10 / 16
10
しおりを挟むシャンデラ帝国が用意した馬車に揺られながら、私はぼんやりと窓の外を眺めていた。
……いや、正確には景色など頭に入っては来ず、ただラヴィエラのことだけを考えていた。
対面に座るランセルは全く口を開くことなく、帰り際シャルルから受け取ったあの報告書に目を通している。
「………」
「……この報告書に不備は見当たりません。ありとあらゆる機関がラヴィエラ=ロストについて調べたとありますが、彼女の記録はどこにも存在しないそうです」
「………」
「もちろん帝国側が情報操作をした可能性も無くはないですが、我々がそれを突き止めることは皆無でしょう」
「………」
「聞いていますか?!陛下っ!」
痺れを切らしたランセルが怒鳴ってくるが、それに反応してやる元気もない。
「シャンデラ帝国がいくつの国と同盟を結んでいるかお分かりです?大小合わせて100ですよ?束になって攻撃されたら流石に我々でも……」
じゃあどうすれば良いのだ。
完璧な報告書がそう断言しても、国力を見せつけられても、私の本能が叫んでいる。
ラヴィエラは絶対にこの国にいるんだと。
「私は、ラヴィエラしかいらない。それ以外のことなどどうでも良い」
「……狂ってる」
呆れた様子で吐き捨てるランセル。
私はもうかつての輝かしい王ではない。たった一人の女を純粋に求める男、それ以上でもそれ以下でもないんだ。
もう一度窓の外に視線をやると、馬車は市街地を抜けた森の中へ入っていく。
整備の行き届いていない道をしばらく進んだとき、視界の端に小さな人影を見た。
息を飲むほど美しい、あのプラチナだ。
「止めろっっ!!」
「なっ!へ、え?」
窓を開け御者にそう叫べば、急停止する馬車のせいで身体を強打する。
痛みが全身に広がるのもお構いなしに外へ飛び出し、今走ってきた道を急いで戻る。
間違いない。間違えるはずがない。
後ろで呼び掛けるランセルの声を無視し、ただひたすら森を駆け抜ける。
鼻を擽る、あの匂いが……濃くなっていく。
「ラヴィエラァぁぁっ!!!」
自慢のたてがみを振り乱し無我夢中で走り続ける。
それまで生い茂っていた木々が段々と少なくなり、しばらくすると拓けた場所へとたどり着いた。
そこには小さな教会と小さな噴水、周りには手入れされた花が咲き誇っている。
サァと風に髪を靡かせ、まるで一枚の絵画のように彼女はそこに立っていた。
「あ……あ、っ……」
美しくて神々しいその横顔に見惚れ、自然と歩み寄っていた。
ラヴィエラだ。
ラヴィエラだ。
愛しい愛しい、私の番だ。
「ラ、ヴィエラ」
裏返る声で名を呼べば、彼女はようやくこちらを向いてくれる。
正面から見る彼女はまた一段と美しく、表情一つも動かさずただこちらを見つめていた。
「あぁ……会いたかった、会いたかったぞラヴィエラ。何故ここに……あぁいやすまない、そんなものはどうでもいいんだ。君に出会えただけでいいんだ」
理由など関係ないだろ。
もう出会えないと思っていた、でもこうしてまた巡り会った。
やはり運命の力は周りなど関係なく私たちを引き合わせてくれるのだ。
「ラヴィエラ、ラヴィエラよ。聞いておくれ」
「………」
「君が国を出ていき、存在しないと言われて目が覚めた。私にはもうお前しかいないのだ」
「………」
「可愛い可愛い私の番よ。この5年間、いくら番の効力が発揮していなかったとしても悔やんでしまう。お前との愛すべき時間を5年も無駄にしてしまったのだから」
勿体無い、いや……何故私はあんなことを。
「お前にも寂しい思いをさせた。だがそれも今日までだ、これからは絶対に苦しい思いなどさせないよ」
馬鹿なことをした。
だが、ラヴィエラならきっと分かってくれる。
私に愛されるために生まれた彼女なら、きっと寛大な心で今までのことを白紙にしてくれるはずだ。
正面に立つと、より彼女への愛しさが募る。
そっと手を差し出し満面の笑みを向けてやった。
「さぁ帰ろう、私と一緒に」
そして新しい愛を始めよう。
もう二度とこの手は離さないと誓うから………
「貴方、誰ですか?」
それは、凍りつくような声だった。
「……、……は、ぇっ?」
聞き間違い……だよな?
辺りを見回してみるが他に人影はなく、広場には今のところ私とラヴィエラの姿しかない。
となれば、今のは……
「ら、ラヴィ……」
「失礼ですがどちら様でしょう」
きょとんとした表情に嘘偽りはなく、まるで初対面だというように彼女はそっと距離を置いた。
「あ……ぇ、え?ラ、ラヴィエラ…、わ、私をからかっておるのか?それとも久々の再会に頭が混乱して……」
「混乱しているのはそちらですよね?」
触れようとする私の手をパチンと振り払い、彼女はその手をゴシゴシとハンカチで拭う。
目に見えた拒絶に、それまで高揚していた気分が一気に下がっていく。
今、何が……起きている?
私たちは番で、出会えばすぐに認識できる。
彼女は絶対にラヴィエラだ、それは間違いない。本能がそう言っているんだから。
なのに……
「気安く触れないで下さい、穢らわしい」
何故、私を拒絶するんだ。
189
お気に入りに追加
3,530
あなたにおすすめの小説

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました
紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。
ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。
ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。
貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

あなたの運命になりたかった
夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。
コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。
※一話あたりの文字数がとても少ないです。
※小説家になろう様にも投稿しています

私のことを嫌っている婚約者に別れを告げたら、何だか様子がおかしいのですが
雪丸
恋愛
エミリアの婚約者、クロードはいつも彼女に冷たい。
それでもクロードを慕って尽くしていたエミリアだが、クロードが男爵令嬢のミアと親しくなり始めたことで、気持ちが離れていく。
エミリアはクロードとの婚約を解消して、新しい人生を歩みたいと考える。しかし、クロードに別れを告げた途端、彼は今までと打って変わってエミリアに構うようになり……
◆エール、ブクマ等ありがとうございます!
◆小説家になろうにも投稿しております

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

もうあなた様の事は選びませんので
新野乃花(大舟)
恋愛
ロベルト男爵はエリクシアに対して思いを告げ、二人は婚約関係となった。しかし、ロベルトはその後幼馴染であるルアラの事ばかりを気にかけるようになり、エリクシアの事を放っておいてしまう。その後ルアラにたぶらかされる形でロベルトはエリクシアに婚約破棄を告げ、そのまま追放してしまう。…しかしそれから間もなくして、ロベルトはエリクシアに対して一通の手紙を送る。そこには、頼むから自分と復縁してほしい旨の言葉が記載されており…。

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。
ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。
事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる