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しおりを挟むシャンデラ帝国が用意した馬車に揺られながら、私はぼんやりと窓の外を眺めていた。
……いや、正確には景色など頭に入っては来ず、ただラヴィエラのことだけを考えていた。
対面に座るランセルは全く口を開くことなく、帰り際シャルルから受け取ったあの報告書に目を通している。
「………」
「……この報告書に不備は見当たりません。ありとあらゆる機関がラヴィエラ=ロストについて調べたとありますが、彼女の記録はどこにも存在しないそうです」
「………」
「もちろん帝国側が情報操作をした可能性も無くはないですが、我々がそれを突き止めることは皆無でしょう」
「………」
「聞いていますか?!陛下っ!」
痺れを切らしたランセルが怒鳴ってくるが、それに反応してやる元気もない。
「シャンデラ帝国がいくつの国と同盟を結んでいるかお分かりです?大小合わせて100ですよ?束になって攻撃されたら流石に我々でも……」
じゃあどうすれば良いのだ。
完璧な報告書がそう断言しても、国力を見せつけられても、私の本能が叫んでいる。
ラヴィエラは絶対にこの国にいるんだと。
「私は、ラヴィエラしかいらない。それ以外のことなどどうでも良い」
「……狂ってる」
呆れた様子で吐き捨てるランセル。
私はもうかつての輝かしい王ではない。たった一人の女を純粋に求める男、それ以上でもそれ以下でもないんだ。
もう一度窓の外に視線をやると、馬車は市街地を抜けた森の中へ入っていく。
整備の行き届いていない道をしばらく進んだとき、視界の端に小さな人影を見た。
息を飲むほど美しい、あのプラチナだ。
「止めろっっ!!」
「なっ!へ、え?」
窓を開け御者にそう叫べば、急停止する馬車のせいで身体を強打する。
痛みが全身に広がるのもお構いなしに外へ飛び出し、今走ってきた道を急いで戻る。
間違いない。間違えるはずがない。
後ろで呼び掛けるランセルの声を無視し、ただひたすら森を駆け抜ける。
鼻を擽る、あの匂いが……濃くなっていく。
「ラヴィエラァぁぁっ!!!」
自慢のたてがみを振り乱し無我夢中で走り続ける。
それまで生い茂っていた木々が段々と少なくなり、しばらくすると拓けた場所へとたどり着いた。
そこには小さな教会と小さな噴水、周りには手入れされた花が咲き誇っている。
サァと風に髪を靡かせ、まるで一枚の絵画のように彼女はそこに立っていた。
「あ……あ、っ……」
美しくて神々しいその横顔に見惚れ、自然と歩み寄っていた。
ラヴィエラだ。
ラヴィエラだ。
愛しい愛しい、私の番だ。
「ラ、ヴィエラ」
裏返る声で名を呼べば、彼女はようやくこちらを向いてくれる。
正面から見る彼女はまた一段と美しく、表情一つも動かさずただこちらを見つめていた。
「あぁ……会いたかった、会いたかったぞラヴィエラ。何故ここに……あぁいやすまない、そんなものはどうでもいいんだ。君に出会えただけでいいんだ」
理由など関係ないだろ。
もう出会えないと思っていた、でもこうしてまた巡り会った。
やはり運命の力は周りなど関係なく私たちを引き合わせてくれるのだ。
「ラヴィエラ、ラヴィエラよ。聞いておくれ」
「………」
「君が国を出ていき、存在しないと言われて目が覚めた。私にはもうお前しかいないのだ」
「………」
「可愛い可愛い私の番よ。この5年間、いくら番の効力が発揮していなかったとしても悔やんでしまう。お前との愛すべき時間を5年も無駄にしてしまったのだから」
勿体無い、いや……何故私はあんなことを。
「お前にも寂しい思いをさせた。だがそれも今日までだ、これからは絶対に苦しい思いなどさせないよ」
馬鹿なことをした。
だが、ラヴィエラならきっと分かってくれる。
私に愛されるために生まれた彼女なら、きっと寛大な心で今までのことを白紙にしてくれるはずだ。
正面に立つと、より彼女への愛しさが募る。
そっと手を差し出し満面の笑みを向けてやった。
「さぁ帰ろう、私と一緒に」
そして新しい愛を始めよう。
もう二度とこの手は離さないと誓うから………
「貴方、誰ですか?」
それは、凍りつくような声だった。
「……、……は、ぇっ?」
聞き間違い……だよな?
辺りを見回してみるが他に人影はなく、広場には今のところ私とラヴィエラの姿しかない。
となれば、今のは……
「ら、ラヴィ……」
「失礼ですがどちら様でしょう」
きょとんとした表情に嘘偽りはなく、まるで初対面だというように彼女はそっと距離を置いた。
「あ……ぇ、え?ラ、ラヴィエラ…、わ、私をからかっておるのか?それとも久々の再会に頭が混乱して……」
「混乱しているのはそちらですよね?」
触れようとする私の手をパチンと振り払い、彼女はその手をゴシゴシとハンカチで拭う。
目に見えた拒絶に、それまで高揚していた気分が一気に下がっていく。
今、何が……起きている?
私たちは番で、出会えばすぐに認識できる。
彼女は絶対にラヴィエラだ、それは間違いない。本能がそう言っているんだから。
なのに……
「気安く触れないで下さい、穢らわしい」
何故、私を拒絶するんだ。
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