかもしれない。それが悲恋だとしても、もう二度と貴方の記憶にあの女が残って欲しくない。

過去の貴方を覚えているのは、私だけで十分。

「……そう言えば自己紹介がまだだったわね」
「あ、はい」
「私は……レイよ」
「レイ……」
「レイとレイン、私たち似た者同士ね」

美しくない私と、偉大じゃない貴方。

運命の番なんかよりよっぽどお似合いでしょ?
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