14 / 16
14 レイチェル視点
しおりを挟むガリッと爪が割れる音と鈍い痛みが指先に走る。
目の前の扉には自分がつけた爪痕と、 傷ひとつない銀色のドアノブが嫌みったらしく輝いていた。
「おねが……出して、」
掠れた自分の声に眉を潜め、私は届かぬ懇願を何度も何度も呟いた。
『獣人血の違法売買及び違法摂取』
それが私に突き付けられた罪状だった。
私には何のことだかさっぱり分からなかった。
だけどその場にいたお父様の気まずそうな表情を見て全てを察してしまう。
アンチエイジングのために飲んでいたあのジュースは違法のものであり、それを知らずに飲んでいたとしても私が罪人であることは覆らないんだと。
他国の人間たちが部屋になだれ込んできて、あっという間に拘束された私はこの塔に閉じ込められた。
ここを訪れるのは最低限の世話をする侍女だけ。彼女たちも無駄話をせず、ただ淡々と仕事を終わらせ部屋を出ていく。
私の存在など最初から見えていないかのように。
与えられる孤独は確かに耐え難い。
でも、私にはもっと恐ろしいことが待っていた。
「あぁ、あ、あ、っ……!」
誰もいないはずの部屋なのに、私を囲うようにそれらは必ずやって来る。
『見て、あれ。レイチェル様ったら酷いお姿ね』
『どこの老婆かと思ったらレイチェル様だわ』
『醜いな、あれが本当にゾーネシアの真珠か?』
『俺だったら恥ずかしくて名を呼ぶのも躊躇うレベルだぞ……うえっ』
聞こえる……今日も私に向けられた言葉。
嘲笑う女たちの声、嫌悪する男たちのため息が全身を突き刺すように浴びせられる。
両手で耳を塞ぎ、殻に閉じ籠るようにうずくまる。
獣人血を摂取した副作用。
麻薬にも似た幻覚と幻聴が不定期に襲いかかってくる。そしてそれを止める方法はどこにも存在しない。
『レイチェル、お前は本当に使えない』
「お父さまっ……」
『美しくないお前など誰が愛す?』
『お前の良さは母親似の容姿だけだったのに』
『だから陛下の心も掴めんのだ』
『恥を知れ』
「ああぁああああぅああああっ!!」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!
私はただ褒めてもらいたかっただけ。お父様に……ううん、誰でもいいから愛されたかっただけなの。
なのにどうしてそんなことを言うの?
「消えろっ!消えろっ!はやく出てってよぉ」
ガンガンと頭を床に叩き付けても額から血が出ても声が止まない。
もうやだ、いっそここで私を………
最後の力を振り絞り頭を叩き付けようとした瞬間、後ろから腕を引かれ倒れ込む。
そのまま柔らかい腕の中に身体を預ければ、どこか懐かしい匂いに一瞬で目が覚めた。
「あ………」
「それ以上は止めて下さい」
忘れもしない低い声。
口調こそ違ってもこの声は……
「嘘よ……うそ、そんな……」
くすんだ金髪に痩せ細った身体。
見上げれば、そこには私と同じように変わり果てた姿のバレイン様がいた。
「バレインさま……ぁ」
「……すみません、貴女は誰ですか?」
「え、」
感動の再会に抱き着こうとした腕がピタッと止まる。
「何言って……」
「バレイン、は俺ですか?実は記憶をなくしていて。自分の名前も過去も全て忘れてしまったんです」
「記憶がない?」
ということは私の事も忘れてしまった……の?
「森で倒れているところをある女性に助けて頂き、今はレインという名でその方にお仕えしているんです。その方のご命令により、本日より貴女のお世話をさせて頂きます」
丁寧に話す姿は過去のバレイン様からは想像がつかない。それでも匂いが、本能がこの男はバレイン様だと言っていた。
何故記憶を失ってしまったのか。
どうして私の世話をするのか。
聞きたいことは山ほどある。あるけど……こうしてもう一度出会えた。それだけで私はたまらなく嬉しい。
「えっ!な、何故泣くのですか?!」
「ひぅっ……っ、ごめんなさい、ごめんなさい」
私が存在しなければ、貴方は運命の相手と添い遂げられたのに。
私が貴方を解放してあげていれば、記憶を失さず輝かしい王でいられたはずなのに。
それなのにまだ貴方を愛していてごめんなさい。
「あの……過去の俺と貴女の関係は、」
私のただならぬ雰囲気を察したのか、バレイン様は恐る恐る尋ねてくる。
正直に全てを話したい。
貴方と私が深く愛し合っていたこと。番が現れて、私は捨てられ貴方が狂ってしまったこと。
全部ぶちまけたらどれほど楽かしら。でも……
「……何でもない、ただの知り合いよ」
またあの女のことで苦しんでしまうかもしれない。それが悲恋だとしても、もう二度と貴方の記憶にあの女が残って欲しくない。
過去の貴方を覚えているのは、私だけで十分。
「……そう言えば自己紹介がまだだったわね」
「あ、はい」
「私は……レイよ」
「レイ……」
「レイとレイン、私たち似た者同士ね」
美しくない私と、偉大じゃない貴方。
運命の番なんかよりよっぽどお似合いでしょ?
190
お気に入りに追加
3,533
あなたにおすすめの小説

