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13 シャルル視点

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「ご気分はいかがですか?」

暗く湿ったこの場所では、いつも以上に自分の声がい冷たく反響する。

ぼんやりと足元だけを灯す松明と、鼻がひん曲がってしまうほどの下水の臭い。対獣人用の地下牢に足を踏み入れたのは今日が初めてだ。
一際暗い牢には頑丈な鉄格子がはめられ、中にいる罪人は気配だけを頼りに目隠しをしたままこちらを見上げた。

「なるほど、こんな状況でも流石に息子の声はお忘れではなかったのですね」
「やはり……シャルルか、」

こうして名前を呼ばれるのも久しぶりだ。が、感動の再会とはならないだろう。

謀反者として捕らえられた罪人、ランセル=スコットを見下ろす。

「落ちるところまで落ちましたね」
「っ!!」
「メイから報告は上がってきています。まさか月に15本も違法ドリンクを姉上に飲ませていたとは」

ハァと大袈裟にため息をついてみれば、こちらが見えていないはずの父上は気まずそうに顔を背けた。

獣人の血液が混入したドリンクは若返り効果やダイエット効果が見込めるとして裏社会で出回っていた。一時的な効果は現れるものの依存性が高く、使用を止めれば幻覚症状などの副作用が一気に襲いかかってくる。
まさに、薬物と同等のドリンクなのだ。

用心深い父上が副作用のことを知らないはずがない。
理解した上で、姉上に飲ませていたのか。

「……レイチェルはどこにいる」
「西の塔に幽閉されています。罪人とはいえ一応王妃ですからね、幸いまだ副作用の兆候も見られないのですんなり話がつきました」

まぁ納得はしていなかったが。
暴れながら隔離場所へ連れていかれる姉を思い出し苦笑する。

「馬鹿なことをっ……レイチェルはこの国唯一の王家だぞ?アイツを表舞台から引き摺りおろせば、それこそこの国の未来が!」
「ああ、それなら大丈夫です」
「あ?」
「ゾーネシア王国はシャンデラ帝国の属国となることが決まりました」
「………は、?」

目隠しをしたままポカンとする姿が、あまりにも間抜けでつい笑ってしまう。
ようやく話を理解できたのか、ぷるぷると怒りで震える父上はガシャンと鉄格子にしがみつく。

「お前、お前ぇっ!じ、自分が何を言ってるのか分かってるのかっ?!我ら獣人が人間の下につくだと?は、恥を知れ馬鹿がっ!」
「……まぁ、予想通りの反応ですね」
「ふざけおって、ふざけおってぇ!そ、そんなの上級貴族どもが黙ってるはずがない!は、ははっ!血迷ったなシャルルよ、あの老いぼれ共がそう簡単に……」
「承諾して下さいましたよ、皆様」

コツンとヒールの音がする。
父上は予期せぬ第三者の、しかも女性の声に挙動不審に辺りを探る。
ランタンを持った彼女は父上の正面まで歩み寄った。

「この、匂いは……っ?!」
「まぁ素晴らしい、スコット卿とはそう何度も言葉を交わしていませんでしたが、私のことを覚えてて下さったのですね」

彼女の綺麗な指先が父上の目隠しに触れ、シュルとそれがほどけていく。

「あ、あ、あ、……どうして、どうしてここに、お前は、お前は……なんで、どうして」

父上が真っ青になるのも無理もない。
何故なら目の前にいる彼女……ラヴィエラ様は、この世に存在しないと自ら確認したばかりなのだから。

まぁ事情を知っている俺からすれば彼女を会わせたくなかったんだが……

「ふふっ、一度ご挨拶がしておきたくて」
「ご、あい……」
「ええ。

ラヴィエラはニコっと微笑み、父上に見せつけるように俺の腕に自分のを絡めさせた。

「へ……ぁ、え?」
「……ラヴィエラ様、付いてきてはダメだと言ったはずですけど」
「良いじゃない少しくらい。結婚式にだってお呼びせずご挨拶もまともに出来てなかったのよ、最期くらいお話したってバチは当たらないでしょう?」

イタズラっぽく微笑む彼女を見れば言葉を飲み込む。全くこの人は……こっちが強く怒れないのを知っててやるからたちが悪い。

「ラ、ヴィエラ=ロスト……お前は、へ、陛下の番で」
「あー……父上、彼女はラヴィエラ=ロストではありません。リプソン侯爵家当主のラヴィエラ=リプソン、そして私の妻です」
「………」

あ、ついに言葉も失ったか。
パクパク口を動かすだけの父上に苦笑する。

きっと父上の頭の中は疑問ばかりでぐちゃぐちゃだろう。
行方不明だった王の番が、敵国の名家を名乗り再び姿を現した。しかも縁を切ったとはいえ息子の妻として……流石に少し同情する。

しかしラヴィエラ様は俺ほど優しくはない。

「ところで先程、良からぬお言葉を聞いてしまいましたけど」
「は?良からぬ、?」
「ええ。レイチェル様がこの国唯一の王家だと、スコット卿はそう仰いましたけど」

すぅっと目が細くなり、真っ直ぐ牢の中にいる父上を捕らえていた。

「まるでバレイン陛下がもう戻ってこないような言い方ですが……何かご存知ですの?」

行方不明の王と、既に罪を犯した元側近。
彼らが無関係であると誰が信じてくれるだろうか。

後に、ランセル=スコットは国王殺しという最大の罪を被り、その命尽きるまで一生鞭を受け続けた……らしい。
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