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

おいしいご飯をいただいたので~虐げられて育ったわたしですが魔法使いの番に選ばれ大切にされています~
通木遼平
恋愛
この国には魔法使いと呼ばれる種族がいる。この世界にある魔力を糧に生きる彼らは魔力と魔法以外には基本的に無関心だが、特別な魔力を持つ人間が傍にいるとより強い力を得ることができるため、特に相性のいい相手を番として迎え共に暮らしていた。
家族から虐げられて育ったシルファはそんな魔法使いの番に選ばれたことで魔法使いルガディアークと穏やかでしあわせな日々を送っていた。ところがある日、二人の元に魔法使いと番の交流を目的とした夜会の招待状が届き……。
※他のサイトにも掲載しています

【完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。

『完結』番に捧げる愛の詩
灰銀猫
恋愛
番至上主義の獣人ラヴィと、無残に終わった初恋を引きずる人族のルジェク。
ルジェクを番と認識し、日々愛を乞うラヴィに、ルジェクの答えは常に「否」だった。
そんなルジェクはある日、血を吐き倒れてしまう。
番を失えば狂死か衰弱死する運命の獣人の少女と、余命僅かな人族の、短い恋のお話。
以前書いた物で完結済み、3万文字未満の短編です。
ハッピーエンドではありませんので、苦手な方はお控えください。
これまでの作風とは違います。
他サイトでも掲載しています。

【完結】そう、番だったら別れなさい
堀 和三盆
恋愛
ラシーヌは狼獣人でライフェ侯爵家の一人娘。番である両親に憧れていて、番との婚姻を完全に諦めるまでは異性との交際は控えようと思っていた。
しかし、ある日を境に母親から異性との交際をしつこく勧められるようになり、仕方なく幼馴染で猫獣人のファンゲンに恋人のふりを頼むことに。彼の方にも事情があり、お互いの利害が一致したことから二人の嘘の交際が始まった。
そして二人が成長すると、なんと偽の恋人役を頼んだ幼馴染のファンゲンから番の気配を感じるようになり、幼馴染が大好きだったラシーヌは大喜び。早速母親に、
『お付き合いしている幼馴染のファンゲンが私の番かもしれない』――と報告するのだが。
「そう、番だったら別れなさい」
母親からの返答はラシーヌには受け入れ難いものだった。
お母様どうして!?
何で運命の番と別れなくてはいけないの!?

運命の番様。嫉妬と独占欲で醜い私ですが、それでも愛してくれますか?
照山 もみじ
恋愛
私には、妖精族の彼氏で、運命の番がいる。
彼は私に愛を囁いてくれる。それがとってもうれしい。
でも……妖精族って、他の種族より綺麗なものを好むのよね。
運命の番様。嫉妬して独占欲が芽生えた醜い私でも、嫌わずにいてくれますか?
そんな、初めて嫉妬や独占欲を覚えた人族の少女と、番大好きな妖精族の男――と、少女の友人の話。
※番の概念とかにオリジナル要素をぶっ込んでねるねるねるねしています。

「君は運命の相手じゃない」と捨てられました。
音無砂月
恋愛
幼い頃から気心知れた中であり、婚約者でもあるディアモンにある日、「君は運命の相手じゃない」と言われて、一方的に婚約破棄される。
ディアモンは獣人で『運命の番』に出会ってしまったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる